『昨夜の記憶がないんだよね。朝、目が覚めたら自分ちでさ〜どうやって帰ったんだか』
なんていう話をときどき聞いて、私は信じられない気持ちになる。
お酒をほとんど飲めないからかもしれないが(ビールコップ半分が限界)、どうしてそんなことができるのか、
不思議で不思議でしょうがない。
怖くないんだろうか?と、いつも思う。
意識がないなんて、どんな災難や犯罪に遭遇するか心配じゃないんだろうか?
特に女の人なんて、そのままホテルに連れ込まれ好き勝手されてしまう可能性だってないとは言いきれない。
よく目が覚めたら裸で、見知らぬ男とベッドの中なんて聞いたりする。
(小説とかだけど。)
それこそ信じられないことだけど、一緒に飲んでる人がいるからと安心してそこまで泥酔できるのか?
私はお酒が好きではないからか、酔っぱらいが嫌いである。
もし、一緒にでかけた人がそんなふうになり、自分が面倒をみなければいけなくなったら、迷惑としかいいようがない。
放って帰りたい心境だ。
もしそんな場面に遭遇したら、交番に届けて帰るだろう。
いくら職場の人でも、関わりたくないし、万が一相手の家がわからなかったらどうすればいいのか?
まかさ路上に置いて帰るわけにもいかないし、だからって自分の家に連れて帰るなんて勘弁してほしい。
同性ならまだしも、男だったらと思うと不快感は計り知れない。
どこかのホテルという手もあるけれど、ラブホテルなんて入ったあかつきには、どんな噂がたつかわからない。
ビジネスホテルなんて、なんで私が自業自得の酔っぱらい相手に、チェックインなどと手間をかけてやらねばいけないのか。
とまあ色々グダグダ言ったけど、今のところそんな目には遭っていない。
──── はずだった。
「…………んー」
目が覚めて、ベッドの中で伸びをした。
すると、後ろからスルリとなにかが伸びてきて、腰に絡んだ。
「うわっ!な、なに?」
ぎょっとして、肩越しに振り向くと……。
「おはよう、調子はどうだ」
「ひっ!」
すぐ近くに、見知った男の顔。
なんでこの男がここに?
ということは、さっき私の腰に回されたものは……この男の腕?
「な、な、な、な……」
パクパクと動く口は、“な” しか発してない。
「昨夜は飲みすぎだって。親切なオレがいてよかったな♪」
「よかったなって……ハッ!」
ふと見れば、何もまとっていない素っ裸の自分の身体。
下半身もそうらしい。
一気にパニック!
「きゃあああああああぁぁぁぁ!ふぐっ!」
「うるさいな、朝から騒ぐなよ」
素早く、大きな手のひらで口を塞がれた。
自分の背中や身体に触れる感じから、相手も一糸纏わぬ姿なんだとわかる。
そんな状態なのに、口を塞がれた手にドキンとしちゃうなんて……。
手のひらよりも、他のことにドキンとしなさいよ!自分っ!
「ふうぅ!ううっっ!」
言ってる言葉が、何ひとつ人語になってない。
「おとなしくするか?するなら放してやるけど」
「んんっ!」
コクコクと頷いた。
「はぁ〜」
やっとまともに息ができる。
「ん♪」
口から離れた手が、そのまま顎に触れて顔を彼のほうに向かされると、彼の唇が私の唇にチュッと触れた。
「んなっ!」
「なんだ、その声」
「な、なんてことするんですか!」
「なんで?なに?やっぱ昨夜のこと覚えてないのか」
「ゆ、昨夜?」
「ああ」
言われて黙り込んで、昨夜のことを思い出す。
「…………」
──── ダメだ……いくら考えても、まったく思い出せない!?
いやあーーーー!!嘘っ!嘘よっ!!!昨夜の記憶がないなんて!
正確には、居酒屋の途中から記憶がない!!
ヤダっ!!自分で呆れてたじゃない。
飲んで記憶がなくなるなんて……どんな災難や、犯罪に遭遇するかわからないって。
そんな失態を犯す人を、軽蔑してたのに!まさか自分がそんな人間になるなんて!
「やっぱ憶えてないか?」
頭を抱えて、悶絶してたらそんな言葉をかけられた。
視線をあげて彼の顔を見ると、“仕方ないな〜” って顔。
「なら、いいモノ見せてやる」
「は?」
私の腰に腕を回したまま、もう片方の腕をベッド脇の床に伸ばして、ガサゴソと何かを探してる。
「ちょっと……」
その間、私に覆い被さる形になった彼の裸の胸やら首筋やらが、私の目の前を塞ぐ。
着く!ハナに彼の素肌がくっつくってば!!
「……っと」
「なんですか?デジカメ?」
「そう」
やっと戻って来た彼の手の中に、小型のデジカメが握られてた。
チラリと周りを見渡せば、ここはホテルなんかじゃなくて、彼の部屋だったらしい。
「来月からあっちに行くじゃん。その前に、色々撮っておこうかと思って買ったんだ。向こうで寂しくならないように」
「…………」
そうだ……来月早々に、彼は別の支社に転勤だった。
簡単に行き来できない遠い場所。
昨夜はそんな彼の送別会も兼ねて、仲のいい人達で飲んでたんだっけ。
「なにを撮るつもりなんですか」
まあ、聞かなくてもわかるけど。
「え?お前が思ってること」
「はあ……」
ニヤリと笑う彼。
撮るのは彼女か……だよね。
タダでさえ、なかなか会えない同士らしいし。
彼には、大学時代から付き合ってる彼女がいる。
私がこの会社に入ってすぐに、新入社員の歓迎会と称した飲み会で、同じ課の先輩が言っていた。
それなりに有名な会社に勤めてて、かなりの美人さんらしい。
仕事もできて、今は遠距離恋愛中だそうだ。
そんな2人の仲のいいお付き合いは、課内では当たり前になっているのか、誰も彼の恋愛関係の話しなんて
しなかったから、私は彼に付き合ってる人がいることを知らなかった。
だからその話を聞いたとき、私はかなりショックを受けたことを憶えている。
恋人がいるかもしれないと思いつつも、実は密かに彼に恋心なるものを抱えていたから。
同じ会社の人じゃないから、付き合ってる人がいる素振りなんて感じなくて、半ば安心していたところもある。
だからって、彼がフリーだとなんで思ったのか。
そのことを、本人に確める勇気がなかったのは自分だ。
一目惚れに近い始まりだったけれど、さりげなく同僚や後輩に手をさし伸ばして面倒見がいいところにも惹かれたし、
他人とも角を立てずに付き合っていけるところにも惹かれた。
彼は “神都 健一” (kamizu kenichi) 私の3つ上の先輩で、入社当事から彼の補佐的なことをしてきた。
何事もオールマイティにこなす彼。
仕事も手を抜くこともなく、上司の評価も高い。
彼女がいるというのに、遠距離恋愛だからと言い寄ってくる女性社員もチラホラ見かけたけれど、それもうまくかわしていた。
浮気なんてするつもりないのだろう。
離れていても、きっと彼女とはうまくいっている証拠だと思っていた。
だから自分の気持ちをひた隠し、仕事だけの繋がりの聞き分けのいい後輩として接してきた。
でも、今回の異動を機に彼のことは忘れようと決めていた。
なのに……どうして?最後の最後でなんでこの状態?
お互い裸ってことは……やっぱり……その……一線を越えてしまったってこと?よね。
身体に残る疲労感も、意識して気にしないようにしてるけど、痛いような……熱を持ってるような “アソコ” の違和感。
近くにあるゴミ箱には、普通より多めなティッシュなんかもチラリと視界に入る。
彼が花粉症とか、風邪をひいてるとも思えないし……やっぱりそういうコト……よね?
確かに久しぶり(実は数年ぶり……)だからもしかしてとは思ったけど、目の前に数々の “イタシタ” 証拠が目に入って撃沈するしかない。
「あ……あの」
「ん?」
片手でデジカメを操作してる彼は、私のほうを見ずに返事だけした。
「今回のことは……」
酔った勢いだし、彼には彼女がいる。
彼女に申し訳ない気持ちと、自分には情けない気持ちが一杯だったから、 “忘れてください” と言おうと思ったのに……。
「お!しっかり撮れてるぞ」
「は?」
そう言ってデジカメの液晶画面を私の目の前に差し出すと、画面の中には見慣れた顔がいつも以上に間抜けな顔で映っていた。
酔っ払ってるせいで顔が真っ赤だし、目もトロンとしてる。
そして、呂律の回ってない口調。
背景はこの部屋の、隣続きのリビングらしい。
どう見ても、そこに映し出されてるのは自分だ。
『あーー、らに撮ってるんれすかぁ〜』
『んー向こうに行っても、寂しくないためのお守り……かな』
『お守りぃ?』
『そうだよ。ほら、游子(yuuko)こっち向いて笑ってみ』
え?名前呼び?どうして??
『え〜〜、んっとぉ〜〜えへへ♪』
「なっ!!」
なんてアホ面!?真っ赤な顔でデレっとして、なんとも情けない顔してるよ、私!
「くすっ、可愛いよな♪」
「はあ?」
耳元で囁かれた。
ちょっと神都さん!?これの一体ドコがっ!?ドコが可愛いですって?
肩越しに振り返った彼の顔は、気持ち悪いほどにニコニコしていた。
なんで??
なんて不思議に思いつつも、私の痴態はまだまだ続く。
『神都さぁ〜ん』
『ん?』
彼の返事のあと、画面がズームされ私の顔がドアップになった。
うわっ!お酒のせいで目が潤んじゃってる!!
『游子、その顔反則だって。可愛すぎで理性が飛ぶだろ。ったく、他の男の前でそんな顔見せんなよ、
ってかここまで酔うの禁止だからな』
『だってぇ〜〜神都さんがいなくなっちゃうのぉ寂しいんだも〜ん』
何が “も〜ん” だ!私!恥ずかしすぎるっっ!でも情けないことに、全然憶えてないっ!!
「酔ったせいで素直だよな〜」
「い……いえ……酔っ払いの戯言です!本心じゃありませ『神都さぁん、キスしてぇ〜』」
うぎゃっ!!言ってる途中でとんでもない発言が飛び出してるじゃん!!一体なんてこと言い出してるっっ!!
『いいよ、おいで』
『わぁい♪』
“わあい♪” じゃないって!!もう、あなたってば昨夜は一体なにしてくれちゃったのかしらっ!!
今までリビングに置かれてるテーブルを挟んで、お互い向かい合って座っていたらしいのに、
彼の “おいで” の言葉に私はイスを立って彼のほうに移動した。
そしてどう見ても、彼の膝の上に横向きで座ってるとしか思えない位置で、両腕を彼の首に回して絡めた。
画面の向きが、お互いちゃんと映るように持ち替えられる。
『神都さぁん♪ ん〜〜〜〜』
『游子』
私が目を瞑り、唇を尖らせて彼が近づくのを待ってる。
そんな私に、デジカメを持ちながら彼が近づいてきた。
「きゃああああああああ!!!とっ、止めて!!ストップ!!」
これ以上見たくないっっ!!ホント、なにしでかしてくれてるのよーーー!!バカバカっ!!
デジカメに手を伸ばそうとしたら、腰に回されてた腕が私の両腕を巻き込むように抱えなおしてガッシリと身体を拘束された。
「う″っ!!」
『ちゅっ♪』
軽いリップ音が聞こえて、触れるだけのキス。
『游子』
『あん』
そのあと、何度も同じように軽いリップ音をさせながら、2人の唇が着いたり離れたり……。
ちょっと!あなた達!何回キスしてるのよーーー!!
「なっ!?」
『はふぅ……んっ……神……都……さ……んんっ……』
いつの間にか、軽い触れるだけのキスが、お互いの舌を絡ませる激しいキスに変わってる!
「か、か、神都さんっ!!」
「ん?なんだ、もしかしてその気になったのか?同じことしてほしい?」
ニヤッと笑って、顔を覗きこまれた。
「なにふざけたこと言ってるんですかっ!!神都さん、私になにをしたんですかっ!」
「え?なにが」
「酔っただけで、こんなふうになるなんておかしいです!!なにか飲ませたんじゃないんですか?」
「なにを飲ませたって言うんだよ」
「び……媚薬……とか?」
最後のほうは、ボソボソと呟くように声が小さくなる。
「はあ?なにそれ?そんなの飲ませてないよ、酔ってるだけ」
「酔ってるだけで、こんなふうになったりしませんよっ!他に何かしたんじゃないんですか?」
「他に?んーーーーああ!」
「な、なんですか?」
「好き、って言ったな」
「へ?」
「だから、好きって」
「だ……誰がですが?」
もしかして、私……酔った勢いで告白しちゃった?
「オレが游子を」
「え?…………え″え″っーーーーー!?」
「いや、そんなに驚かれるとちょっと傷付くんだけど」
「だだだだ、だって……『あんっ』」
あなた彼女いるじゃない!?と言おうとしたとき、自分の甘ったるい声でハッと思った。
デジカメの画面を見るとやっとキスが終わって、神都さんの首に引っ付いてる私の首に、神都さんが顔をうずめてるところだった。
「ひゃああああああーーーー!!うそ!」
なにハニかんだ顔してんのよ!この人!!って私じゃんっ!!
『……ふぁ』
仰け反った喉に、神都さんの舌が這うのが見えた。
「ちょっ……もう神都さん!なにやってるんですかっっ!!」
「なにって、游子に欲情してる」
「はあ?」
『ダメだ……我慢の限界』
『あ……』
画面の中の神都さんが、私を抱きかかえたまま立ち上がった。
すごい、片腕抱っこ!って気にするところが違うってば!!!
『んっ……』
どうやら移動してるらしく、画面がグルンとひっくり返って、逆さまの映像が前後に揺れる。
布の擦れる音と、キシリと軋む音。
画面に映し出されたのは、ちょっとシワのよった布団……今、自分が寝てるベッドの布団と同じことに気付く。
どうやらデジカメは、ベッドの上に置かれたらしい。
幸いなことに、私達を映すことはなく、声と周りの音だけが聞えてる。
これ以上の痴態を映さなくてすんだと、ホッとしたのも束の間……耳を疑う声と音が聞えて来た。
『ん……』
『ちゅっ』 とか、『くちゅ』 とか、『はぁはぁ』とか、短い息遣いと、その他もろもろの恥ずかしい音が続く。
画面に写ってないからとホッとしていたけど、これはこれでなかなか恥ずかしい。
自分の声に色々想像してしまっている……なのに、これもまたまったく記憶にないのはなんとも情けない。
『游子……』
『神都……さぁん……んん……あんっ』
カサカサと布の掠れる音がさらに聞えてきて “パサリ” なんて音も聞えてきた。
どちらの服かわからないけれど、脱いだ服がベッドの下に落ちた音らしい。
ってことは……。
「音だけってのもなかなかソソるもんだな。オレは今どんなふうだかわかるけど、この辺りのこと憶えてるの?」
「へっ!?あ……」
画面を食い入るように見てた私は神都さんの言葉に気づいて、憶えていないとブンブンと首を振る。
「そう。このときの游子は、自分の指を軽く噛んで声を我慢してた」
「なっ!」
「顔真っ赤でハフハフ息してて、ホント可愛かったよ〜」
「!!」
なっ……ちょっと!おかしい!!おかしいでしょ?なにニマニマ笑うかな?
彼女はどうしたんですか?彼女に悪いとか思わないの?
それに私も、彼女のいる相手に好きとか言われて舞い上がってどうするのよ!
身体だけだって!気づいて!!私!!
『……游子……ん……』
『あんっ……神都さん……そこ……だめぇ……あっ!あっ!』
「■○▲×◇*●□△〜〜〜!!」
映像がナイ分、声だけで脳内再生するしかなくて、自分の声がこんなにも破壊力があるなんて思いもしなくて……。
もう、声もなくパクパクと口を動かすだけの私。
いやーーー!!恥ずかしい!!
「游子ってかなり感じやすい身体してるよな。ああ、酔ってたからか?」
耳元のすぐ近くでそんな声を聞いてハタと気づく。
そうよ、今のこの状況……お互い裸でしかも私は未だに彼の腕に拘束されてて、私の背中に彼の胸が当たってる。
素肌が触れてる感触がリアルで心臓に悪い。
私の顔のすぐ横で彼がデジカメの画面を見てるんじゃない。
これって……この状態はマズイのでは??
「ん?」
「!!」
横目で神都さんを盗み見してたら目が合った。
目が合ってニマっと笑われて、ちゅっ♪ っと頬にキスされた。
「か、神都さん!!」
「ほら、夕べのこと憶えてないんだろう?しっかり見てろ」
「見てろって……こんな恥ずかしいモノ、直視できるわけないじゃないですか!!
もう、止めてください!!いやらしいです!プライバシーの侵害ですっ!!」
「えー、2人の記念だし」
「どこがですか!?こんな記念いりま……『はうっ!!ああ……大っき……あんっ!』」
「ぶっ!!げほっ!!ごほっ!!」
「あれ?大丈夫か、游子」
「ちょっ……ケホッ……」
な、なに言ってるのーーーー?!思わず唾が気管に入っちゃったじゃないよっ!!
お願いだから、これ以上恥ずかしいこと言わないで!
『お前が狭いの。初めてってわけじゃないだろ?もしかして……っ……久し…ぶりなのか?』
『んっ……う…ん……』
そんな質問に、正直に頷かなくていいってば!!
確かに、久しぶりだけど。
そんな会話の間も、布の擦れる音とベッドがキシキシと軋む音がリズムカルに聞こえてるのが余計恥ずかしい。
どんなコトを致してしるのかまるわかりじゃない!!
なに?この羞恥プレイ!!
『ひゃあ!あっあっ……やあ!』
彼は平然とデジカメの画面を見てる。
私は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
それからしばらくして、私の声はだんだんとアラレもない声になっていく。
ベッドの軋みも激しくなって、置いてあるデジカメの画面までもがグラグラと揺れだした。
『ハッ……游子…』
『神都さ……ああっ……』
いやいやいやいや……ちょっと、耳塞ぎたい!
「か、神都さん!」
「ゾクゾクするな、游子」
また耳元で囁かれて、身体がピクンと跳ねた。
「まだ思いださない?」
心臓をバクバクさせながら、小刻みに何度も頷いた。
「ふーん……あんなに情熱的に愛し合ったのになぁ……おかしいな」
と言われても憶えてないものは仕方ない。
「足りなかったのか……ん?游子」
「し、知りませんっ!」
本当に知らないってば!
どうでもいいけど、この体勢をいい加減にやめて……。
『ふぁっ!あっあっあっ……やあっ……神都さ……イっちゃう』
『くっ……イケ……游子』
『やあ……神都さんも……あんっ!い、一緒に……』
『ああ……』
「!!!!!!!」
「積極的だな、游子」
もう、全身から嫌な汗が噴出してないかしら??
「わ、私じゃありません…な、なにかの間違いです……人違いです」
「へえ〜じゃあ今ここにいるのは誰かな?」
「だって……」
本当にあのあと、一体なにがあったの?
なにがあればこんなコトに?
神都さんは私に 『好きだと言った』 と言っていた。
そもそも、それがわからない。
いくら酔ってたとはいえ、彼女もちの相手から言われて、あんなにもハメを外すほど舞い上がるかしら?
やっぱり、なくなってる記憶がネックなんだろう。
「!」
『はぁはぁ……』
2人の乱れた息が聞こえていたかと思ったら、デジカメの画面が大きく揺れた。
ベッドの上から移動して、ちゃんとした向きに持ち替えたらしい。
「え?」
『はぁはぁはぁ……んんっ』
『游子』
「神都さん!」
画面に写し出されたのは、ホンノリと頬を赤く染めて浅い息を繰り返してる私。
カメラのレンズを見つめてるらしいけど、潤んだ瞳は目の焦点が合ってなかった。
それに、こんなアラレもない姿を撮されてるのに、なんの抵抗もせず無防備だ。
文句ひとつ言わないなんて……それに画面からでもわかる、首筋から鳩尾にかけて散らされた赤いアト。
きっと他の場所にも嫌っていうほど着いてそうで目眩がしそう。
『游子』
『ぅ……んっんっんっ』
「■○▲×◇*●□△!!」
なっ……なんてこと!
「神都さん!」
「いやさ、俺も久しぶりだったから。一回で終わりなんて無理」
なに、ニッコリと笑ってるんですか!!
「……もう…信じられない……」
真上から撮られてる私の身体が上下に揺れだした。
剥き出しの胸が押し上げられるたびに、一緒に上下に揺れる。
は……恥ずかしいーーーー!!泣ける!!今なら簡単に泣ける!!
『んっ!んっんっ……あんっ!あっあっ……』
だんだんと激しく揺れ動く自分の身体の脇に、男のクセに綺麗な指を持った手が置かれた。
『ハッ……游子……くっ……くそっ』
そんな言葉の後、乱暴にデジカメがまたベッドの上に置かれて、今度は私の肩のあたりが映し出された。
その近くには、さっきまでなかった彼のもう片方の手があって、ベッドに沈みながら小刻みに動いてる。
『あっあっあっああんぅ!!神……都……さ……!やあぁ!!あああっ』
『游子っ』
「……………」
ちょっと……。
さっきよりも激しく揺れる画面。
ベッドの軋みも、さっきとは比べものにならないほどの大きな音。
しかも、さっきはなかったグチュグチュという音まで規則正しく聞こえてるのは幻聴?
この掠れながらもあげ続けてる声は、一体誰の声なんでしょう?
「ハハ、加減できなくなっちゃってさ。でも、そうさせたのは游子のせいだから」
「なんでですか?私はなにもしていませんってば!」
どっちかといえば、神都さんのほうが積極的じゃないの?と思うんだけど。
『游子……好きだ』
『はぁ……わ……私も……好き……』
「なっ!?」
「相思相愛ってことで、無理矢理ってことでもないって納得した?」
「う……うそ……」
なんで告白してるの??私??
『あっあっあっ好き!!神都さん……ずっと好きだったのぉ』
『游子』
また、ギシギシと軋むベッド。
それに合わせて私の声はもちろんのこと、神都さんの息までがあがってきてる。
ラストスパートをかけてるのがありありとわかるって……どうなの??
もうやめてーーーー!!
『んっ!!ああああああっっ!!』
そんな想いが通じたのか、神都さんが黙ってデジカメの停止を押した。
できればもうちょっと早く止めてほしかったけど。
なんでイッた瞬間?
穴があったら入りたいくらい恥ずかしいですけど!!
「…………」
もう、魂が抜けた気分。
変に身体から力が抜けて、クッタリとした私。
肉体的というよりも、精神的にだけど。
「とまあ、こういうことがあったんだけど、このあともしばらく続くんだけどまだ見る?」
「も……もうけっこうです……」
はあ〜〜〜と深い溜息をついた。
ホント、もう結構ですって……。
「納得したところで、したいんだけどイイ?」
「は?」
「ビデオ見て、またしたくなった」
「はあ?……ちょっ!!」
グイグイと押し付けられた彼の身体が、彼がその気になってるとわからせる。
「む、無理です!」
「なんで?お互い好きあってる恋人同士じゃない」
「それがおかしいんです!!」
「どこが?」
本当にわからないといった顔で、肩越しに私の顔を覗きこんでくる。
「どこがって……なにトボけてるんですか?彼女がいるくせに!!私、浮気相手なんて御免です!二股なんて最低です!!」
「…………」
言ってやった!当たり前じゃない。
いくら好きな相手だって、そこは見てみないフリはできない。
「はあーーまたそこからか?」
「え?」
「昨夜も説明したけど、今のオレに彼女はいないよ」
「へ?…………ウソ?」
「ウソじゃないって」
「だ、だって彼女がいるって……」
「たしかに就職したころは付き合ってたけど、それも形だけだったな。大学を卒業するとき “この先どうする?”
みたな感じだったんだけど、結局そのままうやむやのままでさ。就職したてでオレも忙しかったし、それほど会ってもいなかったから。
会わなくても、なんの支障もなかったんだよね、お互いに。彼女、仕事が好きな人だったから入社してオレのことなんて、
あっという間に記憶の彼方だったらしいしね。そのあと、そんな感じでしばらくいて、アイツからちゃんと別れようって言われて
終わったんだけど、そのときも相手に言われて “ああ、そういえばそうだったっけ?” って感じだったんだ。
でも、付き合ってる相手がいるってなってたほうがオレは都合よかったから、そのままにしといたんだ。
そんなんで数年経っちゃってたから、彼女がいることになってたって自分でもすっかり忘れてて、アハハ♪」
「はあ?」
アハハ♪……じゃないですって……。
さっきまでの私の罪悪感、返してください。
それに “付き合ってる相手がいるってなってたほうがオレは都合よかったから” なんて、不特定多数の女の人と、
お付き合いするのに都合がよかったからですか?
「あ!変なこと考えるなよ、女性と遊ぶのに都合がいいとかじゃやないから。何人か結構しつこい子もいてね、
牽制するのに丁度よかったわけ。まだ游子に告白するとかの段階じゃなかったしさ、変にチョッカイ出して
游子に避けられるのも、そう言った女の子達の目に留まらせるのも嫌だったから。
会うこともない元カノダシに使ったほうが煩くないし。まさか会って、相手に確認なんてする奴もいないしね」
「はあ……」
アッサリと、私の懸念を払ってくださいましたね。
「だからオレとこんな関係になったことも、オレとつきあうことも、なんの問題ないわけ。
昨夜同じ質問されて、同じ答えをかえしたらすっごく喜んでくれて、付き合うこともOKしてくれたんだけど。
もしかして、そのあたりも全部憶えてないの?」
「は……はあ……スミマセン」
「まあ仕方ないけど……昨夜は結構飲んでたもんな」
「はあ……」
ヤケ酒に近かったんだけど、まさか彼にお持ち帰りされるとは思いもしなかった。
「ずっと好きだった」
「え?」
「一緒に仕事してて楽しかったしな。游子は仕事に関してはいつも前向きだし、へこたれないもんな。
オレも周りの奴等も、元気もらってたよ」
「そ、そんな…」
一番元気が欲しがったのは自分だったから、空元気になってたって努めて元気に振る舞うようにしてただけなんだけど…。
周りにそんなふうにみられてたんだと、今初めて知った。
そういえば入社したてのころ、よく同じ部署の人に頭を撫でられたり、クシャクシャとやられたりしたっけ。
「游子が他のヤツに頭を撫でられたりされてるの見て、それをするのはオレだけでいいのにって
イライラしたのを自覚したとき、オレって游子のこと好きなのかなって思い始めたんだよね。
それから今日まで、オレの片思いかと思ってたんだけど、違うってわかって嬉しいよ」
「…………」
もうなにがなんだか……記憶のないうちに、すべてのことが丸くおさまってたの?
「ほ、本当に?神都さんが私のこと?」
「ああ、本当」
「ウソ……みたい……」
「ウソじゃないって」
「そうですか……でも、しばらくは遠距離ですね」
そう……彼はすぐに遠くに行ってしまう。
こっちにいつ帰ってこれるのか、こっちに戻れるのかもわからない。
「まあ、3ヵ月の我慢だけどね。週末や連休にはこっちに帰るようにするし、游子が来てくれてもいいしな。
しばらくはこの映像で我慢するし」
そのためにデジカメ買ったんだし――――なんて言ってる彼。
「は?3ヵ月?」
「そう3ヵ月」
「え!?転勤じゃないんですか?」
「出張」
「へ?出張?」
「うん、そう」
「…………ええっっ!?」
「もしかして転勤だと思ってた?」
「はい」
「誰かが、そう言ってた?」
「いえ……その……人伝いに」
自分勝手な失恋が確定したときから、彼のことを想うのは辛くてなるべく係わらないように自分から距離を取ってた。
物理的にも、気持ち的にも。
まあ……どっちもうまくいかなかったけど。
ワザと彼の噂話や近況なんかも聞かないようにしてたから、人伝えで間違った情報を入手してしまってたらしい。
入手というよりも、立ち聞きと言ったほうがいいかも。
マヌケだと責めないでほしい。
だって好きな人を忘れるには、接点を持たないのが一番だと思うから。
係わらなければ……話さなければ……姿を見なければ……きっと時間が彼のことを忘れさてくれると思ったから。
結局は彼のことを忘れることはできなかたけど。
「もしかして、だから昨夜あんなに酔っ払ったのか?ヤケ酒?」
「……うぅ……仰るとおりです」
もう、素直に認めてしまえ。
「へえ〜〜〜、オレと離れるのが、そんなに寂しかった?」
「……はい……なので酔って忘れていまえと……」
「フフ♪ やっぱり游子は可愛いな〜〜毎日電話するしもし、無理なら必ずメールするから3ヶ月我慢して」
「はい……」
ちゅっと頬にキスされた。
私は逃げることもせず、ただ黙って彼のなすがまま。
だって……もう拒む理由がないから。
「ああ!オレが帰ったら一緒に暮らそうか」
「へ?」
「お互いイイ年だし、オレはなるべく早いうちに結婚したい」
「は!?け、結婚ですか?」
「そう、游子はイヤ?」
「え″っ!?…………そんな……ことは……」
ああ……もう、シドロモドロ。
でも、本当に?本当に神都さんはそこまで考えてくれてるの?
「だから候補いくつかあげといて。游子の好きなところでいいよ。流石に億ションとかは無理だけどね」
「わかりました……」
「ああ、その前に游子のご両親にも挨拶に伺わなくちゃね。向こうに行って、落ち着いたら時間とるから」
「はい……」
「じゃあ、誤解も解けて話も丸くおさまったことだし……いいよね?」
「はい?」
なにがでしょうか?
「さっきからオアズケ状態なんですけど、游子さん」
「え?あっ!!えっと……」
そんなことを言いながら、神都さんがまた自分の身体を私に押し付けてきた。
「しばらくこんなゆっくりと游子を抱けないから、向こうに行くまではタップリと “さ・せ・て”」
「!!」
耳元で甘く囁かれて、一瞬で自分の顔が赤くなったのがわかった。
「な……ふ、普通に言ってくださいよぉ……あっ……んんっ……」
背中から抱きしめられて、強引に顔を彼に向かせられる。
そして啄ばむようなキスをたくさんされて、気づけばお互い舌を絡め合ってた。
──── ああ……そう言えば……
あとであの映像を消去しておかなければと、飛びそうな意識の中でそう思った。