ピンポーン ♪ ピンポーン ♪
前のチャイムと違う音が鳴る。
しばらく様子を見ても、玄関のドアが開くことはない。
ピンポーン ♪ ピンポーン ♪
もう一度押してみた。
でも内心焦っていた僕は、さっきよりもチャイムを押す間隔が短くなってた。
静乃さん、居るなら出てください!!
祈るような気持ちで待っていると、インターホンから声が聞こえた。
『……はい』
小さくて遠慮がちな声だけど、確かに静乃さんの声だ!
僕のテンションは一気に跳ね上がった。
「静乃さん!?」
『…………』
僕の呼びかけに、なにも答えない。
「静乃さん!!僕です!!史明です!!あ……開けてください!!お願いです!!」
『…………』
「静乃さん!!開けてくれるまで、僕ここから離れませんから!!」
インターホンに向かって叫びに近い声で訴えた。
諦めるもんですか、この扉の向こうに静乃さんがいるんですから。
しばらく待っても何の反応もドアの向こう側からしないと、焦りよりも不安が募る。
僕と話しをするのも嫌ですか?僕の顔を見るのも嫌ですか?
「静乃さん……」
僕は知らず知らずのうちに、泣きそうな声になっていたらしい。
「!!」
突然カチャカチャとチェーンを外す音がして、玄関のドアが開いた。
心臓が痛いくらいにドキドキと鳴ってる。
本当に?本当にこのドアの向こうに静乃さんはいる?
ゆっくりと開くドアがもどかしくて、ほんの10センチほど開いたドアの隙間にガシリと指を掛けて
グンと思い切りドアを引いた。
「あ!」
驚いた静乃さんの声が聞こえると、僕の目の前にドアノブを掴んだまま静乃さんが倒れ込んできた。
「静乃さん!!」
「むぅっ!!」
僕は開ききらない玄関のドアの間から身体を滑りこませて、飛び込んできた静乃さんを力一杯抱きしめた。
僕は静乃さんを離すまいと、とにかく必死だった。
だから静乃さんの顔が僕の胸に押し付けられて、洋服にハナと口が埋まってたのも気づかなかった。
「んんっ!!ちょっ……ふみ……」
「よかった……やっと……会えた……静乃さんに……会え……ぐずっ……」
ダメだ……ホッとして、あっという間に涙腺が緩む。
「ぷはぁ〜ちょっと!史明くん!?」
僕の胸に埋まった顔を上げた静乃さんが僕の名前を呼んだけど、静乃さんの首筋に顔を埋めてた僕は
まだ顔を上げることができなかった。
堪えても堪えても涙が次から次へと出てきて、みっともないけれどハナをすする。
「静乃さん……会いたかったぁ……静乃さん……」
静乃さんの名前を繰り返し呼びながら、ぎゅうぎゅうと抱きしめ続ける。
でもそんなときでもどこか頭が冷静なところもあって、絶対逃がさないと後手にこっそりと玄関の鍵を閉めた。
「史明くん?」
「…………」
やっと顔を上げて、静乃さんの肩を両手で掴むとお互いに顔が見えるくらいに離れた。
焦がれて焦がれて……やっとちゃんと静乃さんと見つめ合うことができた。
どのくらいまともに静乃さんの顔を見ていなかっただろう?
よかった……僕の記憶の中にある静乃さんと同じ顔だ。
ちょっとお疲れ気味のような気もするけれど、きっとあのあと僕と同じように色々考えていたに違いない。
そう思うと余計に自分が情けなくて、静乃さんに申し訳なくて、でもこうやって会えたのが嬉しくて
ポロリと涙が零れて頬を伝った。
でもその涙は拭われることはなく、顎を伝って落ちて僕の服に沁みた。
今の気持ちはとても複雑で申し訳なく思う反面、今まで会えなくて僕を避けていた静乃さんに理不尽さも感じてしまう。
お門違いもいいところなのに……だから僕の顔は微妙で眉間にシワがよって、口はキュッと強く引き結んでる。
じゃないと、今まで会えなかった不満を言ってしまいそうだったから。
「と……とにかくあがって?立ち話もなんだから……」
どうやら静乃さんは、僕と話し合ってくれるみたいだ。
「はい……」
だから僕も気持ちを切り替えて、涙のあとを自分の手のひらで拭って静乃さんのあとをついて行った。
部屋は前と同じ2DKだったけど、以前部屋の窓から見えていた緑の木々はなくて、隣の建物のコンクリートの壁だった。
部屋の端には、まだ片付けられていないダンボールの箱が何個かある。
そんな部屋の中を観察していると、コトリと音がして僕の目の前にコーヒーが置かれた。
ちゃんと僕用のマグカップだ……持ってきてくれてたんですね。
「ありがとうございます」
もしかして、僕が以前こっそりと静乃さんの部屋に置いていったモノもあるんでしょうか?
だとしたら……凄く嬉しい。
お互い向かい合ったまま、何も話さず時間だけが過ぎた。
僕から話しかけなければと思うのに、今さらながら静乃さんに拒絶の言葉を言われたら……
そう思うと思ったように口が動いてくれない。
「帆稀さんに聞いたの?ここのこと」
あまりにも長い沈黙に静乃さんが口を開いた。
「はい……でも流石に住所は知らなくて今日、朝一で会社に行ってもらって静乃さんの住所を
調べてもらいました」
「そう……」
「あ……あの梨……彼女のことは責めないでください。僕が強引にお願いして調べてもらったんです」
「うん」
そう言ってふわりと笑う静乃さんに見惚れてしまった。
ああ……やっぱり和むなぁ……なんて心地良さに浸っていると、ハッと現実に引き戻された。
「ああ!!」
「!!」
僕は今朝、竹之内さんから聞いた話を思い出して思わず叫んでしまった。
本当に静乃さんに申し訳なくて自分が情けなくて、自分で自分の頭を抱えて俯いた。
気配で静乃さんが驚いたのがわかった。
「ど……どうしたの?」
「…………」
「史明……くん?」
「僕はなんと言って静乃さんに謝ればいいんでしょう!!」
「へ!?」
ガバッと勢いよく顔を上げて、きっと情けない顔をしてると思うけどそんな顔で静乃さんをジッと見る。
「転職したのは僕のせいなんですよね?」
「え"っ!!」
いきなりの僕の言葉に、静乃さんが驚いて固まった。
その静乃さんの態度が、すべては真実だと僕に教えていた。
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