想い想われ?



番外編・愛し愛され? 11 史明side




逸る気持ちをなんとか抑えつつ、車が静乃さんの実家の近くに着くと森末さんがドアを開ける前に自分でドアを開けて飛び降りた。
そのまま走って静乃さんの実家に向かう。
家の前にはタクシーが一台停まっていて、玄関前には人が立っていた。

「静乃さん!」

家の中に入ろうとする静乃さんの姿を見かけて名前を呼ぶ。

「ん?」
「あ!」
「…………」

その呼びかけに静乃さんは僕に視線を向けただけで、聞こえてきた声は義妹の春織ちゃんと男の声。

「お義兄さん!?」

春織ちゃんが突然現れた僕に驚く。
静乃さんはというともう玄関の奥にいて、僕と静乃さんの間になにかあって、ふたりの間を遮っている。
なんて邪魔なんだ! なんだコレ?

「静乃さん、探しました。あの、話を聞いてほしいんです…」

僕はあえてその邪魔なモノを無視して静乃さんに話しかける。
気のせいだろうか? 静乃さんがナゼが困ったような顔をしてる?

「気持ちはわかるが、今日はやめといたほうがいいんじゃないか」

目の前の障害物からナゼか声がした。
一体なんなんだ? と思ってよく見れば、僕の行く手を遮るように静乃さんの前に男が立ちはだかる。

「は?」

なんですか? コレ? 誰ですか?
視界に入ってきた相手に一瞬呆けてしまったけれど、見たことのある顔だった。
どこであったかたと思えば、ホテルのエレベーターに静乃さんと一緒に乗っていた男じゃないですか。
しかも、静乃さんのことを『静乃』と呼び捨てにしてましたよね。
スッと静乃さんに対する微笑が消えて、仕事のときの相手に隙を見せない態勢に変える。

「貴方は?」
「静……彼女の友人です」
「友人? その方がなぜ僕の妻と? しかも妻の実家にまで」

しかも、今また『静乃』って呼びすてようとしてましたよね?
僕の奥さんの静乃さんを!

「史明くん」

静乃さんが気遣うように僕の名前を呼んだ。
心配しなくても大丈夫ですよ、静乃さん。

「久しぶりに再会して、一緒に食事をしただけです。帰り際に気分が悪くなって、心配だったので送り届けたまでです」
「気分が? 大丈夫なんですか? 静乃さん!」

気分が悪いと聞いて静乃さんに近づこうと一歩前に出ようとしたのに、目の前にいた男が動く気配を見せなかった。
邪魔すぎる!
仕方なく男の肩越しに顔だけ覗かせて、静乃さんの様子を窺った。

「うん……まだちょっと気分は悪いけど……大丈夫」
「そんな……まだ気分が悪いなんて……今から知り合いの病院に行って診察してもらいましょう」

たしかに静乃さんの顔色が悪い。
これはすぐにでも病院で診てもらわなければ。

「あんた、真面目にそんなこと言ってるのか?」
「は?」

また目の前の男が口を挟んでくる。

「彼女がどうして気分が悪くなったか、あんた本当にわからないのかよ」
「そ…それは……」

目の前の男が僕を睨みつけながら言った言葉が、僕の胸を締め付ける。
だから唇をキュッと引き結んで、俯いてしまった。
由行さんのことが、静乃さんの気分を悪くしてるんだろうと察することができるから。

僕を責めるような眼差しで睨みつけながら、目の前で微動だにしない静乃さんの友人だと名乗る男。
そんな僕達を傍で観察するようにジッと見てる春織ちゃん。
そして僕達三人を、ただ黙って見つめてる静乃さん。
この場に居る全員を声もかけることができず、ただ立って見守っているお義母さん。

この場でそう自分が動けばいいのか考えあぐねていると、静乃さんの疲れきった溜息が聞こえた。

「ふぅ〜〜」

額を手で押さえながら、気分が悪そうだ。
立っているのも辛いんじゃないんだろうか。

「静乃さん! 大丈夫ですか」
「大丈夫か?」

ナゼかふたり同時に静乃さんを気遣う言葉が被る。
邪魔だ! 本当に邪魔だ! この男。
お互いがそう思ったのか、顔を見合わせるとバチバチと睨み合って火花を散らしていた。

「いい加減にそこを退いてくれませんか。妻がお世話になったことには感謝します。
けれど、もう僕が来たからにはお引取りなさってくださってかまいませんから。
ちゃんと話せば誤解も気分の悪さも解決できますので。今夜はありがとうございました。
改めて後日ご挨拶させていただきますので、もうこれでお引き取りください。
これからは僕達夫婦の問題ですから。いくら友人とはいえ、赤の他人の貴方には関係のないことですので」

敵意を隠そうともせずに目の前の男に言い切る。
感謝の気持ちなんて篭っていない“ありがとうございました”とお礼を言いつつ、目は笑わずに微笑む。
冗談じゃなんですよ、本当に。
目の前の男が邪魔で邪魔で仕方がない。

「あのー」
「!」「!」

春織ちゃんが突然声をかけてきた。
そうだった、ここは静乃さんの実家で義妹やお義母さんがいたんだった。
すっかり忘れてしまっていた。

「小田島さん、今日は本当にありがとうございました。色々心配することもあるかもしれませんが義兄のいうとおり、
このあとのことは姉と義兄のふたりの問題だと思うので。
それにタクシー待たせてるんですよね?」
「あ……」

春織ちゃんの言葉で思い出したらしい。
そうだ、帰れ帰れ。
これから先は僕と静乃さんの問題だ。
赤の他人にとやかく言われる筋合いはないんですよ。

彼が帰ることになって、僕は声を出さず口元だけで微かに笑った。
それを静乃さんにしっかりと見られていたのには気づかなかったけれど。
そのことで、静乃さんに叱られたのはまた別の話だ。

「はあ〜〜じゃあ俺は帰るけど、大丈夫か?」

静乃さんに振り返って、心配そうな顔で声をかけている。
だから、それは僕の役目だから早くタクシーに乗って帰ってくれませんかね。
無表情で目の前の男を見ながら、心の中ではそんなことを思っていた。

「ええ、大丈夫。春織やお母さんもいてくれるし。今日は本当にありがとうございました」
「いや……じゃあ、お大事に」

え? そこに僕のことは言ってくれないんですか? 静乃さん……。
ズキリと胸が痛んだ。

目の前の男はお義母さんと春織ちゃんにもペコリと頭を下げると、僕のことはジロリと睨んで出て行った。
そして玄関先に待たせてあったタクシーに乗り込んで帰って行った。
走り去るタクシーの窓越しから、こっちの様子を見ていたみたいだった。
なんて未練がましい男なんだ。
これからは、僕達“家族”の時間なんだからと、何気に優越感。
実際はそんな和やかな雰囲気ではないんだけれど。

「静乃さん」
「!」

いつものように愛情を込めて、静乃さんの名前を呼んだ。
その声に、今まで外を見ていた静乃さんが僕を見る。

「やっと僕の話を聞い………」
「はい! ストップ!」
「へ?」

やっと自分が話せるときがきたと思っていたのに、その僕の言葉を春織ちゃんが遮った。

「お義兄さんも今日は帰って」
「ええっ!? な、なんでですか? 僕は静乃さんに話が……」

冗談じゃないですよ! どうしてそんなこと……

「一体なにがあったか知らないけど、お義兄さんがなんの話をしたいのかはなんとなくわかった」
「え!?」

なんとなくわかったって……それに、ナゼ春織ちゃんが静乃さんを自分の背に隠すように腕を組んで、仁王立ちしてるんですか?

「小田島さんも言ってたけど、その話は明日かお姉ちゃんの体調を見て、後日にしてもらいます」
「え? それは……」
「お姉ちゃんが今、具合が悪いのわかってるでしょ? お義兄さん」
「はい…」

たしかに春織ちゃんの言うとおりで……だけど……それはわかるけれど……

「お義兄さんも車待たせてるんでしょう? だから今日は帰ってください」
「でも……僕は……」

少しでも早く静乃さんの誤解を解きたいんです!

「帰ってください!」
「……っ!!」

そう訴える前に強く帰れと言われてしまう。
静乃さんはそんな僕達のやりとりを黙って見ていた。

「静乃さん…」
「!」

縋るように、静乃さんに助けを求めるように名前を呼んだ。
心の中で“僕を見捨てないでください……”って、訴える。
さすがにお義母さんと春織ちゃんの前で静乃さんに抱きついて縋るということは避けた。

「ごめんね、史明くん。今日はやめておきましょう」
「え!?」

静乃さんのその言葉に、僕は自分の耳を疑ってしまう。
静乃さんに……拒絶された?

「話なら、明日史明くんの仕事が終わってから聞くから。今日はすごく疲れたし、気分も悪いから早く休みたい」
「し……静…乃……さん」

僕は今、どんな顔をしているんだろう。
鏡がないからわからないけれど、きっとこれ以上ナイってくらい悲惨な顔になってるはず。
頭の中も真っ白で、なにも考えられない。
あまりのことに、息が止まっていることにも気づかなかった。
だから春織ちゃんが僕の肩を押して、玄関の外に押し出してもなにも抵抗することができなかった。

「というワケだから、お義兄さんおやすみなさい」
「…………」

押されるまま、ヨタヨタと後ろ歩きで玄関の外まで歩いた。

「史明くん…」
「し……ずの……さん」

僕を気遣うような顔で、僕の名前を呼んでくれた。
そのおかげで、止まっていた呼吸がやっと動き出した。
そのせいで、静乃さんの名前は途切れ途切れになってしまったけれど。

「はい、気をつけて帰ってね。お義兄さん」

無情にも春織ちゃんによって、僕の目の前でバタンと玄関のドアが閉められた。










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