想い想われ?



番外編・愛し愛され? 04 静乃side




エレベーターが止まって開いたドアの向こうには、思いがけない人物が立っていた。
しかも、とても綺麗な女の人と一緒に。

「史明……くん?」
「え!? 静乃……さん?」

しばらく見詰め合って、史明くんと相手の女性が手にしている史明くんのネクタイに気づく。
お店に忘れてきたと言っていたんじゃなかったかしら?
そんなことをエレベーターのドアが開いた数秒のうちに考えていた。

「静乃?」

ぎこちない空気を察したのか、小田島さんが私の名前を呼んだ。

「静乃?」

その声に史明くんが反応する。
そこで初めて、私が男の人と一緒にいることに気づいたみたいだった。

「史明」
「史明?」

史明くんの反応に、一緒にいた女性が彼の名前を呼んだ。
名前で呼ぶなんて、やっぱり親しい間柄なんじゃない。
しかも、ネクタイを外すようなことを彼女としたの?

エレベーターの扉が開いて閉じる少しの時間で、なんて濃い出来事が起きていたんだか。
所謂、修羅場と呼べる状態だったけれど、当然のことながら時間が経って勝手に扉が閉まる。

「あ!」

閉まり始めたエレベーターの扉を止めようとして、史明くんが手を伸ばした。

「ネクタイ」
「え!?」

私の一言に、史明くんがギクリと固まる。
目を細めてネクタイと史明くんの顔を見たその瞬間、ピタリとエレベーターの扉が閉まった。



「はあ……」
「大丈夫か」

下に下り始めたエレベーターの中で、無意識についた溜息が思いのほか大きかったらしく、
小田島さんに気遣われてしまった。

「ええ……」
「さっきのって静乃の知り合い? というか、もしかして……」
「主人です……」
「うーん……」

私の顔を覗きこんでいた顔を上げて、額に手を当てて天井を見上げて唸る。

「ただ知り合いで、訪ねただけかもしれないぞ」
「……そうですね」

宿泊の部屋がある階にいたふたり……どこかで部屋を借りてたのかしら。
一緒にいた女の人は、私は会ったことがない人だった。
何度か出席したパーティで紹介された人の中には、彼女はいなかったと思う。

私に気を使って言葉を選ぶ小田島さん。
私だって昨夜のことがなかったら、そう思ったかもしれない。
けれど、シャツについていた口紅や外されたネクタイや携帯でのやりとりを思い返すと、
史明くんを信じてると思いながらも、もしかしてなんて色々勘ぐってしまうのも仕方ないと思う。

ネクタイも彼女のところに忘れてきたんだろう。
だから私が“ネクタイ”と言ったら史明くんは固まったんだ。

それに史明くんの名前を呼んだ声は…………昨夜、携帯から聞こえた声と同じ声だった。


「ふう……」

なんだか鳩尾あたりがムカムカして気分が悪い。
無意識に手を当てていた。

「本当に大丈夫か?」
「ん……ちょっと気分が悪いかも……」

丁度エレベーターが1階に着いて、小田島さんに支えられながらロビーに向かう。

「少し休んだほうがいい」
「そうします」

ロビーのソファに座ると、幾分か気分がよくなった。

「なにか飲み物、持ってくるか?」
「大丈夫。ただの貧血だと思うので、こうやって少し休めば治まりますから」
「そうか? じゃあなにか欲しかったら遠慮せずに言えよ?」
「ありがとう」
「まあ……そりゃ気分も悪くなるよな」
「…………」

私がその言葉に口だけで軽く笑って答えると、小田島さんが困ったように笑う。
私は目を閉じて、深く深呼吸をした。
目を閉じたまま、そのまましばらくそうしていた。
だからそれからしばらくして、史明くんがホテルから出て行ったのを
私は気づくことができなかった。

どのくらい経ったのか、少しウトウトとしたらしい。
目をあけると視界がぼんやりと霞む。

「私……」
「どうだ? 少しは落ち着いたか?」

その声で、現実に引き戻された。

「もう大丈夫。ごめんなさい……迷惑をかけてしまって」
「そんなこと気にするな。今タクシー呼んでもらうから待ってろ」
「ありがとう。お願いします」

小田島さんがフロントに向かって歩き出した背中をしばらく眺めて、
視線を外してまた溜息をつく。

「!」

微かに聞こえてくる音楽に気づいた。
それは私の携帯の着信音だった。
このメロディはメールではなくて電話だ。
ゴゾゴゾとバッグから携帯を取り出して画面を見れば、相手は思ってたとおり
史明くんからだった。

「はあ……」

じっと携帯の画面を眺めつつ、出ることはしない。
きっと史明くんは私が電話に出ないことを、携帯を耳に当てながら悲痛な面持ちでいることだろう。
もしかしたら、もうすでに半べそ状態かもしれない。
それとも私を納得させるような言い訳を考えているのかも。

そんなことを思って胸の奥がツキンと痛んだけれど、今は史明くんと話をする気力がなかった。
そんなにショックだったんだろうか?
そうか……ショックだったんだ……私ってば。

未だに鳴り続ける着信音を聞きながら、携帯を掴んでる指を動かして電話に出ることなく切る。
そして電源を切って、バッグに放り込んだ。


「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」

結局私の身体が心配だからと、一緒にタクシーに乗った小田島さんが気遣うように聞いてきた。
ウソではなく、だいぶ落ちついて楽になったから笑顔で答えた。

「ちゃんと旦那と話し合えよ。きっとなにか理由があるんだと思うし」
「ありがとうございます。ちゃんと話し合うから大丈夫ですよ。
ごめんなさい、迷惑かけてしまって……」

まさか久しぶりに会った知り合いに、旦那さんの浮気現場を見られたかもしれないなんて……
情けなさすぎる。

「本当はこのまま別れようと思ったけど……コレ、渡しとく」
「?」

そう言って手渡されたのは、彼の名刺だった。

「困ったらことがあったら連絡くれればいいから」
「小田島さん…」
「お互い別の相手で別々の道を歩んでたから連絡先はいいかと思ってたけど、
なんか放っておけなくなった。実際住んでる所は遠いから、会ってどうのとかは
無理かもしれないけど、相談くらいはのれる」
「すみません」

疎遠になってた人に、心配させてしまった。

「裏に俺の携帯の番号が書いてあるから、遠慮せずにかけてこいよな」
「………」

今さら彼になにか頼ることはないと思うけど、黙って頷いた。
私のことを気遣って言ってくれた言葉だと思うから。
結局自宅には向かわず、自分の実家に向かってる私。
少しは慌てればいいと思ったのは事実だ。

お互いの気持ちを確かめあってから、史明くんに黙って実家に寄るだなんて初めてのことだ。
突然の訪問に両親はビックリするかもしれないけれど、追い返されたりはしないだろう。

途中で史明くんにメールを送った。
さすがに無断外泊は史明くんの心臓を考えると心配だから。
真面目に倒れられたら困るし。

なんで今夜は実家に帰るのかは史明くんが一番理由を知っているから、
理由はあえて書かなかった。






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