想い想われ?



09・史明・裕平視点




静乃さんが僕の部屋で一緒に暮らし始めてから、もうだいぶ日にちが過ぎた。

一緒に暮らしてくれることになかなか頷いてくれなかった静乃さんを (自分ではそれほどではないと
思っているのだけれど、静乃さんが言うには “か・な・り” 強引に) 説得して、やっと頷いてくれた。

初めて僕のところに来て、部屋の中を案内したときにテルさんの部屋も見せた。
昔ながらの家具と、テルさんのお気に入りだった木製のベッド。
部屋に飾られてる雑貨や、背の高さ順に綺麗に並べられてる本。

テルさんの部屋は、テルさんが居たころのままにしてある。
静乃さんと知り合う前は、この部屋でテルさんを想いながらひとりの時間を過ごしたことが何度もある。

未だになにも手を着けることができなくて、しばらくはこのままだろうと思う。
初めて静乃さんがこの部屋を訪れたとき “テルさんがまだここにいるみたい” と言っていた。
会ったことはないけれど、部屋を見ただけでテルさんの人柄がわかる気がする、とも言っていた。

僕にとって、特別な人だったテルさん。
いつか心の整理がついたら、この部屋も片付けることになるんだろうか?と思いつつ、もし子供ができて大きくなったら、
この部屋を子供部屋にしてもいいんじゃないかと思えた。

そうすれば、いつもテルさんが僕と静乃さんの子供を見守っててくれる気がしたから。



その数日後、静乃さんのご両親に挨拶に行って結婚前提のおつき合いをしていることと、一緒に暮らし始めたこと、
そしてもしかするとすでに子供ができているかもしれないので、先に籍を入れさせてほしいとお願いした。

静乃さんの言ってたとおり、静乃さんのご両親はごくごく普通の親だった。

僕が大企業の副社長で、ゆくゆくはその会社の社長になるだろうという話に、ただただ驚いていたけれど、
そんな僕にこんなにも平凡な娘でいいのかとそんなことを心配された。
それは静乃さんも思っていたことで、僕は静乃さんにも話したとおり多少覚えてもらうことはあるけれど、
僕も協力するしあまり無理をさせるようなことはないと話した。

僕も静乃さんも、結婚適齢期ど真ん中だったし、僕の父親もこの結婚を快く承諾してくれていると話すと、
静乃さんのご両親も快く承諾してくれた。

この日、静乃さんの大学生になる妹さんとは会うことはできなかったけれど、式の日取りと共に
そのことはまた後日改めてということに落ち着いた。



「よお、史明。一緒に昼飯食べようぜ」

ノックの音に返事がくる前に、ドアを開けて久しぶりに対面するこの会社の副社長でもある
従兄弟の史明が視界に入る。
“後で行く” のメールを送っておいたけれど、そう言えばお昼のことを言ってなかったと今気づいた。
ときどき史明とはお昼を一緒に食べたり、仕事の後飲みに行ったりとしていたが史明が彼女と知り合って、
一緒に暮らすようになってからはそういうことがなかったから、本当に久しぶりの対面だった。
しかも同棲数日で、籍を入れたと言われたときは本当に驚いた。
まあ、もしかして子供が出来ているかもしれないと言うことだったから当然のことかと思うが……
この男がこんなにも結婚に対して積極的だったとは。
相手が彼女だと、今までとはこうも違うものかと感心するばかりだ。

「って、なんだよもう飯食ってんの?」

大き目の綺麗に磨かれた黒光りするデスクの上に、お弁当を広げて食べてる史明が
お箸を口に咥えたまま俺を見てる。

「なんだ、お昼を一緒にと思ったんなら前の日に言ってくれないと」
「は?なんで?」
「せっかく静乃さんが作ってくれたお弁当を無駄になんてできませんからね。それに前もって言ってくれたら、
静乃さんがお弁当を作る手間も省けるじゃないですか」
「え?それって静乃ちゃんの手作りなのか」

結婚して彼女のことを “久遠さん” とも言えず、かといって “静乃さん” も年下相手に変な感じだし、
史明が “静乃さん” と呼んでるからそう呼べるはずもなく。
“静乃ちゃん” に落ちついたというわけで。

「どう見たって、そうとしかありえないでしょ」
「まあ確かに」

どうみても市販の弁当箱に手作り感満載のオカズが入ってる。
それに、一緒に暮らしてるんじゃ弁当を作って持たせるくらいするだろうし。
女ってそういうの好きそうだしな。

「どれ」
「あ」

ヒョイと素手でオカズの定番の卵焼きを一切れ取って、口の中に放り込む。

「ちょっと裕平、行儀悪いですよ。それにこれは静乃さんが僕のために作ってくれたお弁当です。勝手に食べないでください」
「なんだよ、ケチだな。心狭すぎ、でもこれ美味い」

ちゃんとダシの味がきいてて、柔らかめな焼き加減だった。

「当たり前です、静乃さんは料理が得意なんですから」
「ふーん、まあそんな感じだよな」

俺は卵焼きを摘まんだ指先をペロリと舐めた。

「家事全般得意って感じだもんな。梨佳とは大違いだ」
「梨佳ちゃん?梨佳ちゃんって料理得意じゃないんですか?時々ケーキ焼いたって食べさせてもらったことありますけど」
「それってアップルパイと紅茶の味がするスポンジだけのケーキだろ?」
「シフォンケーキのことですか?確かにそうですけど」
「アイツ、それしか作れないんだよ」
「え?」
「料理に関してはまったくダメ。まあ簡単なものくらいは作れっかもしれんけど、本格的なもんは無理なんじゃないか?
味噌汁だってまともに作れるか……」
「……そこまで?」
「まあ作る機会もないってのもあるだろうけどな。だから近々習わされるかも、って言ったな」
「へえ……それは意外」
「あ!そっか」
「?」

俺はふと、思いついたことを口にする。

「そうだよ、静乃ちゃんに頼めばいいんだ。なあ史明、別にかまわないだろ」
「え?」
「彼女、梨佳とも仲がいいし気まずくはないだろ」
「まあ、そうですけど……」

静乃ちゃんが史明のところで一緒に暮らし始めてから、梨佳のヤツはもう何度も押し掛けてたはず。

もともと史明と彼女をくっつけたかった梨佳は、この展開に飛び上がって喜んでた。
まあ俺も、史明に彼女できればなんて思ってたから何も文句はないが。
まさか史明がこんなにも彼女にベッタリの、愛情表現しまくる男だったとは俺のほうが意外だって。

それを指摘すると 『一度逃げられてますからね。ちょっとでも離れているだけで、僕は不安で仕方ないんです。
もうあんな想いは二度とごめんですので』 と言っていた。

目にあまる愛情表現も呆れながら指摘すると 『僕の存在を周りにもアピールしないと、いつどこに
静乃さんを狙ってる輩がいないとも限りませんからね。周りへの牽制も大事ですから』 とも言っていた。
まあその気持ちもわからなくもないが、納得できないのはあの史明が?と思ってしまうからなのかもしれない。

「静乃ちゃんに聞いてみてくれよ。それでOKなら梨佳にもそう伝えるし」
「……はあ、まあ多分大丈夫だと思いますけど……」

そう言いながら、史明が何か考えだした。

「なんだよ?なにか都合の悪いことでもあるのか?」

史明の顔はまさにそんな顔だった。

「いや……もし、梨佳ちゃんが静乃さんに料理を習うとして、それで覚えた料理を裕平が食べるんですよね」
「は?……まあ、そういうときもあるんじゃないか」

俺は史明が何を言いたいのかわからずに返事をする。
俺の予想だが、梨佳が静乃ちゃんに料理を教えてもらえば、多分俺にその成果を振舞ってくれると思う。
って言うか、俺が梨佳の手料理を食べてみたいという気持ちがあるし。
ケーキも嫌いじゃないが、好物というわけでもないから。
やっぱり普通に料理の方が食べてみたいと思う。

「もし梨佳ちゃんの家でも作ったりしたら、啓二おじさんや鞠枝さんも食べますよね」

「そりゃ家族だし?せっかく覚えたんなら食べてみたいと思うんじゃないか?梨佳だって披露したがると思うし」

今まで不得意だったもので自慢できるのなら、普通そうなると思うんだが?

「なんだよ?何が言いたいんだ」
「……いえ……静乃さんが教えるとなると、当たり前ですが味付けは静乃さんの味ですよね」
「……だろうな」

だから、なんなんだよ??

「やはり静乃さんが梨佳ちゃんに料理を教えるというのはお断りします」
「はあ!?なんで?なんの問題があるんだよ」
「大ありです」
「は?どこが?なに?タダっていうのが気に入らないってのか?梨佳相手に金取るのか」
「違いますよ、誰がそんなセコイことしますか」
「じゃあ、なんでだよ?」
「だって、静乃さんの味を覚えるということは、イコール静乃さんの料理を食べてると同じことじゃないですか」
「はあ???」

史明は何を言ってる??

「自宅に来て静乃さんの用意した料理を食べる分にはかまいませんけど、普段から当たり前のように
静乃さんの料理を僕以外の人が食べるなんて納得できませんよ」

「なっ!?」

どういう発想なんだ??それは??

「ですから、梨佳ちゃんには申し訳ありませんが料理教室か鞠枝さんに習ってもらってください」
「…………」
「お願いしますね、裕平」
「…………」

俺は呆れて何も言えない。
それをセコイとは言わないのか?どんだけの独占欲だっつーの!!
いや、こういうのを “愛妻家” って言うのか?広い心で見れば?

「なんですか」

俺が黙って呆れながら見つめていると、史明が不思議そうな顔で俺に聞いてくる。

「……いや……」
「ああ、裕平はお昼どうするんです?なにか買ってきます?それともどこかに頼みますか」

俺に聞きながら、自分は弁当の炊き込みご飯をパクリと頬張った。
弁当に炊き込みご飯なんて凝ってんな……美味そう、なんて思った。

「いや、外で食べる」
「そうですか、スミマセンね。今度は前もって言ってください」
「ああ、そうするよ」
「じゃあ、静乃さんが料理を教えるというのはくれぐれもナシということでお願しますね」

真面目くさった顔で念を押された。
俺は引き攣った笑いを残して史明のところから帰った。
昼飯を食べる店を探しながらふと思う。
もしも、梨佳から直接静乃ちゃんに話しが行ったらどうなるんだろうかと。

多分、彼女は快く承諾するだろうと思う。
ただその後、史明に話しが行ったらどうなるんだ?もちろん反対するんだろうな。
でも相手は梨佳だしな、そう簡単に梨佳も諦めるだろうか?
正直にさっきの理由を言ったとしても……。

そんなことを考えながら、史明なら言いくるめそうだと思った。
そしてそれを聞いた梨佳の呆れる顔も浮かぶ。
その前に、静乃ちゃん本人は一体どんな反応を見せるんだろうか?いくらなんでも呆れると思うけど?

あの史明が、静乃ちゃんに呆れられたらどんなことになるんだろうな。
あの酔い潰れたときのへタレっぷりを思い出して、自然と顔が緩んでしまう。

今度一緒に昼飯を食べるときは、俺も静乃ちゃんのお弁当がいいなんて言ったら、史明はどんな顔をするんだろう?

「マジで言ってみるか」

言ってみるのも楽しそうで、想像して笑いが込み上げてくる。

俺はそんなことを歩きながら考えて、クスクスと笑った。








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