想い想われ?



26・史明視点




「転職したのは僕のせいなんですよね?」
「え"っ!!」

とにかく黙ってられなくて、ズバリと切り出したら静乃さんが固まった。
それを見てやっぱり本当だったんだと、胸がズギリと傷んだ。

「本当にごめんなさい。謝っても謝りきれないし、どうしたら静乃さんに許してもらえるのか……」
「あ……あの……」
「急に前のアパートを引っ越して、連絡も取れなくなって……それで僕、静乃さんのこと探しました」
「はぁ……」

僕はテーブルに身体を乗り出して、静乃さんに話し始めた。

「でも僕が知ってるのは、静乃さんのあの引っ越したアパートと携帯の番号とアドレスだけだったから……
色々手を回して、勤め先を突き止めました。でも……そこも辞めたあとで……」
「…………」

静乃さんは唇をぎゅっと引き締めて少し俯く。

「その辞めた……いいえ、辞めさせられたのも僕のせいだったんですね」
「……史明くんのせいなんかじゃないわ……」

目を伏せて、悲しそうに笑う。

「いいえ!僕のせいです!僕のプライベートな部分で、静乃さんに迷惑をかけました」
「いいのよ。あのことは自業自得と思ってる」
「自業……自得……ですか?」

え!?それって……どういう意味なんでしょう?

「そう。婚約者のいる人と身体の関係を持ってしまった自分が悪いから……彼女が怒ったのも
仕方ないと思うし」
「ち……違います!佐渡さんは僕の婚約者じゃ……」
「うん。知ってる……あとで違うってわかったから」
「え?ほ……本当ですか?」
「うん……」

喜んでイイコトなんだろうけど……なんだか胸に引っ掛かるモノがある。
それにどうやって、佐渡さんが僕の婚約者じゃないってわかったんだろう?
でも、それならそれで話しが早い。

「では彼女を訴えますか?」
「え?」

僕のその言葉に静乃さんが伏せていた顔を上げる。
佐渡さんが静乃さんにしたことは許されることじゃない。
竹ノ内さんからそのことを聞いてから、僕はずっと考えていた。

「彼女がしたことは許されることではありません。人ひとりの人生を変えるようなことをしたんです。
ちゃんと責任を取るべきだと僕は思います」
「…………」
「本当にすみません……彼女のことは梨佳ちゃんに言われるまで知らなかったんです。
確かに取引のある会社のご令嬢だったんですが、何度か社長である彼女の父親を交えて食事をしたくらいでしたし、
あとはどこかで催されたパーティーで会うくらいだったんですが、どこをどう思ったのか自分が僕の花嫁の最有力候補
だと思ってたらしくて……静乃さん以外にも、僕の結婚相手になりそうな人に嫌がらせをしてたみたいで……」
「そうなんだ……」

本当に自分の不甲斐なさに情けないやら、腹立たしいやら……。

「できる限りのことはします。弁護士も僕の知り合いで頼れる人がいますから、その人についてもらいますし、
費用のことは何も心配しないでください。これは僕のせいでもあるので、僕がこの件に関して最後まで責任持ちますから!!」
「……あ……ありがとう……」

それは当たり前のことで、そのためだったら弁護士をもっと頼んだっていい。
僕はテーブルの上に身体を乗り出して訴えた。
静乃さんがちょっと引いてるのも気づかずに。

「じゃあ、さっそく弁護士に連絡を……」
「それは……いいわ」
「え?」
「あの人を訴えたりしない」

一瞬、静乃さんの言ってることが理解出来なかった。

「な……なんでですか?静乃さんはそれ相応なことをされたんですよ?相手に償ってもらうのは
正当なことだと思います」
「確かに彼女のしたことは許されることじゃないけど……私がしたことは同じだからよ」
「同じ?」

何が同じだって言うんですか?

「そう……だから……いいの。彼女にされたことは、自分に対しての当然の罰だと思うから」
「罰?罰……ですか?」
「そう。それに次の会社もすぐに決まったし、今勤めてる会社のほうが前勤めてた会社よりも
色々待遇がいいのよ。お給料も多少高くなったし会社も大きくて綺麗だし……だからいいの」

そう言うと、静乃さんは僕を見つめて笑う。
でも、その笑顔を見ていてとても辛く感じる。

「静乃さんはそれでかまわないんですか?」
「ええ……」

念を押す僕に、静乃さんはかまわないと言い切った。
だから僕はそれ以上何も言えなくなる。

「そうですか……僕は納得できませんけど、静乃さんがいいなら……仕方ないです」
「ごめんなさい」

静乃さんが困った顔で僕を見ながら謝った。

「そんな……静乃さんが謝ることなんて何ひとつないです!僕のほうこそごめんなさい!気づかなくて」

そう、全部僕のせいなんですから。

「…………」
「だから静乃さんに呆れられて、嫌われるのも仕方ないです。僕に愛想が尽きたから黙って僕の前から
いなくなったんですよね?僕が不甲斐ないから……静乃さんを……守ってあげられなかったから……」

黙って僕の話を聞いていてくれた静乃さんが、とんでもないことを言い出した。

「史明くんが守る人は私じゃないわ。ちゃんと守るべき人を守ってあげて」
「え?」

静乃さんじゃない!?静乃さん……一体なに言って……。

「知ってる、帆稀さんが本当の婚約者なんでしょ」
「!!」

僕はその名前を聞いて驚いた。
そんな僕を見て、静乃さんが怪訝な顔をする。

「え?あ……いや……その……な……んで?」

なんで僕の婚約者が、梨佳ちゃんだって思ってるんですかね?

「知ったのは偶然なんだけどね。ちょっと歳が離れてるかもしれないけど幼なじみなんでしょ?
気心も知れてるし、美男美女でお似合いよ」

言い終えて、静乃さんがニッコリと笑う。

「いえ……ですから……あの……」
「そんな、テレなくてもいいわよ」
「ちっ……違います!!テレてなんて……」

本当です!僕はテレてなんていませんって!

「だから同じなのよ。婚約者のいる人と身体の関係を持っちゃったのは……しかも同じ会社に勤めてて、
知らなかったとはいえ帆稀さんとも親しくさせてもらっちゃって……本当に帆稀さんには申し訳ないと思ってるの」
「あ……あの静乃さん?」

静乃さんは僕の言うことを聞こうとせず、ずっと喋り続ける。

「でも心配しないで。彼女にバレるようなヘマはしないし、引越し資金が貯まったら会社も辞めてもう二度と
ふたりの前には現れたりしないから」
「……え?」

今……静乃さんはなん……て?
引越し資金が貯まったら会社を辞める?もう二度と僕の前には現れたりしない?

結構なダメージを受けてる僕に、お構いなしに静乃さんは話し続ける。

「でもあと少し……お金が貯まるまでは我慢して?だからもう、私に係わったりしたらダメだからね。
ここに来るのも今日を最後にして。携帯から私の番号とアドレスも消してちょうだいね?私も今日を最後に消す……から」

静乃さんは気づいていないのだろうか?
自分が今、どんな顔をしながら話してるかって……。

「話は終わったでしょ?私も話すことはないからもう帰って。史明くんはここにいちゃいけないわ。
もうここには二度と来ないでね。…………今まで……ありがとう。帆稀さんとお幸せに」


静乃さんは言うことは言ったという態度だった。

僕の話なんて全然聞いてくれなくて……僕の気持ちなんて、コレッぽっちも考えてくれていない。

そりゃ今までのことを思えば仕方のないことかもしれないけれど、僕の話を少しでも聞いてくれても
いいんじゃないだろうか?

それに “帆稀さんとお幸せに” って……なに誤解しまくったまま自己完結してるんですか。








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