想い想われ?



番外編・愛し愛され? 03 静乃side




「すごい眺めですね」
「綺麗だろ。静乃にここから見える夜景をみせたくてね。会社のコネを使わせてもらったよ」
「そんなことをして、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫、これでもそれくらいの恩恵を受けてもいいくらいは、会社に貢献してるつもりだし」
「じゃあもう、気にしないことにします」

昼間約束したホテルの最上階のラウンジで食事をした。
最上階の窓際の席からの夜景はとても綺麗で、私なんかとの食事でこんなところに
来ていいのかと思ってしまった。
彼がうちの会社に来たのは営業のためで、本当なら違う人が来るはずだったのだけれど、
その人に急な他の仕事が入ってしまい、彼がピンチヒッターで来たらしい。
ただ、営業のほうは昔からの付き合いのある会社を変える気はないからと断られてしまったそうだ。
もともとがダメもとで、話だけでも聞いてもらうつもりの営業だったらしい。
話を聞いてもらっただけでもありがたいと言っていた。


「あのまま俺の転勤がなければ、静乃とまだ付き合いがあったのかな」

食事も終わりに近づいて、外の夜景を眺めながら小田島さんがふと口元を綻ばせながら呟いた。

「小田島さん…」
「あのときはガムシャラに仕事をこなしてた。元々忙しい仕事だったけど、転勤先の部署は今までいた部署より
会社の期待が寄せられてた場所だったから、いい成績を残したくて結構無理して頑張ったんだ」

はあ、と小田島さんが息をついた。

「それまでは静乃にときどき会えて息抜きできてたのに、転勤して簡単に会えなくなって仕事にのめり込んだ。
結局身体を壊しちゃったけどね」
「どれだけ無理して働いてたんですか」
「はは、本当情けないよな。で、病院のベッドに横になりながら色々考えて仕事を辞めようと思ったわけ。
また同じことを繰り返す気力も体力もなかったからね」
「今はそこは辞めて違う会社に?」
「ああ」
「よく思い切りましたね」
「のんびりしたかったのかもな」

食べ終わった食器を下げられ、運ばれた食後のコーヒーに小田島さんが口をつける。

「結婚したんだね、静乃」

コーヒーカップを持つ指に光る指輪に視線を向けて、小田島さんがニッコリと笑う。

「ええ…」
「そっか……じゃあ、もう静乃って呼べないな」
「え?」
「旦那さんに要らぬ誤解を招くかもしれないし、身内でもないヨソの男に自分の嫁さんが
名前呼び捨てにされるのはいい気分じゃないだろう」
「そんな……」
「“静乃”って名前を呼ぶのが好きだったんだけどな」

頬杖をついて、彼がクスリと笑う。

「呼ぶだけでなんだかホッとしたんだ。だから久しぶりに名前を呼べて、なんか感動した」
「そんなふうに思ってたなんて、全然わからなかった」
「俺の密かな癒しだったんだ」
「名前を呼ぶくらいで癒されてたんですか?」
「ああ……だから転勤したあとも仕事ばっかりかまけてないで、静乃に連絡すればよかった。
そうしたら今も俺の隣には静乃がいたんだろうか」
「…………」

小田島さんも私と同じことを思っていたんだ。
けれど私は昼間、その答えを出していた。
だからってその答えを今、小田島さんに伝えるべきなんだろうか。

「なーんてな!」
「え?」

頬杖をついたまま、彼がニカッと笑う。

「今の世の中、連絡を取ろうと思えば簡単にとれる。だけどお互い連絡を取らなかった。それが事実だ。
お互い事情があっただろうから、だからお互い別々の相手をみつけたんだろうな」
「お互い?」
「俺も結婚を前提に、付き合ってる相手がいるんだ」
「あら」
「お決まりの展開だけど、入院してた病院の看護師。白衣の天使だな」

さらにニッコリと、笑顔を深めて照れくさそうに笑う。
その顔はまるで少年のように屈託のない笑顔だった。

「面倒を看てもらったからって、錯覚したわけじゃないんだ。彼女が仕事から離れても、
ちゃんと看護師じゃない彼女のことも好きだって気持ちがあった」
「ふふ、ごちそうさまです」
「自分の中で静乃とのことはずっと気になってたことだったから、今日こうやって会えてよかったと思ってる。
静乃はわからないけど、俺はこれで気持ちがスッキリした」
「私も、今日小田島さんに会えてよかったです」

彼と話して懐かしさが込み上げる。
お互いのあれからを知ることができて、お互い違う相手とこの先の未来を生きていく。
やっぱり彼とは“話の合うお友達”だったんだろうか。
今となっては、もうどうでもいいことなんだろうけど。

「そういえば苗字、なんてなったんだ?」
「え? あ……えっと楡岸にれぎしになったの」
「楡岸 静乃か。旦那に大事にされてるか? いつ結婚したんだ」
「2ヶ月くらい前かしら」
「うわっ! なんだ、じゃあ新婚さんじゃないか。大丈夫だったか? 今日、急に食事なんて誘って」
「大丈夫よ。彼、今仕事が忙しくて遅くならないと帰ってこないから。彼が帰ってくる前に帰れば平気だから」

結局史明くんには今日のこの食事のことは知らせなかった。
遅くなるって言ってたし、史明くんが帰ってくる前に帰ればなにも問題はないと思ったから。
決して史明くんを疑って、その腹いせというワケではない。
………たぶん。

「そうか? ならいいけど」
「ありがとう、心配してくれて」
「じゃあ、そろそろ行くか。今日は偶然だったけど、再会できて嬉しかったよ」
「私もこんな素敵なディナーありがとう」

お互いニコリと微笑みあった。


「帰り大丈夫か? なんなら家まで送るぞ」
「大丈夫、タクシーで帰るから」

少し疲れたのもあったし、夜出かけたときは森末さんかタクシーで帰ることを史明くんと約束してる。
一度断った森末さんを呼び出すのは申し訳ないので、タクシーで帰ることにした。

「そうか、なら大丈夫だな」
「心配しなくても大丈夫です」

ロビーに下りるエレベーターの中で、そんな話しをしていた。
止まらずにロビーまで下りると思っていたら、途中の階で止まった。
このホテルは、最上階が食事やお酒が飲めるようになっている。
その下の階は宿泊の部屋がある階だから、泊まっている人がエレベーターのボタンを押したんだろうと思っていた。

エレベーターが止まって、扉が開く。
その開いた扉の向こうに、思いがけない人物が立っていた。
しかも、とても綺麗な女の人と一緒に。

「史明……くん?」
「え!? 静乃……さん?」

どうしてこんな場所にお互いが居るのか不思議で、本当は短い時間だったんだろうけど、
ふたりしてしばらく見つめ合ってしまった。

それに今、その場で手渡されたんだろう。
お店に忘れてきたと言っていた、昨日史明くんがしていたネクタイが史明くんの手の中にある。

どう見ても、今その女性からネクタイを受け取ったのだろう。

いかにも今“渡されました”“渡しました”という格好で、史明くんとその綺麗な女の人が
ひとつのネクタイを掴んで固まっていたから。






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