想い想われ?



02・史明視点




「大丈夫ですか?具合悪いんですか?救急車呼びましょうか?」

蹲ってる自分の頭の上からそんな声が聞こえて来た。
どうやらこんな僕を見て、気にかけてくれた人がいたらしい。

声は若い感じの女の人だった。
心配そうな声だったけれど、優しさが漂う聞き心地のいい声だ。

「…………」
「あの……」
「……うぅ……」

僕は何も答えることができなくて、ただ蹲ったまま声を出して泣くのを堪えていた。

「ひっく……ズズ……」
「は?」

この歳になって、ハナまですすって泣いてる自分って……。
でも、どうにも泣くことを堪えることができなかった。

一度緩んだ涙腺は簡単には閉じないらしい。
しかも今まで堪えていた分、余計に手に負えないみたいだ。
自分のことなのに……。

気配でその人が僕に近づいて来たのがわかった。
きっと顔を上げない僕の様子を窺ってるんだろう。

「……ふうぅ……うっ……ぐずっ」
「…………」

その人はしばらく無言だった。
きっとこんな僕を変質者とか思ってるのかもしれない……。

「あの……どこか痛いところがあるんですか?だったら……」

ああ……どうやら変質者とは思われなかったらしい。
変質者どころか、病人かもしれないと心配してくれたみたいだ。

そんな気持ちが嬉しくて、口が勝手に動いた。

「た……大切な人を亡くしました」

「!!」

僕が出した言葉に相手が緊張したのがわかる。

「そ……それは……」
「うう……ぐずっ……」

ああ……見ず知らずの人に言った初めての言葉にしては重すぎた言葉だっただろうか?
どう答えていいものか悩んでるのが手に取るようにわかる。

でも僕はそれでも泣き止みもせず、ベンチに伏せたままだった。
余計顔を上げられなくなってしまった。

「あ……あの……とにかくちょっと起きてください。流石にここでそんなことしてたら目立ちますよ」
「うぅ……は……い」

さっきの僕の言葉に、彼女は引いたりしなかったんだろうか?
目立つ……その言葉に一瞬、ピクリと反応してしまった。

そうだよな……いい歳の大人の男がこんなところでメソメソと泣いてるなんて……。
言われたことに納得して、ゆっくりと起き上がった。

「…………」
「……はぁ……スミマセン……お気遣い……ヒッ……してくださって……」

やっとのことで言葉を話した。
しゃくりあげなかっただけでも自分を褒めたい。

起き上がると視界が曇ってた。
メガネを掛けたままうつ伏せで泣いていたせいか、レンズは曇って涙でビチョビチョ。
きっと顔も涙でグチョグチョで情けないコトになってるんだろう。

ああ……みっともない……かも。

「あ……あの……メガネ外してもいいですか?」
「……ふぅ〜〜」

相手の言葉に、溜息と頷きで答えた。
遠慮がちに両手でメガネのフレームを持ってゆっくりと外す。
僕はされるがまま、ずっと黙って目を瞑ってた。
メガネを外されたあと、ゆっくりと目をあけると目の前の女性が息をのんだのがわかった。
なんだろう……それほどまでに間抜けな顔をしていたんだろうか……うう……恥ずかしいかも。

声の印象どおり若い女性が目の前にいた。

「あの……拭かせてもらっても大丈夫ですか?」

相手の女性は手にハンカチを持って、僕にわかるように見せてくれた。
僕は無言でコクンと頷くと、彼女はそっと僕の濡れてる目と頬をハンカチで拭ってくれた。

ふんわりといい香りがハナに届く。
柔軟剤の匂いだろうか?それとも何かの香水の匂いなのか……どちらにしても不快には
ならないホッとできる匂いだった。

「ハナも拭きますよ」

彼女が自分のバックからポケットティッシュを取り出して見せるので、流石にそこまでは
申し訳なかったし自分が恥ずかしかった。

「……ハナは……自分で……」
「あ……そうですか……」

あれ?ちょっと残念そうだったかな?まさか……ね。

彼女からティッシュを受け取ってハナをかんでいる間に、彼女は僕の濡れたメガネをティッシュで拭ってくれていた。
なんだか色々と申し訳なく思ってしまった。

「……何から何までスミマセン。ありがとう……ご……ざいます……うっ……」
「ああ……もう……せっかく拭いたのに……」

そんな彼女の優しさが身に沁みて、折角目を拭いてもらって、ハナまでかんだというのに、また僕は泣き出してしまった。

「もしよろしければうちに来ますか?コーヒーくらいならご馳走しますよ。落ち着くまでいてもかまいませんから」
「……え?」

優しく微笑む彼女……僕は言われてる意味が理解できなくて、彼女をジッと見つめてしまった。
そんな僕を視界に納めてるだろう彼女はナゼか、はにかんだ顔をしていた。

「だって……放っておけませんよ、そんなに泣かれちゃ……どうですか?私の家はすぐそこですから。
そこでだったら思い切り気の済むまで泣いてもかまいませんよ。傍に居ることしか出来ないかもしれませんが
話くらいだったら聞くこともできますし、あなたが話したくなければそれでもかまいません」

きっと下心とかなく、本当に僕のことを心配してくれての申し出なんだろう。

いくら身なりはキチンとしてるからって、こんな場所で成人した男がメソメソと泣いてたら怪しいと
思われても仕方ないと思うのに、彼女は僕を疑ってるようには見えなかった。

それに彼女は僕がどんな仕事をしてて、どんな立場の人間なのかも知らないはずだし。
ただのサラリーマンだと思ってるんじゃないだろうか?
だから僕も警戒しないで言えた。

「……いいん……ですか?」
「はい」

ホンワカと、優しい笑顔だと思った。

久しぶりに見たそんな笑顔……薄めの化粧は好感が持てるし彼女から漂ってくるほのかな匂いは
石鹸の匂いなのか……とにかくいつも僕の周りに漂ってるキツイ香水の匂いじゃない。
歳は僕より若く感じる。
何度か視界に入った彼女の手の指には、指輪はなかった。
ということは、婚約者や旦那さんはいないと思ってもいいだろうか?

「あ……ありがとう……ございます……」

そう言った途端、またポロポロと涙が零れてしまった。
ホント僕の涙腺は一体どうしてしまったんだろう。

でも今、零れ落ちてるこの涙は祖母を思っての涙なんだろうか?
どうやら違うみたいだ。

心の中がホッとしたような、温かなモノのせいの涙みたいだ。

たとえ一時でも、ひとりから解放されるという喜びのせいなのだろうか?
自分をあずけてしまえる相手だと思ってしまったための安心感からの涙だろうか?

もう何も考えられず、彼女のなすがまま、あとをついて行った。
繋がれて握られてる彼女の手の温かさが、僕の心をさらにあっためてくれている。

早足でもなく、のんびりとふたり手を繋いで歩いてる。
その間、僕はまだグズグズと泣いていたけれど、彼女は何も言わずに歩き続けてる。

彼女のことは何も知らないはずなのに、彼女についていけばいいんだと僕は自然と納得していた。


僕と彼女は何も話さず、ただ黙々と月明かりの夜道を彼女の部屋へと歩いた。








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