想い想われ?



22




「…………や、です」
「え?」

私の話を聞き終わって、俯いてた史明くんがボソリと呟いた。

「今日で終わりなんて……絶対に嫌です……」
「ふ……史明くん?」
「今日が最後だなんて絶対に嫌ですっ!!」
「うわっ!ちょっ……史明くん!?」

ガバっと立ち上がると、ガシッと肩を掴まれて座ってるのを立たされた。

「もうヤメです!!」
「は?」
「ちゃんとした手順を踏んで恋人同士になろうと思っていましたが、もうそんな悠長なことを
してる場合じゃありませんっ!!」
「え?あの……史明くん?」

目が……只事じゃないほど据わってるんだけど?
どっか変なスイッチ、入っちゃった?

「僕は真面目に静乃さんとお付き合いしたいと、あの日の夜……正確には静乃さんを
抱いてるときに思いました。最初がいきなり身体の関係だったので、ちゃんとしたお付き合いというと、
まずはお友達からと思って静乃さんに触れることをグッと我慢してました」
「真面目なお付き合い?友達から?」

「だって……あのときの静乃さんは、僕とは一晩限りって思ってたでしょ」
「え"!?」

だって……あのときは……。

「だから、まずは友達から親しくなって……そこから恋人にしてもらえたらって思ってたんです。
自分では大分いい雰囲気になってきたんじゃないかって思ってた矢先に、急に仕事が忙しくなって
なかなか静乃さんに会いにこれなくて……本当は毎日でも来たかったんです!でも……」
「でも?」

なんか、スゴイ熱弁始まってるみたいなんだけど……大丈夫?史明くん?

「そんなにしつこくしたら、迷惑なんじゃないかと思って……呆れられて嫌われたらイヤだったから
仕方なく1週間に一度って決めて……だから電話もメールも一度話したり送ったりしたら自分を
止められない気がして!きっと1日に、何度も電話やメールしちゃうと思うんです!!」
「は……はあ……」

思わず頷いちゃったけど……え?史明くんってそういうキャラなの?
両手を胸の前でギュッと握り締めてちょっと頬を赤らめて……まるで恋する乙女みたいじゃないのよ。

「ほら、やっぱり呆れるでしょ?男がそんな粘着質だなんて……」
「そ……そんなことないと思う……けど?」

まあ実際されたら、多少ウザイと思うかもしれないけど……史明くんからなら別にいいかな?
なんて思ってる自分がいる。

惚れた弱み?痘痕(あばた)も靨(えくぼ)?

「とにかく僕に好意を持ってくれるようにするので精一杯で……僕、自分から交際申し込んだりとか
僕のことをなんとも思ってない人に好きなってもらうには、どうしたらいいかとか全然わからなくて……」

ん?なんだか今、ポロッとなにか言ったわよね?

「史明くん」
「はい?」
「今まで、女性とお付き合いしたことって……あるんでしょ?」
「あ……ありますよ。でも外国にいるときで、20代前半くらいまでですけど……
こっちに戻ってきてからは特定の人は誰もいません。お付き合い自体しませんでしたから」
「それじゃちゃんとお付き合いの経験はあるんでしょ?なのにどうしてそんなにテンパってるの?」

今まで誰とも付き合ったことがないとかならわかるけど……。
それに、もし付き合った経験がなかったとしても30過ぎで、会社ではそれなりの仕事こなしてる
わけでしょ?それなのに?こんな感じ……なの?

「えっ!?あっと……えっと………僕、自分から告白したことはないんです……」
「は?」
「今まで相手から言われたことしかなくて……それも先に、身体の関係を持ったあとで流れで
付き合ったというか……相手が寝たんだから彼女よね?って感じで付き合いだしてたというか……」
「史明くんは、相手のことは好きじゃなかったの?」
「身体を許し合えるということは、多分好意はあったと思いますけど……別れると言われても、
素直に受け入れられました。後悔も未練もありませんでしたから、やはり身体から始まった関係は
そんなもんなのかと思いました」
「そう……」

きっと不誠実だったわけじゃないんだろうけど、軽い繋がりのお付き合いだったのね。

「だけど、静乃さんとはそんな付き合いはしたくなかったから……」

急に “きゅうぅん〜〜” という声が聞こえてきそうなほど、目の前の史明くんはションボリとなった。
いつもは見えない犬の耳と尻尾がペタリと垂れてるのが見えるわよ。

ああ……イケナイ、イケナイ……惑わされちゃいけないわ!!

「だから生まれて初めて、真剣にお付き合いを始めるために頑張りました。とにかく僕に好意を持ってもらえるように」
「だから色々食べ物やお酒を?」
「はい。だって静乃さんは、ブランド物のバッグとかアクセサリーとか、喜んで受け取ってくれるような人じゃないと思ったから」
「餌付け?」
「そ……そんなつもりじゃないですけど!!でも……」
「でも?」
「2人で一緒にお酒を飲んだり食べたりしたことは、僕にはすごく嬉しいことだったから。
静乃さんの手料理も美味しくて嬉しかったし、僕を泊めてくれたのも嬉しかった。本当なら毎晩静乃さんと同じベッドで
眠りたかったけど、静乃さんが僕との間に一線を引いていたのがわかってたから……」

そう言って、さらに悲しそうに笑わないでってば!!
あなたのそういう顔、私は本当に弱いのよっ!

大体、一線引いてたって当然でしょ?噂でも婚約者がいる人と、どう先を期待しろって言うのよ?
あのニセ婚約者様は違ってたけど、実際帆稀さんという立派な婚約者いたじゃない。

「一線を引くの当たり前でしょ?あなたは大企業の副社長で、婚約者がいる人だもの」
「副社長って!……知ってたんですか?」
「史明くんと知り合ってすぐに、会社から出てきた史明くんを見かけたことがあるの。秘書の人に
指示を出して、お付の人と高級車に乗り込んで走って行った」
「そ……そうなんですか……見られてたんですか」

ちょっとガッカリって感じの史明くん。
ええ、見てましたとも、しっかりと。

「それでネットで史明くんが出て来た会社を調べたの。そこで史明くんが、その会社の副社長ってわかった」
「……わかっても……最初と変わらずに、僕と接してくれてたんですか?」

そう話す史明くんだけど、不安そうな顔を私に向ける。

「だって、私が最初に知り合ったのは “タダの泣き虫な男” だもの。私に会いに来てくれてたときは
会社の肩書きは置いてきてたみたいだし」
「静乃さんには、ひとりの男として見てほしかったから、何も言わなかったんですけど。
でも、なにも聞かない静乃さんに、僕はちょっと不安でした」
「え?」
「だって……僕のことを知ろうと思わないんだなって……知りたいと思ってくれないんだって、
僕には関心がないんだって、いつも思い知らされてました」
「それは……」

だって、いつかは離れて行く人だと思ったから……そんな人のことを深く知ってもあとが辛いだけじゃない。

「でも僕が副社長とわかっても、静乃さんは気にしなかった……それって嬉しいです」
「え?」
「こっちに戻ってから僕に近づいてくる人は、僕の肩書きに惹かれて近づいてくる人ばかりですから。特に女性は」

ああ……あのニセ婚約者様もそうだったって言いたいのかな?

「だから帆稀さんだったのね。幼馴染みなら、そういうことは関係ないものね」
「え″っ!?ですから……ちょっと……静乃さん?」

私が帆稀さんのことを言い出すと、急に史明くんが慌てだした。

「やっぱりいいお相手じゃない。それに彼女可愛いし優しいし……きっと史明くんのこと癒して……」
「違いますっっ!!」
「え?」

ナゼかまた、どこかのスイッチが入ったらしい史明くん?

「どうしてそう思うんですか?僕の婚約者が梨佳ちゃんだって?」
「どうしてって……逆に聞きたいわよ、どうして否定するのか」
「え?」

なんでそんなに不思議そうな顔するのよ。

「だって2人で認めてたじゃない。それにあのニセ婚約……じゃなくて佐渡さんにもそう言ってたでしょ」
「認めてた……って?」
「私見てたのよ。あの創立記念パーティのとき、あなたと帆稀さんが佐渡さんに向かって婚約者だって話してるの」
「ええっ!?み……見てたんですか?あのとき?」

明らかに、動揺しまくってる史明くん。

「そう、パーティのお手伝いだったから」
「そ……そうなんですか……」
「あのとき、史明くんが来る前まで帆稀さんと佐渡さんが話してるのも聞いたし」
「ど……どんなことをですか?」
「え?」

なんか史明くん顔が引き攣ってる?

「んーー史明くんと2人で携帯で撮った写真を見せてたかな?それにもらった指輪を見せて
『素敵でしょう?』 って。あれって婚約指輪なんでしょ?帆稀さん嬉しそうに見せてたわよ」

「…………ああーーーー」

私の話を聞いて、史明くんはまた頭を抱えて俯いた。

「テレなくていいわよ。そのあと史明くんが来て……それで佐渡さんも納得してたわよね」
「……それには、ちょっとした事情があったんです」
「事情?ああ!もしかして公に発表するまで内密ってこと?大丈夫よ、私誰にも喋ったりしてないから」
「違いますっ!!そんなことじゃないんですっ!!」
「え?そ……そうなの?」

私の肩を掴んだ史明くんの手に、力がこもった。

「静乃さんっ!!」
「は……はい?」
「全部お話しますから」
「え?全部?」
「はい……全部……長い話になりますが聞いてもらえますか?いえっ!聞いてください!!」
「話……?」
「でも……その前に……」
「その前に?」

「好きです!!」

「え?」

私の聞き間違え?今、史明くん好きって言った……の?

「僕は静乃さんのことが好きです!!愛してます!!」

「ええ!?ちょっ……」

そんなこと言ったって……だって史明くんは帆稀さんと……。

「んっ!!」

そんなことを思ってたらいきなりキスされた。

「ん……はぁ……静乃さん……好きです……好き……ちゅっ……ちゅっ……」
「んぁっ……んっ……」

何度も角度を変えながら、縋るように私の唇に触れる史明くん。
角度を変えるときのちょっとした瞬間に “好き” と繰り返す。

ダメなのに……こんなこと……ダメ……。

「ふ……み明くん……ダメ……こんなこと……ふぅん……んんっ……」

ああ……ダメなのは私か?
結局、強く抵抗もしないで史明くんのキスを受けれてる。

ふと、帆稀さんの顔が浮かぶ。

「ダメよっ!!史明くん!」
「!!」

懇親の力を振り絞って、史明くんの身体を押し戻した。

「はぁ……はぁ……こんなこと……帆稀さんに対して裏切り行為よ!!」

「静乃さん……」
「これ以上困らせないで……これ以上、私を嫌な女にしないでよ……」

そうよ……こんなこと……これからどんな顔して帆稀さんに会えばいいのよ……。

「そうですね……ごめんなさい。つい気ばかり焦ってしまって……話が先ですよね」
「…………」

さっきから話って……一体どんな話なのかしら?

「どこから話せばいいのか……」


うーーん、と史明くんが腕を組みつつ、片手を自分の顎に当てて唸る。

しばらく考え込んで顔を上げると、私をまっすぐに見つめて口を開いた。








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