想い想われ?



番外編・愛し愛され? 17 平林side




「おはよう……ございます」
「おはようございます。……はあ……」
「…………」

いつもの時間よりも少し遅い時間に部屋に入ってきた副社長に、朝の挨拶をしながら視線が釘付けになる。
昨日以上にやつれた顔に声に態度。
一気に数年は年を取ったのかと思われる見た目。
「おはよう……ございます」

「おはようございます。……はあ……」
「…………」

いつもの時間よりも少し遅い時間に部屋に入ってきた副社長に、朝の挨拶をしながら視線が釘付けになる。
昨日以上にやつれた顔に声に態度。
一気に数年は年を取ったのかと思われる見た目。
しかも昨日と同じスーツ……一体なにがあったのか?
黙って見ていると、ヨロヨロと奥の自室に入っていく。
あれはきっと、奥様となにかあったに違いない。
大体あの副社長になにかあったとしたら、奥様のことしかないだろう。
つい数日前までは、いつもと変わらずニコニコしながら奥様手作りのお弁当を食べていた。
そういえば、今日は手ぶらだったわね。
いつもは奥様手作りのお弁当の入った袋を、大事そうに抱えて出社してくるのに。
喧嘩でもしたのかしら?
何度かお会いして少し会話をした程度で、あとは聞いてもいないのに毎日副社長から報告される
奥様の話から想像するに、おふたりが喧嘩なんてしなさそうだったんだけど。
そういえば、昨日もなんだか様子がおかしかった気がする。

「!」

ハッと気づいて、副社長の後を追うように奥の部屋に続くドアをノックする。
あまりにも憔悴しきった副社長を見て、今日の予定を確認するのをすっかり忘れていた。

「どうぞ……」
「失礼します」

聞き取れないほどの小さな声の返事だったけれど、気にせずドアを開けて中に入る。
副社長は正面の自分のデスクには座らずに、その横にボーっと立っていた。

「副社長?」
「…………」
「副社長!」
「え!? ああ……すみません、なんですか」
「今日のスケジュールの確認です。よろしいでしょうか?」
「スケジュール……ああ…スケジュール……はい、大丈夫です」

本当に大丈夫か? と思いながらも、とりあえず今日の予定を読み上げる。
ちゃんと聞いているのか怪しく思いながら、最後の予定まで告げるとボソリとわかりました”と呟いた。

「はあああああ〜〜〜」
「…………」

重い…なんて重い溜め息なのかしら。

「どうかされたんですか?」
「え?」

自分のそんな言葉にゆっくりと副社長が顔を上げる。

「明らかに、なにかしら相当なダメージを受けてらっしゃるみたいですが?」
「えっ!? そ…そんな……」

明らかに動揺しまくってますね。
もしかして、バレていないとでも思っていたのかしら?

「誤魔化ししきれていませんよ、副社長。だいたいどうして昨日と同じスーツなんですか? 自宅に戻られてないんですか?」
「きっ、昨日は裕平のところに泊っ…泊ったんです」
「なぜですか?」

それっておかしいでしょう?
いつも即行で家に帰ってた人が。

「な…なぜって……た、たまにはそんなこともありますよ。お…幼馴染みなんですし、男同士ですからね」
「そうですか」
「そ、そうですよ…」
「私としては、さっさと奥様に謝って許してもらうのが一番ではないかと思いますが」
「へっ!? な、なんでそのことを!? ななな、なにを知ってるんですか? 平林さん!?」

ホント、見事な慌てっぷりだわ。
いつもの仕事仕様のポーカーフェイスはどうしたのやら。

「私はなにも知りませんが、副社長を見ていればわかります。どうせ副社長がなにかやらかして、
奥様を怒らせたんじゃないんですか? 家に入れてもらえないようなことをしたんですよね?」
「うう……」
「まさか! 浮気ですか!? 副社長!」
「なっ!! とっとんでもない! ぼ、僕は浮気なんてしてませんよ! あれは誤解で……」

一番手っ取り早い原因をあげれば、ものすごい狼狽っぷり。

「浮気が原因なんですか?」
「うっ! ……いえ……その……」

今度はしどろもどろ。

「秘書としてはちょっとは大目に見ますけれど、女としては見損ないました。最低です、副社長」
「ぐっ! そ…そんな……」

仕事はできる人だから、秘書として仕事面では尊敬もできる。
けれど女としては、浮気ならば最低な裏切り行為。
ただ、副社長が言うように誤解なんだろうとは思うけれど。

「で? 奥様とは話し合われるんですよね」
「え? あ、はい。今日仕事が終わったらですが…」
「では夜には予定を入れませんので、早々に問題を解決なさってください」
「は…い…」
「まずはスーツを着替えてください」

最近使ってはいないけれどこの部屋の奥にもうひとつ部屋があって、そこには簡易だけれどベッドがある。
備え付けのクローゼットには着替えのスーツやワイシャツやら下着が常備してある。
なにかあったときの備えだ。

「そして今日一日、いつも以上に気を引き締めてお仕事に専念なさって下さい。
お気持ちはわかりますが、仕事が遅れればそれだけ帰る時間が遅くなるだけですので」
「わかりました……」
「では、のちほど目を通していただきたい書類をお持ちします。コーヒーもお持ちいたしましょうか?」
「はい……お願いします」
「畏まりました」

夫婦間のことは私が口を挟むことではないけれど、副社長に関してはそうは言っていられない。
なんせ奥様との関係が、仕事に大きく左右するから。
奥様と知り合う前はまったくそんなことはなかったのに……恋は人を変えるのか?

奥様との関係が順調ならば、副社長は仕事的にはまったく支障はない。
むしろ奥様との生活のためと、奥様手作りの愛妻弁当を美味しく食べるたと、一分一秒でも早く家に帰るために張り切るタイプ。
単純といえば単純だけれど、その効果は絶大であることはつい数日前まで実証されていた。
なので、それが崩れると180度真逆な効果が現れてしまうことを今、身をもって実証されている。
ハッキリ言ってそんなの実証しなくてもいいのにと思う。

特に先ほど携帯で話したあと、さらに落ち込みが増したのが気にかかる。
あれほど忠告しても、やはりダメージは相当なものらしく使い物ににならない。
書類を渡しても上の空でかなりの時間呆けている。
ひとつの案件に目を通すのに、どれだけ時間がかかるんだか。
ちゃんと内容を把握してるのか不安になる。

とにかく何事にも時間がかかった。
コーヒーを淹れればそれを持ったまま放心状態。
エレベターに乗るにも扉が開いているにもかかわらず、乗ろうとせず立ち尽くしてる。
乗ったら乗ったで、今度は目的の階に停まっても降りようとしない。
いい加減我慢ならなくて、失礼とは思ったけれど「いい加減にして下さい!」と文句を言いながら
スーツの首の後ろの部分を掴んで強制的にエレベターから引きずり出した。
それでも怒ることもせずボソリと「すみません」と謝っていた。

本当に使い物にならない。
会議などはまだいいほうだった。
相手がいるから。
なぜか今日の仕事の中で、この件に関してはまともになっている気がする。
最近とりかかっていたこのコーナン氏絡みのプロジェクトも、自分以外のメンバーに任せるようだ。
そういえば会議の前にかかってきた由行様からの電話も、取り次いだとたん急に雰囲気が変わっていつも以上の冷淡な声だった。
由行様は今回のこのプロジェクトで、お世話になった方だったんじゃなかったかしら?
その方にあんな態度を取るなんて、なにか余程のことがあったのか。
確かふたりは大学の同期だったはず…………まあ余計な詮索はしないけれど、なんとなく察してしまう。
いつもの副社長なら仕事絡みでも女性には上手く対応していたから、きっと知り合いというところで失敗したんだろうか。
いや、きっと毎日浮かれすぎて墓穴を掘ったのか。
とにかく今日一日、無事に終わってくれればと密かに願う。
なので定時とともに会社から追い出した。
副社長、健闘を祈ります。
というかハッキリ言って仕事に差し支えるので、奥様とちゃんと仲直りしてきて下さい。

という気持ちで見送った。


そんな日の翌日、昨日のことがウソのように上機嫌な副社長。
なんと、奥様が妊娠されたそうだ。
ものすごい浮かれよう。
一日中、ニコニコ・デレデレ、かなり鬱陶しい。
今日は馬車馬のように働き、仕事に乗り気満々。
昨日のように使い物にならないよりはこちらのほうがマシだけれど、素直に喜べないのはなんでなんだろうか。
けれど数日後に、前ほどでもないけれどまた落ち込んだ様子で出社してきた副社長。
ボソリとこぼされた呟きを聞けば、どうやら奥様の体調がおもわしくないためにご実家に戻られてるらしい。

なにが気になるのか、終業時間が近づくとソワソワと時間ばかり気にしている。
帰る気なのだろうか? 無理ですから。
これからしばらくの間、定時になんて帰れませんから、副社長。

さあさあ、奥様とこれから生まれてくるお子様のためにも頑張ってくださいませ。
そう言えば、一瞬情けない顔のあとにヘニャリと笑う。
やめてください。
いい年をした男が気持ち悪いです。

副社長には“奥様とお子様のために頑張ってください”の言葉で、ある程度のことは文句も言わずこなしてくれると確認する。

それが会社のためにもなるんだし、最終的には本当に奥様やお子様のためにもなるのだから頑張ってほしいものです。
 









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