想い想われ?



番外編・愛し愛され? 07 史明side




『今日はお忙しい中、お時間を作っていただいてありがとうございました』
『いや、こちらこそ興味深い話が聞けた。いつが一番いいタイミングか、もう少し検討してみて連絡しよう』

そう言って柔らかな笑みを浮かべるのは、気難しいと有名なコーナン氏だ。

『ありがとうございます』

けれど、話をしてみれば還暦を過ぎているとは思えないバイタリティ溢れる紳士という印象だ。
少しせっかちかな? と感じるときもあったし、それとハッキリとしたもの言いをするところを
人によっては気難し屋と思われたのかもしれない。

『慌ただしくてすまないな』
『いえ、こちらが無理を言ってお時間を作っていただいたのですから』
『私からもお礼を申し上げますわ』

僕の隣で今回の一番の功労者である由行さんが、親しみを込めた笑顔を向ける。

『由行には以前色々世話になったからな、気にすることはないよ。では、またな』
『失礼致します』

片手を上げるコーナン氏に最後にまた頭を下げて、部屋から退室した。


「ありがとうございました。由行さんのおかげで無事、コーナン氏と話すことができました」
「私は彼と貴方を引き合わせただけよ。交渉が上手くいったのは史明自身の力でしょ」
「でも、そのチャンスを与えてくれたのは由行さんですから」
「相変わらずね。史明は……なら交渉が上手くいったお祝いに、上のラウンジで飲まない?」
「…………」
「史明?」
「いえ、今日はこれで失礼します」
「可愛い奥様が待ってる?」
「そうですね」

今夜は早く帰ると約束しましたから。
ちゃんと話し合わなければ……。

「あ、ネクタイ」

今までコーナン氏のことで頭が一杯で、すっかり忘れていた。

「ああ、忘れてたわ」

そう言って持っていたバッグを開ける由行さんを視界に収めつつ、エレベーターの下に向かうボタンを押す。

「はい」
「すみません。お手数をおかけしました」
「そんな大したことじゃないでしょ。もしかして奥様に追求された?」
「!」

図星だったけれど、頷くことはせずに曖昧に笑って誤魔化した。
差し出されたネクタイを受け取るために手を伸ばす。
ネクタイを掴んだのと同時に到着したエレベーターの扉が開いた。
開いたドアの向こうに、思いがけない人物が立っていた。
どうして彼女がここに?

「史明……くん?」
「え!? 静乃……さん?」

しばらくふたりで見つめ合っていると、静乃さんの視線が僕と由行さんが手にしているネクタイに移る。
そして、なんとも言えない表情をしたように見えた。
それはエレベーターのドアが開いた数秒のうちのことだったのに、長い沈黙が続いた気がした。

「静乃?」

気づかなかったけれど、静乃さんの他にエレベーターに乗っていた人がいたらしい。
しかも、親しげに静乃さんを名前呼び?

「静乃?」

なぜ名前呼びなんだ! と言わんばかりに、その声の人物を視線の先に捉えた。
僕と同じくらいか、少し若い感じのスーツを着たサラリーマンふうの男だった。

「史明」
「史明?」

僕の行動を不思議に思ったのか、由行さんが僕の名前を呼んだ。
今度はその声に静乃さんが反応する。
静乃さんは由行さんとは面識がないから、さっき僕が思ったことと同じことを静乃さんも思ったんじゃないだろうか。
そんなことに気を取られているほんの少しの間に、エレベーターの扉が勝手に閉まり始める。

「あ!」

閉まり始めたエレベーターの扉を止めようとして、手を伸ばした。

「ネクタイ」
「え!?」

扉に手が届く前に、静乃さんの一言に僕はギクリと固まってしまう。
静乃さんが目を細めてネクタイと僕の顔を見たその瞬間、ピタリとエレベーターの扉が閉まった。

「…………」

ネクタイ……ネクタイ……その一言にどれだけの意味があったんだろうか。
お店に忘れてきたかもしれないと言っていたネクタイを、静乃さんの知らない女性から受け取っていた。
それが、どういうことを示しているのか。
僕にはやましいことはないけれど、静乃さんが誤解してもおかしくないかもしれない。
そんなことを自覚した途端、血の気が引いた。

「ちょっと……静乃さん?」

すでに閉じたエレベーターの扉にすがりつき、下矢印のボタンをガチガチと何度も連打する。
早くちゃんと話をしなければ! と気持ちは焦る一方だ。

「史明」
「!」

ガチガチとボタンを押し続ける僕の手に、由行さんの手が重ねられた。

「今の奥様?」
「え? あ…はい!」

この人は、なにを当たり前のことを聞くんだろうと思った。

「一緒にいた男性は、史明も知ってる人なの?」
「一緒?」

そういえば、そんな人物がいましたね。

「いえ、僕は会ったことはないです」
「ねえ、本当に奥様になにも言われなかったの?」
「どういう意味ですか?」
「…………」
「由行さん?」

その沈黙は、なにを意味しているんだろう?

「昨夜……奥様から電話があったのよ」
「え?」
「あなたの携帯に」
「ええっ!? い…いつですか?」
「貴方が酔って寝てるとき」
「はあ?」

彼女はなにを言っているんだろう、と思った。

「で、でも着信履歴はありませんでしたよ?」
「私が消したから」
「消した? なんでそんなこと」
「なんでだろう? 羨ましかった? からかしら」
「羨ましかった?」
「私……今、旦那と離婚の話が進んでるの」
「え?」
「だからちょっとイライラしてて、新婚で幸せそうな史明を見てて、ちょっと意地悪してやろうと思ったの」
「幸せそうって……僕そんなに結婚の話しましたっけ?」

たしか結婚したっていう報告と、静乃さんの人となりをちょっとだけ話したくらいじゃなかったでしたっけ?

「貴方、自分で気づいてないの?」
「は?」
「結婚の話になった途端、急にデレっと締まりのない顔になって、特に奥様の話になったら
もう目も当てられないほどニヤニヤして、どれだけ惚気たか」
「え? そうでした?」

僕としてはどれだけ待ち望んだ結婚だったかと、静乃さんがどれだけ良妻で料理上手かを話したくらいだと思うのだけど?

「憶えがナイって顔ね」
「はあ……すみません」
「それでね、お店の人に頼んでコッソリと強いお酒飲ませて酔い潰したの。史明あんまりお酒強くないし、
まさか私がそんなことをするなんて微塵も疑ってなかったでしょ?」
「たしかに……あの最後に飲んだお酒ですか?」
「そうよ、口当たりよくて飲みやすかったでしょ」
「…………」

バーテンダーまでもグルとは、あの店の社員教育はどうなっているんだ。

「酔い潰れた貴方を、逆に襲ってやろうと思ってたんだけどね。目が覚めたときにベッドで私が一緒に寝ていたら、
いくら貴方でも驚くでしょ? しかも、お互い裸だったら尚更」
「由行さん…」

もう、呆れてしまう。

彼女にも……そんな彼女の思惑に簡単にハマってしまった、自分自身にも。









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