keep it up! 番外編 お騒がせな社員旅行☆



04




「おい、勘違いで人の嫁さんに手ぇ出すなよ」

「!!」

耳元で聞き慣れた声がして、ギュッと瞑ってた目をあけると私の後ろに隼斗が立っていた。
肩越しに腕が伸びて、叩こうと上げた課長の奥さんの手首を握り締めてた。

「な……なんなの、あなた?」
「俺?俺はコイツの旦那」
「旦那?」

もの凄い疑いの眼差しを向けられると、隼斗は私の左手を自分の左手で持ち上げると、
お互いの指輪が見えるようにかざして見せた。
未だに信じられないような顔をしてたけど、ちょっとは納得したらしい。

「その旦那さんがどうしてここに?ちょっとあなた!!自分の旦那さんが同じ会社に勤めてるのに
うちの主人と?……なんて女なの?」

さらに許せないって感じでまた睨まれる。

「違う違う、俺はここには勤めてない。ここには偶然俺も出張先が一緒になったから泊まってただけ。
で、せっかくだからって夜は俺の部屋で一緒にいたわけ。なんせ俺達新婚だし♪ な?千夏」
「!!」

そう言って奥さんの手を離すと、後ろから私をギュッと抱きしめて首にキスをした。

「きゃぁ」「やだぁ」

なんて女の子の声がする。

「ちょっと……」

状況を考えろ!

「わかったか?昨夜、千夏は俺の部屋にいたんだよ。んで、ついさっきまで一緒にいたの」
「そ、そんな……じゃ……じゃあ」
「そ、あんたの旦那の浮気相手は千夏じゃねぇ。おい課長さんよ、どんな理由があるにせよ
ウチの嫁に濡れ衣きせようとしやがって、ふざけんじゃねーぞ」

久しぶりに隼斗の凄んだ声を聞いたかも。

「そ、そうよ!あなた、どうして違うって否定しなかったのよ!」
「しても……お前は信じなかっただろう……」
「そ…それは……」
「そんなことはこっちの知ったこっちゃねぇんだよ。そのせいで千夏はあんたんの嫁さんに叩かれたんだぜ、
なにか言うコトがあんだろうが」
「…………す、すまなかった」
「ご……ごめんなさい……てっきりあなたが主人の相手だと思ってしまって」
「…………」

なんだか謝られても素直に受け入れることができなくて、無言のままでいた。

「なにをしてるんだ?」
「この騒ぎは一体どういうことですか?」

人だかりの奥から専務と部長の声がすると、今までのざわめきが一瞬で静かになって、
周りにいた人が道をあけるもんだからふたりはこっちに気づいて近づいてきた。

「高平君、この騒ぎは一体どういうことだね」
「いえ……その……」
「そちらにいるのは高平課長の奥様でいらっしゃいますよね?一体どうされたのですか」
「……えっと…あの……」

普段から冷静沈着な小守部長の声が静かな空間によく通る。

「なにを今さらしおらしくしてんだよ。こんなところで大っぴらに騒げばこうなるってわかってて
騒いだんじゃねーのかよ」

そんな中、空気を読まない隼斗がズバリと突っ込んでくる。
でも……きっと隼斗は私が叩かれたりして、相当怒ってるんだと思う。
相手が男なら殴り返してるだろう。

「違っ……私は……ただ……我慢できなくて……」

冷静になってきたのか、専務や部長まで巻き込んでしまったからか、奥さんは俯いて話す声は小さい。
でも隼斗の言うとおり、この場所で騒げばこうなることは最初から覚悟の上だったんじゃないんだろうか?
まさか、そこまで考えることもできないくらい課長に頭にきてたのか?

「とにかくここではゆっくりと話もできませんので、ひとまず私の泊まっている部屋に行きましょう。
さあ他の皆さんは朝食を食べてください。で?あなたはどなたですか?」

社員では見覚えのない男……隼斗に気づくのは当然か。

「俺は水森千夏の亭主です。いつも千夏がお世話になってます」

そういうとペコリと頭を下げた。
うわぁーーこんなときだけど、隼斗が社交辞令的なことをこなしてるのを見るのはなんだか身体がむず痒い。

「そのご主人がどうしてここに?」

そりゃ当たり前の疑問ですよね。

「実は自分も仕事の関係でこっちに出張になってたもんで、どうせなら嫁と同じホテルに泊まるかって思っただけで。
それがなんだか変な誤解されたらしいですけど」

まあーー口からでまかせのウソばっか。

「そうですか……どうやら水森さんも少なからず当事者のようですので、一緒に来てもらえますか」
「はい……」

うう……とんだとばっちりなんですけどねぇ……私は。

「じゃあ俺も同行します」

え?来るの?

「……まあいいでしょう。では高平課長と奥様、詳しいお話をうかがわせて頂きましょうか」
「……はい」
「…………」

もう高平課長がガックリと項垂れ、奥さんも最初の勢いはドコへやら。
俯いたまま、専務と部長の後をついて行った。
その後ろを、私と隼斗がついて行く。
望美が心配そうな顔をしていたけど 『隼斗君がいるなら大丈夫よね?こっちは上手く話しておくから』
と小さな声で言ってくれた。

『もう、隼斗のせいだからね』
『だからちゃんと千夏のピンチに駆けつけてやっただろ』
『どうぜまた柚月先輩にでも連絡もらったんでしょ?』
『まあそうだけど……』
『はあ……』

部長達の後ろを歩きながら、隼斗を小突きつつコソコソと文句を言った。

『大丈夫か?痛むか?』
『うん、ちょっとヒリヒリするけど大丈夫』
『そうか。代わりに旦那を殴っときゃよかった』
『やめてよ、これ以上コトを大きくしないでよ』
『チッ』

やっぱりそう思ってたか、隼斗の奴。
危なかった……かも。


それからすぐに私は今回の課長の浮気騒動には無関係と判断されて、
隼斗と一緒に部長の泊まってる部屋から帰ってこれた。

隼斗が同じホテルに泊まってたことは隼斗の仕事関係というコトと、
それよりも高平課長夫妻の騒動のほうが問題視されて軽い注意にとどまった。
よかった……大事にならなくて。
さすがにその後の旅行は微妙な空気が漂ってたけど、当事者の高平課長がもう旅行に参加して
なかったからなんとか無事に帰ってこれた。

当然ながら隼斗とはホテルで別れた。
バイクに跨り 『乗ってくか?』 と言われたときは無言で頭を引っ叩いてやった。


それから数日経って、高平課長の降格と他支社への移動が発表された。
どうやら今回のことで、今までの色々なことも表立ってしまったらしい。
まあ、あんだけコトが大きくなれば仕方ないかも。
しかも浮気が原因なんて、それこそ自業自得。

噂ではあのときの課長の浮気相手は、他の部署の部長の奥さんだったらしい。
今回の社員旅行にその部長は参加してなかったからいなかったわけだけど、さすがに部署は違うけれど
上司の奥さんが相手じゃ、あのときその場で認めるなんてできなかったでしょうね。
まあ相手が誰であれ、あの場で認めるわけにはいかなかっただろうけど。
私が浮気相手じゃないとあのとき頷かなかったのは、とりあえずあの場は私かもしれないなんて思わせておいて、
その場を乗り切ろうとしたらしい。
なにソレって感じ。
お偉いさんの奥さんとの浮気がバレるのは困って、私みたいな一般社員なら浮気相手って思われてもいいってことかしら?

どう知り合ったかまではわからないけれど、なにかで顔を合わせる機会があったのかもしれない。

あのとき隼斗が来てくれたからすぐに誤解も解けて、他の社員にも疑われなくて済んだけど……。
って、もとはといえば隼斗が勝手に社員旅行についてきて、私を自分の部屋に引っ張り込んだのが
私が疑われることになった原因なんだけどね。

隼斗といえば、あのときのあのタイミングでの登場と、あの首にキスという気障な行いのせいで、
一部の女性社員にウケてしまったらしく隠れファンなるものができたらしい。
『妻のピンチに颯爽と助けに現れたイケメンの夫』 だそうだ。

まったく……いつもなにもしないクセに女性の目を惹くのは相変わらずで、ちょっとムカッとくる。

旅行から帰って 『二度と社員旅行にはついて来るな!!』 と隼斗に文句を言えば、 
『終わりよければ全てよし、じゃん♪』 などとほざかれた。

一体どこをどうとれば “全てよし” なのか、ちゃんと私が納得できるように説明してもらいたいもんだ。

しばらくの間、会社で 『あの人が旦那さんとラブラブな新婚の水森さんよ』 と呼ばれることになった私が
どれだけ恥ずかしい思いをしたかいつか思い知らせてやる!!

と、心に決めたのだった。





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