想い想われ?



10・史明視点




「静乃さん」

前回から一週間……自分で友達ならと会うのは週一にと決めて今日で2度目、
初めての日から3度目の静乃さんのお宅訪問だ。

この前来た時よりもちょっと早目に来てしまったけれど、静乃さんはもう帰って来てるみたいだ。

部屋の……というか、浴室と思われる窓に明かりが点いてる。
今、静乃さんは入浴の真っ最中ということだ。

浴室の窓側は人が通れるような通路もないし、ちゃんと窓も閉まってるから誰かに覗かれる心配もないと思う。
なのでどこかで時間を潰して、また来ようと決めてアパートを後にした。
ここからちょっと駅に戻ったところにコンビニがあるから、そこで時間を潰そうと決めた。

静乃さんのことは、まだ誰にも話していない。
梨佳ちゃんにも、祐平にもだ。

それは……僕が静乃さんとの関係を大切に想ってるからで、周りからなにかゴチャゴチャと
言われるのは嫌だと思ったから。

ちゃんとお互いの気持ちが通じ合って、晴れて恋人同士になったときには “惚気てやる!” 
というくらいの勢いで皆に話そうと思っている。

なので今、2人の関係を知っているのは僕と静乃さんだけ。
そう思うだけで、僕はとても嬉しくて幸せな気分になる。

なんだか静乃さんを独り占めしてる気分になるから。

周りに悟られないように静乃さんのところに来るときは、会社からこっそりと抜け出してタクシーを使う。
森末さんを信じてないわけではないけれど、まだ静乃さんのことを知られるわけにはいかないから。

僕は……静乃さんとの関係を大事に大事に育てていきたいんだ。


別に浮かれていたわけではないと思う。
けれど、誰も知ってる人はいないと安心しきっていたのかもしれない。

だからまさか、僕の後をつけていた奴がいたなんて……。

静乃さんとの関係を深めたかった僕は、そんな気配に何ひとつ気づかなかった。

後で死ぬほど後悔して落ち込んで、泣くことになるなんて……。

そのときの僕は知る由もなかった。



ピンポーーン ♪

あれから30分ほどしてアパートに戻ると、もう浴室の電気は消えてキッチンの電気が点いていた。
どうやらお風呂から静乃さんはあがったらしい。

今日は震えずに玄関のチャイムを押すことができた。

「はーい」

このアパートにはインターホーンはなんてなくて、直接玄関で僕を迎えてくれる。
セキュリティ的には問題ありだけど、直接玄関までこれるのは助かっている。

「どちらさま?」

きっと相手は僕だとわかってるはずなのに、誰だか確める静乃さん。

「こんばんは。夜分にすみません、楡岸です」

そう思ってても、僕は丁寧に挨拶をする。

「はい。ちょっと待ってくださいね」

前回のように慌てふためくことはなく、挨拶の後すぐに玄関のドアを開けてくれた。
門前払いされず、邪険にもされず、僕はホッと胸を撫で下ろす。

「こんばんは。どうしたんですか?」

風呂上りの静乃さん……半乾きの髪の毛が悩ましいし、湯上りのせいかいつもより
離れていても石鹸の匂いがわかる。

「こんばんは。実はとてもおいしいって評判のお酒が手に入ったので、
ぜひ静乃さんと飲みたいと思いまして」

一週間ぶりの静乃さんが目の前にいる。
僕はそれだけでも嬉しくて自然に顔が緩んでしまう。
だからお酒が入ってる紙袋を掲げてニッコリと笑った。

「あら……わざわざすみません」
「いえ、逆にいきなりお邪魔してスミマセン。でも、どうしても静乃さんと飲みたかったので……。
お邪魔してもかまいませんか?」

必ず “会いたかったアピール” を忘れない。

「簡単なおつまみしか作れませんけど、それでよろしかったら」
「かまいません。っていうか、ちょっとしたものなら僕も持ってきましたから」
「そうですか?すみません気を使っていただいて」
「そんなことないですよ。では、お邪魔してもいいですか?」
「どうぞ」
「じゃあ、遠慮なく。お邪魔します」

とりあえず部屋の中に入らせてもらえることになって、また顔が緩む。
ここまでのことで僕の心臓が信じられないくらいにバクバクと動いてるなんて、静乃さんは知らないだろうな。

「タイミングがよかったんですよ。ちょっと前までお風呂入ってましたから」
「はい、知ってました。なので少し時間を潰してまた伺いました」
「え?そうだったんですか?」
「部屋の電気も点いてましたし、浴室の電気も点いてましたから。
静乃さんがいるのはわかってました。それでタイミング見計らってチャイムを」
「そうなんですか?」

言ったあとで静乃さんが困った顔をする。
僕……なにか変なこと言ったんだろうか?

「あの……静乃さん」
「え!?あ!はい」

なんでそんなに驚くんだか?
僕は気にしつつも、今まで言い出せなかったことをこの気に乗じて切り出した。

「今後のことも考えて……携帯の番号とメールのアドレス教えていただけますか?」
「はい?」

静乃さんは僕のその申し出が意外とでも言うように、間の抜けた返事が帰って来た。

「あの……変なことには使いませんし、くだらないこともしませんから。
今日みたいに時間がわかればそれに合わせて伺うこともできますし」
「…………」

何か考えごとをしてるのか、目の前にいるのに静乃さんはなぜか上の空だった。

「静乃……さん?」
「え?」
「イヤだって言うのなら無理にとは言いません……けど?」

思わず心配になって、窺うように静乃さんを見てしまう。

「え?あ!いや!ち……違います!楡岸さんから言われたのがちょっとびっくりしちゃって」

え!?そんなに驚くことですか?

「携帯の番号とアドレス聞くことがですか?」

ついストレートに聞いてしまう。
そんなに嫌だったのか……。

「はあ……まあ……ほら、最初に会ったときは聞かれなかったから……」
「ああ!いや……自宅も知ってることですしね。携帯で連絡するなら直接来て話したほうがいいかな、
なんて思ってまして。でも静乃さんの予定わからないのは、この先不便かと思いますし」
「…………」

本当なら携帯なんて使わないように毎日伺います!
と、言いたいところなのに、まだそんな話はできそうもない。

「ダメ……ですか?」
「え?あ!そ……そんなことないです。とにかく中にどうぞ。こんな玄関先で立ち話もなんですから」
「そうですね。お酒飲みながらゆっくり話しましょう」

スリッパを勧めてられて、ふたりで奥の部屋に向かう。


「今日の夕飯は煮魚だったんですか?」

持ってきた紙袋をキッチンのテーブルの上に置くときに、置いてあったお皿が見えた。
白身魚の煮付け……美味しそうだ。

「はい。残りものですけど食べます?」
「いいんですか?」

うそ!本当に?

「かまいませんけど。楡岸さん夕飯は?」
「実はまだです」

言いながら、手のひらを後頭部に当ててエヘヘと笑った。

「ならご飯食べますか?」
「ぜひ!!」

静乃さんのところで食べれると期待していたわけじゃない。
夕飯を食べる時間がもったいなかっただけで、少しでも早く静乃さんに会いたかったから
空腹なんて我慢できた。お酒のおつまみを、つまめばいいとも思ったし。

「くすっ……そんな力まなくても」
「あ!すみません……この前ここで食べたご飯の味が忘れられなくて……ずっと静乃さんの
手料理を食べたいと思ってたんです。」
「お褒めにあずかって光栄です」
「いやホントお世辞抜きで……おいしかったです」
「ありがとうございます。じゃあ今、温めなおしますからちょっと待っててくださいね」
「はい。あ!でも僕も手伝います」
「じゃあ、お酒の準備してもらってもいいですか?グラスとか小皿出してもらえると助かるんですけど」
「はい。喜んで」


僕は本当に嬉しくて、自分でもわかるくらいにウキウキワクワクしながら食器を出した。

そんな僕を静乃さんはときどき同じ眼差しで、ジッと見つめてくるときがある。

まるで僕が、ウキウキワクワクしてるのをわかってるかのように……。








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