想い想われ?



21




「転職したのは僕のせいなんですよね?」
「え"っ!!」

いきなり史明くんの口から、核心を突かれて固まってしまった。

「本当にごめんなさい。謝っても謝りきれないし、どうしたら静乃さんに許してもらえるのか……」
「あ……あの……」
「急に前のアパートを引っ越して、連絡も取れなくなって……それで僕、静乃さんのこと探しました」
「はぁ……」

史明くんはテーブルに身体を乗り出して、私に迫る勢いで話し始めた。

「でも僕が知ってるのは、静乃さんのあの引っ越したアパートと携帯の番号とアドレスだけだったから……
色々手を回して、勤め先を突き止めました。でも……そこも辞めたあとで……」
「…………」

そっか……そこまで調べてしまったのか。
史明くんが本気出せばそんなこと朝飯前だったのかも……伊達に大企業の副社長なんてやってないか。

「その辞めた……いいえ、辞めさせられたのも僕のせいだったんですね」
「……史明くんのせいなんかじゃないわ……」
「いいえ!僕のせいです!僕のプライベートな部分で、静乃さんに迷惑をかけました」
「いいのよ。あのことは自業自得と思ってる」
「自業……自得……ですか?」
「そう。婚約者のいる人と身体の関係を持ってしまった自分が悪いから……彼女が怒ったのも
仕方ないと思うし」
「ち……違います!佐渡さんは僕の婚約者じゃ……」
「うん。知ってる……あとで違うってわかったから」
「え?ほ……本当ですか?」
「うん……」

本当の婚約者が、帆稀さんだっていうのがわかったから。

「では彼女を訴えますか?」
「え?」

史明くんの言葉に顔を上げると、いつものホンワカした顔の史明くんはいなかった。
真剣な眼差しで、きっと仕事をしてるときの顔に近いのかな……と思った。

「彼女がしたことは許されることではありません。人ひとりの人生を変えるようなことをしたんです。
ちゃんと責任を取るべきだと僕は思います」
「…………」
「本当にすみません……彼女のことは梨佳ちゃんに言われるまで知らなかったんです。
確かに取引のある会社のご令嬢だったんですが、何度か社長である彼女の父親を交えて食事をしたくらいでしたし、
あとはどこかで催されたパーティーで会うくらいだったんですが、どこをどう思ったのか自分が僕の花嫁の最有力候補
だと思ってたらしくて……静乃さん以外にも、僕の結婚相手になりそうな人に嫌がらせをしてたみたいで……」
「そうなんだ……」
「できる限りのことはします。弁護士も僕の知り合いで頼れる人がいますから、その人についてもらいますし、
費用のことは何も心配しないでください。これは僕のせいでもあるので、僕がこの件に関して最後まで責任持ちますから!!」
「……あ……ありがとう……」

さらにテーブルの上に身体を乗り出す史明くん……気持ちはわかるんだけど……ね。

「じゃあ、さっそく弁護士に連絡を……」
「それは……いいわ」
「え?」
「あの人を訴えたりしない」
「な……なんでですか?静乃さんはそれ相応なことをされたんですよ?相手に償ってもらうのは
正当なことだと思います」
「確かに彼女のしたことは許されることじゃないけど……私がしたことは同じだからよ」
「同じ?」
「そう……だから……いいの。彼女にされたことは、自分に対しての当然の罰だと思うから」
「罰?罰……ですか?」
「そう。それに次の会社もすぐに決まったし、今勤めてる会社のほうが前勤めてた会社よりも
色々待遇がいいのよ。お給料も多少高くなったし会社も大きくて綺麗だし……だからいいの」

でも……もうすぐそこも辞めることになると思うけど。
私は史明くんを見つめて軽く笑う。

「静乃さんはそれでかまわないんですか?」
「ええ……」
「そうですか……僕は納得できませんけど、静乃さんがいいなら……仕方ないです」

史明くんが納得いかないのはわかってたけれど、それが自分の気持ちだから仕方ない。

「ごめんなさい」
「そんな……静乃さんが謝ることなんて何一つないです!僕のほうこそごめんなさい!気づかなくて」
「…………」
「だから静乃さんに呆れられて、嫌われるのも仕方ないです。僕に愛想が尽きたから黙って僕の前から
いなくなったんですよね?僕が不甲斐ないから……静乃さんを……守ってあげられなかったから……」

史明くんはサラリと言ってしまったけど、根本的なことが間違ってる。

「史明くんが守る人は私じゃないわ。ちゃんと守るべき人を守ってあげて」
「え?」
「知ってる、帆稀さんが本当の婚約者なんでしょ」
「!!」

ああ……ついに言っちゃった。
でも、なんでそんなに驚いた顔するのかしら?

「え?あ……いや……その……な……んで?」
「知ったのは偶然なんだけどね。ちょっと歳が離れてるかもしれないけど幼なじみなんでしょ?
気心も知れてるし、美男美女でお似合いよ」

言いながら自分の胸がズキリとしたけれど、それには気付かないフリをしてニッコリと笑った。
ちゃんと笑えてる?私……。

「いえ……ですから……あの……」
「そんな、テレなくてもいいわよ」
「ちっ……違います!!テレてなんて……」
「だから同じなのよ。婚約者のいる人と身体の関係を持っちゃったのは……しかも同じ会社に勤めてて、
知らなかったとはいえ帆稀さんとも親しくさせてもらっちゃって……本当に帆稀さんには申し訳ないと思ってるの」
「あ……あの静乃さん?」
「でも心配しないで。彼女にバレるようなヘマはしないし、引越し資金が貯まったら会社も辞めてもう二度と
ふたりの前には現れたりしないから」
「……え?」

史明くんが言葉を挟めないように、私は一気に自分の言いたいことを話し続けた。

「でもあと少し……お金が貯まるまでは我慢して?だからもう、私に係わったりしたらダメだからね。
ここに来るのも今日を最後にして。携帯から私の番号とアドレスも消してちょうだいね?私も今日を最後に消す……から」

声は震えてないかしら?顔は笑ってるかしら?

「話は終わったでしょ?私も話すことはないからもう帰って。史明くんはここにいちゃいけないわ。
もうここには二度と来ないでね。…………今まで……ありがとう。帆稀さんとお幸せに」


ずっと心に秘めてた言葉を言うことができた。

それでも……私が史明くんのことを好きだということは、

そのまま胸の奥の奥にしまいこんだままだったけれど。








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