想い想われ?



20




「ここもいつ、史明くんに知られるか時間の問題よね」

どこにも行くところがなくて、結局自分の部屋に帰るしか選択肢がなかった。
きっとあのあと、どうして私と史明くんが知り合いなのかあの2人が史明くんに
問い詰めていることだろう。

身体の関係があったことは言わないと思うし、史明くんのことだから上手く説明してくれていると思うけど……。
このことで、ふたりの仲がこじれなければいいんだけどな……。

それに問題は、私が帆稀さんの会社に勤めているというのが史明くんに知られてしまうことと、
この場所を帆稀さんが知ってるというということ。
憶えているとは思えないけれど、調べればここの住所なんてすぐにわかってしまうだろう。

それにさっきから、帆稀さんから何通もメールと電話が入ってきてる。

「ごめんなさい!」

私は携帯に向かって拝むと、電源を切った。
時間の猶予はないことはわかってる……今日明日は会社は休みだから、なにかあるとしたら月曜日。
もう会社を休もうかと思ったけれど、1日やそこら休んだからってどうにかなるとは思わなかった。

勝浦さんの顔がチラついて、休むことと辞めることは無理だと思った。
そんな無責任なことはできないし今すぐに、この生活全部を捨てて逃げる気なんてないから。

一度逃げたけど……今回はアッサリと無理だと悟った。
これは覚悟を決めて、話し合うしかないか……。

史明くん……怒ってるかな。
それに帆稀さん……私達の仲を疑ってたりしたらどうしよう。
婚約解消になんてなったら、私どうしたらいいんだろう……。

「はあ〜〜〜〜」

膝を抱えて、その膝の上に額を乗せて思い切り溜息をついた。

その日の夜は、なかなか寝付くことができずに結局ウトウトできたのは夜が明けたころだった。



「寝不足で頭がぼーーっとする」

次の日の日曜の朝、久々に寝過ごした。
私は休みの日でも早起きだ。
平日と違って仕事に行くこともないので、着替えもしないでゆっくりとコーヒーを飲んで
外を眺めるのが好きだ。

前住んでた場所からは、窓からちょっとした林が見えて、その生い茂った葉っぱを
眺めるのが好きだった。
今住んでる場所は、あまり周りの景色のことは考えなかったから、見えるのは近くに建つ
ここよりも少し高めのマンション。

屋上の上に、ちょっとは青空が見えるけど癒されるまではいかない。
次に引っ越す時は、見晴らしのいい場所にしようと心に決めた。

「10時か……これは朝ご飯と昼ごはんが一緒になるかしらね」

ズズーーっとちょっと温(ぬる)くなったコーヒーを飲んだ。

「はあ……」

もうなるようにしかならないか……なんて諦めが漂っていた。


ピンポーン ♪ ピンポーン ♪

「ブフッ!!」

いきなりチャイムが鳴って、あまりにもビックリして飲んでたコーヒーを噴いてしまった。

「だ……誰?」

と言っても思いつくのは、史明くんか帆稀さんなんだけど……昨日の今日でウチに来る……の?
家賃の安さを選んで、玄関まで来るのにセキュリティはない。
階段かエレベーターを使えばすんなりとこの部屋まで来れる。

ピンポーン ♪ ピンポーン ♪

チャイムは鳴り続ける。
しかもさっきよりもチャイムを押す間隔が短い。
相当焦ってる?

「……はい」

本当は居留守でも使おうかと思ったけど、無駄な悪足掻きと思えてインターホンのボタンを押した。

『静乃さん!?』
「!!」

史明くん……。

『静乃さん!!僕です!!史明です!!あ……開けてください!!お願いです!!』
「…………」
『静乃さん!!開けてくれるまで、僕ここから離れませんから!!』

インターホンから聞えてくる史明くんの切羽詰った声。
久しぶりに聞いた彼の声だ。

『静乃さん……』

そんな……今にも泣きそうな声で私の名前を呼ばないでよ……。
あなたの泣き顔を、思い出しちゃうじゃないのよ……。

私があなたの泣き顔に弱いの知らないの?


戸惑いながら、カギとチェーンを外して玄関のドアを開けた。
心臓が痛いくらいにズキズキと鳴ってる。

罵倒されるかしら?ああ……それとも帆稀さんとのことを話してくれるのかしら。

そして……ちゃんと私に……『さよなら』 って言ってくれるのね。


ああ……そうか……私……史明くんに 『さよなら』 って言われたくなかったんだ。


ワザとしたわけじゃないけれど、随分とゆっくりドアを開けた。
ほんの10センチほど開いたドアの隙間に、ガシリと指が掛けられてグンと思い切りドアが引かれた。

「あ!」

その反動で、ドアノブを掴んだまま身体が表に向かって倒れ込んだ。

「静乃さん!!」
「むぅっ!!」

そんな私を開ききらない玄関のドアの間から身体を滑りこませて飛び込んできた史明くんが、
力一杯抱きしめた。
史明くんの胸に顔が押し付けられて、洋服にハナと口が埋まって息が苦しい!

「んんっ!!ちょっ……ふみ……」
「よかった……やっと……会えた……静乃さんに……会え……ぐずっ……」
「ぷはぁ〜ちょっっと!史明くん!?」

なんとか埋まった顔を上げることができたけど、私を抱きしめて首筋に顔を埋めてる史明くんの顔は見えない。
その代わり、泣いてるであろう史明くんのハナをすする音が聞える。

「静乃さん……会いたかったぁ……静乃さん……」

私の名前を繰り返しながら、ぎゅうぎゅうと抱きしめ続ける。
その合間に、玄関のドアが閉まる音がして、同時にガチャリとカギまで閉まる音がした。
こんなときなのに、しっかりしてる?

「史明くん?」
「…………」

やっと顔を上げて、私の肩を両手で掴んでお互いに顔が見えるくらいに離れた。
私を見下ろす史明くんは泣いていたせいか、目が真っ赤でポロリと涙が零れて頬を伝ってた。
本当はその涙を拭ってあげたかったけど、今はグッと堪えた。

泣き顔のくせに、顔はちょっと怒って……る?
眉間にシワがよって、口はキュッと強く引き結んでる。

「と……とにかくあがって?立ち話もなんだから……」
「はい……」

私の申し出に、史明くんは自分で涙のあとを手のひらで拭いながら素直に従った。


コトリと、史明くんの前にコーヒーを置いた。
ちゃんと史明くん用のマグカップ……引っ越すときにちゃんと持ってきてた。
他にも史明くんが前のアパートで使っていたものは全部持ってきて、しまってある。

「ありがとうございます」

そのマグカップを見たとき、史明くんの表情が一瞬明るくなったのがわかった。
でもすぐに真面目な顔になって、また黙ってしまった。

こうやって、史明くんと向かい合って座るなんて一体何日ぶりかしら?

「帆稀さんに聞いたの?ここのこと」

あまりにも黙ってるから私から口を開いた。

「はい……でも流石に住所は知らなくて、今日、朝一で会社に行ってもらって静乃さんの住所を
調べてもらいました」
「そう……」
「あ……あの梨……彼女のことは責めないでください。僕が強引にお願いして調べてもらったんです」
「うん」

責めたりなんてしない……仕方ないもの……こうなったのは……。

「ああ!!」
「!!」

史明くんがいきなり叫んで、頭を抱えて俯いた。
そんな声と行動で私は驚いて、身体がビクン!と跳ねる。

「ど……どうしたの?」
「…………」
「史明……くん?」

「僕はなんと言って静乃さんに謝ればいいんでしょう!!」

「へ!?」

今度はガバッと顔を上げたと思ったら、また泣きそうな顔で私をジッと見る。

「転職したのは僕のせいなんですよね?」
「え"っ!!」


いきなり史明くんの口から、核心を突かれて固まってしまった。








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