リビングのドアを開けて最初に目に飛び込んできたのは、私の身長ほどあろうかというクリスマス・ツリーだった。
そんな豪華なものはいらないと言ったのに、史明くんが私との初めてのクリスマスということと、将来を考えて大きなものにしましょうと言い張った。
様々な飾りに、7色に色が変わるライトがメッキボールに反射してキラキラと輝いている。
豪華なものはいらないなんて言ったけど、見栄えがぜんぜん違う。
「やっぱり綺麗よね」
しばらくツリーを立ったまま見ていると、ふとその横にあるものに目が行く。
どうしてすぐに気づかなかったのか、ツリーのすぐ隣に昨日まではなかったものがそこにあった。
「え!? なんで?」
これは……一体どういうことなのかしら?
ツリーの横には着物と、それに必要な諸々のものがまるでお店と同じようにディスプレイされて飾られていた。
「うそ……」
私は慌てて着物の傍に駆け寄った。
そしてディスプレイを間近でじっくりと見る。
「あのときの着物よね? でもなんで、それがここに?」
これがなんでここにあるのかはわからないけど、これをここに置いたのはきっと……史明くんよね?
「…………」
マジマジと着物を見る。
やっぱりあのときの着物だわ。
帯も草履も……他の小物も揃ってる。
これ、相当な値段じゃ……
「おはようございます」
「!!」
アレコレ考えてたら史明くんがリビングに入ってきた。
「史明くん……」
「どうしたんですか? あっ!」
肩越しに史明くんを振り返ると、史明くんが驚いた顔をしてる。
なんで驚いてるのかしら?
「どうしたんですか? これ!」
「……私が来たときには、もう置いてあったの」
「え? そうなんですか?」
史明くんが私の隣に立って、ジッと飾られた着物を見てる。
「これって……」
史明くんよね?
と聞こうとしたら、途中で史明くんが私の言葉を遮るように話し出した。
「スゴイじゃないですか! サンタが来たんですね!」
「え?」
見上げた史明くんの顔がキラキラと輝いてる。
「いつも静乃さんが頑張ってるから、ご褒美に欲しかった着物をサンタがプレゼントしてくれたんですね!」
「……でも私、もう子供じゃないし」
このときの私はなんと言ったらいいのか……ただ目の前の着物一式を見て、驚くやら戸惑うやらで素直に喜ぶことができなかった。
一番は“これ、全部でいくらしたのかしら?”という疑問だったし。
本当はサンタが来たという史明くんの言葉に便乗して、素直に喜んだらよかったんだろうけど……
悲しいかな自分は一般庶民という生活を20年以上もしてきた身。
きっと自分や親なら、簡単には手の届かない代物を目の前にして動揺しちゃったんだと思う。
手に取ることもせず、ただ目の前に立ってただけだったから。
だから史明くんが私以上に動揺してることに気づかなかった。
「あ……静乃さんは特別じゃないですか? すごいな、大人なのに……」
「お願いした憶えもないんだけど」
「…………」
「…………」
ふたりして無言になってしまった。
「あ! 時間」
「静乃さん……」
「史明くん支度して。すぐ朝ごはんの用意するから」
「…………はい」
私はサンタからのプレゼントの着物を横目に、キッチンへと移動した。
史明くんの気持ちはわからなくもなかったんだけど、自分もこの気持ちをどうしたらいいのかすぐには思いつかなかったから、
とりあえずサンタからのプレゼントのことは見なかったことにしてしまった。
仕事があって、朝で時間がないというのを心の中で言い訳にして。
史明くんがそんな私の後ろ姿を目で追って、溜息をついていたのには気づかなかった。
静乃さんが寝室から出て行って少し経ったころ、こんどは僕が寝室からリビングに向かった。
静乃さん、驚いただろうか?
驚いて、感激しているだろうか?
買う予定はなかったものだけれど、静乃さんが気に入っていたのは一緒にいてわかったから。
きっと僕からの贈り物だとわかってはいるだろうけど、サンタからのプレゼントとして受け取ってくれるだろうか。
僕は期待半分とドキドキ半分でリビングのドアを開けた。
「おはようございます」
「!!」
何事もなかったように静乃さんに向かって朝の挨拶をした。
「史明くん……」
「どうしたんですか? あっ!」
肩越しに静乃さんが僕を振り返る。
僕はツリーの傍に置かれている着物に今気づいたフリをして、驚いた顔をしてみせる。
僕の演技もなかなか……なんて思っていたのに、静乃さんにはあまり意味がなかったらしい。
なんで驚いてるのか、不思議に思ってる顔だった。
でも、僕はそんなことはあえて無視。
「どうしたんですか? これ!」
僕と静乃さんのふたりだけが暮らしてる部屋なんだから、誰がここにこの着物を置いたかなんて一目瞭然だろう。
けれど、これを置いたのは“サンタ”なのだから。
「……私が来たときには、もう置いてあったの」
「え? そうなんですか?」
静乃さんの隣に立って、ジッと飾られた着物を見る。
頑張って飾った甲斐があった。
「これって……」
静乃さんが僕に確認をとるような聞き方をしてくるから、途中で静乃さんの言葉を遮るように話し出した。
「スゴイじゃないですか! サンタが来たんですね!」
「え?」
頷いて喜んでもらえると思って、自然と頬が緩む。
「いつも静乃さんが頑張ってるから、ご褒美に欲しかった着物をサンタがプレゼントしてくれたんですね!」
「……でも私、もう子供じゃないし」
───── え!?
静乃さんの返事に、一瞬思考が止まる。
まさか否定する言葉が返ってくるとは思わなかった。
僕の想像では、サンタ=僕とわかりつつも喜んでくれと思っていたんですけど。
今の静乃さんの様子は、困惑してる感がヒシヒシと伝わってくる。
なんでだ?
僕のこの今の胸の内を誰かどうにかしてほしい。
心臓がバクバクしだして、嫌な緊張感で一杯になる。
そんな気持ちを表立って晒したりはしないけれど、ちゃんと震えることなく上手く会話ができるだろうか?
「あっ……静乃さんは特別じゃないですか? すごいな、大人なのに……」
苦しい理由づけだと自分でも思うけれど、とにかくこれを置いたのは“サンタ”だからそう言うしかない。
「お願いした憶えもないんだけど」
撃沈だ……。
「…………」
「…………」
ふたりして無言になってしまった。
これは……もう正直に、僕が静乃さんに贈りたかったと言ってしまったほうがいいんだろうか?
すでにそんなことは承知の上だろうけど。
でも……
「あ! 時間」
「静乃さん……」
静乃さんが部屋の時計を見て、慌てた“フリ”をしてるように見えた。
「史明くん支度して。すぐ朝ごはんの用意するから」
「…………はい」
たしかに朝で、時間がないのはわかっていた。
わかっていたけれど……明らかにこのサンタ=僕からのプレゼントに対して、静乃さんがどう対処したらいいのか悩んでいるのがわかった。
「はあ……」
足早にキッチンに向かう静乃さんの後ろ姿を目で追って、深い溜息をつく。
僕としては、僕からとわかりつつもサンタからと喜んで受け取ってくれるとばかり思っていた。
欲しかったけれど諦めた着物が、サンタから(僕からだけど)贈られたと……。
まさかの、この結末。
どうしてこうなったんだろう?
僕の企画ミス?
喜んでくれると思ったんですけどね。
「…………」
そのあとしばらくの間、自分が飾った着物一式を眺めていると、出勤の時間が迫っていることに気づく。
ノロノロと重い身体をなんとか動かして、顔を洗うために洗面所に向かって歩きだした。
ああ……今日の仕事、はかどるだろうか?
「…………」
「…………」
私の会社に向かう車の中で、お互いに無言のまま時間が過ぎていく。
結局ディスプレイされた着物は片す時間もなく、そのままの状態で出てきてしまった。
そのことにはお互いが触れずに、でもいつものように史明くんは私の手を指を絡めてしっかりと握っている。
朝食を食べてるときから、ときどき見える史明くんの頭の上の耳はぺシャリと伏せられ、
見るたびに振り切れんばかりに振られていたシッポは力なく垂れたままだった。
ヒシヒシと罪悪感のようなものが、自分の胸の辺りから広がってきてる。
でも……でもね、今さら“サンタさんからのプレゼント嬉しい〜♪”なんて言えない。
あからさまに“史明くん、ありがとう”とも言えないし……。
ごめんね、史明くん。
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