想い想われ?



07




「本当は仕事でぎゅうぎゅう詰めって感じで、息抜きがしたかったんです」

食事を終えた彼と一緒に、今度は場所を変えてお酒を飲んでいた。
まあ場所を変えたと言っても2DKのアパートだから、ただ単に床に座れる部屋に移動しただけど。

「なら、お友達とか誘って飲んだほうがよかったんじゃ……」
「友達と言っても高校時代の友達はほとんど会う機会もないし、大学は向こうでしたからね。
仕事絡みは流石に遠慮したいです」
「そうですか……」
「以前は祖母相手に飲んでたんですけどね」
「お祖母様も飲まれるんですか?」

身体は大丈夫だったのかしら?
心臓が弱ってたって言ってたはず?

「まさか。祖母は僕が飲むのを傍で見て話し相手になってくれてただけです。僕が話すことを
黙って聞いてくれて、時々頷いたりアドバイスくれたりとわりと充実した時間でした」
「ごめんなさい」
「え?なにがですか」
「きっと私とじゃそんな時間過ごしてもらえそうにないから……」

お祖母様とのそんな穏やかな時間と同じことなんて、私とじゃ無理な気がする。

「そ、そんなことないです!僕が自分から静乃さんの家に訪ねて来てるんですから。
静乃さんがそのへんのことを気にすることはないです」
「はあ……」
「こうやって時々ご飯を一緒に食べて、お酒を飲んで話が出来れば僕は満足です」
「…………」

私はその言葉に同意も反論もしないで、軽く微笑んだだけだった。

『こうやって時々ご飯を一緒に食べて、お酒を飲んで話が出来れば僕は満足です』

やっぱりお友達感覚よね。
って落ち込んでるの私?そんなはずないわよね……わかってたことじゃない。



「仕事そんなに忙しいの?」

だいぶ酔いがまわってきたころ彼に “話し方が戻ってます!”  なんて言われて
仕方なく砕けた言い方に。

「はい……もう少しで大きな契約が結べそうなんです。僕も中心になって係わってた契約なので……」
「大丈夫?」
「はい。あと何回か話を煮詰めれば滞りなく契約はできると……」
「いや……違くて、あなたよ」
「はい?」
「酔ったんじゃないの?なんだか今にも寝そうなんだけど?しっかりしてよ?」
「えぇ?僕、全然平気ですよ」

って、全然平気じゃないし。

胡坐をかいて座ってる彼はガックリと首が項垂れてて、目はすでに閉じてるし顔真っ赤だし。
それに、さっきから身体がフラフラと左右に揺れてるじゃない!

完璧出来上がってるでしょ?今にも寝そうなんでしょう??

「楡岸さん、少し横になって休みますか?」
「へ?いいんですか?」

見上げた顔はほとんど目があいてないし……もしかして寝ぼけてる?

「だってこれじゃ帰れそうもないでしょ?少し酔いを醒ましたほうがいいわ」
「そう……ですね……ちょっと眠いです」

上げた頭はあっという間にまた項垂れて俯いた。

「普段無理してたんじゃないの?だからちょっとのお酒でこんなに酔っ払っちゃうのよ」
「んーーーちゃんと睡眠はとるようにしてましたよ」
「どのくらい?」
「んーー1日3時間くらいですかね?」
「はあ?もーそんなんじゃ身体壊すってば!」
「でも……仕方なかったんです」
「ちゃんと体調管理してくれる人いないの?」

確か婚約間近の人がいるんじゃなかったでしたっけ?
どこぞの会社の社長令嬢が。

「祖母が亡くなってからはひとりです。まだあの家に帰るのは色々思い出して辛いですけど……
だから帰ったら寝るだけにしてるんです」
「…………ごめんなさい」
「いいんです。静乃さんが謝ることじゃありません」
「あ!ちょっと!」

言いながら胡坐をかいたまま、彼の身体が前のめりに傾いた。
ビックリして慌てて背中と胸に腕を回して支えたけど……うっ!重い!

「楡岸さん歩けます?隣の部屋のベッドまで」
「史明です」
「え?」
「苗字で呼ばれるの嫌です。史明です」
「でも……」
「僕は静乃さんって呼んでます。同じです」
「じゃ……じゃあ史明……くん?」

だってなんか……見た目の容姿とは違って幼く感じるから?
本当は30過ぎの大企業の副社長なんだけどね。
でもやっぱり “くん” でしょ?くん!

「なんだか、親しみこもってていいですねぇ〜〜」

真っ赤な顔で、薄っすらあいた目でにっこりと笑う。
やっぱり子供っぽい……かも。

本人も気にしてないみたいだし……いいか。

「じゃあ、ほら立って」
「はい……」

隣の部屋のベッドまでなんて、たかが数歩のことなのに……あっちにフラフラこっちにフラフラ!!
しっかりしなさいよ!!
だいたいヨソ様の、しかも女性の部屋で飲んで潰れるなんて!

「う……ん……」

上掛けをめくってその上に彼を無造作に落とした。
優しく寝させるなんて彼が重くて無理だったし。
子供っぽくたって身体は成人男性で、意外に背も高いから重いのよ!

「これは……服どうしよう」

ちょっと寝るくらいならこのままでいいかしら?
でもシワになるわよね……帰るときヨレヨレも可哀想?

「楡……史明くん服脱いで」
「ぅ……ん……」

もう目を瞑って夢の中?早っ!

「勝手に脱がすわよ」

お互い恥ずかしがるような年でもないし……まあ、それ以上のモノもお互い見ちゃってるし?

飲んでるときに、上着とネクタイとメガネは外してたから、ワイシャツのボタンを外していく。
仰向けで額の上に自分の腕を乗せてる史明くんから、スースーと寝息が聞こえてきた。

「もう……ちゃんと自己管理しなさいよね。これが外だったらどうするのよ。ヨソのお姉さんに
お持ち帰りされちゃうわよ」
「……静乃さんの家だったから……」
「え?」

ボソリと彼の声がした……起きてたの?

「いつもは……ちゃんとしてますよ……僕……嬉しかったんです……静乃さんと一緒に飲めて……
久しぶりに……ぐっすり……眠れ……」
「史明くん?」
「くぅーー」
「寝てる?なに?今のって寝言?のわりにはちゃんと受け答えしてたわよね?」

上から彼の顔を覗きこんで見たけど、どう見ても完璧寝てる。

「ま……いいか」

そのあとはワイシャツとズボンを脱がせて、下着のシャツとパンツ一丁のあられもない姿に。
ふと、この格好に靴下は情けないか?と思って脱がせてあげた。


「はあー疲れたぁ〜〜」

流石にこの体格差で服を脱がせるのは体力がいる。
いつのまにか額の上に乗ってた腕は、シーツの上に落ちてて万歳してるみたいで笑える。

「お子ちゃまめ」

顔を覗きこむと、目の下にうっすらとクマができてた。
疲れてるのね……たまには息抜きしないとあなた倒れちゃうんじゃないの?

そっと額にかかる前髪を指先でどかした。

「婚約者とうまくいってないのかしら?これってバレたら問題になるわよね?」

そう思いながらも彼を邪険に扱うことはできなくて……。
きっと終わりは彼が告げてくれるだろうと思って、自分からは今は何も言うまいと思った。

だって……私が彼に好意を抱いてるってことは……確かなことだから。


「あ!そうだ」

私はついさっき気づいたことを思い出して彼を揺さぶった。

「ねえ!ちょっと!!明日何時までに出社すればいいの?ねえ!!史明くん!!」

ユサユサと揺さぶりながら耳元にかなりの大きさの声をかけた。
酔って寝てるんじゃそのくらいしないと。

「……んん……なに……」
「明日、何時に会社に着けばいいの?」
「……9時……までに……」
「わかった。おやすみなさい」
「おやすみ……なさい……」

彼の会社は私の会社から近い。
どこに住んでるかは知らないけど、一度自分の家に戻るとしたら7時半にはここを出れば
間に合うかしら?
それでもちょっと早めに起こすことに決めて、私はベッドから離れて隣の部屋の片づけを始めた。



「まあ……仕方ないわよね」

布団も余ってないし、ソファなんてものもない自分の部屋。
シングルベッドに男とふたり寝るには狭いけど……床にごろ寝は勘弁してほしい。

「というわけで、お邪魔します。って自分のベッドなんだけどね」

もそもそと布団に潜り込んで彼の隣におさまった。
布団がすでに温かいってなんかいいかも。
彼の腕があって、枕まで頭が届かなかったから仕方なく彼の腕を枕代わりにした。
俗に言う “腕枕” と言うヤツね。
仰向けの彼の横で横向きに寝る私。

「おやすみ」

彼の耳に小さく呟いて目を閉じた。


翌朝、目覚ましで目を覚ましたら横向きの彼に両腕で抱きしめられ、足は彼の足がガッシリと
交差するように絡められてたのには驚いてしまった。

私が彼の抱き枕状態だった。








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