想い想われ?



番外編・消えた静乃さん 【前編】




『今から帰ります』
『わかりました』

静乃さんとのそんなやり取りを帰る車の中でしてから数十分後、僕はいつものように玄関のチャイムを押した。
僕はニコニコのルンルンで静乃さんの応対を待つ。
チャイムが鳴り終わったころ、中から “はーい” という静乃さんの声が……声が……声が!?

聞こえないーーーーー!?

なんで?どうして??
さっきメールの返信をしてくれたんだから、部屋に居るはずなのに!?

僕は “仕事から帰宅したとき自分で玄関のドアを開ける” という行為を久方ぶりに慌てながらやって、玄関に飛び込んだ。

「静乃さんっ!?」

入った途端、声を張り上げて静乃さんの名前を呼ぶ。
とりあえず真っ直ぐにリビングに向かうと、廊下に明かりがもれてるのがわかった。
もしかして、誰かと電話でもしていて僕が帰って来たのがわからなかったのかもしれないと、
電気が点いていることでそう思った。

「静乃さん」

リビングのドアを開けながら静乃さんを呼んだけれど返事も静乃さんの姿もなくて、
一瞬で鳩尾辺りに嫌な感覚が沸き起こった。
部屋中を見渡しても静乃さんはいない。

「え?静乃さんどこに?」

フラフラと歩いてリビングから繋がる対面式のキッチンに移動して、隅から隅まで視線を向けて探したけれど
静乃さんはどこにもいない。
でもキッチンの電気はついていて、コンロに乗っていたお味噌汁のお鍋はまだ温かかった。
フライパンには焼きあがった鶏肉が入っていて、透明な蓋がしてあった。
今日は鶏肉の照り焼きか……なんて暢気なことを頭の隅で考えてる。
きっと今のこの状況が、自分で処理しきれていないんだろう。

どうみても、ついさっきまで静乃さんはここにいたという痕跡しか残ってない。

「静乃さんっ!?」

僕は弾かれたように走り出して、他の部屋のドアを片っ端から開けて中を確めていく。
もしかしたらメールのやり取りのときは静乃さんは寝起きで、また寝てしまったのかもしれない。
と思って期待しながら寝室のドアを開けた。

「静乃さん!!」

なのに期待を裏切って、誰もいない綺麗に整えられたダブルベッドがあるだけだった。

「まさか……」

もしかして、トイレで具合が悪くなって倒れてしまったとか?
僕はまた部屋の中を走って、トイレのドアをノックする。
でも中からは、なんの返事もなくて余計焦る。

「静乃さん!いるんですか?開けますよ!!」

さすがにトイレだったので、いきなり開けるのは憚(はばか)られた。
けれどトイレは真っ暗で誰もいない。
床に倒れてる静乃さんの姿を想像してた僕はちょっとホッとしつつも、すぐに身体の奥で
さっきから感じている嫌な感覚が戻る。

「浴室?」

もしかして、お風呂の用意の最中に倒れたとか?

僕はすぐ、隣の浴室に繋がる洗面所のドアを勢いよく開ける。
もう名前を呼んでからなんてことはぜず、乱暴にドアを開けた。
中は電気も点いていなくて、やっぱり誰もいない。
念のために浴槽の中まで覘いたけれど、静乃さんはいなかった。

「どこにいるんですか……静乃さん」

僕はもう、ワケがわからなくてパニック寸前だ。
そのあとは部屋という部屋を探し回って、人が隠れられそうな場所も次から次へと開けていく。

「静乃さん!どこにいるんですか!!」

そう叫びながら額に手を当てて、リビングに立ったままキョロキョロと周りを見回す。
もう、どこを探していいかわからない。

「まさか……また僕の前からいなくなってしまったんですか……」

そんなことはないと思いながら、嫌な感覚と共にあのときの不安な気持ちまでもが沸き起こってくる。
あの日……静乃さんのアパートの玄関のドアの前で感じた絶望感。

「ああ……そうだ……携帯……」

今さらながら、携帯に連絡を入れてないことに気づく。
自分でも、気づかなかったけれど手が震えてた。
そんな震える指先で、電話帳から静乃さんの携帯の番号を押す。
ちょっとの間をおいて呼び出し音が流れ始めると、微かに音楽が聞こえる。

「え?」

フラフラとおぼつかない足取りで音のするほうに歩いていくと、だんだんとその音楽は大きくなる。
それは聞きなれた静乃さんの携帯の音に似てる。
開け放たれた寝室のドアの向こうから、音楽は鳴り続けてる。
暗闇にチカチカと光る青色のランプ。
ドレッサーの上に置かれた静乃さんの携帯……え?携帯を置いていった?
無意識に自分の携帯を耳から離して、ドレッサーの上に置かれ音楽を鳴らし続ける静乃さんの携帯を掴む。

「携帯を持って行く時間もなかったんでしょうか……ハッ!!まさか!!」

僕はその場で自分の携帯で裕平にかけ直した。

「…………」

この時間ならまだ会社にいるか夕飯でも食べてるか……なかなか裕平が電話に出ないことに不安と絶望感に加えて、
イライラまでもが加算された。

『はい』
「裕平!!」
『……っ!史明?いってーな、電話口で大きな声出すなよ、鼓膜破れるだろうが』

確かに大きな声だったかもしれないけど、今の僕にはそんなこと気にかけてなんていられない。

「し……静乃さんが……」
『はあ?』
「静乃さんが!!」
『静乃ちゃんがどうしたって?』
「連れ去られたかもしれません!!!」
『はあぁぁぁぁ??』
「どどどどど、どうしましょう!!けっ、警察に!!」
『ちょっ、ちょっと待て!落ち着け!!史明』
「なに言ってるんです!!こうしてる間にも静乃さんが危険な目に……」
『連れ去られたって、なにか根拠でもあるのか?』
「僕が帰るメールをしたときには、ちゃんと返信がありました」
『ああ』
「そのあと……数十分後ですが、僕が家に帰ると静乃さんがいなくなってたんですっ!!」
『……って、え?それだけか?』

ちょっとの沈黙の後、呆れたような口調で聞き返された。

「それだけって……だって、部屋の電気は点けっぱなしですし、料理も作りかけのままでしたし、
携帯も置きっぱなしなんですよ!」

それがどれだけ不自然なのか、裕平はわかってないんでしょうか!?

『部屋の中とか、荒らされてたのか?』
「いえ……それは……」

そう言われると、部屋の中はいつもと同じで綺麗に片付いていた。

『血痕の跡とかは?』

いきなり裕平が、とんでもないことを言い出す。

「なっ!!なんて恐ろしいことを言うんですかっっ!!裕平はっ!!!そんなものありませんよ!!
そんなものがあったら裕平に電話する前に警察に電話します!!」
『じゃあ、ただ単に出かけてるんじゃないのか?』
「こんな時間にですか?僕が帰るってわかってるのにですか?」

そんなことは絶対ありえない。

『どんな理由かは知らんけど、ああ!料理しててなにか必要なモノでもあったんじゃないか?買い物だろ』
「そんなことがないように、常日頃から静乃さんが料理で必要なモノは色々買い揃えてありますよ!!」
『そんなの、わかんないだろう』
「わかりますっ!!」

これは夫である僕にしかわからないことだから、きっぱりと断言できる。

『…………』
「裕平?ちょっとなに黙ってるんですか!!どう思います?絶対連れ去られたんですよね?
きっと僕が副社長なんて肩書きがあるから、それで身代金目的で静乃さんを……」
『いや……ソレはないと思う』
「どうしてそう言い切れるんですか!!」

まったく!人事だと思って無責任なっ!!

『お前んところの防犯って厳重だろ?来客は必ずコンシェルジュにチェックされるし、
直接部屋には入れないようになってる。
万が一部屋まで行けたとしても普段非常階段は使えないし、出入り口は正面の入り口1ヵ所で、
誰かと一緒に出かけたら必ずコンシェルジュの目に留まる。それに頼んであるんだろ?』
「なにがです」
『静乃ちゃんが誰かと一緒に出かけたら、コンシェルジュから自分に連絡入るように』
「当然です。当たり前じゃないですか」
『で?連絡あったのか?』
「いえ……」
『なら、連れ去られたわけじゃないってことだよな』
「…………」
『もう少し様子みてみろよ。近所に出かけたんなら、そろそろ帰ってくるんじゃないのか』
「……わかりました。あと……少し待ってみます……」

あまりの裕平のテンションの低さに仕方なく黙る。
コンシェルジュから僕に連絡がないのは確かだからだ。

『あんまりみっともないマネすんなよ。お前かなり面倒なんだから』
「しませんよ」

思わず頷いちゃいましたけど、なんですか?その “みっともないマネ” って。
再度念を押され、裕平との通話を切って僕は携帯を握り締めた。

そのまま部屋を出て、コンシェルジュに会いに行く。
静乃さんが誰かと出て行ったかどうか確認するために。



「はぁ〜〜〜〜〜」

僕は玄関に入った途端、がっくりと膝から崩れ落ちてその場に両手を着いて項垂れた。

『奥様はおひとりでお出掛けになりました。少し急いでいたように思いますが切羽詰っているようには
お見受けしませんでしたが』

「ううぅ………」

やっぱり静乃さんは自分の意志で、この部屋から出て行ったんだ。
そういえば、玄関の鍵はかかっていた。
連れ去られたのなら、悠長に鍵なんてかけていかないだろう。

「うっ……」

ただ、大きなカバンは持っていなかったっていうのが救いだ。
荷物をまとめて出て行ったわけではないと思えるから。
裕平の言うとおり、ちょっと買い物に行っただけかもしれない。

「静乃さん……」

ああ……久しぶりに涙腺が緩みそうだ。
ハナの奥が、ツンっとなってきた。

「出かけているだけなら、早く帰って来てください……ハッ!そうかっっ!!」

僕は今さらながら思いついて、項垂れてた格好からガバリと立ち上がった。

「買い物に行ったなら、いつも行くスーパーに行ったのかも!迎えに行けばいいんじゃないですか!!」

僕は名案とばかりにその勢いのまま玄関のドアノブに手を伸ばすと、僕が握る前にドアノブが動いた。

「!!」

そしてゆっくりと、ドアが開いた。






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