想い想われ?



番外編・愛し愛され? 06 史明side




「あの……静乃さん……」

会社に向かう車の中で手を繋いでも、なぜか僕は落ち着かない。

「今夜も帰りが遅いの?」
「え?」

ちょっと首を傾げながら、静乃さんが聞いてきた。

「遅い?」
「あ……いえ、そんなことは……というか、早く帰るように努力します!」
「そんな……無理しなくてもいいのよ。忙しいのもわかってるし」
「いえ……」
「昨夜みたいに」
「…………え!?」

僕はそのとき、どんな顔をしていただろうか?

「そういえば、昨夜帰ってきたときにネクタイしてなかったけど、どこで外したの?
それにそのネクタイは?」
「え!? ネクタイ……ですか」

いつもと違って少し強めな言い方で、思いすごしかもしれないけれど疑いの眼差しのような
視線で僕を見る静乃さん。
ちょっ……ちょっと待ってください……ネクタイって?
そういえばベッド上で起きたとき、ネクタイをしていなかったですよね。
あやふやな記憶ですけど、ボタンが第二ボタンまで外れてた記憶がよみがえる。
ということは、由行さんの部屋に忘れてきたってことですか?
え……そんな……。

「背広のポケットにも入ってなかったけど」

僕は突然の静乃さんの追求にもうパニックだった。
けれど、どうにかそれを表に出さずにいいわけを考える。
だって……いきなり由行さんの部屋に忘れてきたかもしれないなんて言えるワケがない。
最初から説明するにも今は無理だと思うから。

「ええっと……た…しか、帰り間際に酔ってしまって苦しくて外したんです。
も、森末さん車内に落ちていませんでしたか?」
「いえ、車の中にはありませんでしたが」
「そ、そうですか。では、最後のお店に忘れたのかもしれませんので、あとで確認してみます」
「そのお店ってどこ? 子安さんのところじゃないの?」
「昨夜は違うお店だったんです」
「そう」
「今日は昨夜よりは早く帰ってこれるのね」
「は……はい」
「わかった。じゃあ行ってきます」
「え? あ……」

僕が動揺してる間に、車はいつもと同じく静乃さんの会社の手前で停まっていた。
森末さんが車の外に居て、静乃さんの下りるほうのドアを開けて控えている。

「いって……らっしゃい」

僕は慌てて身体を乗り出して、スルリと降りた静乃さんの姿を追いかけて声をかける。
僕に背を向けたまま、顔だけ振り返ってニコリと笑う静乃さん。
そのまま会社の中に消えていった。
ああ…そういえば“今日一日お仕事頑張ってのキス”をしてないじゃないですか。
やっぱり静乃さんの態度はなにか変だ。
うう……もう僕は不安で不安でたまらない。

今日は絶対早く帰る!
と決意して、走り出した車のシートに背中を預けて深い深い溜息をついた。



「今日、これから入る予定はすべて明日以降に回してください」
「畏まりました」

いつになく真剣な顔で自分の席に座りながら、机を挟んで真正面に立っている
秘書の平林さんに向かって指示を出す。

静乃さんを送り出してからずっと思っていたことで、今日は絶対早く帰ると決めていた。
前から入っていた予定は仕方ないとしても、新しく入る予定はできるだけ後日に回す
ことにする。

「早く……ちゃんと話しをしなくては……」
「はい? なにか?」

ボソリと呟いた言葉を、平林さんに聞かれたらしい。

「いえ……では、そういうことでお願いします」
「はい」

会釈をして、平林さんが静かに部屋から出て行った。
パタリと閉められたドアを見て、僕は片手で額を覆いながら深い溜息をつく。

「不安だ……」

今まで、お互いの気持ちを確かめ合ってからはすべてが順調にいっていたと思う。
なのに、どうしたんだろうか?
結婚式も披露宴も、無事に済ますことができたというのに……。

結婚式……あまりの感動に、高まる高揚感を式が終わるまで堪えるのが大変だった。
無事に式が終わったときは感無量で、思わず涙してしまうほど。
ずっと僕の隣にいた静乃さんは、あまりにも綺麗で眩しすぎて、僕は目眩がして
倒れそうだった。

式ではウエディングドレスだったけれど、披露宴では白無垢姿だった。
ドレス姿もとても綺麗だったけれど、着物姿もとても静乃さんに似合っていた。
綿帽子から覗く、静乃さんの優しく微笑んだ顔。
まさに日本女性の代表という感じで、すごく素敵だった。

他にも何種類かのドレス姿も披露して、僕はまた感動して涙腺が緩んでしまった。
なんとか披露宴では堪えたけれど、披露宴が終わったあと控え室に戻ったと同時に
静乃さんを抱きしめて、何度も感謝と感動のキスを静乃さんに贈ると、堰を切ったように
涙が止まらなかった。
そんな僕を静乃さんは呆れもせず、頬を伝う涙を拭ってくれた。
それから毎日、ウエディングドレス姿と白無垢姿の静乃さんの写真を眺めるのが
僕の日課になっている。

そんな幸せな毎日だったのに……。

「まさか……もしかして、僕と結婚したことを後悔している……とか?」

とんでもなく最悪なことまで思い浮かぶ。

「いやいや……まさか……そんな……」

さらに最悪なことが浮かんで、目の奥がツキンと熱くなる。

「まさか……僕の他に好きな人ができなんて……そんなこと……ないですよね……静乃さん…」

もしそんなことがあったら……僕は……。
そんなドンヨリと最悪な状況に陥っているにもかかわらず、無情にも現実に引き戻される。

『専務、由行よしゆき様からお電話が入っております』
「由行さん? わかりました」

ひとつ小さく溜息をついて、受話器に手を伸ばす。

「はい、楡岸です」
『おはよう、史明』
「おはようございます、由行さん。なにかありましたか?」

昨夜である程度の話は煮詰まったはずだから、彼女とのしばらく係わる予定はないはず。
ああ、でも……と思い出す。
彼女の部屋に、僕のネクタイがあったかどうか確かめなければ。

「あ!」
『え? なに』
「いえ、なんでもありません」
『そう? 実はね、コーナン氏なんだけど、今日本に来てるんですって』
「え! 本当ですか?」

コーナン氏は今、僕の会社が取り組んでいるプロジェクトを進めるうえで、
どうしても協力を仰ぎたい人物だった。
ただ少しクセのある人物で、なかなか会うことが叶わなくて、色々調べた結果
大学の同期だった彼女に行き当たったというわけだ。
あの気難しいコーナン氏と仕事をしたことがあるということで、橋渡しを頼んでいた。
世界中を飛び回っていて気難し屋な彼を捕まえるのは難しく、捕まえたとしても
会ってくれるか彼女にかかっていた。
そのコーナン氏が日本に来ていたなんて。

『さっき連絡がついて、今夜なら少し時間をとってくれるらしいの。史明、今夜大丈夫よね』
「今夜…ですか?」

一瞬静乃さんの顔が浮かんだけれど、仕事と割りきるしかない。

『史明?』
「大丈夫です」
『そう、じゃあ今夜20時に約束してるの。『○○○○ホテル』に滞在してて、
直接部屋に来てくれってことだから、19時45分にホテルのロビーでかまわないかしら』
「わかりました。○○○○ホテルのロビーに19時45分ですね」
『史明』
「はい?」
『昨夜、なにか言われた?』
「は?」
『ほら、帰りが遅くなったでしょ? 貴方のところ新婚なんだし』
「あ、ああ…大丈夫でしたよ」

いつもはかかっていないドアガードがかかっていましたけど。
でも、そんなことを彼女に話す必要はない。

『そう…』
「そういえば、由行さんの部屋に僕のネクタイがありませんでしたか?」
『ネクタイ? ああ、そういえばあったわね』

やはり由行さんのところでしたか。

「今夜お会いするとき、持ってきていただきたいのですが」
『わかったわ』
「では今夜」
『ええ、またあとでね』

「はあー」

静かに受話器を置いて、今日何度目かの溜め息をつく。
もしかして、静乃さんの態度がおかしかったのは、ネクタイのことを気にしていた
からだろうか?

ハッキリとした理由はわからないけれど、やはりちゃんと全部話さなければと心に決めた。


けれどそのホテルで、まさか静乃さんとバッタリと出くわすなんて。
しかも、静乃さんにさらなる誤解をさせることになることも……

そのときの僕には思いもよらないことだった。









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