想い想われ?



03・史明・静乃視点




玄関のチャイムが鳴って、私は作ってる料理を途中でやめて玄関に向かう。

「はーい」

ちょっと前に、今から帰るメールをもらってたからきっとこのチャイムは史明くん。

「ドキドキするのはなんでかしら」

誤解も解けてお互いの気持ちも確かめ合って、めでたく結婚を前提にお付き合いすることになった史明くんと私。

連続でうちに来るのが初めてだからなのか、お互いの気持ちがわかったからなのか……。
どうも久しぶりの恋愛は私にはちょっとハードルが高いのかしら?

と言っても、もう前の恋愛から数年経ってたりする。
今で言う “合コン” で知り合った商社に勤めてた彼とは、お互い良い雰囲気かしらと思った途端、
相手が転勤になってしまってそのまま疎遠になって終わった。

その前の大学の先輩とも、遠距離恋愛でダメになったし……どうも私と付き合う人は、私から遠のいていくのかしら?
それなりのお付き合いで、それなりのことも経験済みだけれど、あんなに求められたのは初めてで、
甘い言葉を囁かれたのもそう言えば初めて……かも?

『好きだ』 とかは言われたことはあったけど、あんなにも 『好きだ』 や 『愛してる』 を繰り返されたのは初めて。
それ以外にもなにか言ってた気がするけど、朦朧とした意識であまり憶えてないのが事実。

「僕です、史明です」
「ハッ!は…はい、今開けます」

閉まってる玄関のドアの向こうから、待ち切れなさそうに自分の名前を言う史明くんの声で我にかえった。

「静乃さん、ただいま」
「おかえりなさい」

ついさっきまでの思考がまだ残ってて、なんだか焦る。
そんな私をお構いなしに “むぎゅっ!” っと抱きしめる史明くん。
そして、触れるだけのキスをちゅっとされた。

「ああ……僕はなんて幸せ者なんでしょう。静乃さんが僕の帰りを待っててくれるなんて。
しかも、僕がずっと見たいと思っていたエプロン姿でのお出迎え……何度、夢見たことか」
「ふ……史明くん?」

また “むぎゅ” っと抱きしめられた。

「あ、あのご飯作ってる途中だから……どうする?先にお風呂入っちゃう?」
「ああっっ!!」
「え?」

耳元で大きな声を出されて、ビックリした。

「こ、これが所謂 “お風呂にしますか?それともご飯にしますか?” ですね!!ああ〜〜最高です。
本当に僕は幸せモノです!!」
「そ……そう?じゃあどうする?」

さすがに “それとも、わ・た・し?” なんて言葉は言えなかった。

「ご飯にしましょう。僕も作るの手伝いますから」
「うん、じゃあ手を洗ってね」
「はい」

どうやら、もう1つの言葉には気づかなかったようなので、ホッと胸を撫で下ろした。
でも相変わらずのテンションの高さにちょっと驚いたけど、まあ史明くんの機嫌がいいならいいか。
そのあと、また史明くんに炒め物をしてもらって、私は出来上がった料理をテーブルに運んだりご飯をよそったりした。
和やかな雰囲気で夕食が終わり、食後のコーヒーを飲んでると史明くんが私の名前を呼んだ。

「静乃さん」
「ん?」

なんだか至って真面目な顔の史明くん。

「なに?なにかあった?」
「いえ……ちょっとお話が」
「なに?」
「今日、父に僕達のことを話しました」
「父って……社長にってこと?」
「はい」
「大丈夫だった?反対されたんじゃない?」

私の実家はごくごく一般の家庭だ。
史明くんや帆稀さんのところみたいに立派な家柄じゃないから、身分違いとかなんとか言われて
反対されるかもと思っていた。
いまどき身分もないだろうけれど、やっぱりそれなりの家庭の人のほうが史明くんの結婚相手には
相応しいとかって言われるかな……とは思っていた。
史明くんは大丈夫って言ってたけど。

「いえ、喜んで快く承諾してくれましたよ」
「え!?本当?史明くんウソついてない?」
「ウソなんてつきませんよ。以前から、僕の結婚相手は誰になろうと反対はしないって言われてたんですから」
「そうだけど……」

確かに昨夜からそのことは言われてたけど……。

「ただ、静乃さんにも僕のために、覚えていただくことがあるんですが大丈夫でしょうか?」
「覚えること?」
「ちょっとした一般常識です。僕も協力しますから、一緒に頑張りましょう」

そう言ってニッコリと笑う。

「……はい」

でも、一体どんな一般常識を覚えるんだろう?と考え込んでると、スッと目の前に史明くんの手のひらが差し出された。
その手のひらの上には、小さな箱がチョコンと乗っていた。
よく見かける、ジュエリーが入っている小さな箱。

「え?史明くん?」
「僕から静乃さんに……受け取ってもらえますか?」

手のひらに箱を乗せたまま、もう片方の手でパコンと蓋を開けた。
中には想像したとおり、指輪が納まっていた。

「これ……」
「まだ静乃さんのご両親に許してもらってませんが、絶対許していただける自信がありますので、婚約指輪です」
「へ?」

婚約指輪?

「静乃さんが僕のものだと周りに知らせる意味もありますので、今日帰りに買ってしまいました。
前から色々探してはいたんですが、気に入ったのがあったので」
「はあ……」

静乃さんも気に入ってくれると嬉しいんですけど……なんて言いながら、箱の中から指輪を取り出して
そのまま私の左手を取ると、スルリと薬指に指輪をはめてしまった。

「あ……」
「ピッタリですね。それに静乃さんにとてもよく似合ってる」
「!」

そう言うとそのまま私の手を持ち上げて、薬指にはまっている指輪にちゅっとキスをした。

「これで僕以外の男を牽制できますね」

フフッっと笑う史明くん。

「何言ってるの。私なんか誰も目に留めたりしないわよ」
「何言ってるのは静乃さんですよ。絶対静乃さん狙いの男はいるはずです!!」
「そんなことないから。今までだって誘われたこともないのに」
「本当ですか?」

疑いの眼差しの史明くん。

「本当よ。個人的になんて誘われたことなんてないもの」
「それって、個人的以外なら誘われたことがあるってことですか?」
「まあ部署内とか部署同士とか?みんなでワイワイって感じだと思うけど」
「行ったんですか?」
「んー2回くらい?でも私なんて誰も眼中になんてなかったわよ。ほとんどあぶれた人の話し相手って感じだったし。
それに勝浦さん……あ!一緒に仕事してる人なんだけど、その人とずっと一緒だったし。
皆、入社したての私に気を使ってくれたんじゃないかしら?」
「…………」

その話は本当だろうか?
今度その勝浦さんという人と梨佳ちゃんに詳しく話を聞かなければ、と心に決めた。

「とにかく結婚間近なんですから、指輪絶対外しちゃダメですよ。もし指輪のことを聞かれたら、
正直に “婚約しました” って宣言してください」
「え?」
「いいですね」
「…………はい」

ニッコリと笑顔の史明くんだったけど、反論は許されない雰囲気だったから素直に頷いた。

「ありがとう、史明くん。指輪大事にするね」

考えてみると、これってとっても素敵なサプライズよね?と思ったからお礼もちゃんと言った。

でも……確か “結婚前提のお付き合い” からだったんじゃなかったっけ?
すでに婚約成立してるみたいなんだけど……私、いつプロポーズされたっけ??

「でもこれ……高かったんじゃないの?」
「そんなことはありませんよ。でもそれは、静乃さんが気にすることではありません。
僕の静乃さんに対する気持ちですから」

あからさまに金額を聞くのもはばかられて、それ以上は聞けなくなってしまった。
私は左手の薬指にはめられた指輪をジッと見つめる。
高そう……とは思うけど一般常識のそれ相応のお値段だと思うことにした。

「それと静乃さん」
「はい?」

指輪から視線を外して、史明くんを見上げるとホンワカと優しい微笑み。

「これからは、僕のところで一緒に暮らしませんか」
「……え?」
「少しでも静乃さんと離れているのは僕はもう嫌なんです。こうやって僕が訪ねてくるのもかまわないのですが、
そう遠くないうちに結婚することになると思うので、もう僕のところで一緒に暮らしてもなんら不都合はないと思うのですが」
「えっと……」
「ダメ……ですか?」
「う″っ!!」

ま…また “くうぅぅぅ〜〜〜ん” って眼差しっ!!
あ、頭の耳がペタリと垂れててシッポも縮こまってる!!
ダメ!!見ちゃダメよーーー!!私!!

「で、でも……こ、ここに越してきたばかりだし……それをすぐに引き払うのはもったいないかな〜って……」
「…………」
「そ、それにホラ!結婚してから一緒に住むっていうのも、いかにも〜って感じでよくない?」

って、ああ……私ってばなんて弱気発言。
こんなんじゃ史明くんが納得なんてするわけ……でもなんか、全部が史明くんの思惑通りに
進んでるのも気になるって言うか……。

「そうですね、もったいないかもしれませんね」
「う……うん」
「結婚してから一緒に住むっていうのもいいかもしれませんね、気持ち的には。でも、僕は毎日静乃さんの部屋に
帰ってきますから同じかと思うんですけど。まあ静乃さんがそう言うなら仕方ないですね」
「…………」

また、フフっって顔して笑うけど……史明くんそれって笑ってないわよね?

それに私のいうことを素直に聞いてくれるみたいな素振りだけど……なんかそれも怪しいんですけど?



「おはようございます、勝浦さん」
「あ〜おはよう」

次の日の朝、更衣室で一緒になった勝浦さんと挨拶を交わした。
史明くんのことは、昨日のお昼に帆稀さんと一緒に食べたときに話しをした。

『そんな偶然あるんだね。梨佳ちゃんの従兄妹が久遠さんと知り合って、その久遠さんがここに就職するなんてさ』

どうしてこの会社に転職したのか、理由は話さなかった。
ただ、先日のコンサートのあと偶然そのことがわかって、史明くんとの交際を始めたということは話してあった。
結婚を前提にってことも。

「あれ?久遠さんそれ」
「え?あ……はい、昨日史明くんから」
「わぁお!ちょっと見せて」
「え?あ……はい」

珍しく勝浦さんが指輪に興味を持ったらしく、私の左手をとってマジマジと見る。

「これって、エンゲージリング?」
「はい……」
「でも、付き合い始めたばかりじゃなかったっけ?」
「えっと……どうやら史明くんはすぐにでも結婚したいらしくて……彼のお父さんにはもう、結婚の承諾を
もらったらしくて……ウチの親にも近いうちに挨拶に行って結婚の承諾もらうからって……先に渡されて……」
「ほぉ〜〜周りの男性陣に牽制ってやつ」
「史明くんもそんなこと心配してたみたいですけど、全然お門違いですから」
「んーーーまあいいけどね」

数少ない飲み会の席で、自分と話してる隙を見つけては話しかけてきた男性陣が数名いたことを、
静乃はあぶれた人が暇つぶしに自分に話しかけてきたと思ってるらしい。
ほとんどが静乃との接点を持とうとしていた輩ばかりだったのだが、当の静乃はまったく気づかず。

「え!ちょとソレ!」
「え?」

勝浦さんとそんな話をしていると、更衣室にいた他の女の子達が指輪を見て寄ってきた。

「これって “TAKERU” の新作じゃない!」
「きゃーーホントだ!素敵〜〜〜!!」
「え?」

自分よりも、周りの女の子達がキャアキャアと騒ぎ出した。

“TAKERU” ってたしか有名なブランド名よね。
そこの新作って??

「やだ!久遠さんわからないって顔してる」
「え…ええ……私そういうの疎くて……」

もともとあまりアクセサリーもつけないし、買うとしてもそんな有名なお店じゃなくて
ショッピングモールに入ってるお店で買うくらい。
それですら滅多にない。
だから値段も、私でも手が届くような金額のものだし。

でもそう言われてよくよく見ると、確かにこんな細い指輪なのに細かい細工が綺麗に施されてて、
真ん中にはキラリとダイヤが嵌め込まれてる。

「これ、今シーズンに出たばっかりの新作で確か限定品じゃなかったかしら?」
「限定品って……それって高額なのかしら?」
「高額なのかしらって!久遠さん、もともとここのブランド品って高額なものばっかりなのよ。
まあ小物関係ならそこそこの値段で買えるけど、この指輪なら百万以上はするんじゃない?」
「ひゃっ……百万以上っ!!??」
「そうよ、限定品の新作よ?手に入れるのも難しいんじゃないの?なにかコネがあるとか?
それか前もって予約してたとか?」
「…………」

もう、彼女達の声は私の耳に届かなかった。
百万以上?この指輪が??百万!?

なんだか急にこの指輪が重く感じて、左手がズシリとなった気がした。

「婚約指輪なんですって」

勝浦さんがトドメさすように、彼女達に暴露する。

「ええっ!!婚約指輪って……久遠さんそんなお相手いたんだ!?」
「しかもこんなの買えちゃうなんてかなりの御曹司?」
「…………」
「久遠さ〜〜ん、戻っておいで」
「ハッ!」

勝浦さんに肩を揺すられ我にかえる。

「どどどどど……どうしよう、勝浦さん」
「どうしようと言われても……頂いたものだから、つけておくしかないんじゃない」
「そうだけど……そんな高額なもの……失くしたらっていうか傷付けたら!!」
「そんなヤワじゃないって」
「うぅ……」

貧乏性なのか、慣れないものは身に付けるもんじゃないのかもしれない。
いくら婚約指輪でも、あまりの高額に眩暈がする。

そりゃ史明くんにちゃんと確かめなかった自分も悪いけれど……まさかそんな高額なモノとは!

そのあとはどうしても落ち着かなくて、ならばと勝浦さんが持っていたネックレスのチェーンを貸してくれて、
そのあとは指から指輪を外して首から下げることにした。
史明くんには申し訳なかったけど、ホッとした自分がいた。

もったいな〜〜い! と声をそろえて訴える周りの女の子たちに、指輪のこととお相手のことは
内緒にしてもらえるようにお願いした。

それからあとは何とか仕事に集中できたけど、気づけば服の上からいつも指輪を触っていた。



ピンポーン♪ ピンポーン♪

昨日よりちょっと早めに玄関のチャイムが鳴った。
しかも、心なしかチャイムの感覚が短い?

「はい?」
「僕です!史明です」
「?」

なんか気持ち急いでる?
だから私も慌てて玄関のカギをあける。

「静乃さん!」
「お、おかえりなさい。……え?」

史明くんはというと、昨日とは違ってただいまの挨拶もなしに、いきなり私の左手を掴んで
自分の目の前に持って来る。

「やっぱりないっ!!」
「え?」

いきなり、なに?

「静乃さん指輪は?指輪!!まさか失くしたんですか?」

ものすごい、必死な形相の史明くん。

「あっと……えっと、今は料理してたから外してたの……」

あんな高価な指輪が、食材まみれになるのはさすがに気になったから。

「でも会社でも外してたんですよね?」
「え″っ!?」

なんで史明くんがそのこと知ってるの??
きっと私がそんな顔してたんだろう。

「梨佳ちゃんに聞きました」
「え?帆稀さんに?」

確かに今日もお昼を一緒に食べたけど……指輪のことはなにも話してないのに。

「ちょっと梨佳ちゃんと話すことがあって、指輪のことを話したんです。そうしたら静乃さんは
指輪なんてしてなかったって……」
「……ぅ……」

そんなところからバレるとは!

「どうしてですか?婚約してるのが嫌でしたか?婚約者がいるのが周りにわかるのが嫌でしたか?」
「史明くん……」

もう瞳がうるうるで、今にも涙が零れ落ちそう。

「ち……違うの!」
「なにが違うんですか?」

クスンとハナをすする。

「朝、更衣室で着替えてたら周りにいた女の子達に、あの指輪がどんなに高価なものか教えてもらったの。
そうしたらなんだか急に失くしたらどうしようとか、傷付けたらどうしようとか思っちゃって……」

それにその指輪を買った人物のことも聞かれるだろう予測もあったから、余計するのを迷ってしまった。、

“御曹司” の言葉と、百万もする指輪をポンと買えてしまう史明くん。
(ポンじゃないかもしれないけど……でも、多分そうだと想像できる。)
”NIREGISHI CORPORATION” の副社長という肩書きが初めて実感できたという……。
私ってどれだけ鈍いんだろうか。

「じゃあ僕との婚約が、嫌だという訳ではないんですね?」
「うん……」

それは嫌じゃない……本当にそう思ってる。
私のその言葉に、史明くんがホッとした顔をした。

「あの指輪、とっても高価なものだったのね。私そういうのに疎くて、今日会社の女の子に言われて知ったの。
……無理しなくてよかったのに」
「無理なんてしてません。お店の人に勧められたのもありましたけど、僕があの指輪に一目惚れしたんです。
静乃さんに絶対似合うって」
「あ…ありがとう……」
「だから気にせず、いつも静乃さんの指にはめていてください」
「でも……」

それじゃ、仕事にならないんだけど……これって私が一般庶民だから??

「お願いです、じゃないと僕は静乃さんのことが心配で心配で会社に乗り込んでしまうかもしれません」
「は?」

今、史明くん変なことサラッと言ったわよね?

「あの指輪をしていれば、静乃さんが僕という婚約者がいると周りに知らしめることもできますし、
僕があの指輪が買えるほどの経済力も持ち合わせているとわからせることができます」
「…………」

え?史明くんってば、なにを言ってるのかしら?

「そうすればそう安々と僕に対抗意識を燃やす輩は現れないと思うんです」
「……え?」
「でも、どうしてもあの指輪をはめて仕事ができないと言うなら、もう少しランクを下げた指輪を買いなおします」
「ええっ!?」
「僕は静乃さんには、僕という婚約者がいるということを周りに知らせたいんです」
「えっと……」

どうやら史明くんは冗談を言ってるわけではなくて、いたって真面目らしい。

「本当は僕が梨佳ちゃんの会社に出向とかなにかしら理由をつけて通えたらいいんでしょうけど、
今僕もそうそう身軽に動ける状態ではないので残念です!!」
「ふ、史明くん?」
「明日、新しい指輪買ってきますね」

私の両手を握り締めて、ニッコリと笑う史明くん。
いやいやいや……それって、解決策じゃないんじゃないかしら??

もうひとつ新しく指輪を買う?ランク下げる??もとが高い指輪じゃランク下げてもまだ高いでしょ?
って、そういう問題じゃなくて!


結局私は贈られたあの指輪をはめることになり、まさかこんなにも悩んだ婚約指輪が、

一週間ほどで結婚指輪に変わるなど……

そのときの私には、思いもよらなかった。








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