想い想われ?



番外編・消えた静乃さん【後編】




「!?」
「あ!史明くん?やっぱり帰ってたのね」
「…………静……乃……さん?」

これは幻か?本……物?
目の前に、にっこりと笑ってる静乃さんがっ!!

「史明くんごめんさい、実は……」
「静乃さんっっ!!」
「きゃっ」

がばっ!!っと静乃さんを抱きしめた。

「静乃……さぁ〜〜〜ん……静……乃さん……グズっ」
「ちょっと……史明くん?」

僕は静乃さんに抱きつくと、その首筋に顔を摺り寄せてグズグズと静乃さんの名前を呼び続けた。
ああ……静乃さんの温もり……静乃さんの匂い……静乃さん、静乃さん静乃さんっっ!!
僕は、もう何年も会えなかったかのような再会振りで、静乃さんを抱きしめてその存在に浸っていた。

「帰ってきて……くれたんですねーーーうぅ……」
「え?」

僕を置いて、出て行ったわけじゃなかったんですね。
それがわかっただけで、僕の心は落ち着いていく。
その安心感からか、緩みそうだった涙腺は完璧に緩んで、生暖かい雫が僕の顔を伝って
静乃さんの肩に落ちてるはず。

「あ、ごめんね。奥がリビングだからそっちで待っててくれる」
「え?あ……うん」

だからすぐ横でそんな言葉のやり取りが行われていたとか、静乃さん以外に他に人がいたとか、
僕はまったく気づかなかった。

「史明くん、ちょっと話しましょうか」
「うっ……」

僕はそのまま静乃さんに手を引かれて、寝室に連れて行かれた。
ベッドに座らされると、静乃さんは僕の手を離して部屋のドアを閉めにいく。
繋いでた手を離されるのも、そんなちょっとの間離れるのも嫌で、僕は縋るように静乃さんを見つめた。
そんな僕の視線に気づいたのか、静乃さんは優しく微笑んでくれた。

「どこに……行って……いたんですか……ヒック」

情けなく、しゃくりあげながら拗ねたように静乃さんに訊ねた。

「僕……帰るって連絡しましたよ」
「ごめんなさい。急に春織(haori)が訪ねてきて……」
「春……織?え?……妹さん?」

僕の問い掛けに、静乃さんがコクンと頷いた。

静乃さんの話によると、僕からの帰るコールを受けた後、妹さんから電話が入ったそうだ。
久しぶりの妹さんからの電話に驚いて出ると、なんと今このマンションの前にいるという。
ただ、財布の中のお金が足りなくて、駅から乗ってきたタクシーにお金が払えなくて困っているということだったらしい。
出先からそのままここに来て、切符を買った時点でお金が残り少ないことはわかっていたそうだが、
駅に着いてそのことはすっかりと頭から抜けてしまい、お金を払う段階で気づいたという。
静乃さんは慌ててしまって、いつものバックだけ持って妹さんが待つマンションの前に向かったらしい。
すぐに帰るつもりで電気も点けっ放し、携帯も置いて出て来てしまったそうだ。

妹さんが乗ってきたタクシーは正面の入り口から死角の場所に停めてたらしく、コンシェルジュの位置からは見えなかった。
そのあと部屋に戻らず、近所のコンビニにお菓子やらデザートやらを2人で買いに行っていたそうだ。
久しぶりの再会で、コンビニの色々な商品を見ながら姉妹でお喋りにふけってしまったらしい。

「色々話してたら盛り上がっちゃって……気づいたら結構な時間が経っててびっくりしちゃって、慌てて帰ってきたの」
「…………帰ったら……静乃さんがいなくて……僕はとても不安でした」
「ごめんなさい」

ベッドに座ってる僕と、そんな僕の足の間の床に膝を着いて屈んでる静乃さん。
俯いて、グズグズと泣いてる僕を覗き込むように見上げてる。

静乃さんは以前、静乃さんが僕の前から黙って姿を消したときの僕がどんなにショックを受けて
落ち込んだか知ってるから、余計気にかけてくれてる。

「そんなに心配した?」

メガネを外して僕の涙を手の平で拭いながら、静乃さんが困った顔で僕に聞く。

「……また……静乃さんがいなくなったのかと……」

目の前にちゃんと静乃さんがいるのに、僕はその言葉を言っただけでまた涙腺が緩んで、
目がジワリと潤むのがわかる。

「史明くん」
「ご……ごめんなさい……こんな泣き虫で……おと…男のクセにグズグズみっともなくて……ご……ごめんさい……でも」

静乃さんは、グズグズと謝る僕を黙って見つめてる。

「もう……僕に黙っていなくなったりしないでください……せめて連絡が取れるように……携帯は……持ってて……」
「うん……本当にごめんなさい」
「いえ……静乃……さんがこうやって僕のところに帰って来てくれたから……」

泣きながら笑うと、静乃さんも笑い返してくれて指先で涙を拭うと、そっと触れるだけのキスを僕にしてくれた。
僕はそんな優しい静乃さんからのキスを、目を瞑って受け入れる。
唇に何度も何度も軽く触れる唇があたたかくて柔らかくて、不安でどうしようもなかった僕の心に
ホンワカと温かいモノを芽生えさせてくれる。

「静乃さん」
「あ……」

座ったままギュッと静乃さんを抱きしめれば、不安定な格好になったのか僕のほうに身体を預けるように倒れてきて、
僕の背中に腕を回してしがみついた。

「静乃さん……ん……」
「ふみ……んんっ……」

優しいキスをくれた静乃さんとは反対に、僕は求めるような激しいキスを静乃さんと交わす。
寝室のドアの隙間から漏れる廊下の明かりで、薄暗い寝室にクチュッと舌の絡み合う音が響く。
跪(ひざまず)いてる静乃さんを抱きしめたまま、強引にベッドの上に引っ張り上げる。
そのまま首筋に唇を押し付けて、カプリと噛んで舐めた。

「んあっ……史明くん……だめ……春織が」
「お願いします……少しだけ……」

妹さんがいるのはわかっていたけれど、今はどうしても静乃さんを離せなかった。

未だに引きずってる、あのときの感情。
静乃さんが僕の前から姿を消したのは僕のせいだから、余計に心の片隅に追いやることができないんだろうか。

「静乃さん……好きです……あなただけが好きです。静乃さんのいない生活なんて僕には耐えられないんです」
「私も……史明くんだけが……あっ」

ほとんど着ている服を脱ぎもせず、お互い必要最低限の格好で身体を繋げた。
静乃さんの身体はそんな急速な繋がりにも抵抗を見せず、僕をあたたかく迎え入れてくれた。

「んあっ……はっ……あん」
「静乃さん……ん……」

素肌で触れ合えないのを残念に思いながら、ぎゅっと両腕で抱きしめて、ゆっくりと静かに静乃さんを押し上げる。
何度も角度を変えて、キスも繰り返した。
触れるだけのキスや、貪るような激しいキス。

「は……ぁ……んっんっ……」

舌を絡ませながら、お互い静かに高みにのぼっていく。
片手は静乃さんの背中に、もう片方は静乃さんの片方の膝裏に通して抱え上げた。
ときどき腰をグルリと回すように押し付けたりもして、激しく動きたいのを抑えつつ優しく押し上げては、
静乃さんの身体の奥まで自分自身を押し込む。
小さく動きながら、それでも最後は押し上げる速度をあげて何度かは力強く静乃さんの身体の奥を攻めてしまう。

「……くっ」
「ハァ……ああっ!……んくっ」

お互いがのぼりつめた瞬間、静乃さんは息を詰まらせて大きく仰け反ると、すぐに僕の肩に口を押し付けて
堪えきれない声をなんとか抑える。
背中に回されてた手が、僕の上着を力いっぱい握り締めてた。
そんな静乃さんを僕はぎゅっと抱きしめて、何度も頭を撫でながら自分の頬を摺り寄せる。

「静乃さん……ああ……もう……どうしてこんなにも……」


──── あなたが愛おしいんでしょう




「えっと……私の旦那様の “楡岸 史明” さん」
「初めして」
「……初めまして……妹の春織です。今日は突然お邪魔してスミマセン」

リビングのソファで初めて対面した静乃さんの妹さんの “春織さん”。
目元が静乃さんに似てる気がするけれど、静乃さんとは違ったタイプの女の子だ。

「いえ、お会いできて嬉しいです。ゆっくりしてってくださいね」
「はあ……」

そう言ってにっこりと笑った僕を、引き攣った顔で見られてるなんてことは気にしない。
きっと気のせいだろう。

「ふ……ふふ……」

そんな僕と妹さんの会話を、これまた引き攣った笑顔で見守ってる静乃さん。
これもきっと気のせいだろう。
無意識だったらしいんだけど、隣に座ってる静乃さんの腰に腕を回して、僕のほうに引き寄せていた。

「あっと……夕飯!食べましょうか」
「そうですね。せっかく静乃さんが作ってくれたのに。春織さんも夕飯まだでしょう?一緒に食べましょう」
「はあ……えっと……お姉ちゃん、いいの?」
「もちろんよ」
「じゃあ僕、手伝います」
「うん、お願い」
「じゃあ私も……」
「いえ、僕と静乃さんで用意しますから春織さんはそこで座って待っててください。今、コーヒーをお持ちします」
「スイマセン……ありがとうございます」
「いえ、春織さんは静乃さんの大事な妹さんですから。あ!僕にとっても大事な “義妹” ですよ」
「………ハハ……」

僕のそんな言葉に、微妙な顔で微笑んだ春織さん。

「では、ちょっとお待ちくださいね」

そう言ってキッチンに向かう僕の背中に、春織さんのなんとも言えない色々な感情の篭った視線が向けられていたなんて、
僕は気づきもしなかった。


そのあとの食事も、会話が弾んでよかったと思う。

ただ……春織さんの僕の評価が微妙な位置付けになったらしく、しばらくその位置から脱出することができなかったらしい。






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