想い想われ?



01・史明視点




3週間前、母親代わりだった祖母が亡くなった。

母が亡くなった後、忙しかった父に代わり僕を育ててくれたのが祖母だった。
優しくて……ときどき厳しいときもあったけれど、でも一緒にいてとても心が安らぐ人だった。

僕が子供のころは、ときどき僕と一緒に風邪をひくぐらいで、これといって大病を患ったこと
なんてなかったのに……ここ数年で心臓が弱くなってた。

『歳には勝てないわねぇ……』

そんな言葉があのころの祖母の口癖になってた。

祖母を見上げていた目線はいつの間にか同じになり、あっという間に見下ろすようになった。
でもそんな僕を、祖母はとても嬉しそうに笑ってくれていた。

高校生になると祖母と一緒にいる時間が少なくなり、卒業後は外国の大学に通ったのでほとんど
会うこともなくなってしまった。

帰国後は、祖父と父が大きくした会社で働くことが決まっていた。
けれど社会人としては未経験な僕は、まずは仕事のノウハウを覚えるために、
自社系列の会社で経験を積んだ。

数年その会社で過ごし、仕事も覚えたころ当初の約束通り父親が社長を勤める会社に迎え入れられた。
僕の勤める会社は、日本では名の知れた所謂大企業と言われるほどの大きな会社だった。

最初から、かなりの役職を任されていた僕は、それに恥じない仕事をしてきたつもりだ。

仕事中心の生活で、心を落ち着かせることができるのは、久しぶりに一緒に暮らし始めた
祖母との生活だった。

気性の穏やかな、優しい祖母。
厳しいところもあったけれど、すべて愛情を感じられるものだったので、僕は逆にホッとする
ところもあった。


ある程度、覚悟はしていたつもりだった。
亡くなる前は何度も入退院を繰り返していたし、日に日に衰えていく祖母を見ていたから。

祖母がいなくなる……そんな不安な夜を、何度迎えただろう。
もう30を過ぎたいい大人の男が、その心細さに酒に逃げる日もあった。

そんな僕を支えてくれるような伴侶はいないし、付き合ってる人もいない。
それなりにチャンスもあったし、出会いもあったのだけれど誰ともその出会いを
生かすことは出来なかった。

学生時代はそれなりに付き合った女性もいたし、身体だけの繋がりを持った相手もいた。

日本に帰ってきてからは仕事が忙しかったこともあったけれど、付き合いたいと思うほどの人は
現れなかった。

だいたい知り合う女性は仕事絡みが多く、僕に興味を持つ前に僕の仕事の肩書きに興味を持って
しまうからそんな相手に心を許せずはずもなく。

従兄妹からは “もう少し妥協しろ!” といつも言われる。
“このままじゃ一生独身だぞ” とも脅される。

自分でもわかってる。
会社での肩書きも含めて僕なんだと。
だからその肩書きに興味を持って近づいてくるのが、なんでいけないのか?と頭ではわかってる。
そんなのは単にキッカケに過ぎなくて、もしかしたら付き合っていくうちにそんなものは関係なくなる
かもしれないと。

でも、知り合う相手はそれなりの資産をもつ家のご令嬢か、僕の “社長の息子” という
ステータスが欲しい女性だ。もし僕が万が一地位も財産もないイチ文無しのタダの男になったら、
そんな僕についてきてくれるのだろうか?と思えるような人ばかりで、きっとほとんどの人がもし本当に
そんなことになったら “NO” と言うだろうと思える相手ばかりだった。

そんな相手とは、社交辞令程度の付き合いしかしない。
ときどき “この人” って思える女性もいたけれど、大体がもう相手のいる人だった。
僕から見ても素敵な女性は、誰から見ても素敵なんだということで男が放っておくわけがない。

見合いの話も何度か出たし、形だけの見合いも何度か経験した。
どうしても一度会わないとマズイ相手だけだけど、最初から断ること前提のお見合いだった。

最近では、そんなお見合いも話の段階で断ってる。
別に男だし、そんなに結婚を急いでするつもりもないと思ってた。

ただ 『史明のお嫁さんと子供の顔が見たいわ』 と言っていた祖母に見せてあげられなかったのは
申し訳なかったと、今でも心の中にわだかまりとして残ってたりする。

『家に帰りたい』 と目を瞑ったままの祖母が、寝言のように呟いた。
それが最後の言葉となって、祖母は眠るように息をひきとった。

覚悟してたとはいえ、僕の心の中にあるなんとも言えない喪失感はきっと息子である父親よりも
大きかったと思う。

そんな喪失感を感じなくするために、僕は仕事に没頭した。
葬儀の間はそちらに気がそがれ、落ち着きを取り戻した頃からは仕事に明け暮れる毎日だった。

祖母が亡くなる前から係わっていた仕事と、別に僕が係わらなくてもいい仕事まで手を出して、
自分の中の喪失感を無理矢理に忘れるようにしていた。

いつも帰ればいた祖母がいない部屋にひとりでいるのは辛くて、ほとんど寝るためだけに
帰るようにしていた。

遅くに帰って、なにも考えないようにしてお風呂に入って寝る。
朝起きれば、簡単に食事を取って会社に出かけていた。

そんなふうに過ごしながら、集中して係わっていた仕事がある程度見通しがついて、
時間に余裕が生まれるようになってしまった。

自分でも疲れてるな……なんて思ってたし、今さらながら放心状態に陥ってしまったらしい。

いつもの車での送迎を断り、トボトボとあてもなくひとりで歩いてみた。
時間なんて気にする気もなくて、一体どのくらい経ったのかもわからない。
自分の腕にある時計も見る気がなかった。

自分がどこにいるのかわからなかったけれど、いつの間にか目の前に公園が現れた。
かなり大き目の池を囲むようにできた公園で、なかなか綺麗に整備されていた。
まだ早い時間だったのか、ジョギングする人や犬の散歩をする人と擦れ違ったりもした。

子供だった頃、祖母とよく遊んだ近所の公園に似ていた気がした。

僕はそんな公園のベンチに腰を下すと、はあ〜〜っと盛大な溜息が漏れた。
座って気づいたけれど、足の疲労感がかなりあった。
どれくらい歩いたんだろう……っていうか、ここってホントどこなんだろう?

そう考えながら辺りを見回して、そのままパタリとベンチに横になってしまった。

身体から力が抜けていく。

「……うぅ……」

しかも、涙腺まで緩んできたらしい。

自然と身体をうつ伏せにして、僕は声を出さずに泣いた。








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