仕事で配属先が変わって、本社勤務になった。
今までは色々な店舗を転々としてから家から出ていたが、本社は家からも通える。
独り暮らしでもかまわなかったのに、実家に戻ってきてしまったのは颯子との約束だったからか。
つい颯子の涙ながらのお願いに、あっさりと負けたオレは次の異動は本社だろうと言われていたせいもあって、
2年後には帰るなんて約束をしてしまった。
結局2年半経ってしまったけれど、さすがに他に部屋を借りて住むことはできなかった。
冷たくしきれない自分が情けない。
だから、颯子もオレのことをあきらめきれないのだろうか?
今まで寄り付きもしなかった実家に帰ったオレに、母親がまたもや妙な勘繰りをして、
オレが結婚間近なんて思い込んでた。
いつものように否定しないでいると、たまたま遊びに来ていた颯子の耳に入ることとなった。
一瞬で颯子の顔が強張って、顔色が悪くなった。
そんな颯子に気づきながらも、声はかけなかった。
するとヨロヨロと力なく、颯子は自分の家に帰っていった。
内心モヤモヤしながらも、これでいいんだと自分を納得させる。
なのにその日の夜、同級生に告白され迫られてる颯子を見て思わず飛び出してた。
相手の少年から庇うように抱き込んだ颯子の肩。
久しぶりに颯子に触れて、華奢ながらも成長してたことに驚く。
服越しながら柔らかな身体は、もう間違いなく女の身体だ。
強引な態度を取った同級生を、ほとんど脅し文句で追い返してハッと我に返る。
せっかくのチャンスを、オレは自分自らぶち壊したんじゃないのかと。
そう思って颯子に尋ねれば、逆に半泣きで怒鳴られた。
まだオレとの未来を望んでる颯子のそんな態度に、早くあきらめさせなければという思いと、
まだこんなオレを想っててくれるのかという嬉しい気持ちが入り乱れていた。
あと半年と思っていたのに、あっという間に颯子の高校卒業がきてしまった。
どうやら颯子は志望校に合格して進学を決めたらしい。
颯子の誕生日に会いたいとメールがきた。
もう逃げることはできない。
このまま付き合ってる相手がいるフリをして颯子を突き放すのか、10年前の約束を果たすのか
オレはまだこのときも決めかねていた。
まさか本当に10年もオレを……こんなオレを想い続けるなんて思ってもみなかった。
なんていいながら、自分だって特定の彼女をつくらなかったのにな。
考えるもなにも、もう答えは出てるんじゃないだろうか。
それでもまだ、颯子には出会えていない相手がどこかにいるんじゃないだろうか?
という思いも捨てきれてなかった。
その日はたまたま大学の同期と会う約束があって、そのあと颯子と会うために同じ駅ビルの店を選んだ。
本当なら男だけで会うはずが、そのうちのひとりが西尾に知らせたらしく、待ち合わせの場所にいたのには内心溜息をついた。
西尾は大学のころからオレに好意を持ってて、なにかとつきまとってきてた相手だ。
ちょっとガサツなところもあって空気が読めないのか、オレがどんなにその気がないとアピールしてもメゲない奴だった。
さすがに就職したあとは疎遠になってたが、大学絡みの集まりがあると必ずと言っていいほど顔を出してはオレにまとわりついてた。
ちょっと馴れ馴れしいところがあって、はっきり言っても効果がないときがある。
邪険にするほどなにをされたってワケではないけど、いい加減ウンザリしなくもない。
案の定人と会うと言っても帰らずにくっついてくる。
仕方なく途中までと約束させて、話しかけられてもほとんど返事もせずに歩いてた。
待ち合わせの時間に間に合わないかもしれないと気にしつつ、お店が見えて西尾に帰れと声をかけようと立ち止まれば
ナゼか腕を絡ませてきた。
はあ?とウンザリしつつ、その腕を離そうとしたところで颯子の声が聞えた。
「拡……ちゃん?」
なんて顔してるんだと思った。
やっと今日がきたんじゃないのかよ?と思いながらハタと気づく西尾の存在。
当然のことながら颯子は誤解しまくるし、ナゼか颯子の誤解に西尾が勘違いして頬染めてるし。
なんなんだ一体!!!
挙句の果てに足を蹴られ 「乙女心を踏みにじったバツよ!思い知れっ!!拡ちゃんのバーーーーカっ!!!!」 と
捨てゼリフ叩きつけられて逃げられた。
しばし呆然と立ち尽くす。
「…………拡?」
「チッ!」
っと舌打ちをして、未だにその場にいる西尾を睨みつける。
まあ、ハッキリと追い返さなかったオレにも落ち度はあるが、オレと結婚なんてそんなありえないって思うだろう?
なんでそこで、オレと結婚の話しが出るとか思うんだ?
「西尾」
「……な…に?」
オレの声がいつもよりも低いことに気付いてるんだろうな。
「今までも言ってたと思うけど、オレはお前のことは大学の同期以外に思うことはない。
これ以上オレに係わってくるのならその同期もなくなる」
「拡……」
もう何度目のこんな話だろうと思いながら、さすがに黙りこくる西尾をおいてオレは颯子を追いかけた。
そのあと、軟派な男について行きそうな颯子を強引にホテルに連れ込んだ。
別に颯子に対して何か下心があったわけじゃない。
断じてそのときはなかった!
ただ、人目につかずにゆっくりと話せる場所と思ったら、近くにあったホテルに入っただけだ。
未だにオレとの未来を望んでる颯子に、次から次へとオレを諦めさせるような問いかけを投げ掛けたのに、
その全部に自信をもって答え続ける。
ああ……もう、オレの完敗だと心底納得した。
何年ぶりかで颯子を抱っこするときの合図をする。
両手を広げて “来い” ってこと。
颯子はなんの躊躇もなく、オレに飛びついて抱きついた。
さすがに子供のころと違って抱き上げるのは無理だったけれど、それでも昔みたいにぎゅっと颯子を抱きしめた。
それだけでお互い十分だった。
それだけでお互いの気持ちがわかり合えたから。
完敗だと悟った途端、ムクムクと湧き上がってくる自分の中に閉じ込めていた颯子への想い。
可愛くて愛おしくて、昔みたいに頬ずりして膝に抱っこして、ところかまわずキスしたい気持ちに襲われた。
なんて言いつつ、しっかりと颯子の唇は奪わせてもらったけど。
それがいけなかったのか、今までの反動か目の前には都合のいいことにベッドと枕元には避妊具。
そのままベッドになだれ込みたかったのをなんとか理性で抑えて、颯子を連れてホテルを出た。
ホント、マジでヤバかった。
さすがにいきなりそこまでの関係になるわけにはいかないから。
まずお互いの家族に、ふたりのことを話して納得してもらった。
オレの弟の滋(shigeru)と、颯子の兄である楓也(fuuya)は何事もないような態度で軽く頷いてるようだった。
当然のことながら、お互いの親は驚いてた。
今までそんな素振りをみせていなかったオレだから、ちょっと不審がられたりもしたけど
ここは隣同士の幼馴染みのオレと颯子。
颯子がオレを慕ってたのは両家の中では当たり前のコトだったし、止めに “結婚前提” と宣言したら余計に驚かれたけど、
最後には快く家族全員がオレと颯子の交際を認めてくれた。
まあ、颯子が両親と一緒になって驚いた顔と態度だったことには目を瞑った。
なに一緒になって驚いてるんだか……まったく。
それからは時間の許す限り、颯子と一緒にいる。
接点を持たないように、颯子に期待させないようにと過ごした10年。
颯子に辛い想いをさせていた10年。
その10年をとり戻すことはできなけれど、その年月よりも今のほうが何十倍も何百倍も幸せだと
颯子に言ってもらえるようにしたいとオレは思ってる。
抑えていた10年……颯子は受け取ってくれるだろうか?
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