「はあ? 出張?」
「そう。期限は明日から三日間ね」
「…………」
あれから二日経った夜、俺のほうを見もせずに旅行用のバックに着替えを詰め込みながらながら話す千夏。
未だに千夏は機嫌の悪いままだ。
「誰とだよ」
千夏ひとりなんてあるはずがない。
「は? 会社の人だけど?」
「んなことはわかってんだよ! 男と一緒なのか?」
「そりゃ男性社員もいるわよ」
「んあーー! 千夏! ハッキリと説明しろ!」
なにやらワザと遠まわしに言ってるような気がするんだよな。
「はあーー行くのは柚月先輩とよ」
「先輩と?」
「今、一緒のチームでプロジェクト進めてるから、その中で私と柚月先輩がイベント会場の下見に行くことになったのよ。それがなにか?」
かいつまんで話すと、千夏は俺から顔を逸らして荷造りをの続きを始めた。
「ふたりだけか?」
「そうだけど」
「…………」
別に柚月先輩とのことを疑ってるわけじゃない。
ただ、最近なにかと柚月先輩が絡んでる気がしてるだけだ。
「…………」
結局、あの日千夏がなんであんなに酔っぱらって不機嫌だったのか未だに理由がわかっていない。
「オイ……」
なにを話そうとしたのか聞こうとしたのか、千夏に声をかけてた。
なのに……
♪♪♪♪♪♪♪♪
「ん?」
「!」
タイミング悪く千夏の携帯が鳴った。
「はい」
返事をしながら部屋から出て行く。
なんだよ、別にここで話したっていいじゃねえか。
「……どうしました? 柚月先輩?」
「!?」
今、柚月先輩つったか?
ドアが閉まる瞬間に、聞こえてきた電話の相手の名前。
そりゃ一緒の出張だから、連絡取り合うこともあるかもしれんが……なんか気分が悪い。
ここ最近、柚月先輩柚月先輩って頻繁に名前を聞いてる気がするのは気のせいじゃないよな?
「……ふう」
「…………」
しばらくして、電話を終えた千夏が部屋に戻って来た。
「柚月先輩、なんだって?」
「ああ、別にたいしたことじゃないわよ」
「たいしたことじゃないなら言えるだろ? なんだって?」
「どうしたの? なんでそんなに気にするのよ」
「別に……」
「明日の集合場所の確認よ」
「俺が送ってってやるよ」
「え? いいわよ。タクシーで行くから」
これまたあっさりと、俺のほうを見もしないで言ってくる。
「なんでだよ。俺がいるのになんでタクシーで行くんだよ」
「だって、隼人だって仕事があるでしょ? 悪いからいいわよ」
「いいから! 俺が送ってやる」
「………」
お互い無言で見つめ合って、千夏が顔を逸らした。
……ったく、なんなんだっつーんだ!
「あれ? 隼人?」
「おはようございます」
「おはよう……って、なんでお前が?」
「暇だったんで」
「……ふうん〜」
「…………」
待ち合わせの駅前で待っていた柚月先輩は、最初は驚いた顔をしていたけれどなにかわかったような顔でニヤリと笑った。
「相変わらずだな」
「うるさいっすよ」
まさか柚月先輩が気になって、なんて言えるわけがない。
「いいって断ったんですけどね。なんだかここ最近ウザくって」
「はあ? ウザいってなんだよ! 嫁さんの心配してなにが悪いんだ!」
「はいはい。でもね、これは仕事なんだから余計な心配だっていうの」
「まあいいじゃないか。そんだけ大事にされてるってことだろう」
「どうでしょう?」
「はあ? なんだって?」
呆れ顔で俺を横目で見ながらそんなことを言う千夏を睨む。
俺が今、どれだけお前のことを考えてるかわかんねえのかよ!
「柚月先輩行きましょう。電車に乗り遅れますよ」
「ああ、そうだな。じゃあ隼人、ご苦労さん。気をつけて帰れよ」
「誰に言ってんですか。ガキじゃあるまいし、俺の運転技術知ってるでしょ」
「もう、なに拗ねてんのよ。じゃあ行ってくるから」
「帰りも駅に着く時間教えろよ。迎えに来るから」
「いいわよ。タクシーで帰るし」
「いいから! 連絡しろ!」
「はあ〜はいはい。わかりました」
「…………」
チラリと柚月先輩を見れば、今にも吹き出しそうな顔で俺達のやり取りを見ていた。
改札を通っていく二人の姿を見えなくなるまで見送っていた。
今まで、柚月先輩のことをこんなにも気にしたことなんてなかった俺。
気の合う先輩で、たまたま千夏と同じ会社に勤めてたから色々と協力してくれて感謝してたくらいだ。
なのに……考えてみたら高校時代からの付き合いで、俺のことも詳しく知る人物だったんだよな……なんて今更ながら気づいた。
千夏のことだって高校時代から知ってて、俺との関係だって他の奴等よりも知ってる。
そんなこともあって会社では親しくしてるっぽいし。
俺はその日、家に帰ってからも仕事に集中できず親父に何度も怒鳴られた。
仕舞いには体調が悪いのかと心配され、早めに上がれと言われる始末。
くそっ! 情けねえ。
結婚する何年も前から他の女となんてなにもなかったし、結婚してからは当然のことながら他所の女なんて目もくれなかった。
高校時代はそりゃ褒められたことじゃなかったが、千夏には結婚前に一応納得してもらえたはずだ。
じゃなきゃ俺と結婚なんてしてくれなかっただろう。
「…………」
まさか、柚月先輩のことを気にする日がこようとは思ってもみなかった。
俺以外に千夏に一番近い異性って、親父以外だと柚月先輩じゃなかろうか?
俺の過去を知ってて千夏に共感できて、昔から人当たりもよかった気がする。
女関係もこれといって変な話を聞いたこともなかったし、女から見たら今の柚月先輩はかなり理想の相手なんじゃないだろうか。
恋人としても、結婚相手としても。
浮気相手としても……か?
「んなワケねえって!」
千夏はすでに俺の嫁になってるわけだし、柚月先輩だって俺が千夏のことをどれだけ想ってるかなんてこれでもかってぐらい知ってるはずだし。
そんな千夏に手を出すなんてことあるわけがない。
でも……
──── 千夏から誘ったら?
「イヤイヤイヤ! んなこと、あるわけねえ!」
あの千夏が、そんな間違いを犯すわけがねえ!
『ああ……もう……隼斗は触んないで……』
「…………」
あの日、一体なにがあったんだ。
絶対、俺が絡んでんだよな。
くそっ! こんなことならサッサと柚月先輩に話聞いときゃよかった。
千夏……お前、俺に愛想尽かしてないよな?
柚月先輩のほうが……なんて思ってないよな?