想い想われ?



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「お弁当?」
「今日は持ってきてないんです」
「じゃあ、ランチルーム行きましょう」

会社の中を案内してくれて、社員食堂はどうせお昼に行くからと後回しなった。
前の会社では自分の席で食べてたから、こんな大きな食堂はびっくりで驚いてしまった。

「食券があるわ……ああ……シェフもいる……」

対面のカウンターの向こうには、白い服を着たオジ様やお兄さん達がせわしなく動き回ってる。

「久遠さん、食券買うよ〜」
「あ……はい」
「なに?感動した?」

ずっと辺りに見入ってたらそんなことを言われてしまった。

「ええ、前は食べるところ専用の場所自体なかったので……」
「ここのメニューは豊富で、ちゃんとカロリー計算もされてるからダイエットにもバッチリなんだよね。
それに良心的な値段だし」
「へえ……じゃあ、お弁当の回数減らそうかしら……」
「そうそう、ロッカールームとトイレとこの食堂と、あとこのあと行くけど休憩ルームはさっきの
社長令嬢の梨佳ちゃんの要望が入ってるんだよね」
「え?」
「女の子にはなかなか納得のいくモノだったでしょ」
「そうですね」

記憶にあるロッカー室とトイレを思い浮かべて納得。
確かに女性受けするし、女性に気を配ってた。

私は本日おススメのAランチで、勝浦さんはミニカレーとミニうどんのセットに決めた。
それでも500円以内に納まるなんてなんてナイスな値段。

時間が経つにつれ、どんどん人が多くなる。
なんだか活気あるなぁ……なんて田舎から出てきたばっかりの子みたいに、キョロキョロと周りを見ていた。

「久遠さん食べないと」
「あ……はい、つい好奇心が……」

指摘されてちょっと恥ずかしい。

「あ!勝浦さ〜〜ん」
「ん?」

声のほうを見れば、すでに料理の乗ったトレイを持って、さっきの綺麗な社長令嬢が早歩きで
こっちに向かってくるところだった。

おお〜〜彼女が通る両脇のテーブルの男性陣はチラリと彼女を視界に納めてはニヤケたり、
ポッと顔を赤くしたり……青春ですか?

でも可愛いもんね……仕方ない反応かな。

「ご一緒させてくださいな」

うふふ、って言う笑顔。

「お疲れ」
「お疲れ様です。どうですか?我が社は」

勝浦さんと挨拶を交わした社長令嬢は、今度は私に向かって話しかけてきた。
ちょうどAランチの卵焼きを頬張ってたところだったから焦った。

「んぐっ……も……もう驚くばかりで……」
「そうなんですか?前はどちらに?」
「中小企業の……印刷会社です。ですからこちらの規模の違いに驚いてしまって」
「じゃあまず職場に慣れるところからですね」
「そうですね」
「あ!自己紹介まだでしたね。私 “帆稀 梨佳” (homare rika) です。
勝浦さんとは大学の先輩後輩で仲良くさせていただいてます。それと……」
「?」

ちょっとの間を置いて、決心したように彼女が話し続けた。

「もう聞いてると思いますけど、私ここの社長の娘です」
「はい、さっき勝浦さんから聞きました」
「でも、だからって私のこと “社長令嬢” って目で見ないでくださいね。って言っても無理かもしれませんけど、
私は他の人と同じ一般のOLだと思ってますし、その対応を強く望んでます。
だったら自分の親の会社入るなって思うかもしれませんけど……両親が他の会社に入るの許してくれなくて……。
他の会社に面接受けようとするとことごとく邪魔されて……。
でも色々アドバイス貰って、今までこの会社のおかげで自分が生活して来れたんだって思って
自分の会社のことを知るのもいいかなって思って決めたんです。この会社も嫌いではありませんでしたし」
「頑張ってるんですね」

彼女が “社長の娘” というのは彼女が望んだわけじゃないのに……。
育った環境がそうだっただけの話だと思うから。

自分はそういう環境や立場にまったくの無縁のまま過ごしてきたから、彼女の悩みなんて
理解することはできないと思うけど、彼女は彼女なりに頑張ってるんだなっていうのはわかるから。

ふと、もうひとりの社長令嬢を思い出す。
育った環境の違いなのか、親の育て方の違いなのか、持って生まれた性格の違いなのか……
お嬢様のタイプも色々なのね。と、言うのが正直な感想だった。
こっちのお嬢様には好感が持てるもの。

恋愛も変な手を使ったりしないで、自分で頑張るタイプに思える。

「ありがとうございます。わかってもらえて嬉しい」
「え?」
「こんなふうに言っても “所詮、社長の娘でしょ?” って顔されたり係わりあわないようによそよそ
しくされたりするのが多いんです。男性社員だって同じようなもんで結局私の後ろにいる父である
社長が気になって、微妙なお付き合いになるんです。私は普通にしててもらいたいんですけど……」
「だったら内緒にしてたほうが良かったんじゃ?」

ごくごく、当たり前のことを言ってみた。

「普通そう思うよね。でも溺愛パパさんで悪い虫がつかないように、こっそりと自分の娘だって噂流して
あっという間に広まっちゃったんだよね?梨佳ちゃん」
「はい……私がなんとか内緒にしようと頑張ってたのに、会社の中で自分が父親だって隠しもせずに
話すから……あっという間です」
「くすっ……おかしい」

なんか、色々想像してしまっておかしかった。

「まあ愛されてんだよね〜梨佳ちゃんは。一人娘だもんね、だからパパさんも梨佳ちゃんのお相手には
敏感になっちゃうんだって」
「はあ……まあそれは仕方ないとは思ってますけど……」
「その辺の話はまた今度ゆっくりとね。もう時間ないし」

勝浦さんがちらりと腕時計を見た。

「あ!ごめんなさい。私ばっかり話して……」
「いいえ、楽しかったです。私も転職初めてだったので馴染めるかなって心配だったんですけど、
こんなふうにお話できる方と知りあえて嬉しいです」
「ええ〜〜そんなぁ〜〜私のほうが嬉しいです!あ!勝浦さん近い内に私達だけで先に久遠さんの
歓迎会やっちゃいましょうよ」
「お!いいねぇ〜」
「え?」

なんだか2人で話しが盛り上がってる。

「どうせ課での歓迎会なんて70周年パーティ終わるまでやらないと思うし」
「多分ね」
「70周年?」
「面接のときに聞いてない?今年この会社創立70周年なのよ。で、社をあげてお祝い」
「へえ……」

そういえばそんなことを言ってたような気もしなくない。

「中心になるのは企画課なんだけど、庶務のあたし達はそのお手伝いに回る予定だから。
だからそれが終わるまで落ち着かないと思うしね」
「ね?久遠さんいいでしょ?お近づきのシルシに一緒に飲みましょうよ。他にも色々お話したいし」
「え?はあ……まあ……かまいませんけど……」
「決まりですね。日にちは勝浦さんと相談して決まったら連絡ください。じゃあ、楽しみにしてますね!!」

そう言うと、トレイを持って席を立って行ってしまった。

あんなにお喋りしながらだったのに、しっかりと完食してた彼女。
思わず感心してしまった。






「久遠さんの、これからの活躍を期待して乾杯〜〜♪」

その声の後、カチンとグラスを合わせる音がしてそのまま3人でお酒の入ったコップをあおる。

「はあ〜〜美味しい〜〜」
「ひと仕事の後のお酒は美味しいねぇ〜」

帆稀さんと勝浦さんが一気に飲んだビールジョッキを口から離してしみじみと言う。

「本当に居酒屋さんの歓迎会でよかったんですか?私の知ってる落ち着いた雰囲気のお店でも
よかったんですよ?」
「ありがとう帆稀さん。でもこういう場所の方が気兼ねしないし楽だから」
「まあご本人がそう言うならかまいませんけど……じゃあまた別な日にお付き合いくださいね」
「はい」

以前お昼に話したとおり、3人だけの私の歓迎会を、私の希望でごくごく一般の居酒屋さんでやってる真っ最中。
お嬢様の帆稀さんはこういう場所はちょっとどうかな?と思ったけどまったく気にすることはなくて
『今日は飲んで食べますよ〜』 なんて言ってはしゃいでる。

「ホント梨佳ちゃんそうやってるとセレブのセの字もないよね」
「だって私の夢は普通のOLだったんですもん。まあところどころ社長の娘って立場出しちゃった
こともあるけど、でもそれは全女性社員のためってことで大目に見てもらおっと」

言ったあとでペロッと彼女が舌を出した。
あら……可愛いわね。

「あ!更衣室やトイレとかのこと?」
「はい。だって、ああいう場所は綺麗なほうが気分もいいじゃないですか。でもあれくらいですよ、
口出ししたのは」
「あれは女子社員には好評だからいいんじゃない」
「えへへ ♪ そうですよね〜〜よかったぁ♪」

そう言って笑うと、ゴクゴクとビールを飲んだ。
あら……豪快。

「今日は久遠さんもたくさん飲んで食べてお喋りしてくださいね!っていうか、色々お話聞かせてくださいね」
「お手柔らかにお願します」

私はふざけた感じでペコリと頭をさげた。

「と言うわけで、久遠さん恋人は?」
「え?」

いきなりその話題?

「今はいませんよ。仕事を覚えるのに精一杯だし……」
「そうなんですか……久遠さん、素敵な女性なのにもったいないですね」

帆稀さんが頬杖をつきながら、ピンク色のホッペでそんなことを言ってくれる。

「ありがとう。男性に言われるより同性に言われたほうが嬉しいもんなんですね」
「私もさ、ソリの合わない “きゃぴきゃぴ女” が来たらどうしようかと思ったけど、
久遠さんでよかったと思ってるもんね」
「そう言ってもらえると……ますます頑張る気持ちが出てきます」
「うちの社の男性陣も、まあよく探せば良物件あると思いますので気長に探してみてください。
課で歓迎会あればもしかしてそんな男性にも出会えるかもしれませんし」
「そういう帆稀さんはどうなんですか?どなたかお付き合いしてる方いるんですか?」

こんな可愛いんだから多分いるとは思うけど、社内ではイマイチ微妙みたいだしどうなんだろうと思った。

「え?あ……いますよぉ……でも仕事が忙しくってなかなか会えないんです。今も出張で……でも、
もう少ししたら帰って来るので、もうちょっとの我慢なんでけど」

そう言ってお酒の入ったグラスを掴んでゴクゴクと飲んだ。
さっきからいい飲みっぷり。

「帆稀さんのお相手じゃきっと素敵な人なんでしょうねぇ……多分、美男美女なんじゃないかしら」

ちょいと酔いがまわって、ただ単に噂好きのおばちゃんみたいな私?

「もう結婚の約束とかしてるんじゃないのぉ?」

勝浦さんも酔ってるらしい。

「うーん……したいんですけど、すんなりいかないんです」
「帆稀さん……」

なんだかちょっと傷心気味?

「でも頑張ります!ずっと前から好きだった相手なので絶対諦めません!!」

テーブルに片手をついて、もう片方の手はグッと握られた。
ガッツポーズだけど彼女がやるとなんで可愛いのかしら?

「帆稀さーーん!!」
「きゃっ!」

そんな姿に酔いも手伝って、思わず抱きついてしまった。

「応援するから頑張って!私にできることがあったら言ってね」
「ありがとうございます!!」

ふたりで手を取り合って見つめあう。

「ちょっと2人で危ない世界に入らないでよ!ほら、お酒追加するんだから」

勝浦さんがメニューを持って店員さんを呼ぶ。
あんな辞めかたで落ち込んでいなかったといえばウソになるけど……私は根っからの
お節介ヤキなんだろうか?

まさかこんなふうに、同僚と恋バナができるなんて思ってもみなかったな。
前の会社は女の子極端に少なかったし。

酔ってボケてきた頭に勝浦さんの声がなんとなく残ってる。


『来週から70周年の準備で忙しくなるから覚悟しててね。あと、当日もよろしく』








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