「…………」
「…………」
言われたとおり妊娠検査薬を買って車に戻った。
妊娠検査薬ってことは……アレだよな?
そういうことだよな?
マジか? マジなのか?
肝心の千夏はオレが買ってきた妊娠検査薬を受け取ってもなにも言わない。
おいおい! オレになにか言うことがあるだろう?
「千夏」
「なに」
「それが必要ってことはだな……」
「家に帰ってから話すわ」
「え!? あ……えっと……その……あのだな……」
「こんなんじゃゆっくり話ができないでしょ。家に着いてからだってば」
「あ〜そ、そうだな……よし! そうしよう!」
あまりの動揺で、自分でもなに言ってんだかワケがわからん。
とにかく! もしかして千夏が妊娠してるかもしれないということはわかった。
家に着いて親父達に迎えられる。
少し話をして疲れているからと早々に話を切り上げて、オレ達の部屋のある2階に上がった。
簡単に荷物を整理してお互いソファに座る。
「あっと……なにか飲むか?」
「うん……」
いつになくソワソワとしながら、ミニキッチンにある冷蔵庫から千夏がいつも飲んでるお茶のペットボトルを引っ張り出す。
それをコップに注いで千夏に渡した。
結婚したときに2階を少しリホームした。
お互いの部屋をぶち抜いてひとつの部屋にしてリビングと寝室を作った。
そのとき小さなキッチンも作っておいた。
千夏に飲物を渡して隣に腰かけて、千夏が飲物を飲み終わるのを待った。
コクコクと飲み物を飲む千夏を見ながら、オレは内心落ち着かない。
千夏が落ち着てるのがちょっとだけイラッとしたけど、そこはグッと堪える。
「はあ〜美味しい」
「千夏!」
「なによ」
「話よりも先に確かめたいこともあるが、まずはここ最近のお前のことを聞こうか? あの日、なにがあったんだよ」
「あの日?」
「酔って柚月先輩に送ってきてもらった日だよ。あの日の朝はなんともなかったってことは、仕事中か仕事が終わったあとだろ」
「…………」
千夏は少し考えるように自分の膝の上にある手をジッと見つめていたが「はあっ」と短く息を吐くと顔を上げた。
「たしかにあの日、私にとって嫌なことがあったわ。それがどんなことだったかは隼人に話すつもりはないけど」
「は?」
「とにかくそのことで隼人に少しでも仕返しできればと思って、ワザと柚月先輩の名前を出してたの」
「つうことは、その嫌なことってのはどう考えてもオレに関係してることなんだな」
「さあ?」
「じゃあ、仕返しのために柚月先輩となにかあるみたいに装ってただけで、実際はなにもなかったってことだよな?」
「さあ〜どうかしら?」
「はあ!?」
「柚月先輩は昔からいい人だったし、今も色々公私共々お世話になってるしね」
「千夏!?」
オレは千夏のほうに身体を向けて、千夏の二の腕を両手で掴んで自分のほうに向かせた。
「お前……ホントに……」
「はあ〜〜んなわけないでしょ」
焦るオレを見て、千夏が呆れたように溜息をつく。
「!?」
「たまたま柚月先輩は事情を知ってたから協力してもらっただけ。協力なんて大層なもんじゃないけど、結構調子を合わせてくれたかな」
「ああ、いい具合にオレの猜疑心を煽ってくれたよ」
なまじ柚月先輩ってところが信憑性があって、余計気が気じゃなかった。
「少しはモヤモヤしてくれた?」
「少しどころじゃない。聞いただろ? 柚月先輩に向かって俺が言ったこと」
「ふふ、そうね。見当違いなこと言ってたよね。っていうことは、成功したってことかな?」
「満足かよ?」
「そうね〜多少気は晴れたかな」
「…………なあ」
「ん?」
「だったら、次は……早く調べてこいよ」
「そうね。もしかして、もしかするかも」
「マジか!?」
「ふふ♪」
千夏がドラックストアの袋からさっき買った妊娠検査薬を取り出して部屋を出て行った。
俺はソファから立ち上がって、腕を組んで部屋の中をウロウロと歩き回る。
トイレの前まで行きたい衝動をグッと堪える。
しばらくしてドアが開いて千夏が入ってきた。
「!!」
俺は慌てて千夏の傍に駆け寄った。
「どどどど、どうだった? デキてたか? ん?」
「ちょっと、近いって!」
千夏の肩を掴んで顔を覗きこむ。
「どうなんだよ!」
「ん! 陽性反応」
「へ? あー……ってことは?」
「オメデタってこと。隼人、あんた父親になるのよ」
「……ふぉえ……」
「え? なに、その声?」
聞き間違いじゃないよな?
ちゃんとオメデタって言ってたよな?
「明日ちゃんと医者に行って診てもらうから、お義父さん達にはハッキリしてから話すからね」
「あ……ああ、ああ、そうだな……ちゃんとハッキリしてからのほうがいいな、うん。って、違うってこともありえるのか!?」
「多分間違いないと思うけど、ちゃんと調べないとね」
「いやいやいやいや、大丈夫だろ? オレ、頑張ったし」
「頑張ったのって関係ないでしょ」
「そっかぁ〜そっかぁ〜ついにデキたか〜」
「当分は禁酒ね。あ! 隼人も私の前でタバコ吸わないでよ。どうしてもっていうなら家の外で吸って」
「わかったよ。これから気をつける」
「さて、私はシャワー浴びてこようっと」
「千夏! お前身体は大丈夫なのか? さっき具合悪くなってただろ?」
「今はもう大丈夫よ。きっと疲れてたんだと思う」
「これからは無理すんなよ。あ! 明日かっら会社の送り迎えしてやろうか」
「やめて。大丈夫だから」
「つってもな〜産まれるまで心配だな」
「私もこれからは気をつけるし、辛かったらすぐ隼人に言うから」
「絶対だぞ」
「はい、はい」
「千夏」
「!?」
シャワーを浴びに1
階
に行こうとした千夏を呼び止めて手首を掴む。
そのままソファに座ってる自分のほうに引き寄せて、膝の上に座らせた。
「ちょっと、恥ずかしんですけど?」
「いいから、いいから♪」
「もう……」
「千夏……チュッ♪ チュッ♪」
千夏を抱きかかえながら、軽く触れるだけのキスを繰り返す。
「なんで千夏を不安にさせたのかわかんねえけど、きっとオレが原因なんだよな。ごめんな? 千夏にそんな思いさせて」
「…………」
千夏の頭を撫でながら、オレのことをジッと見つめる千夏の瞳を見つめ返す。
ここ数年、自分で言うのもなんだか千夏を不安にさせるようなことはしていないはず。
ということは、どういう経緯かわからないが、もしかしたら昔のオレのコトでなにかあったのかもしれないとも思う。
「でも、もうそんな思いはさせないって約束する。何度も言うけど、オレには千夏だけだ。
ガキのころは千夏にいやな思いも不安な思いもさせたかもしれねえけど、もうそんなことは二度とないって約束する」
「隼人……」
「千夏」
ふふふ……と、千夏が俺のおでこに自分のおでこをくっ付けて笑う。
オレもくっ付いている千夏のおでこに自分のおでこをグリグリと擦り付けてアハハと笑う。
明日オレ達が願っている答えが出るといいな、と千夏を抱きしめながら思った。
次の日、2人で病院に行って千夏の妊娠がわかると、オレは“よっしゃーぁぁぁ!!”と、握り拳を天高く突き上げた。
さっそく親父達に報告して、夜には家族みんなで祝った。
もちろん、千夏の飲み物はお気に入りのお茶だった。
「ふう〜てんけんおわり! いじょうなし! おとうさん、おわった」
一丁前におでこの汗を拭うように、手の甲で擦る仕草をする。
ああ〜子供用の軍手に付いた汚れがおでこにくっ付くって。
自分の仕事もしながら、そんな様子を見て顔が綻ぶ。
「おう、異常なしか」
「うん。ブレーキもペダルもタイヤもだいじょうぶだった。あ! くうきもちゃんとはいってた」
「補助輪は弛んでなかったか?」
「うん、どこもガクガクいってなかった」
「ベルは?」
「うん、ちゃんとなるよ」
そう言ってハンドルについてるベルをチリンチリンと鳴らす。
「よし! ご苦労さん」
「うん!」
お互いにニカッと笑いあう。
「
倖斗
、自分の自転車のメンテナンスか?」
別の場所で仕事をしていた親父が、これまたニカニカしながら俺オレ達のところにやってきた。
「めん…? おとうさんが、じぶんのじてんしゃはじぶんでかんりしろって」
「倖斗は大きくなったらうちの仕事継いでくれるんだろう? だったら今のうちから色々な乗り物の仕組みをわかってないとな」
「うちじゃ自転車は扱ってねえじゃねえか」
尤もな言葉だが、さすがに車の修理を手伝わせるわけにはいかないから丁度いいんだって。
「修理工の息子が自転車のひとつも直せないなんて情けねえじゃん」
あれから5年。
生まれた子供は男の子で、現在4歳の幼稚園児だ。
名前は
倖斗
。
大きな病気もせずに、毎日元気に過ごしてる。
小さなころからオレと親父の仕事を見ていたせいか、自然と仕事に興味を持ったらしい。
最終的にどうなるかわからんが、今は興味があるようだから危なくない場所で色々経験させている。
手ごろなところでまずは自分の乗ってる自転車からだ。
この仕事に就かなくても、自分で車のタイヤくらいは簡単に取り換えられるようにはさせようとは思ってるが。
「倖斗、終わった?」
「あ! おかあさん、おわったよ〜♪」
仕事場の住居スペースに繋がるドアから千夏がひょっこりと顔を出すと、母親大好きな倖斗はニッコリ満面の笑みで千夏のところに駆けていく。
「変なところはなかった?」
「だいじょうぶ〜。だって、おれがちゃんとしらべてるんだから」
「そうだね。倖斗はちゃんと自分の自転車、管理できてるんだもんね」
「うん♪」
「エライ、エライ♪」
「へへ♪」
褒められ、頭を何度も撫でられさらに顔が綻ぶ倖斗。
撫でてる千夏もかなり顔の筋肉が緩んでる。
にっこにこ♪ だな。
「じゃあ手を洗って。約束してるんでしょ?」
「あ! そうだ! ゆみんところにあそびにいくってやくそくしてたんだ!」
「ゆみじゃなくて、ゆみちゃんでしょ」
「いいの! ゆみはゆみなんだから!」
軍手を外しながら、手を洗うために住居スペースに繋がるドアの向こうに入っていく。
“ゆみちゃん”とは3軒離れた家に住む倖斗と同じ4歳になる女の子だ。
うちと同じ親と同居の二世帯家族で同居してる長女夫婦の子供だ。
親は昔からそこに住んでるからうちとも付き合いは長いし、オレと千夏のことも子供のころから知ってる。
長女は少し年下だったが小学校のころは同じ通学班だった。
だから倖斗のことも他の子供達より親しく付き合ってると思う。
しかも、どうやら倖斗はゆみちゃんが好きらしいんだよな。
子供のくせにけっこうマジで惚れこんでるみたいだ。
今日も無理矢理なのかいつものことなのか、約束したからとウキウキしながら出かける準備をしてるんだろう。
そんな倖斗を見送りながら千夏が「もう……」とボヤいた。
「ん?」
「なんか、誰かを彷彿とさせて怖いんだけど」
なにか言いたげに半目で俺を見る。
「は?」
「なんかね、“ご近所のお友達の女の子”って域を超えてる感じなのよね。倖斗のお気に入りぶりが」
「そうか? ゆみちゃん、かわいいしな。だからじゃねえの?」
倖斗の周りにいる女の子の中じゃ一番可愛い顔だと思う。
「だといいんだけどね。はあ〜〜」
「?」
なんだかやけに深刻な溜息をもらして頭をフルフルと振っている。
「まだ4歳のガキの“好き”だろ? 心配することねえって」
「はあ? あんたがソレを言う? 自分の過去を振り返ってみなさいよ! それでもそんなこと言うの?」
「オレは特別だろ? 自分にとって運命の相手と出会ったんだから」
「倖斗だって……わからないじゃない」
最後のほうはボソボソと呟いてた。
「それならそれでいいじゃんか。ひとりの女をずっと一途に思い続けて、最後にはちゃんと嫁にしてハッピーエンドだろ?」
「もしそうなら“ちゃんとした意味”で、一途を貫きとおさせるわ!!」
「なんだ、その“ちゃんとした意味”ってのは?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみなさいよ!」
キッ! と睨まれた。
まあ、オレも千夏の言わんとするところはわかるが、気持ちの部分では本当に千夏一筋だったんだぞ。
「男の子だから、ちょっと覚悟はしてたんだけどね。父親が父親だし」
随分な言いぐさじゃねえかよ。
「でも、女の子だとどうなるのかな? 未知の世界だわ」
「は?」
「次はどっちかはまだわかんないけどね〜」
「へ?」
千夏の言ってることがわかるようで、イマイチわからない。
「ふふ♪ 3ヶ月だって。年内には家族がもう1人増えるわよ」
「はああああ!?」
「驚いた?」
「マ、マ、マジか?」
ニコニコと笑う千夏を見て確信に変わる。
いつの間に医者に行ったんだよ。
一緒に行ってやったのに。
「マジよ♪」
「ヤッホーーーー♪ やったな! 千夏!」
「きゃあ! ちょっ……隼人!」
千夏の脇の下に手を入れて抱き上げる。
そのままクルクルと一緒に回った。
そんなオレ達に驚いた親父と、作業場に繋がるドアから倖斗と知子さんが顔を出した。
軍手をしたまま抱き上げたから服が汚れるとか千夏は喚いていたけどオレはそんなことはサラッとスルーして、
不思議そうな顔をしてる親父達にもうすぐ家族が増えることを伝えた。
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