想い想われ?



07・史明視点




あれから数日が経ち、また仕事に追われる日々が始まった。

仕事の合間に思うことは、静乃さんのことばかりだ。

あの柔らくてあったかい静乃さんの身体……仄かに香る石鹸の匂い。
それを思い出すだけで、顔が綻んでしまう。
でも現実には静乃さんは僕の傍にいないし、話すこともできないし、顔も見ることもできない。

ダメだ……このままでは静乃さん不足になってしまう。

「静乃さんに会いたい……」

まずは友達からと決めたから、そうそう部屋に押しかけることはできない。
それにもしかすると、もう僕のことなんて過去のことになってるかもしれない。

「ああ……イヤだ。そんなの絶対イヤだ」

こんな辛い日々は早く脱出するんだ。
友達期間をサッサと通り過ぎて、恋人にならなければ!!

「というわけで、静乃さんに会いに行こう」

静乃さんに最後に会ってから、もう少しで1週間になる。
週一で、友達が会いに行くのは別におかしなことではないだろう。うん。

「平林さん、ちょっといいかな」

僕は机の上の社用の電話から内線で、ドアの向こうにいる秘書に声を掛ける。
ものの数秒で部屋のドアがノックされて、ひとりの女性が入ってくる。

黒のタイトスーツに薄いブルーのブラウス。
髪は短く、片方は耳にかけてる。
綺麗に施されたお化粧と、不快に思わない程度の香水が匂う。
歳は確か28か29だったはず。
背筋を真っ直ぐにして、顔は無表情だ。
笑ってるわけでも、不機嫌なわけでもない。
仕事中はいつもこんな感じで、休み時間や仕事時間外はもう少し丸い感じの人になるんだけれど。

「明後日の夜って、なにか重要な約束ありましたっけ」
「たしかSSコーポレーションの社長と食事があったはずですが」
「それって前日か次の日に移せる?」
「あちらの都合を伺ってみないことにはわかりませんが……」
「今回の食事は顔合わせみたいなもんだったよね」
「はい。本来なら大井部長と海外事業部の金野井氏も同席が好ましいのですが、
先方が一度、副社長とゆっくりお話したいと言うことですので」

そうなんだよね……なんか妙に仕事以外の接点持ちたそうにするんだよね。

「んーーそれって昼食とかに変更してもらっていいかな?都合つかなかったらナシの方向でいいから」

担当と一緒の顔合わせもあるんだし、別に改まって席を設けることもないんだよね。

「かしこまりました。さっそく先方に連絡をとってみます」
「宜しく。それと明後日の夜は何も予定入れないで」
「はい。では」
「あ!平林さん」

一礼して平林さんが部屋から出て行こうとしたのを呼び止めた。

「はい?」
「あ……あのさ」
「?」
「この辺で美味しいケーキ売ってところ知ってる?」
「はい?」
「ケーキ。女性に人気のあるお店とか知らないかな」
「…………」

平林さんが無言でじっと僕を見てる。
まあこんなこと聞くの初めてのことだし、不思議に思うのも無理ないと思うけど……
そんなガン見しなくたって。

「そうですね……ここからちょっと行ったところに、先日テレビで紹介された
有名なパテェシエがオーナーのお店がありますが」
「ほんと?じゃあ、あとでお店の場所教えてくれる?」
「では、お店の地図をプリントアウトしてお渡し致します」
「うん。ありがとう」
「失礼致します」

今度こそ一礼して部屋を出て行った平林さん。
一瞬探るような視線を向けられたけど、すぐに普通の視線になったから大丈夫だろう。
詳しいことを聞かれなかったけれど、頭の回転が速い彼女のことだから、きっと色々と
察してしまってるかもしれないな。
だからといって、何か口煩く言ってくるわけでもない。



「いい天気だなぁー」

朝から晴れ渡った空を車の中から窓ガラス越しに見上げての一言だ。
幸先いいなぁ〜なんて、ひとりでうんうんと頷く。

あの日から、今日で一週間。
今日という日を、どんなに心待ちにしていたか。

仕事も今日の夜に持ち込まないように頑張った。
よほどのアクシデントがない限り、予定は狂うことはないだろう。

「森末さん」
「はい」

専務になったときから送迎の車の運転手を勤めてくれてる彼に後部座席から声をかけた。

「今日の帰りは車は結構ですので5時にはあがってください」
「ですが、史明様はどうなさるのですか」
「今日は帰りに寄るところがあるんです」
「でしたらそこまでお送り致しますが」
「いえ……そこには僕ひとりで行きたいんです」
「……わかりました。ではお気をつけて、何かありましたらご連絡ください。すぐにお迎えにあがりますから」
「ありがとう。万が一のときは宜しく頼むよ」
「はい」

静乃さんに会うとき僕は “NIREGISHI CORPORATION 副社長” という肩書きを持った男ではなくて
“楡岸 史明” というひとりのただの男として会いたかった。

きっと静乃さんは、僕の肩書きなんて気にしないと思う。
僕の地位や財産目当てなんてないと思えるし、むしろ逆にそんなものは邪魔だなんて言いそうだと思った。
そんな肩書きを持ってる僕を煙たがるかもしれない。

僕としては、いずれはそれも含んだ僕を受け入れてほしいと思ってるけど。



「それじゃ僕はこれで帰るけど、君ももう帰ってかまわないから」

心配していたアクシデントもなく、いつもよりは早い時間に帰る準備ができた。
僕はもう、帰る気満々だった。
身体はすでに、部屋から廊下に半分は出てる。

「わかりました。ですが副社長、お気をつけてお帰りくださいませ。今日は朝から落ち着きがなかったようですし」
「え!?」

バレてる??

「そ……そんなに朝から落ち着きなかったか…な?」
「はい」
「え?そう?」
「お声をかけても上の空で何度かお返事がないときがありましたし、打ち合わせもお忘れになりそうでしたし、
何度か転びそうにもなっておりました」
「ええ!?そ…そうだったっけ?」
「はい」
「わ……わかりました。気をつけます……」
「ケーキを持って転ぶだなんて最悪ですから」
「へ?」
「では、お気をつけて」
「あ…ああ、お疲れ様……」

副社長室のドアの前で、頭を下げる彼女の前から気持ち早歩きで歩き出した。
廊下の角を曲がって、エレベーターの前にたどり着くとホッと胸を撫で下ろす。

「さすが平林さん鋭いな〜」

まあ、夜の予定を調整してもらったんだからわかるの当たり前か……。

それにしても、そんなに上の空だったのかな。
平林さんが言うんだからきっとそうなんだろうな。

「確かにケーキ持って転んだら目もあてられない」


会社を出て平林さんに教えてもらったお店でケーキを買った。
テレビで紹介されただけあってかなり混んでいた。
生クリーム系・チョコ系・チーズ系・フルーツ系とプリンをチョイス。

喜んでくれるだろうか。

タクシーの中、膝の上に乗せたケーキの箱を見つめて静乃さんを思った。


「き……緊張する」

静乃さんのアパートの前でタクシーを降りて、そこから動けず建物を見上げる。
部屋に灯りが点いてるから静乃さんは帰ってる。

『楡岸さん』

優しく微笑んだ静乃さんの顔が浮かぶ。
会いたくないのか?

「まさか!会いたいに決まってる。……会いたい……」

でも……迷惑に思われないだろうか?
露骨に嫌な顔されたら……。

「いや!頑張れ!僕!」

フルフルと頭を振って気合を入れて、なんとか静乃さんの部屋の前までたどり着く。

「はあああぁぁーーー」

深呼吸も忘れず、震える指でチャイムを押す。

「はい?」

ちょっとの間を置いて、中から静乃さんの声が聞こえた。

「こんばんは。楡岸です」
「え?うそ??」

う"っ!……うそって……どういう意味なんだろうか?
やっぱり僕が訪ねて来ることなんて、予想してなかったってことだろうか?
きっとドアの覗き穴から覗いたんだろう……

「ええ!?なんで??」

なんて声が聞こえた。
ズーーーンと身体に重力がかかった気がした。
ケーキの箱までが重くなった気がする。

慌て玄関のチェーンを外す音と、鍵をあける音がしてドアがひらく。
そこにはビックリした顔の彼女が、エプロン姿で立ってた。

ああ……なんて家庭的な姿なんだ。
奥さんになったら、毎日こんな姿の静乃さんの姿を見れるんだな……。
オタマ片手に微笑んで 『おかえりなさい』  なんて言ってくれる静乃さんの姿を妄想する。

「え?ど……どうしたんですか?」

本当にワケがわからないという顔の静乃さん。
ハッ!!落ち着くんだ!僕!今はまず、静乃さんとの距離を縮めなければ。

「静乃さんと一緒に食べようと思って、ケーキ買ってきたんです」

心の中のあらゆる葛藤と不安と妄想を隠して、にっこり微笑んだ。

「…………はあ?」

静乃さんはかなりの間をおいて、なんともとぼけた返事をかえしてきた。
立ち直れないくらいの、鉛のような重さのモノが鳩尾に溜まる。

くじけるなっ!僕!!

「中に入れてもらえますか?」

そう言うと、僕は手に持ってたケーキの箱を静乃さんにわかるように見せて、

またニッコリと微笑んだ。








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