想い想われ?



番外編・愛し愛され? 18 姉の旦那に浮気疑惑が持ち上がった 春織side




姉の旦那に浮気疑惑が持ち上がった。

姉が義兄以外の男性と一緒に帰ってきたのには驚いたけど、あとから義兄が追いかけてきたらしい。
焦りまくっていた。
義兄は姉のことしか見ていなかったし、姉も一緒にいた男性のことは最初っからあまり気になる相手ではなかったみたいで、
本当なら修羅場になるんだろうけど義兄のひとり負けでお引取り願って、ひとまずは落ち着いた。

義兄が帰ったあと姉から話を聞いてみれば予想していたとおり、義兄の浮気疑惑。
義兄が!? あの姉にベタ惚れで溺愛の義兄が?
なにかの間違いじゃないだろうかと、次の日の夜に訪ねてきた義兄の話を聞けばなんのことはない。
嵌められたんじゃん。
しかも、ドコの世間知らずな女の子ですか?
という内容にビックリだ。
義兄も随分と反省しているようだけれど、油断していたとはいえ一歩間違えば話はえらく こじ れたものになったかもしれない。
その張本人に土下座の謝罪くらいさせねば腹の虫が収まらないとの思いで言えば、
一番の被害者である姉は会いたいとは思わないと言うし義兄は姉に会わせたくないと言う。
当事者のふたりがそう言うならば、自分がなにを言っても仕方ないのでしぶしぶ諦めた。
代わりに義兄の不甲斐なさに往復ビンタをかましてやれと姉に言えば、もともと義兄に甘い姉は両頬をつねるくらいで許してやったらしい。
甘い…甘すぎる。
半ば呆れていたけれど姉はかなり長い時間、微笑みながら義兄の頬をつねっていた。
寝る前に見た義兄の頬が赤く腫れていたところをみると、かなり強い力でつねられていたらしい。
ああ、姉も少しはムカついていたんだな…と思った。

夜も遅くなり泊まっていくことになった姉。
当然ながら義兄も泊まると言い出した。
反省もかねてひとりで帰れと突っぱねても、一応姉に許された義兄は引かなかった。
姉と母親は義兄の訴えるような眼差しに絆されたんだと思う。
大型犬が耳と尻尾を垂れてクゥ〜ンクゥ〜ンと悲しく鳴いている幻覚が見えたのかもしれない。
でもあたしは絆されたりはしなかったけど。
ホンワカな母親とおおらかな姉。
あたしはこのふたりに弱い。
そんなふたりを味方につけた義兄。
仕方なく泊まることを承諾してしまった。

こんな騒動の中、姉の妊娠が発覚した。
義兄の浮気疑惑がキッカケでわかるなんて、なんとも腹立たしい。
しばらく黙っていればいいと提案すれば、母親に咎められた。
オメデタイことなのだからと。
それにあの義兄ならば、きっと早く知りたいだろうからと。
そんなことはわかっている。
きっと姉を抱きしめ、涙ながらに喜ぶだろうことはわかっている。
だからこそ、お仕置きになるんじゃないか。
黙っていることが無理だとわかると、ならば文句も絡めてあたしから伝えてやる。
と鼻息荒く宣言すれば、ヤンワリと姉にお断りされてしまった。
“自分から伝えるから”と微笑みながら言われてしまっては、あたしはとしては姉の言葉に従うしかない。
納得いかないことばかりでムウッと脹れていると、姉が昔からの笑顔で“心配してくれてありがとう”と言ってくれた。
だからあたしも昔からの笑顔を返した。
少し困った顔になってしまったのは仕方ないと思う。

義兄がお風呂から出て、姉の部屋に入った気配がした。
今ごろどんな話をしているのやら。
ひたすら謝り倒して、ご機嫌でもとっているのだろうか?
なんて布団の中で考えていると、義兄の叫び声らしきものが聞こえてきた。
くぐもっていてなにを叫んでいるのかわからなかったけれど、多分姉から妊娠した話でも聞いたんだろう。
隣の部屋でもないのに義兄の声が聞こえるって、どんだけデカイ声で叫んだんだか。
想像したとおり、義兄は舞い上がったんだろう。

はあ…と布団の中で溜め息をつく。
明日…いや、もう今日か。
きっと朝には鬱陶しいほどに姉にまとわりつく義兄の姿が見られるんだろうと思うと、なにやら言いようのないイライラ感が漂う。


寝不足感を感じながら自分の部屋のドアを開けると、階段の手前で姉と義兄がなにやら揉めていた。
仲直りしたんじゃないのか? と見ていると、ふたりの会話が聞こえてくる。

「ですから僕が抱いて降ります。静乃さんになにかあったら大変ですから」
「だから大丈夫だってば。気分が悪いっていってもそんなに酷くないし、自分で歩けるわよ」
「ダメです! 眩暈がして階段から落ちたりでもしたらどうするんですか!」
「そんなことになんてならないから。たかが十数段でしょ? それに慣れてる階段よ」
「ダメです! 慣れてるからこそ油断して足を滑らせるかもしれないじゃないですか! 僕が抱いて下ります!」
「史明くん……」

なにをやってるんだか……このバカップルは?
いや、義兄だけがバカなのか。
それにカップルじゃなくて夫婦か。

「朝っぱらからなにやってんの」
「春織」
「春織ちゃん!」

ナゼかあたしを見てお義兄さんの顔がパアーーっと明るくなった。
その顔のまま、あたしに近づいてくる。
なに? なんなの?

「おはようございます、春織ちゃん。聞いてください! 来年、僕達に子供が生まれるんです!
こんな素晴らしいことはないでしょう! 春織ちゃんにも、甥っ子か姪っ子が誕生するんですよ!」
「…………」

なに? そのキラキラな瞳は?
しかも両手を胸の前で握り締めながら、ワクワクしてる?
ああ……頭の上のピン! っと伸びきった耳と、バタバタと激しく左右に揺れる尻尾は見なかったことにしよう。
あたしはそんな幻覚が見えるはずがないから。
きっと気のせい。

「そのことなら昨日聞いて知ってるんだけど? お義兄さんより、さ・き・に!」

“先に”を強調すればヒクリとお義兄さんの頬が引きつる。

「それにこんな狭い階段をお姉ちゃん抱いて下りるなんて、逆に危ないじゃない。
お義兄さん、ウチの階段慣れてないでしょ。ほら、お姉ちゃん行くよ」

お義兄さんの脇をすり抜けて、お姉ちゃんの背中に手を添えて下りるのを促す。

「あ!」

お義兄さんの焦る声が聞こえてきたけど、あえて無視。
あたしとお姉ちゃんが下りるあとを、お義兄さんが慌ててついてくる。
そのままリビングに入るとご飯の美味しそうな匂いとコーヒーの匂いが漂っていた。
カウンターキッチンで朝御飯の支度をしていたお母さんが私達に気づいて顔を上げた。

「あら、おはよう。みんな一緒なのね」
「おはようございます、お義母さん」

あたしと姉があいさつを返す前に待ってました! とばかりに義兄が両手を胸の前で握りしめ、
さっき私に向けたようにキラキラの眼差しをお母さんに向ける。

「おはよう、史明さん。よく眠れた?」
「はい! あ、でもなかなか寝つけませんでした」
「やっぱりお布団が変わると眠れなかったかしらね」
「いえ、来年子どもが生まれるかと思うと嬉しくて興奮してしまって眠れなかったんです!」
「あら」
「お義母さん! 僕達に子どもが生まれるんですよ!」
「そうね、私達には初孫よ」
「そうですよね! お義母さん達に孫を抱かせてあげられるなんて、嬉しいです」
「ありがとう。史明さん」
「いえ、でも頑張った甲斐がありました」

ニギッと両手を握りしめて、なにを言ってんだかこの義兄は。

「頑張ったんだ、お姉ちゃん」

ワザと姉にそう言えば、姉は顔を赤くしながら“そんなことないから”と呟いていた。

「もう少しでご飯できるからちょっと待ってね」
「あ! 僕、手伝います」
「あら、いいのよ。春織」
「いえ、突然お邪魔して泊めていただきましたし。それに今回は色々ご迷惑もかけしたのでそのお詫びも兼ねて」
「そお?」

そんなふたりの会話を聞きつつ、あたしはソファから立ち上がろうともしなかった。
だって本人も言ってるとおり、多大なる迷惑と心配をかけたのは本当のことだから。

「いいんじゃない。ちょっとは反省してることを態度で表してもらわないとね〜」
「春織」
「いいんですお義母さん、春織ちゃんの言うとおりですから。静乃さんも春織ちゃんも座っててください」
「じゃあ、お皿出してもらえる」
「はい」

お母さんの指示にちょこまかと動く義兄。
マメな男だな。

「ん…」
「お姉ちゃん?」

苦しそうな声が聞こえて隣に座っている姉を見れば、鳩尾に手を当てて辛そうにしていた。

「大丈夫? 辛い?」
「大丈夫、ちょっとムカムカするだけだから」
「そ…」

そう? と言おうとする前に、目の前をなにかが通りすぎた。

「大丈夫ですか、静乃さん! 気分が悪いんですか?」
「…………」

素早い。
さっきまでこの人、キッチンにいたよね?
なのに今は隣に座る姉の目の前で跪き、姉の頬に手を添えて心配そうな顔で姉の顔を覗きこんでいる。

「大丈夫」
「でも、顔色が悪いです」
「ある程度の期間は仕方ないことだから、史明くんもあんまり気にしないで」
「そんな! 気にしないなんてことできません!」
「気分が悪いの? 静乃」

食事をするテーブルに朝食を置きながら、お母さんが声をかける。

「んー少し。でも悪阻だから仕方ないし」
「お料理の匂いがダメだったのかしらね」
「お義母さん、料理の匂いもダメなんですか?」
「まあ、色々苦手な匂いや食べ物なんかも出てくるわよ。逆に今まで食べなかったモノが無性に食べたくなったりね」
「そうなんですか? 静乃さん!」
「ん?」
「なにか食べたいものはありますか? 飲みたいものでも」
「今はないから大丈夫よ」
「でも……やはり医者に診せたほうがいいんでしょうか?」
「は?」

義兄の言葉に思わず呆れて変な声が出てしまった。
そりゃ具合の悪そうな姉を見ていると心配になるけれど、病気というわけでもない。
特別な人を除いては期限限定ともいえるだろうし。

「大丈夫よ、史明さん。病気じゃないんだし。ちょっと先は長いけど安定期に入れば落ち着いてくると思うわ。
赤ちゃんができたら、ついてまわることだから仕方ないわね。みんなちゃんと乗り切ってるわ。
自分なりに食べれるものを見つけたり、気を紛らすことを見つけてリラックスすることね」
「お母さん、悪阻は酷かったの?」
「んー静乃のときはちょっと辛かったかしら。春織のときはそうでもなかったわね。まあその人の体質とかにもよるんじゃないかしら」
「食べれなくて大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫よ。あんまり吐くのがとまらないとかならお医者様に相談したほうがいいけど、そこまでじゃないんでしょ」
「うん、なんともないときもあるし」
「じゃあ、大丈夫よ。さあご飯食べましょう。ふたりとも仕事でしょ。その前に着替えに家に帰らないといけないんでしょ?」
「そうでした! でも…本当に大丈夫ですか、静乃さん。大事をとってしばらく会社を休んだほうが」
「大丈夫だってば。会社にだって車で行くんだし、仕事だって力仕事ってワケじゃないんだから」
「当たり前です。力仕事だったら即仕事は辞めてもらいますよ!」
「…………」

なんだろう?
身重の妻を心配する夫の図なんだろうけど、目の前で姉の心配をする義兄の姿を見ているとナゼかイラッとするのはなんでなんだろう。
心配そうに姉の顔を覗きこんで、手のひらで頬を撫でたり、頬に手を当てたまま親指で頬や唇を撫でたりしている。
その光景になんだか身体中がムズムズする。
黙って見ていると、お互いの額をくっつけたかと思ったら、ふたりで微笑みあっていた。
まあ、新婚さんだからね。
なんて思ってたら、義兄がクイッと顔を上げる素振りを見せたからハタと気づいた。

「ほら! ふたりともサッサと食べる!」
「え?」

他に誰かいたのか、という顔で義兄が振り向いた。
いますよ! いるんですよ!
ここはあなた達の家じゃないんですから!
今、明らかにお姉ちゃんにキスしようとしてたよね? お義兄さん!

「そ、そうよ。早く食べないと」

何気に顔が赤い姉。
まだ、姉には羞恥心があったらしい。
よかった。

4人でテーブルについて朝御飯を食べた。
あたしの隣にお母さんが座って、その向かいに姉。
なので必然的に私の目の前は義兄になるんだけど、さっきから視界に入る義兄にまたもやイライラが募る。
なんだろう…姉のことが気になって気になって仕方ないらしい。
いつより食欲のない姉。
悪阻だから仕方ないのに、ゆっくりとちょっとずつ食べる姉を心配そうに視線を送る義兄。

「…………」

気になる。
気になってこっちが食事できないんですけど。

「お義兄さん、気が散るからお義兄さんもいい加減食事に集中したら?」
「はい?」
「そうよ、史明くん。全然食べてないじゃない」
「すみません…静乃さんのことが気になってしまって…」
「史明さんって本当に静乃のことしか頭にないのね」

クスクスとお母さんがお義兄さんを見て笑う。

「はい! あ…」
「嬉しいことだわね、静乃」
「え? あーうん…」

はにかむように笑う姉。
そんな姉を微笑んで見つめる義兄。
そんなふたりを見てナゼかモヤモヤとする。
いや、義兄を見てだろうか。

「でもさ、知らなかったこととはいえ今回のことは胎教には悪かったんじゃない」
「え!?」

義兄がギクリと身体を強張らせて私を見た。

「春織」

お姉ちゃんが叱るような言い方であたしの名前を呼ぶ。
でも、あたしは素知らぬ顔でご飯を食べ続けた。
義兄は茶碗とお箸を持って固まったままだ。

「史明くん、大丈夫だから。そんなヤワな子じゃないから、この子」
「静乃さん…」

お義兄さんは今にも泣きそうな顔でお姉ちゃんを見てる。
ちょっと効きすぎたかな? なんて思うけど、これからは今まで以上に周りに気をつけてもらいたいと思うから。
これからはお姉ちゃんと甥っ子か姪っ子を守ってもらわないといけないんだから、大いに反省してもらわないとね。
うん。


「でもさ、もしお義兄さんがいいようにされてたら、どうするつもりだったの? お姉ちゃん」
「え?」

食後のコーヒーと、お姉ちゃんはお茶を飲みながらそんな話を振ってみた。
未遂で終わったからいいようなものの、もしかしてたらそういうことだもんね。

「春織ちゃん…」

お義兄さんが、もう勘弁してくださいと言いたげな顔だ。
でもシカト。

「ねえ、どうした?」
「んーー」

湯飲みを両手で掴みながら、考え込む姉。
そんな姉を見て、お義兄さんは気が気じゃない様子。

「そうね…まずは“全身熱湯消毒”かしら」
「え? 熱湯消毒?」
「そう、やっぱりまずは身体の消毒しないと」
「…………」

お義兄さんがコーヒーカップを持ちながら、顔面蒼白になってる。
姉は至って真面目な顔だ。
熱湯ってやっぱりあの熱湯だよね。
バラエティー番組でたまにお見かけする。
あれは一瞬浸かるだけで飛び出したあと氷で冷やしてるけど、きっと姉が思っていることは
そんな一瞬お湯に浸かることではないんじゃないかと思う。

「でも静乃、あんまり熱湯だと火傷したゃうから、お湯の温度は45℃くらいにしたらどうかしら?」

お母さんまで真面目な顔でそんなことを言い出した。

「え? でも、そんな温度で消毒になる?」
「そうねぇ……あとはオキシドール? だったかしら? 消毒液? あれで全身拭くっていうのは?」
「そうね、そうしたら何本くらい必要になるかしら」
「史明さんの体格からして…」

真面目に話し合い始めたふたりを、あたしと義兄が横目で窺うように見ていることにふたりは気づいていないようだった。

きっと義兄は姉が今言っていたことを実行した場合、なんの抵抗もせず素直に従うだろうと思う。
義兄にとってそれは当たり前のことだから。
姉がそんなことをするのは、自分のせいだと理解してるから。
まあ、そりゃ当然だろうと思いつつも、本当に実行したらどうなんだろうとも思う。
熱湯消毒は45℃なら、なんとかできるか? と思うけど、オキシドールの消毒は全身っていうのがね〜どうよ?
それも、もし実行されたとしたら義兄は大人しく全身消毒されるんだろうな……自業自得と思うけど。

「未遂ですんでよかったね、お義兄さん」
「え!? あ…はあ…」

突然話をフラれて引きつり顔のまま返事をする義兄。
たぶん母と姉は、本気で話し合っているわけではないと思う。
たとえそうだとしても、義兄はかなり動揺しているらしいのが手に取るようにわかる。
大いに反省してもらいたいから、なにも言わず黙っていることにした。
 









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