想い想われ?



番外編・こんにちは赤ちゃん 【前編】




「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「絶対に! 無理はしないで下さいね!」
「大丈夫だってば。心配性なんだから。史明くんは」
「そんなこと言ってもですね……ああ、もう……なんでこんなときに海外に出張なんでしょうか」

僕は自分に運のなさに打ちのめされた。

「もう……大体予定日はまだ3週間も先なのよ? 史明くんの出張は10日間くらいなんでしょう?
それに初めての出産は予定日が過ぎるものなんだから」
「そうかもしれませんが、心配なんです! 静乃さん!」
「もう……しょうがない人ね」
「静乃さん……」

呆れたようにクスリと笑って、静乃さんが僕の頬にそっと手て触れた。
そして優しく包む込むように手の平で何度か撫でてくれた。
僕は静乃さんの手の平の温もりを確かめるように、その手に自分から頬を摺り寄せた。
いつ触れても、いつもとても肌触りのいい手の平だ。

「大丈夫? 落ち着いた?」
「最初から落ち着いてます。ただ、静乃さんのことが心配なだけです」

僕はちょっと拗ねたフリをした。
僕がこんなにも心配しているのに、静乃さんは余裕綽々な態度だったから。
それはもう、“母は強し”だからなんだろうか。

そんな話を静乃さんとやり取りした数時間後、僕は今回の出張先に向かうために機上の人になっていた。
身重の静乃さんを空港に連れて行くわけにもいかず、離れがたかったけれど玄関先でのお別れとなった。
今生の別れのようにいつまでも握った手を離そうとしない僕。
ハナの奥がツンとする。
未だにグズグズとゴネている僕の両手を握って、ニッコリと微笑んで送り出してくれた静乃さん。
静乃さんと係わりを持つ、ありとあらゆる人達に静乃さんのことを託した。
最後の最後まで一緒だった運転手の森末さんには特に念を押すことを忘れない。
なにかあったら……なにもあってはほしくないけれど、そのときは迅速かつ速やかに静乃さんの元に駆けつけくれるようにお願いする。
森末さんは?お任せ下さい!”と、力強く頷いてくれた。

機内でもソワソワと落ち着かない。
まだ静乃さんに見送られて数時間だというのにもう携帯を握りしめて、無意識に静乃さんの携帯番号を打ち込もうとしている。
まずい……静乃さんだってゆっくりしている時間だろう。
仕方なく……というわけではなけれど、気を紛らすためにこれから話し合うプロジェクトの資料を再確認することにした。
あっという間に頭の中は静乃さんのことになってしまうけれど、なんとか集中して頭の中を切り替える。
そうだ! 一日でも一時間でも早く終わらせて、静乃さんのところに戻れるように頑張ろう!

なんとか仕事に集中し、仮眠を取ったりして時間を潰す。
成田から十数時間。
やっと目的の空港に到着して到着ロビーに向かう。
先に来ていた海外事業部のメンバーと落ち合い、まずは10日間を過ごすホテルに案内された。
促されて、もう少しで空港から出るというころ僕の携帯が鳴った。
一瞬静乃さんからか? と思って顔が綻ぶ。
ホテルに着いたら無事に着いたと連絡しようと思っていたから、静乃さんが心配して連絡してきてくれたのかと思ったからだ。

「は?」

けれど携帯の画面に浮かぶ相手の名前は“ 裕平 ゆうへい ”の名前。
なんで裕平から電話? なんて首を傾げる。

「ちょっと失礼」

一緒にいる社員にひと声かけて通話をタップする。

「はい?」
『史明?』
「僕の携帯ですからね、僕ですよ」
『そろそろ着くころかと思ってさ』
「はい、今ホテルに向かって空港を出るところです。なんの用ですか?」

このときの僕は早くホテルに着いて静乃さんに電話をしたいというのが頭の中を占めていて、
裕平がどんな用で掛けてきたなんてことは考えようともしなかった。

梨佳 りか が手が離せなくって、俺が代りに掛けることになったんだけどさ』
「だから、なんです?」
『産まれたぞ』
「は?」

なにが産まれたんです?
梨佳ちゃんのところも、裕平のところも猫や犬は飼っていなかったはずですけど?

「産まれた……って?」
『なにボケてんだよ。空飛んで頭ボケたか?』
「そんなことはありませんよ」
『静乃ちゃん! ついさっき産まれたぞ』
「………………………え?」

静乃さん……産まれた?
それって……もしかして……

「ええーーーーーーーーーー!!!」

僕は携帯に向かって、思いっきり驚きの声を上げた。

『バカッ! 耳に響くだろう!』
「そんなことはどうでもいいんですよ! 産まれたって? どういうことですか?
予定日はまだ先じゃないですか? それに家を出たとき静乃さんは普通でしたよ?」
『史明が空港に向かってすぐに陣痛が始まったみたいなんだ』
「へ?」

あんなにいつも通りだったのに?
僕が出たあとそんなことになっていたなんて……

『予定日は先でも、もう臨月だったから大丈夫なんだってよ』
「…………」

僕の出張で静乃さんに負担をかけてしまったんだろうか?
それにしたって……なぜ今日?
今日からしばらく帰れないのに。
しかも、同じ日本国内にすら居ない。

「…………」

一体なんの罰なんだろうか?

『落ち着いたら静乃ちゃんから連絡行くと思うけど、とりあえず産まれたことだけ伝えとこうと思ってさ。
ああ、静乃ちゃんと子供は元気だから心配するな。どっちが産まれたかは静乃ちゃんに聞けよ』

そのあと、どんな会話をしたかあまり憶えていない。
いつの間にか通話が切れていて、携帯を握ったまま僕は呆然と立ち尽くしていた。
 






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