想い想われ?



11・史明視点




「本当は仕事でぎゅうぎゅう詰めって感じで、息抜きがしたかったんです」

食事を終えた静乃さんと床に座れる部屋に移動してお酒を飲んでいた。
お腹も一杯になって満足で、お酒も入ってほろ酔い気分で気持ちよかったからつい本音が出てしまう。

「なら、お友達とか誘って飲んだほうがよかったんじゃ……」

静乃さんが僕の言葉を聞いて、変なことを言い出す。
どうしてそんなこと言うんですか?静乃さんと飲めたほうがいいに決まってるじゃないですか!!

「友達と言っても高校時代の友達はほとんど会う機会もないし、大学は向こうでしたからね。
仕事絡みは流石に遠慮したいです」
「そうですか……」
「以前は祖母相手に飲んでたんですけどね」
「お祖母様も飲まれるんですか?」

テルさんと飲んでると思われたらしい。
身体の調子が優れなかったテルさんに、お酒をつき合わせるなんてことはしない。
もうちょっと若かった頃は嗜む程度に飲んではいたけれど……もともとテルさんは、お酒は好きじゃなかった。

「まさか。祖母は僕が飲むのを傍で見て話し相手になってくれてただけです。僕が話すことを
黙って聞いてくれて、時々頷いたりアドバイスくれたりとわりと充実した時間でした」
「ごめんなさい」
「え?なにがですか」
「きっと私とじゃそんな時間過ごしてもらえそうにないから……」

なっ!!??
いきなり何を言い出すんだか!!静乃さん!
他の誰と過ごすより、静乃さんと過ごしたほうが何千倍…いや、何億倍も充実した時間です。

「そ、そんなことないです!僕が自分から静乃さんの家に訪ねて来てるんですから。
静乃さんがそのへんのことを気にすることはないです」
「はあ……」
「こうやって時々ご飯を一緒に食べて、お酒を飲んで話が出来れば僕は満足です」
「…………」

なんとか思ってることを言葉にするけれど、静乃さんには届いてないみたいだ。
僕の言葉に同意も反論もしないで、静乃さんは軽く微笑んだだけだった。

やっぱり僕がこうやって訪ねてくるのは、静乃さんにとって迷惑なんだろうか?
でもそうだったら、夕飯を食べさせてくれるなんてことするかな?

それとも僕はまたなにか、余計なことを言ったんだろうか?

静乃さんを前にすると、僕の自信はあっという間になくなってすぐに不安になってしまう。


「仕事そんなに忙しいの?」

だいぶ酔いがまわってきたころ、静乃さんがまた敬語になってることに気がついた。
思わず 「話し方が戻ってます!」  なんて指摘すると、なんとか普通の喋り方に戻してくれた。

「はい……もう少しで大きな契約が結べそうなんです。僕も中心になって係わってた契約なので……」

お酒を飲んで酔いが回ったのか、身体がふわりふわりと変な感じがする。
でも気分は悪くなくて……このまま眠れそうなほど気持ちいい。

「大丈夫?」

静乃さんの優しい声が、心配そうに聞こえてくる。

「はい。あと何回か話を煮詰めれば滞りなく契約はできると……」
「いや……違くて、あなたよ」
「はい?」

僕?僕がどうかしました?

「酔ったんじゃないの?なんだか今にも寝そうなんだけど?しっかりしてよ?」
「えぇ?僕、全然平気ですよ」

自分ではしっかりしてたつもりだけど、胡坐をかいて座ってた僕はガックリと首が項垂れてて、
目はすでに閉じて顔も真っ赤だったらしい。
気づかなかったけれど、さっきから身体がフラフラと左右に揺れてる。

ああ……今にも寝そう。

「楡岸さん、少し横になって休みますか?」
「へ?いいんですか?」

そんな静乃さんの声のするほうに顔を上げたんだけど、静乃さんの顔が見えない。
んーーダメだ……まぶたが重くて目があけられない。

「だってこれじゃ帰れそうもないでしょ?少し酔いを醒ましたほうがいいわ」
「そう……ですね……ちょっと眠いです」

重力に負けたのか酔いに負けたのか、上げてた頭はあっという間にまた項垂れて俯いた。

「普段無理してたんじゃないの?だからちょっとのお酒でこんなに酔っ払っちゃうのよ」
「んーーーちゃんと睡眠はとるようにしてましたよ」
「どのくらい?」
「んーー1日3時間くらいですかね?」
「はあ?もーそんなんじゃ身体壊すってば!」

心配してくれるんですか?静乃さん!嬉しいです!!

「でも……仕方なかったんです」
「ちゃんと体調管理してくれる人いないの?」

たいちょうかんりぃ??んっと……

「祖母が亡くなってからはひとりです。まだあの家に帰るのは色々思い出して辛いですけど……
だから帰ったら寝るだけにしてるんです」

僕には……あそこでひとりでいるには、まだ辛すぎる。

「…………ごめんなさい」
「いいんです。静乃さんが謝ることじゃありません」

そう……静乃さんはなにも悪くない……だから謝らないで。

「あ!ちょっと!」

胡坐をかいたまま、身体が前のめりに傾いた。
その瞬間背中と胸を静乃さんの腕が回って支えてくれた。

「楡岸さん歩けます?隣の部屋のベッドまで」
「史明です」
「え?」
「苗字で呼ばれるの嫌です。史明です」

こんなときに、そんなことが気になった。
いや……ずっと気になってたのかもしれない。
だから酔いに任せてそんなことを口走った。

「でも……」
「僕は静乃さんって呼んでます。同じです」
「じゃ……じゃあ史明……くん?」

呼び捨てでもかまわなかったのに……でも、呼び捨ては静乃さんには無理だろうなとわかる。
“さん” じゃないんだな〜なんて思ったけれど “くん” でもかまわないと思った。

「なんだか、親しみこもってていいですねぇ〜〜」

静乃さんに名前で呼ばれるのはやっぱり嬉しかった。
薄っすらあいた目に、静乃さんが映ったからにっこりと笑う。
そしたら、静乃さんもくすっと笑った気がした。

「じゃあ、ほら立って」
「はい……」

隣の部屋のベッドまで歩きながら、あっちにフラフラこっちにフラフラ……
隣の部屋がとんでもなく遠く感じる。
ああ…しっかりしないと……静乃さんに迷惑が……。

「う……ん……」

心の中でそんなことを気にしてたら、急にドスンと落とされた。
痛くはなかったけれど、上からハアハアと静乃さんの荒い息づかいが聞こえた気がした。
そんな息づかいが聞こえても僕は起き上がることなんてできなくて、ハッキリ言ってこの
横たわってるのが楽で、柔らかな感触が気持ちいい。

「これは……服どうしよう」

んーー静乃さんがなにか言ってる?

「楡……史明くん服脱いで」
「ぅ……ん……」

声をかけられてるのはわかるんだけど……もう…目があかない。

「勝手に脱がすわよ」

身体になにか優しく触れる感じがするなぁ……なんて思いつつ、全てのことが気持ちよくて
意識を保ってるのが限界で、ついに僕は意識を手放した。

「もう……ちゃんと自己管理しなさいよね。これが外だったらどうするのよ。ヨソのお姉さんに
お持ち帰りされちゃうわよ」
「……静乃さんの家だったから……」
「え?」

もうほとんど眠りの中だったはずなのに、静乃さんの呟きが聞こえたから。

「いつもは……ちゃんとしてますよ……僕……嬉しかったんです……静乃さんと一緒に飲めて……
久しぶりに……ぐっすり……眠れ……」

ああ……本当にもう限界だ。


「ねえ!ちょっと!!明日何時までに出社すればいいの?ねえ!!史明くん!!」

ユサユサと揺さぶられながら耳に声が響く。
ぼんやりと意識が浮上してきた。

「……んん……なに……」
「明日、何時に会社に着けばいいの?」

え?明日?……んーー寝ぼけてる頭で必死に考える。

「……9時……までに……」

よく言えたよ、僕。

「わかった。おやすみなさい」
「おやすみ……なさい……」

僕はとても安らかな気持ちで深い眠りに落ちていく。
静乃さんが傍にいるのがわかってたから。

静乃さん……僕が目覚めるまで傍にいてください。

そのあと静乃さんの小さな声で 『おやすみ』 と聞こえた気がした。



「ん……?」

目が覚めると、目の前に見なれないつむじが見えた。

「なんだ……」

そして僕の腕の中には……

「静乃さん!?……っ」

つい、大きな声を出して慌てて口を閉じる。
両手は静乃さんに伸ばされてたから口に当てることができなかったから。

一瞬、自分の置かれてる状況が理解できなかったけれど徐々に思い出してきた。
いつの間にシャツとパンツ一丁になったのかは憶えていないけれど……。

静乃さん……僕は今のこの状況があまりにも嬉しすぎる展開で、思わず歓喜の声を上げそうになる。
そんな嬉しさを無理矢理自分の中に押さえつけて、腕の中の静乃さんを抱きしめた。

あまりにも感情を押さえすぎて身体が震える。
ダメだ……気をつけないと静乃さんが起きてしまう。

ちょっとだけ、腕の力を緩めて静乃さんの身体を自分から少し離して顔を覗き込む。
目を瞑って起きる気配はない。

静乃さん……

静乃さんの背中に回してた片手を戻して、そっと頬に触れる。
柔らかくてマシュマロみたいだ……そのまま親指で唇に触れてなぞる。
柔らかい唇は、まるで僕を誘ってるみたいに思える。
本当はそんなことはないんだろうけど、自分の勝手な妄想でそんなふうに思えてしまう。

静乃さん……静乃さん!……静乃さん!!

声に出さずに静乃さんの名前を何度も呼ぶ。

好きです……好きなんです……だからどうかお願いします。
いつか……この僕の気持ちに気づいてください。

そして……僕を受け入れてください。


まだ薄暗い部屋のベッドの中で、僕は心からそう願って静乃さんを抱きしめながらまた目をつぶった。


次の日の朝、無意識だと思うけれど、静乃さんを逃がさないとばかりに両手足と僕の身体全部で、
僕より大分小柄な静乃さんをガッシリと捕獲してた。


怒られたわけではないけれど、何気にお説教モドキの小言を言われた。

けれど当然のことながら、僕にとってはまったくのダメージにはならず、

ただ次のときの注意事項のようなものだった。








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