想い想われ?



番外編・愛し愛され? 10 静乃side




「ふぅ〜〜」

額を手で押さえながら、気分の悪さを少しでも和らげたくて自然にした行動だった。
そのことで、その場が動き出した。

「静乃さん! 大丈夫ですか」
「大丈夫か?」

ふたりが同時に私を心配する声をかける。
そのあと、それに気づいたふたりはお互いに顔を見合わせて睨み合ってた。

ああ……もう……本当に疲れてきたかも。

「いい加減にそこを退いてくれませんか。妻がお世話になったことには感謝します。
けれど、もう僕が来たからにはお引取りなさってくださってかまいませんから。
ちゃんと話せば誤解も気分の悪さも解決できますので。今夜はありがとうございました。
改めて後日ご挨拶させていただきますので、もうこれでお引き取りください。
これからは僕達夫婦の問題ですから。いくら友人とはいえ、赤の他人の貴方には関係のないことですので」

すごい……トゲのありまくりの挨拶。
ニッコリと微笑んでるのに、どう見ても笑ってない。
“ありがとうございました”と言いつつ、まったく感謝の気持ちなんて感じられないわよ、史明くん。
気持ちはわかるけど、もうちょっと態度には気をつけたほうがいいのに……なんて見当違いなことを思ってた。

「あのー」
「!」「!」

春織はおりが絶妙なタイミングで、ふたりに声をかけた。

「小田島さん、今日は本当にありがとうございました。色々心配することもあるかもしれませんが義兄のいうとおり、
このあとのことは姉と義兄のふたりの問題だと思うので。それにタクシー待たせてるんですよね?」
「あ……」

すっかり忘れてたらしい。
そんな小田島さんを見て、史明くんが声を出さずに口元だけで微かに笑ったのをしっかりと見てしまった。
もう……あとでちょっと話さないとダメかしら。

「はあ〜〜じゃあ俺は帰るけど、大丈夫か?」

私に振り返ると、心配そうな顔で聞いてくる。

「ええ、大丈夫。春織やお母さんもいてくれるし。今日は本当にありがとうございました」
「いや……じゃあ、お大事に」

お母さんと春織にもペコリと頭を下げると、史明くんのことはジロリと睨んで小田島さんは
玄関先に待たせてあったタクシーに乗り込んで帰って行った。
走り去るタクシーの窓越しから、こっちの様子を見ていたみたいだった。

「静乃さん」
「!」

いつもの穏やかな顔の史明くんが、縋るように私の名前を呼んだ。
その声に、今まで外を見ていた視線を史明くんに移す。

「やっと僕の話を聞い………」
「はい! ストップ!」
「へ?」

やっと自分が話せるときがきたと思っていた史明くんの言葉を春織が遮る。

「お義兄さんも今日は帰って」
「ええっ!? な、なんでですか? 僕は静乃さんに話が…」
「一体なにがあったか知らないけど、お義兄さんがなんの話をしたいのかはなんとなくわかった」
「え!?」

いつの間にか春織が私を背に隠すように腕を組んで、仁王立ちで立ち塞がっていた。

「小田島さんも言ってたけど、その話は明日かお姉ちゃんの体調を見て、後日にしてもらいます」
「え? それは……」
「お姉ちゃんが今、具合が悪いのわかってるでしょ? お義兄さん」
「はい……」
「お義兄さんも車待たせてるんでしょう? だから今日は帰ってください」
「でも……僕は……」
「帰ってください!」
「……っ!!」

私はそんなふたりのやりとりを黙って見ていた。

「静乃さん…」
「!」

史明くんがすがるような眼差しで、私に助けを求めてくる。
“クゥ〜〜ン僕を見捨てないでください……”って、また幻聴が聞こえてきた。
ぺタリと頭の上で伏せられてペッタンコになってるワンコの耳と、ヘニャリと力なく垂れている尻尾が見える……気がする。

ああ、ダメダメ……今日はダメよ、私!

「ごめんね、史明くん。今夜はやめておきましょう」
「え!?」
「話なら明日、史明くんの仕事が終わってから聞くから。今日はすごく疲れたし、気分も悪いから早く休みたい」
「し……静…乃……さん」

史明くんが、れ以上ナイってくらい悲惨な顔になってる。
眉はハの字だし、顔は真っ青だし、目は大きく見開かれてるし……息、してる? って思うほど動かない。

「というワケだから、おやすみなさい。お義兄さん」
「…………」

春織が史明くんの肩を押して、無情にも玄関の外に押し出す。
史明くんは抵抗もせず押されるまま、ヨタヨタとうしろ歩きで玄関の外まで歩いた。

「史明くん…」
「し……ずの……さん」
「はい、気をつけて帰ってね。お義兄さん」

バタンと、史明くんの目の前で春織が玄関のドアを閉めた。



「いいの? 静乃」
「お母さん……」

ずっと様子を見ていたお母さんが、心配そうに私に聞いてくる。

「だって……」
「調子が悪いのに無理して難しい話聞くことナイって」
「でも、史明さん大丈夫なの? 玄関の前で倒れてるんじゃない?」
「え?」

お母さんのその一言で、ありえるかもと思ってしまった自分。
倒れてなくても、しゃがみ込んでるかも?

「んーーいないよ。帰ったみたい」

春織がドアコープから外を覗いて確認してくれた。

「そお? ならいいけど……史明さん繊細だから」
「繊細? えーそお?」

春織は全否定。
繊細? うーん……ある意味そうなのかしら?
私に関しては、と限定されそうだけど。

「とにかく中に入って、休みなさい。なにか飲む? それともお風呂に入る? それとも、もう休む?」
「お父さんは?」
「三日間出張よ」
「そう……お茶、飲みたいな」
「わかったわ。座って待ってなさい」
「うん……ありがとう、お母さん」
「いいのよ」

お母さんはニッコリと笑うとキッチンに入っていった。
私は久しぶりの実家のソファに座って、やっと落ち着いた気がする。

「はあ〜〜」

知らないうちに、溜息が漏れる。
早目にお風呂に入って寝ようかしら。

「はい」
「ありがとう」

お母さんが淹れてくれたお茶を飲むと、あったかくてホッとした。

「で? 浮気でもしたの? お義兄さん」
「ぶっ!!」

いきなりの春織の質問に思わずお茶を噴いてしまった。

「げほっ! ごほっ!」
「あらやだ、静乃ってば、大丈夫?」

お母さんが慌てて傍にあったティッシュを何枚か取って、私に渡してくれた。

「なんだ、やっぱりそうだったんだ」
「……けほっ! もう、いきなりビックリするじゃ…ない…んんっ! こほっ!」

ティッシュで口元を押さえながら、勘のいい春織を見た。

「だって、あのお義兄さんの慌てぶりと、小田島さんの態度とお姉ちゃんの態度見ればね〜
あのお義兄さんが小田島さんのことより、お姉ちゃんに“話す”ことを優先するなんて、
よほど早く聞いてほしい話だったんでしょ」
「浮気じゃ……ないと思う。だからあんなに必死になって、話を聞いてほしかったんだと思う」

きっと本当に浮気をして、私よりも相手を選んだのならこんなに無理矢理実家まで押しかけて
話なんてしようとしないだろうと思うから。
私が落ち着いたころに“実は…”なんて話し始めるんじゃないかしら。

「ふ〜ん、なのに話も聞かないで追い返しちゃってよかったの?」
「だって……今は話を聞きたくなかったから」
「ほ〜もしかして、それってお義兄さんへのお仕置き?」
「お、お仕置きなんてそんなんじゃ……でも、ちょっとはヘコめばいいとは思ったけど……」

今まで自分が見てきたことを思い返すと、気持ちの治まらないところもあるのは事実だし。

「ところで、小田島さんってお姉ちゃんの元カレ?」
「え?」
「だって、あの態度がね〜お姉ちゃんに対する好意が駄々漏れだったし」
「ち、違うわよ。付き合ってない。もうしかしたらそうなってたかもしれないけど、結局はそうならなかったし、
今は本当に知り合いって感じなだけだから。今日会ったのも本当に偶然で、その流れで食事しただけだし」
「へ〜もしかしたら付き合ってたんだ?」
「そうかもしれなかったってだけよ。結局小田島さんとはご縁がなかったってこと」
「ふ〜ん」
「もう会うこともないと思うわ」

自分から連絡することもないと思うし。

「具合どう?」

お母さんが新しくお茶を淹れて渡しながら聞いてきた。

「ん…まだちょっとムカムカするかも。でもそんなひどくないから大丈夫」
「そう? 風邪のひき始めかしら?」
「えー精神的ショックのせいじゃないの? お義兄さんの浮気疑惑で!」
「だから違うってば」
「そんなのわかんないじゃない。明日呼び出して、じっくり話し聞こうよ」
「春織……あなた楽しんでるんでしょ?」
「えーそんなことないよ。家族としてお姉ちゃんのこと心配してるんじゃん」
「そんなふうには見えないわよ」
「まあ、明日のお義兄さんの話次第ね」
「…………」

ムフフと笑う春織を眺めつつ、本当に楽しんでるわね……と小さく溜息をつく。

史明くん……今ごろどうしてるんだろう。
自分で追い返したくせに心配になってくる。
どんな話かわからないけれど、誤解を解きたがってた史明くん。
話を聞いてあげなかった罪悪感をちょっとだけ感じながら、明日はちゃんと話を聞いてあげようと思った。
きっと今夜はひとりでグズグズとしてるんだろうな……なんて想像できてしまう。
史明くんの浮気疑惑よりも、史明くんが今夜受けたダメージを気にしてるなんて、なんか変なの。
でも、あの必死さを見るとね……と、さっきの史明くんを思いだしてこんなときなのに、クスっと笑ってしまった。

そんな私をお母さんがニコニコと微笑みながら見てたのを、淹れなおしてくれたお茶を飲んでいた私は全然気づかなかった。









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