想い想われ?



15




「んあ〜〜終わった〜〜」
「お疲れ様です」
「久遠さんもねぇ〜〜」

倉庫の中で勝浦さんとふたり、幾つものダンボールに囲まれていた。
無造作に綴ってあった、とある伝票の山を通し番号順に並べ替えてファイルに綴って、
期限の過ぎた同じ書類のファイルと入れ替えた。
その期限の過ぎたファイルの中身を全部抜き出して、処分用の段ボールに詰める作業をしてた。
これだけ会社が大きいと、数もそれなりに多いわけで結構な時間を費やしてしまった。

「シュレッダーかけるのは、また明日にしよう」
「そうですね。シュレッダーのために残業っていうのも色々と経費が勿体ない気がします」
「電気の節約もあるからね。それに私、今日は用事があって残業無理だし」
「そうでしたよね。じゃあ、私この分だけ下の業者用の倉庫に持って行きますので、
勝浦さんは先にあがってください」
「はあ〜〜悪いわね、今日はそうさせてもらう」
「いえ、お母様に親孝行なさってください」
「ねーーなんで平日の日に来るかね?父親がひとりで生活できると思ってんのか……」
「週末までゆっくりしたいんですよ」
「どうせ小言言われるんだよね。『結婚の予定は?』 とかさ。って言うか先に彼氏だろうが!
って思うんだけど、それ言うと今度は見合い写真持って来るからさ〜〜
まだ気ままに独身生活を楽しみたいのにさ」

勝浦さんの母親が、今日実家から泊りがけで来るそうだ。
年に何回かそんなことがあるらしいんだけど、自分の都合は全く考えてくれてないと愚痴っていた。

「どこの親もそんなもんですって」
「そうかな……オット!こうしちゃいられない。駅まで迎えに行かなきゃ!
んじゃ、久遠さんまた明日、お先にね」
「はい、お疲れ様でした」

勝浦さんはそのあと小さく溜息をつきながら倉庫から出て行った。



しっかりと倉庫に鍵をかけて、少しだけシュレッダーした紙屑を入れたビニール袋を持って
エレベーターに向かう。
資源回収に持っていってもらうために、1階の裏口のほうにそれ専用の倉庫があるからだ。

「うわっ!手が汚れてる」

埃やらインクやらで両方の手のひらが黒く汚れてた。
1階に着く間、エレベータの中でそんな手を眺めてた。

今の私にはこの汚れがふさわしいのかも……なんて、いつもは思わないことまで思ってしまう。
今の私はどうもマイナス思考よりなのか?

エレベーターを降りて、1階のロビーを突っ切って裏口に続く重たいドアを開ける。

「はあ〜〜お酒でも買って帰るかな……ん?」

倉庫とは反対の数台分の駐車場スペースがあるほうへ向かう通路から声が聞こえた。

こんなところに、一体誰がいるのかしら?
無意識に通路のほうに移動して覗き込んだ。
考えてみたら駐車場があるんだから、車を使った人が誰かと話してるだけなのに。

それとも “逢引” の場面に遭遇?なんて思ったのかもしれない。

「…………」
「…………って」

若い感じの男女の声?

「ね?今日いいでしょ」
「だから今夜は無理」
「えーーやっと出張から帰って来たのに?私、ずっと寂しかったんだよ」
「史明の奴がいただろ」
「だってふみクン忙しくて相手してくれないんだもん」

え?ふみクン?
史明くんのことをそんなふうに呼ぶのは……帆稀さん?

チラリと覗くと黒いセダンタイプの車の横で、帆稀さんとスーツを着た男の人が立ってた。
しかも帆稀さんは、その男の人の腰に手を回して密着して、上目遣いに男の人を見上げてる。

まるで恋人に甘えるみたいに。

「ホラ!離れろって。誰かに見られたらどうすんだ」
「照れない照れない」
「そんなじゃないって。まだ仕事残ってるんだよ、忙しいの」
「食事の約束してくれるまで離さないから」
「だから忙しいんだって言ってんだろ」
「今日はでしょ?」
「あのな、俺は出張から帰ってきたばっかりでしばらく忙しいの。だから無理」

そう言って、帆稀さんの抱きついてる腕を解こうとする。

「いやーーー!!裕平ちゃんが約束してくれるまで離さないーー!」
「だから喚くなって!誰かに見られたら面倒くさいんだって」
「裕平ちゃんが出張の間、大人しく待ってたご褒美もらったって罰はあたらないでしょ!」
「……梨佳」
「裕平ちゃん……1ヶ月よ……私、寂しかった」

声が少し震えてる。
きっと瞳もウルウルしてるんだろうなとわかる。
あんな可愛い子に、そんなウルウル瞳攻撃されて見上げられたら落ちない男いないでしょ?
しかも自分に好意もってるのバッチリわかってるし。

帆稀さんの声や態度を見れば、相手に好意を持ってるのはすぐわかった。

「ガキがマセてんじゃねーっての!」
「きゃん!」

前髪を片手でグシャリと掻き乱された帆稀さん。
それでも片手で髪を庇って、片手は未だに相手の男の人の身体に回したまま。

「裕平ちゃん!ヒドイ!」

彼を見上げて言った後、唇を少し尖らせて抗議してる。
でも、そんな態度も可愛いわね。

「……はあ〜〜ちょっと待ってろ。2・3日はマジで無理だから」

どうやら彼のほうが折れたらしい。
やっぱり可愛い女の子には男の人って弱いわよね。

「……ちゃんと連絡くれる?」

声だけでも帆稀さんの心細さが伝わってくる。

「ああ、するから離せ」
「…………」
「梨佳」

どうやら帆稀さんはまだ納得できてないみたいだ。
彼を見上げたまま、視線を逸らさない。

「はあ〜〜まったく……」

大きな溜息をついて、ポリポリと自分の頭を掻くと彼は両手で帆稀さんの顔を挟んだ。

──── ちゅっ

あら、……オデコにキスですか。

「裕平ちゃん……」
「とりあえずコレで我慢しとけ。ちゃんと店予約しといてやるから」
「うん!」

とっても嬉しそうな帆稀さんが、やっと彼から離れた。
彼はそのまま車に乗り込んで、走り去ってしまった。

帆稀さんは車が見えなくなるまでずっと手を振って、車が見えなくなると踵を返して駐車場を後にした。
駐車場から外に出れるから、きっとものまま帰るんだろう。

それしにても、なんともまあ……恋する乙女って感じだったわねぇ。

って、今私が見たのは一体なんだったんだろう?
だって帆稀さんは史明くんの婚約者じゃないの?

さっきのあのふたりの感じと帆稀さんの言葉。

『私、ずっと寂しかったんだよ』

って言ってたわよね。
それってどういうこと?あの帆稀さんが二股?
あんなに堂々とニセ婚約者様を撃退した人が?

「…………」

どう考えても、私の思ってる帆稀さん像と明らかに違ってる。
ふたりの男を手玉に取るような子には見えないんだけど……もしかして、今まで猫被ってた?

さっきの男の人はこの会社の人なのかしら?
歳は史明くんと同じくらいだったし、なかなかの好青年っぽかったけど……。

帆稀さんとはどういう関係なのかしら?
それに彼、史明くんのこと知ってるみたいだった。
名前呼び捨てにしてたし……ああ!!一体どういう関係なの!?

帆稀さん本人に確めるわけにもいかないし……史明くんに聞けるはずもないし……ううっ。
気になる!!

「…………」

ふと……我に返った。

「はあ……だからって私に何ができるって言うのよ」

溜息と一緒に出た本音だった。
自分から史明くんとの繋がりを切った。
あの3人がどういう関係だって私が聞けるわけでもないし、ましてやそのことに関してとやかく
言える立場でもない。

私は……部外者だ。

「……帰ろう」

最初の目的だった紙屑を倉庫に放り込んで、ロビーに繋がる扉に手をかけた。



「ただいま〜〜」

当然のことながら返ってくる返事はない。

引っ越して数日……あやうく前住んでいたアパートに帰ろうとしてしまった。
駅のホームで気づいて慌てて戻った。
まだ部屋の中は、ダンボール箱が引っ越して来た日のまま放置されてる。

「う〜〜ん、なんかまだ自分の部屋じゃないみたい」

見慣れない間取りに殺風景な部屋の中。
視界に入るのは、ここ数日間の洋服とダンボール箱のみ。

「早く片して落ち着こう」

そう決意して、買って帰ったお弁当をテーブルの上に置く。
ここ数日は自炊する気もおきなくて出来合いのものだ。

今週末に一気に片づけを済ましてしまおう!と、おかずのから揚げを箸でつまんで決意した。


食事も済ませお風呂も入り、ベッドを背凭れに床に座ってビールを飲む。

──── 史明くん怒ってる……かな?

史明くんとの1週間のサイクルがそろそろだと思って、その前にやることをやった。
携帯が繋がらなければ諦めるかな……史明くんのことだから心配してアパートまで来るだろうか?

項垂れて、ガッカリしてるだろうか?

「…………」

でも、そうなったら今度こそ帆稀さんに慰めてもらえばいい。

「でも……アレはどういうこと?」

あの創立記念パーティのときの史明くんと帆稀さんは、仲が悪かったような印象は受けなかった。
『梨佳ちゃん』 『ふみクン』 と呼び合う仲だったし、それに一緒に写真とったり
指輪だってプレゼントしてもらうような仲のはず。

またしても政略結婚なんだろうか?
お互い大きな会社同士の親族だもんね……2つの企業が結びつくためにお互い結婚して
強い繋がりを持つのはおかしなことじゃないもの。

「ちゃんと好きあってるのかな……」

史明くんには幸せな結婚してほしいな……って思う。
でもそうすると、今日の帆稀さんのあの行動はいただけないんだけど……う〜〜ん。

って、なんで人の結婚で私がこんなに悩んでるのよ?

「もーーー!!史明くん、自分のことなんだからしっかりしなさいよね!!」



ひとりの部屋でそんなことを叫んで、残ってたビールを一気に喉に流し込んだ。








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