想い想われ?



05




「お仕事、大丈夫なんですか?」

とりあえず、彼には部屋に上がってもらってコーヒーを出した。

「はい。一段落しましたので、こうやって静乃さんに会いにこれました」

そう言ってニッコリと微笑んだ彼の顔は、疲れた様子もなくて元気そうだった。

「もしかして、これから夕食ですか?」
「え?ああ……まぁ」

中途半端に放置された、まな板の上の野菜を見て彼が訊ねる。
ただ、夕飯を食べるにはちょっと遅めかもしれないけど。

「ちなみに今夜の献立は?」
「え?あ……簡単に野菜炒めとシジミの味噌汁と、買ってきたお惣菜……ですかね?」
「へえ……」

納得したような返事をした彼が、ゴクンと唾を飲み込んだのがわかった。
そうなると、聞かないわけにはいかないじゃない。

「楡岸さんは?夕食はもう食べたんですか?」
「食べたというか……昼が遅い時間だったもので。それで夕飯はいらないかなぁ、と思ってたんですけど……
美味しい匂いを嗅いで急にお腹が空いてきたというか……」

ポリポリと頭を掻く彼の気恥ずかしそうな顔が、なんとも言えず可愛かった。

「くすっ……じゃあご一緒にどうですか?ご飯も楡岸さんと2人分ぐらいならありますから」
「え!?いいんですか?」
「はい。それに2人で食べたほうがご飯って美味しいと思うし」
「いやぁ〜〜なんだか催促してしまったみたいで……」
「してたんじゃないんですか?」
「はは……バレましたか?」
「そのケーキのお礼です。でも、もう少し待っててくださいね。すぐできますから」
「じゃあ僕手伝います」
「え?」

もうやる気満々の彼がすぐ後ろに立ってた。
嬉しそうに微笑む顔の上に、揺れる耳とパタパタと勢いよく振られてる毛の長い尻尾が見えた気がした。
大型犬のイメージ……未だに健在だわ。

「じゃあ野菜切りますので、炒めてもらえます?あ!できますか?無理なら食器を……」
「大丈夫です。これでも大学時代は一人暮らしで自炊してましたから」

エヘヘ……みたいな笑顔を私に見せたけど腕前はどうなんだろう?

「自炊してたのと、料理の腕がいいかは違いますよ?包丁で指切ってたクチじゃないですか?
ヤケドもしてそうですよね?」
「はっ……はは……嫌だな……そ……そんなことないですって!」
「あきらかに動揺してますね」
「ですから、そんなことはないですって」
「はいはい、わかりました。ああほら、キャベツ焦げてますよ」
「え?あっ!わあ!!すみません!!」

慌ててフライパンを持ち上げたけど、すでにキャベツが所々焦げていた。
まあ全然食べられる状態だけど、彼は一目見てわかるくらいに落ち込んでた。

「すみません……焦げたの僕が食べます」
「いいですよ。そんなたいしたお焦げじゃないですし」
「あの……」
「はい?」

彼がフライパンと菜箸を持ちながら、私に向いた。
ああ……エプロンつけてなかったんだ。
でもエプロンなんてひとつしかないし……でもワイシャツに油がとんじゃうかな?
なんてことを思ってた。

「僕と話すとき、敬語やめてくれますか?」
「え?」
「静乃さんとは、そんな堅苦しい話し方で話したくないです」
「はあ……」

別に意識して話してたわけじゃないんだけど……
明らかに彼の方が年上だと思ったから自然に敬語で話してたのかもしれない。

「わかりました。ああ!わかった」
「ありがとうございます」
「…………」

ジッと彼を見つめたら、その理由がわかったみたいで、またエヘヘという顔で笑う。

「すみません。僕のは普段からこんな喋り方なんです。ハタチ辺りからこんな話し方をするようになって。
必要に迫られてなんですけど……ですから、直すのはちょっと難しいというか……」

ああ、きっと会社絡みでそんなふうに話すことの必要性に迫られたんだろうとすぐに思い立った。
それに心のどこかで私も “彼は副社長” という意識が働いてたのかもしれない。
悲しい勤め人の性だろうか?
そんなに仕事に燃えてるわけでもないんだけど……やっぱり肩書きに弱いのか?う〜〜んわからない。

「まあ習慣は仕方ないですよ。ああ……ごめんなさい」
「いえ、それに砕けた話し方ができるなんて、友達みたいでいいじゃないですか」
「!!」

一瞬だけれど、自分の身体が止まったのがわかった。
でも、本当にほんの一瞬。

彼が求めてる私との関係。
彼は私との関係を友達にしたいと思ってる。

この前の夜のことは、やはり彼はなかったことにしたいのだろう。
私がどんなふうに思ってるのか確めにきたのと、自分はそう思ってると言いにきたのか?

この前の夜のことは、なにか特別な感情があったわけじゃないとわからせるため。

……そんなことをわざわざしに来なくてもいいのに……私だってわかってますって。

「静乃さん?」
「……え?あ……いえ……さ!さっさと作っちゃいましょう」

私は笑顔でそう言った。

そのあと、2人で作った夕ご飯を彼は満足気に平らげた。
よっぽどお腹が空いてたのかしら?
彼が持ってきてくれたケーキを、私が紅茶で彼がコーヒーでいただいた。
こんな時間に食べて大丈夫かしら?なんてカロリーの心配をしつつ、結局美味しく食べた。



「ごちそうさまでした。では、おやすみなさい」


定番の挨拶を交わして、彼は帰っていった。
そして途中で振り返って、私に向かって手を振る。
私もそんな彼に手を振って応えた。

どんどん彼の姿が離れて行って、小さくなっても私は玄関からその姿が見えなくなるまで、
ずっと眺めていた。








Back  Next








  拍手お返事はblogにて…