想い想われ?



03・史明視点




「亡くなった母の代わりに、僕を育ててくれたのが祖母だったんです……」

たどり着いた彼女の部屋に入って、お互いの名前を紹介し合う。
僕はすでに表札の名前を見て、彼女の苗字が“久遠”だとわかっていた。
つい、そんな細かいところに目がいってしまうのは、一種の職業病かもしれない。
絨毯の敷かれた床の上に直接座る。
来るときに彼女が約束してくれたとおり、コーヒーを淹れてくれた。
そんなコーヒーを一口飲むと身体の中から寛いだ感じがして、僕はポツリポツリと
子供のころからのことを話し出した。

「年をとってから心臓が弱くなって……何度も入退院を繰り返してたんですが、
3週間前に急に体調を崩してあっという間でした」

そう話すと、また目頭が熱くなってギュッと目を瞑ると涙が零れた。

「最初の1週間は、葬式やら祖母の知り合いに挨拶やら連絡やらで、あまり考える時間もなくて……
そのあとは、祖母が亡くなる前に手がけてた仕事が忙しくなって、気が紛れてたんですが
ここ最近やっとゆっくりできるようになって……そうしたら急に祖母のことを……
祖母と暮らしてたときのことをおも……思い出して……くっ……」

「…………」

言葉で話すと、自分の胸の中で思っていたよりもその事実は重くて、耐え難いものなのだと
改めて気づかされた。

「フラ……フラと歩いてたら……あの公園に辿り着いて……子供の頃……よく祖母と……
こ……公園で遊んだ……なって……うっ……思ったら……」

一瞬で祖母との思い出が蘇る。
頭に浮かんだ祖母は、若いころの姿で微笑んでた。

そんな祖母とのことを思い出すと、途端に辛くなって片手で顔を覆い言葉を詰まらせる。

「楡岸さん……」

彼女が心配そうに僕の名前を呼んだ。

「これから……もっと……もっと……大事にしてあげたかったのに……」

「…………」

「やっと……恩返しが……できると思ってたのに……」

「楡岸さん……」

こっちに戻ってきた後も仕事中心の生活で、昔のように祖母と一緒にいれる時間はだいぶ減っていた。
だからこそいつかは時間を作ってと考えていた。

でもなかなか時間が取れなくて仕事は忙しくなる一方で……
ごめんなさいと謝ると、それだけ責任のある仕事をしているんだからと、とても嬉しそうに
笑ってくれていた。

『あの史明がねぇ』 って言って……。

そんな祖母の言葉に、僕は甘えてしまっていたんだ。

手で顔を覆ったまま蹲ってた身体に、フワリと温かさを感じた。
どうやら彼女が僕を抱き締めてくれたらしい。

誰かに抱きしめてもらうなんて、一体どのくらいぶりだろう。
身体に触れられても、何ひとつ嫌悪感は湧いてこない。
それはさっき、手を繋いだときにも感じなかった。

甘えてもいいのだろうか?
初対面の相手なのに。

でも、彼女からはなぜだか祖母と同じような安らぎを感じる。
だからなのか、僕も彼女の身体に腕を廻して力を込めた。
彼女は片手で僕の背中を撫でて、もう片方の手で僕の頭をそっと抱きしめてくれた。

「大丈夫ですよ……きっとお祖母様もわかってます。楡岸さんの気持ち」
「そう……で……しょうか」

本当にそう思いますか?

思わず縋(すが)るような眼差しで、彼女を見上げてしまった。
見上げた彼女の顔は僕のことを愛しげに見てる気がする。
それともそれは、僕の自惚れだろうか?

「ええ……きっと……だから」
「…………」

彼女が僕の顔を両手で挟んで、視線を合わせるように僕の顔を自分に向かせた。

「もう泣かないでください」
「…………」

その言葉の響きがあまりにも優しくて、癒されて、また涙がポロポロと零れた。

祖母が亡くなり、仕事に追われいっぱいいっぱいだった自分……
こんなふうに他人と接したのは初めてだった。

足元にあったティッシュで、彼女が僕の涙を拭う。
もう片方の手は、僕の頬に触れたままだった。
その手の温もりが、僕の弱っていた心と身体にすんなりと馴染む。

「…………」
「…………」

彼女が僕の頬に手を当てたまま、僕をじっと見つめてる。
僕もそんな彼女からの視線を逸らすことなく、泣いて潤んでいるだろう目で彼女を見つめ返していた。

言葉はなかったけれど、お互いなにを思っているのか伝わってる気がした。
僕は彼女を求めてる。
知り合ったばかりの名前しか知らない彼女を……。

でも、感じるのはごくごく自然な、なんの打算もない優しくて慈しむような眼差しと態度。

彼女に癒されたい……彼女の肌に直に触れてその温もりを僕の肌で感じたい。

彼女が欲しい。

「ごめんなさい。久遠さん……あなたの優しさにつけ込んでしまってもいいですか?」

「え……?」

もう何も考えられず、己の気持ちに素直に突き進んだ。
これは一目惚れとでもいうんだろうか?
相手のことを、なにも気にもならずただ自分のモノにしたいと思うこの気持ち。

僕が近づいても、彼女は逃げなかった。
だからそのまま彼女に近付いて唇に触れるだけのキスをした。

彼女はちょっと驚いたみたいだけど、嫌がったり拒んだりはしなかった。

「久遠さん……」

彼女の耳に直接名前を囁いた。

「………んっ…」

後頭部に手を回して触れると、そのまま自分の方に引き寄せた。

彼女は自然の流れのように僕の首に腕を廻して、今度は強めにお互いの唇を押し付けあって、
どちらともなく舌を絡ませて相手を受け入れた。

ああ……気持ちがいい。
塞ぎこんでた今までの気分が、霧が晴れるように軽くなる。

もうとまれない……やめることはできない……やめるつもりもない。

僕は彼女に体重を掛けるように寄りかかって、そのまま床の上に押し倒した。

焦る気持ちとは裏腹に、ちゃんと彼女の身体を支えながらゆっくりと倒れこんだ自分を褒めてやりたかった。








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