keep it up!



04




千夏と柚月先輩のことが気なりつつも、結局あのあと何度かけても二人が携帯に出ることはなかった。
本当は泊ってるホテルに直接行きたかったが、今回どこのホテルに泊まってるのかオレは知らなかった。
なんだかんだで、聞きはぐったんだよな。
なにかあったら携帯にかければいいことだし、と思って。

「はあ〜なんなんだよ」

オレはいつも千夏と一緒に寝ているベッドに仰向けに倒れ込む。
両腕を伸ばして広げて、いつも千夏が寝ている右隣に目をやる。
いつも腕枕をしてる右腕が軽い。

あの晩、なにがあったんだろう?
それがわかれば千夏の態度も変わるんだろうか?

「オレに愛想尽かすほどのことがあったのか?」

自分としてはまったく心当たりがないんだがな。


日付が変わって少し経ったころ、千夏からLAINで連絡が来た。

──── 電話出れなくてゴメン。もう寝るから明日電話する

「…………ゴメン……ねぇ」

別に特に意味があるわけじゃないと思うのに、なぜか引っかかる。
柚月先輩が言った“悪い”も同じだ。
俺は一晩中まんじりともせず、朝を迎えた。



『おはよう。昨日はゴメン。バタバタしちゃって、私用の電話かける時間もなかったから』
「いや、仕事で行ってるんだから仕方ないだろ」

朝飯を食べ終わったころ、宣言どおり千夏から携帯に電話が入った。

『私は変わりないから。そっちは?』
「こっちも変わりない」
『そう……そろそろ仕事始める時間でしょ? 怪我しないように気をつけてね』
「おう」
『じゃあ、明日帰るから』
「ああ」
『あ……』
「ん?」
『今日も連絡できないかもしれない』
「……わかった。千夏こそ仕事頑張れよ」
『うん……じゃあね。お義父さん達にも宜しく言っといて』
「ああ、じゃあな。あ! 千夏」
『ん?』
「こっちに帰ってくる時間、ちゃんと教えろよ」
『……うん、わかった』

なんの音もしない携帯をボーっと見つめて、親父が仕事場に行く気配を感じて顔を上げた。
きっと仕事中は用のなさない携帯をリビングのテーブルの上に置いて、親父の少しあとから俺も仕事場に向かって歩き出した。



『今日の19時25分の電車で駅に着く』

千夏からの連絡で、オレは駅に向かって車を走らせていた。
千夏が言ったとおり、昨日はオレの携帯に千夏からの連絡は入らなかった。
そんな状況でオレがどれだけ我慢したか、自分で自分を褒めてやりたかったぜ。
普段でも、千夏の昼休みの時間には電話かLAINで連絡を取り合ってるのに、そのオレが千夏からの“連絡しない宣言”に頷いて、容認しちまった。
今から思うとなんて不甲斐ないんだと思うばかり。
最初は色々と考えて落ち込んでたオレだったが、もともとそんなウジウジとしたことは性に合わないんだよな。
昨日仕事を始めてからも頭の中を占めていたのは、千夏と柚月先輩のことだった。
でも、考えても考えても思うことはふたつ。
千夏と柚月先輩が浮気なんてしないという思いと、オレがひとりで考えても仕方のないことっていう思い。
そう思ったらウジウジ考えてるのが馬鹿らしくなって、そのあとからは仕事に集中した。
千夏が帰ってきたら本人に直接聞けばいいことだ。
真実がどうであれ、オレは千夏を手放す気はない。
他の男に気持ちがいったのなら、また自分に戻せばいいことだ。
オレはその努力を惜しまない。
20年ものオレの千夏への執着心をナメないでもらいたい。
そう気持ちを決めると、千夏の声を聞きたい気持ちがうずうずと湧き上がってくる。
ここはまず千夏が帰って来てからじっくりと話し合うと決めて、忍耐の二文字で一晩耐えきった。



駅に向かう途中、道路工事なんぞにつかまりいつもよりかなりの時間を要して駅に着いた。
駅から少し離れた場所に車を停めて降りた。

時間は電車が駅に着いてから15分ほど経っただろうか。
ホームからここまでの時間を考えれば、そんなに待たせてはいないんじゃないか。

「さすがに改札は出てるよな?」

パラパラと改札口から出てくる人を横目で見ながら千夏の姿を探す。
他の歩いてる人の邪魔にならないように端にでも避けてるのか?
立ち止まってクルリと辺りを見回す。

「!!」

視界に入るのは自分の身体をあずけるように柚月先輩に寄りかかる千夏と、そんな千夏の肩に手を置いて大事そうに肩を抱く柚月先輩。
しかも、俯いてる千夏の顔を覗きこむように身体を屈める。
一瞬で頭にカッと血がのぼった。

「千夏!」
「!?」
「隼人?」

額に手を当てて、俯いていた顔を上げて千夏が俺のほうを向いた。
柚月先輩は相変わらず千夏の肩を抱き寄せたまま、千夏の顔を覗きこもうとしてた顔を上げてオレの名前を呼んだ。
二人共俺が現れて驚いたようだった。
クソッ! ムカつく!

「柚月先輩、なにしてんですか!」
「え?」
「隼人!?」

走って2人の元に辿り着くと同時に千夏と柚月先輩を引き剥がす。

「ちょっと、なにすんのよ! 隼人!」
「なにすんのじゃねえ!」

千夏を自分の背中のうしろに隠すように押し込めて、腕を広げてこれ以上柚月先輩に近づかないように囲う。
そして千夏に回してた手を未だに中途半端に上げている先輩に視線を合わせて睨む。

「柚月先輩、千夏はオレの嫁ですから! 離婚もしないし、柚月先輩にも渡しませんから!」
「は?」
「それでもっていうなら、先輩とは今日限り縁切って全力で先輩を潰す!」
「ちょっ……なに言ってんの? 隼人!」
「千夏は黙ってろ! お前とは家に帰ってからゆっくり話し合うから」
「なにか言うことがあるなら聞きますけど?」
「…………はあ〜」

しばらくビックリした顔で俺を見ていた柚月先輩は、ポリポリと自分の頬をかくとゆっくりと息を吐いた。

「そうだな、言わせてもらえば……」
「…………」
「壮大な勘違いしてるから、お前」
「は?」

柚月先輩は呆れた顔で俺を見てた。

「俺と八神……お前の嫁さんとの間にはホントなにもない。お前も嫁さんから聞いてると思うけど、
今回はたまたま同じプロジェクトで動いてたから出張が一緒になっただけで、
俺達の他にあと女子社員1人と男性社員が1人が一緒だった。
だから俺とお前の嫁さんと2人っきりじゃなかったんだぞ。
あっちに着いてからは向こうの支社の担当の奴等もいたから、総勢6人で行動してたし」
「は? 他にも社員が?」
「嫁さんから聞いてねえの? ホテルの部屋も他の女子社員と2人で泊ったしな」
「!!」

オレはオレのうしろに隠した千夏を顔だけ振り返って見下ろした。
千夏はオレと視線が合うと、フン! という声が聞こえるようなソッポの向き方をして、口をちょっとだけ尖らせる。

「ちょっとはモヤモヤすればいいと思ったのよ。普段から付き合いのある柚月先輩と2人っきりって思えば少しは気になるかと思って」
「千夏〜〜」
「隼人、色々話もあるだろうけど、帰ってゆっくり話せ。結構強行スケジュールだったから、嫁さん疲れてるみたいだし」
「?」
「さっき倒れそうだったんだよ。だから俺が支えてた」
「そうなのか? 千夏」
「んーちょっとフラッとしただけよ」
「顔が真っ青だぞ」
「大丈夫だっ……きゃあ! ちょっ……隼人!?」

顔色が悪く、微かにフラついてる千夏を横抱きで抱き上げた。
所謂、お姫様抱っこだ。
急に抱き上げたから千夏が焦ってオレの首に両腕でしがみつく。

「隼人! なにすんのよ!」
「いいから、大人しくしてろ」
「ちょっと、恥ずかしいじゃない! 下ろして」
「大人しくしねえと強制的に黙らせんぞ」
「…………」

どうやって強制的に黙らせられるのか察したらしく、千夏は口を不服ながら閉じた。
勿論、強制的に黙らせる方法は“オレの口で千夏の口を塞ぐ”だ。

「柚月先輩、悪いんですけど千夏の荷物持ってきてもらえます? 車、すぐそこに停めてあるんで」
「ああ」

オレは言いながら、すでに車に向かって歩き出していた。

送っていくと言ったのに先輩には断られてしまった。
自分の家に寄ると余計時間がかかるだろうからと。
仕方なく先輩とはその場で別れた。

「家に帰ったら、じっくりと話してもらうからな」
「……別に話すことなんてないんだけど」
「そんなわけねえだろ。着いたら起こしてやるから少し寝ろ」
「大丈夫だって……あ! あそこのドラックストアに寄ってくれる?」
「ドラックストアって……やっぱ調子悪いんじゃねえか!」
「違うって。いいから、寄ってよ」

未だに機嫌の悪そうな千夏。
気分が悪そうではないらしいから、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。
顔色もさっきよりは赤みが差してきた気もするし。

ドラックストアの駐車場に車を停めてエンジンを止める。
シートベルトを外しながら助手席に座る千夏に話しかける。

「なに買ってくればいいんだ?」
「え? いいわよ。自分で行くし」
「いいから。また具合が悪くなったら困るだろ。オレが行ってくる」
「いいって。そんなに気をつかわなくても」
「いいって。千夏は車で待ってろ」
「…………」
「で? なに買ってくればいいんだ? 薬か? お菓子か? 飲物か?」

疲れてるんなら栄養ドリンクか甘いものか?
なんて考えてたオレの思考を大きく上回る答えが返ってきた。

「妊娠検査薬」
「ん、妊娠検査薬だな。……………………ん? 妊娠……検査薬?」

千夏の言葉を繰り返しながら運転席から出ようとしてた身体を千夏に向き直す。

「千……夏? それって……」
「いいから早く買ってきなさいよ! 別に自分で買ってきてもいいんだけど?」

千夏は窓の外に向けていた顔をブンっとオレのほうに振り向くと、キッと俺を睨む。

「うえ! いや、オレが行く! オレが買って……くるから、千夏は大人しく車で待ってろ!」

オレは慌てて車から降りると、即行で店の入り口に駆け足で向かう。
自動で開くドアの遅さにヤキモキしながら、目的の物があるであろう売り場を目指して駆け出した。





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