想い想われ?



16・史明視点




“HOMARE” の創立70周年パーティに招かれていた。
仕事でどうしても遅れてしまうのを啓二おじさんに予め伝えてはあるけれど、
予定よりも遅くなってしまった。
慌てて会場に駆けつけてみれば、廊下に見慣れた人物が立ってた。

「梨佳ちゃん」

「あ!」
「!!」

名前を呼べば、いつもの可愛らしい笑顔を僕に向けてくれた。
でもなんで、彼女がこんな時間に廊下にいるんだ?
それに梨佳ちゃんの目の前には、赤い服を着た女性が立っていた。
友達だろうか?

「ふみクン!」

「ふみクン?」

目の前の赤い服の女性が、僕が愛称で呼ばれたのをひどく驚いてた。
近づいてよくよく一緒にいた女性を見ると……。

「あれ?佐渡さんじゃないですか。佐渡さんもいらしてたんですか?」

梨佳ちゃんと一緒にいたのは、あのS・Sエンタープライズの社長さんの娘さんの
佐渡……えっと……サヤカさんだったけ?
あ……いや違う。カスミさんだ、カスミさん。
でもなんで彼女が?

「え?あ……はい。父のお供で……それに、楡岸さんも今夜こちらにいらっしゃると聞いていたので」

そう言って、にっこりと笑う彼女。
ああ……父親と一緒に来たのか。
また、社会見学とかなんとか言われて連れて来られてたのかな?
でも、僕が来るからって言ってなかったかな?どうして僕が来るかなんて、彼女に関係があるんだろう?

「え?ああ “HOMARE” の社長は僕の遠い親戚にあたるものですから、仕事上も色々付き合いがあるんですよ。
で?ふたりで何を話してたんですか?」

普通のことを聞いたはずなんだけど、どうもふたりの態度とこの場の空気がおかしい?

「え?」

佐渡さんがナゼか引き攣った顔で返事をした。

「そういえば、梨佳ちゃんと佐渡さんは同じ大学でしたっけ?」

以前大学の話を聞いたとき、梨佳ちゃんと同じ大学だなって思ったんですよね。
その繋がりで2人で話してたのかなと思って、この空気に負けてそんな話題をふったんですけど。

「そ……そうなんですか?それは存じませんでした」
「多分、でも学年が違いますよね?学部もかしら」
「ええ……多分」
「そうなんですか」

僕の気のせいだったのか、2人は何事もなく普通に話してる。

「あの……楡岸さん」
「はい?」
「……こちら、楡岸さんの……その……婚約者なのですか?」
「え!?」

なんの脈絡もなく、いきなりそんなことを聞かれた。
一瞬で色んな考えが頭の中に浮かぶ。

どうして急にそんなことを言い出すんだろうかとか、そのことが佐渡さんになんの関係が
あるんだろうかとか、一体今まで2人はどんな話をしてたんだろう、とか。

でも、そんな中で出てきた言葉はコレだった。

「梨佳ちゃん?」

きっと梨佳ちゃんが知ってるはずで、この突然の佐渡さんの質問も梨佳ちゃん絡みで、
できれば説明してほしいけれど……今は無理そうですよね。

「そうよね?ふみクン。私達、子供の頃から仲良かったから親同士もそう思ってたみたいだし、
なんの障害もないものね」

梨佳ちゃんはさらに、僕と婚約者同士だと話を進めてくる。

「…………」

佐渡さんはそんな僕達をジッと見てる。
え?本当にどういうことなんだろう?
男性に絡まれて、僕を婚約者だと引き合いに出すのはわかるけれど……どうして佐渡さん相手に?

「内緒にしておきたいのはわかるけど、佐渡さんにはハッキリとお知らせしてさし上げたほうが
いいと思って、今話してたところなの」
「え?」
「だって、ふみクン放っておいたら誰に色目使われて、誘惑されちゃうかわからないじゃない。
だから佐渡さんにはご迷惑だとは思ったんですけれど、ふみクンにはもう相手がいるっていうことを
知っていてほしかったの。あ!これは佐渡さんだけではなくて、他の方にも言えることなんですけどね。
余計なご忠告だと思ったんですけど……申し訳ありませんでしたわね」

「…………」

ニッコリと啓二おじさんお気に入りの “天使の微笑み” の笑顔を向ける。
でも梨佳ちゃん……目が笑ってないんだけど。

それに、いつもの梨佳ちゃんからは考えられない他人への態度。
だからきっと、これにはなにかしら理由があるはず。

「そんな、わざわざ言わなくても……ちょっと恥ずかしいじゃないですか」

だから僕も話を合わせることにする。
梨佳ちゃんも察してくれたらしい。

「いつかわからない未来で、佐渡さんもどこかの素敵なお相手とめぐり合えるとよろしいですわねぇ」

顔だけ笑いながら、僕の腕に自分の腕を絡ませて身体を預けてきた。
ここは一応照れたほうがいいんだろうか?
後頭部を掻いて笑ってみた。

「わ……私、化粧室に行く途中でしたの。では、失礼いたします」

そんな僕達を見て佐渡さんが目を見開いた。
そして、ひきつり笑顔。
あれ?引かれてる?のかな。

「あら、呼び止めてしまって申し訳ありませんでした。では、また機会がありましたらゆっくりとお話しましょう」
「…………」

また2人の間に微妙な空気が流れたけれど、佐渡さんは僕に頭を下げるとスタスタと歩き出して、
僕達の前からいなくなってしまった。
しばらく佐渡さんがいなくなったほうを見てたけど、梨佳ちゃんが口を聞いた。

「はあーこれでもう大丈夫」

梨佳ちゃんが見るからに大きな溜息をついて、身体から力を抜いた。

「それじゃあ僕にちゃんと説明してくれますか?」

さっきからワケがわからず、流れのまま梨佳ちゃんに合わせてしまったけれど。

「彼女……ふみクンの婚約者なんですって」
「…………は?」

僕は梨佳ちゃんを見て、もう誰もいない廊下を見て、また梨佳ちゃんを見た。

「え?誰がですか?」
「だから今のS・Sエンタープライズの佐渡カスミさん」
「…………はあ!?」

僕はかなりの間をあけて、とんでもなく間抜けな声を出した。

「ななな……なんでですか?どうして?どこでどうなってそんなことになってるんですか?」

僕は見事なまでの慌てっぷりだった。

「ふみクン落ち着いて。彼女の勝手な妄想だから」
「も、妄想?」
「迷惑な妄想だけどね」
「え?」

そのあとの梨佳ちゃんから彼女の今までの数々の話を聞いて、僕はまた驚いた。

「僕は今まで、彼女に誤解させるようなことはしていないと思いますけど」

思い返しても彼女の父親と一緒に何度か食事したことと、何度か出先で会った時に話したくらいだ。
2人っきりになったのは、彼女が会社に訪ねてきたときに、ロビーまで送って行ったくらいだと思う。
そのときだって、受付には人がいたしロビーにも何人か人がいた。
話だって当たり障りのない話題だったと思う。

「先走っちゃったんでしょうね」
「え?」
「ほら、前話したでしょ?ふみクンのことが記事に載ってたって」
「はい」
「そこに何人か花嫁候補の名前が載ってて、その中に彼女の名前もあったの」
「はい!?えっ?花嫁候補!?」
「どんな基準で決めたのかわからないけど、私の名前はなかったのよ」

ちょっと拗ねたふりして梨佳ちゃんが唇を尖らす。
多分、会社の規模とか業績とかからだと思うけど、と梨佳ちゃんは言ってた。

「そういうの真に受けちゃったんでしょうね。確かにふみクン優良物件ですもの」
「優良物件って……」
「でも私がふみクンの婚約者だって多分信じたと思うから、もう何も仕掛けてこないと思うわ。ふみクンも協力してくれたし」
「いきなりでしたからビックリしましたよ」
「まさかあのタイミングで、ふみクンが来るとは思ってなかったから私もびっくりしたわ」
「…………僕のことが好き……だったんでしょうか。今まで何の接点もなかったはずなので」
「多分違うと思うわよ……」
「……ですよね」

優良物件……そこに目をつけただけ。
まあ慣れてるけど、でもそれを手に入れるためにした行動が信じられない。

「だから早く、本当に一緒になりたい人を見つけてさっさと結婚しちゃえばいいのよ。ふみクン!」

「え?」

「ふみクンがその気になれば、より取り見取りだと思うけど」
「そんなことないですよ」
「いないの?そう思える人?」
「…………」

静乃さん ─────

すぐに浮かんだその人……でも、今その名前を言うことはしなかった。

「なんだいないんだぁ〜。まあ、いたらふみクンも今回のこと気づいたわよね」
「え?」
「だってそうしたら、佐渡さんにとって一番蹴落としたい人物じゃない」
「!!」

一番蹴落としたい人物?
一瞬ザワリとしたものが胸の中をかすめた。


「梨佳様」

「 「 !! 」 」

声のほうを見れば、会場の入口の扉の前に啓二おじさんの秘書の近藤さんが立っていた。

「社長が捜しておいでです。中にお戻りください」
「は〜い、わかりました。もうパパったら子供じゃないんだから……」
「…………」

ブツブツ文句を言いながら、梨佳ちゃんが歩き出した。
僕はそのあとを無言でついていく。

「ふみクン」
「はい?」

梨佳ちゃんが途中で振り向いて、僕を見上げる。

「もし彼女がまたなにかしてきたら、すぐに私に言ってね?ちゃんと “婚約者” の義務を果たしてあげるから」
「梨佳ちゃん……すみません……ありがとうございます」

まさか僕が助けてもらうなんて思わなかった。
裕平が知ったら、なにか言われそうだけど……。

「ゆっくりしていけるの?」
「それがすぐに帰らないと……もしかしたら、現地に飛ばなくてはいけないかもしれないので」
「そんなに忙しいんだ」
「なんせ相手方の社長が、僕と直接交渉したいって言ってるものですから」
「でも、大学のとき住んでたところの近くの会社なんでしょ?」
「はい。ですから余計僕にと話がきまして」

新しく契約を結ぶ相手が大学時代を過ごした向こうの会社で、話を進めるのに直接相手方を
訪ねなければならなくなりそうだった。
そうなると、1週間から2週間は帰ってこれないかもしれない。

その間、静乃さんに会えない……。
僕はさっきの梨佳ちゃんの言葉が気になってる。

──── 一番蹴落としたい人物

でも静乃さんのことは、僕以外誰も知らないはず。
静乃さんに初めて会ったときは偶然だったし、会いに行くときも誰にも知られないように、
こっそりと自分ひとりで行動した。
だから、静乃さんのことを知られるはずはないと思うけど……。

近藤さんに促されて会場に入ると啓二おじさんに捕まり、すぐに静乃さんに連絡することができなくなった。

仕方ないと諦めて、帰り際に車の中から電話をしても静乃さんは出なかった。
そのあと、覚悟はしていたけれどすぐに向こうに行くことになって、その準備でさらに忙しくなった。

こんなときに、と思いながらもどうすることもできなくて、仕方なく仕事が忙しくなってしばらく会いに行けないことと、
仕事が落ち着いたら必ず会いに行きます、と静乃さんにメールを送った。

“体に気をつけてお仕事頑張ってください”

すぐに静乃さんから返事が来て、僕は内心ホッとした。
これからも、仕事先から電話なりメールで連絡は取れると安易に思っていた。

今回の仕事が一段落すれば、少しは時間に余裕も持てるしと、そのときを励みに頑張ろうと思った。


けれどそれから数日後に静乃さんと一切の連絡が取れず、帰国して訪ねたアパートは引っ越したあとで……


僕はひとり、静乃さんの部屋の玄関のドアの前で途方に暮れることになる。








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