ひだりの彼氏 別話編 高校生のツバサと奈々実 1



02




『優しく起こして。よろしく』

ほぼ初対面といっていいほどの相手にそんなことを言われた。
言った本人はあっという間に夢の世界の住人になったらしい。
目を瞑ってちょっと俯いた顔は穏やかな顔だった。
呼吸も静かに規則正しいみたいだし……

ってこの男一体何様?誰も承諾なんてしてないのに!

聞いてる話とどうもちぐはぐな感じが否めないけどまあ起こすくらいならいいかと読みかけの小説に視線を戻した。



「あ!」

アナウンスの声に俯いて没頭していた小説から顔を上げた。
どうやら降りる駅が近付いたらしい。

「…………」

起こせと言われた隣の彼に視線を向ける。
なんとあれからすぐに彼は私の左肩に頭を乗せてきた。
小説に夢中になってた私は大分経ってから気付いたんだけど不自然に感じる肩の重さに
やっと気付いた自分が情けない。
一瞬心臓がドクン!となった。
なに?これが目的??セクハラ??
なんて思ってジッと彼を観察すると気持ち良さそうに眠ってる。
本当に熟睡してるんだ……たった10分程度の道のりで……

綺麗な顔……素直にそう思った。

男の子なのに……これじゃ女の子が騒ぐのも無理ないかも。
なんて思いながら彼の顔を見てたけど窓から見える景色で降りる駅に近づいてきたのがわかって彼の肩に手を置いた。

「起きて。もう駅に着くわよ」
「…………」

起きない。

「もう……」

まあ心配してたわけじゃないけど……
この熟睡ぶりにちゃんと目を覚ましてくれるのか疑問だった。

「起きて!降りるわよ」
「ん……」

ちょっと乱暴に彼の肩を掴んで揺すったらやっと目を覚ましてくれたみたい。

「…………」
「大丈夫?ちゃんと目が覚めた?」

寝起きの顔の彼を覗き込んだ。
なんとも可愛い顔だな〜〜なんて思いつつ彼と視線が合った。

「降りる?」

あ……今の自分の状況がわかってない感じ……寝ぼけてる?

「そう。もう駅に着くわ」
「駅?……ああ」
「寝ぼけてる?本当にぐっすりと眠ってたんだね。スゴイよねこんな短時間でそんなに熟睡できるなんて」

思わずクスリと笑ってしまった。
至ってごく自然に。

「…………」
「!!」

彼がジッと私を見てた。
クスリと笑って視線が合ったとき不覚にもドキンと胸が跳ねたのはきっと何かの間違いだと思いたい。

初めて真正面から見た彼の顔……

『可愛い感じなんだけどあの左目の泣き黒子が艶っぽさをかもし出してんのよ〜』

友達の言葉が頭の中にパッと浮かんだ。
幼いような中性的なような男らしいような……そんなことを思いながらも当然のように視線は彼の左目の下にいく。
今まで自分の左隣に座ってた彼の顔の左側……真正面からの彼の顔をこんな間近で見たのは初めてだった。
彼ってこんな顔してたのね……なんてマジマジと見てしまった。





「起きて!降りるわよ」
「ん……」

ちょっと乱暴に肩を揺すられて心地よい眠りから意識が浮上した。

「…………」
「大丈夫?ちゃんと目が覚めた?」

誰?こんな気持ちい睡眠を奪うのは……まだ夢心地だった頭の中に女子の声が聞こえてくる。
なんで女子がオレの隣に?あれ?ここどこ?

ボーっとしながら覗き込んでる女子の顔を見返してた。

「降りる?」
「そう。もう駅に着くわ」
「駅?……ああ」

トロトロと記憶を辿る。
ああ……そういえば今日は自転車がパンクして電車で学校に来たんだっけ。
あまりの眠さに隣に座ってた女子に駅に着いたら起こしてと頼んであったんだ。

なんだ……もう駅に着いたんだ。

「寝ぼけてる?本当にぐっすりと眠ってたのね。スゴイよねこんな短時間でそんなに熟睡できるなんて」

「…………」

そう言った彼女がオレのすぐ目の前でクスリと笑った。

トクン!と胸の真ん中が動いた気がした。

座ってた身体がグンと持って行かれる感覚がして電車にブレーキが掛かり始めた。
窓の外の景色で電車が駅のホームに入ったらしいことがわかる。

彼女は一体なんなんだろう。

初めてのこんな気持ちに感覚に……大体同じ学校のしかも女子の隣で眠るなんて
自分でもありえないと思うのに寝不足とはいえ熟睡してた自分。

自分でもわからない感覚が身体を支配してる。
寝起きだからか?なんて誤魔化してみたけどどうやら違う気がする。

「寝心地良すぎ」
「え?」

──── ちゅっ!

「!!!!!」

おもしろい。
驚いた顔して目がこれでもかってくらい見開いてる。

「お礼」
「…………」

あれ?動かない。
ジッとオレを見てる。

そんな中電車がホームに入って停まる。
降りようと立ち上がったけど彼女は座ったままだった。

「降りないの」
「……え?」

未だに固まってる彼女に声を掛けると電車が駅に着いて降りなければとやっと気付いたらしかった。
 





目が覚めた彼の顔が近付いてくる。
え?なに?

──── ちゅっ!

え? …………… ええっっ!?
いいいいい……今!彼ってばなにをした??これってこれって……

「降りないの」

パニックになってる私の頭の上からいつの間にか席を立った彼の言葉が降りてきた。

「え?あっ!」

パニくってる間に電車は降りる駅に着いててドアが開いてた。
彼は身体半分と片足だけをホームに降りてまだ座ってる私が動くのをジッと見てる。
条件反射にも似た動きで慌てて電車から飛び降りた。
その後に続いて彼も電車から降りるとすぐにドアが閉まる。

あ……もしかして私が降りるまでドアが閉まらないように待っててくれたのかしら?

「終点まで行くのかと思った」
「行きませんから!」
「呆(ほう)けてるから降りる気ないのかと思った」
「誰のせいだと……」

その彼の言葉で思い出してしまった。
そうよ……彼ってば……

「なに」
「なにって!!…………恩を仇で返されるとは思わなかったわ!」
「仇でって」
「しらばっくれないで!あなた私に!!……私に……」
「どうしたの?顔赤い」
「う…うるさい!!とにかく初対面の女の子の唇奪うなんて最低なんですからね!わかってるの?」
「ああ……さっきの」
「ムッ!」

その無表情の反応の薄さにカチンときた。

「あなたみたいな女の子にきゃあきゃあ言われて遊んでるような人と違って私はそんな簡単に
キスとかするような人間じゃないんだから!」
「きゃあきゃあ言われて遊んでもないしキスなんてしてない」
「はあ?」

してないですって!?何を今さら白々しいことを!!

「なにトボけてるのよ!!したでしょ!さっき!!勝手に!!」
「さっきのはお礼」
「お礼?」
「起こしてくれたお礼。キスじゃない」
「へ……変な屁理屈言わないでよ!あれはどうみたってキ……キスじゃない!!」

そうよ!ちゃんと彼の唇の感触が伝わったもの!
なに今さら言い逃れしようとしてんの!

「逃げようとしたって無駄だから!ちゃんと謝って!」
「謝る?なんで」
「初対面の相手のしかも初めてのキスを勝手に奪っておいて謝罪の一言もないなんておかしいでしょ!」
「だからさっきのはキスじゃないって」
「まだ言うの!!」
「だってキスは……」
「へ?」

今まで並んで歩きながら私よりも背の高い彼を見上げる格好で話してた。
そんな彼が立ち止まって私と向かい合うと私の腰に腕を廻して後頭部に手の平が触れた。
そのままグッと彼の方に引き寄せられた。
身長差で私は爪先立ちになってる。





普段しない女子に合わせてやるなんてことをしてるオレ。
電車が駅に着いてドアが開いたというのに彼女は座ったまま動こうとしない。
仕方なく声をかけてドアが閉まらないようにドアとホームの間に立ったまま彼女が降りるのを待った。

慌てて彼女が降りた後ホームに自分も降りるとあっという間にドアが閉まって電車が走り出した。

そのまま改札口に向かって歩いてる間彼女はずっとオレに文句を言い続けてる。

普段なら無視して更にしつこい相手には『鬱陶しい』か『邪魔』の一言で切り捨ててたのに
彼女の文句はなんでだか面白くてしばらく聞いていた。
顔が真っ赤だし。

怒ってて赤いのか……さっきのオレにとってはキスなんかじゃないお礼で赤いのか。

どうやら文句の内容から察するにお礼のことで怒って赤くなってるらしい。
初めて他人との唇での接触だったらしいから。

所謂 『ファースト・キス』 ってヤツなのか?
あんなのがファースト・キスなんていいのか。
だってあんなのキスじゃないし……キスってのは……

「だってキスは……」
「へ?」

自分から女子に触れるなんて初めてなんじゃないだろうか。

姉にだって自分から触れたことなんてないと思う。
いつも手を掴んで触れて欲しい所に手を持って行かれるか『触って』と言われて触れるかで。

そのオレが女子の腰に腕を廻して後頭部に手まで触れる。
そのまま自分の方に抱き寄せるなんて自分で自分がわからない。

だから考えるのはやめにして自分の思うとおりにやってしまうことにする。
悩んでも答えが見つからないのならそうするのが一番だと自分でわかってる。

何事にも無関心なオレが勝手に動くならそれがオレにとって正しいことだと思うから。

「ふっ!!うぅ……んっ……」

無理矢理重ねた唇から彼女の声が漏れる。
漏れた隙を狙って彼女の口の中に舌を滑り込ませて彼女の戸惑ってる舌に触れた。
触れた瞬間ビクンと動いて縮こまった彼女の舌を撫でるように絡ませて角度を変えてもう一度舌を絡めた。

もう殆んどの生徒が改札口から出て行ったホームの端で朝っぱらからそんなキスをしてるオレ達。

時間にしたらほんの数秒のことだろうけど彼女から離れる時も最後に彼女の唇をペロリと舌先で舐めた。

甘く感じたのは気のせいか。


「はぁ……はぁ……」

さっき以上に真っ赤な顔に潤んだ瞳に上がってる息。

「これがキス」
「…………」

無言の彼女。
きっと色々パニックで彼女の頭の中は真っ白なのか真っ青なのか真っ黒なのか。

「遅刻する。行くよ」
「…………」

未だに放心状態の彼女の手を握って引っ張るように歩き出す。
彼女はただ黙ってついてくる。

くすっ……自然と笑いが込み上げて久々に笑った気がする。
その笑いは可笑しかったから……それとも……嬉しかったからか……自分でもわからない。

でも 『見つけた』  とそんな言葉が自分の中にピッタリと入り込んだ。

自分の傍にいてもホッと出来る女子。
オレに最高の寝心地を与えてくれるらしい人物。

「あ……名前」
「………え?」

まだ呆けてるからクイッと力を入れて繋いでた手を引っ張ると彼女がカクンと前にツンのめってハッとする。

「名前なに」
「名……前?私……の?」
「他に誰がいるの」
「えっと……城田……城田奈々実……」
「何年」
「2年……B組……」
「ふーん同級か。まあその方が都合がいい」
「え?」
「オレはD組の三宅翔」
「三宅……翔」

「今日からずっとオレの傍にいて。奈々実さん」

「え?」

またキョトンとされた。

「いつもオレの傍にいてオレをホッとさせて」
「…………」
「約束」
「約……束?」
「そう。絶対破れない約束。わかった」
「?」

言われてる意味が分かってないらしいけど……まあこれからじっくりとわからせてあげる。

「約束だよ奈々実さん。頷いて」
「なんで?」
「もう決まったことだしナシにはできないから」
「え?」
「あきらめて」
「なにを?」

「オレから離れること」

「わかんないわよ!なんのこと?」
「まあいいけど。とにかく急ぐよ。マジ遅刻する」
「え?あ!なに??なんで手なんて繋いでるの??離して!ちょっと!!人の話聞きなさいってば!!」


傍から見ればじゃれ合ってるみたいなオレと奈々実さんは手を繋いだまま改札口を通り抜けた。


その後も学校に着くまでバシバシと奈々実さんと繋いでる腕を離せと叩かれ信じられないと文句を言われ続けた。

それでも……オレは繋いだ手は離さなかった。





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