ひだりの彼氏 別話編 高校生のツバサと奈々実 1



08




「…………」
「…………」

彼が自分のカバンと私のカバンを持って手を繋いだまま無言でズンズンと廊下を歩いてる。
彼からは不機嫌オーラと怒りオーラが噴出してるのが傍にいるだけでイヤっていうほど伝わってくる。

「え?」
「来て」

このまま帰るのかと思ったら階段を上り始めた。
黙って連れて行かれるまま階段を上がって屋上に連れてこられた。
放課後で誰も屋上にはいなかった。
時々部活で使ってる生徒もいるけど今日は誰もいない。
そんな屋上で昼間同様フェンス際のベンチに連れて行かれて座るように促される。

「…………」
「はあ……」

彼も私の隣に座って身体を向かい合うようにすると大きな溜息をついた。

「あの先輩のこと好きなの」
「え?」

言われたことについていけなくて頭の中と顔にハテナマーク。

「奈々実さんもイヤじゃなかったんじゃないのって聞いてる」
「なっ!ど……どうしてよ!!イヤに決まってるじゃない!!私だって驚いてるんだから」
「付き合ってって言われてたんじゃないの」
「全然!今日いきなりあんなことされて初めて私のこと好きだって言われたんだから」

「あんなことってどんなこと」
「う"っ!!」

すぅーーーーっと彼の周りの温度が下がった気がした。

「……えっと……あっ!!」

クイッと顎を指先で掴まれて上を向かせられる。

「顎が赤くなってる」
「そ……それは……」
「掴まれて無理矢理キスされた?」
「ま……まさか!て……抵抗したし……あなたが……来てくれたから……」
「あとは」
「え?」
「なにされた」
「…………」
「あんなふうに密着されて抱きしめられて身体でも触られた?」
「!!」
「……ったく」

ビクリとなった身体で彼にはわかったらしい。

「ったくってねぇ……もとはと言えばあなたのせいなんですからねっ!!」

そうよ!!そうじゃない!!

「なんで」
「あなたが朝私と手なんて繋いで登校するから……先輩もそれ見て強硬手段に出たって言ってたし
3年の女子からは詰め寄られるし……もうあなたのせいで散々よ!!ロクなことがないわ!!」
「…………」


あの男から奈々実さんを助け出してどうにも気持ちが収まらずこのまま帰る気にもなれずに屋上に連れてきた。
図書室で見た奈々実さんはアイツにがっちりと抱きしめられてた。
それを見た瞬間身体の中で何かがキレた。

オレ以外の男が奈々実さんに触れてる……それは許されないこと。

「奈々実さん」
「なに」

「今日からオレの彼女ね」

「は?」

いきなり何を言い出すかな?この男は?

「オレ達付き合うから」
「付き合うからって……なに勝手に」
「それが一番いいらしい」
「何が?何が一番いいのよ!?」
「オレにとって」
「なっ……!!」
「奈々実さんにとってもね」
「……なんでよ」

どこがよっ!!どこが私にとっていいことなのよ!

「さぁなんでだろう」
「大体今朝知り合ったばかりなのになんでそうなるの?」
「時間は関係ない」
「そうかしら」
「オレが見つけられなかっただけ」
「え?」
「今までどこに隠れてたの?奈々実さん」
「……なに?」
「今度から誰に聞かれてもちゃんと付き合ってるって言って」
「ええ!!無理!」
「無理?なんで」
「今まで誰とも付き合ったことないし……」
「オレもない」
「み……三宅君のこと好きなのかわからないし……」
「別に好きじゃなくてもいい」
「え?」
「オレの傍にいてくれたらね」
「…………」
「オレの傍にいて……奈々実さん。もう2回も約束した」
「じゃ……じゃあ友達ってことで……」

つくづく諦めの悪い私。
でも“はい。わかりました”なんて素直に頷くことなんてできないもの。

「それはダメ」
「は?」
「肩書は彼女じゃなきゃダメ」
「え?……あ」
「チュッ」

挨拶みたいな触れるキスをしたけど奈々実さんは嫌がらなかった。
でもちょっと悩んでる顔をする。

「彼女ならなにも問題ないでしょ」
「…………」
「なに」
「……え?あ……ううん」
「奈々実さん」
「……なんでかなぁって」

彼だと鳥肌が立たないのよね……なんで?
でもそれがなんとなく自分の答えのような気がしてすぐに頭の中から追い出した。

「?」
「だから何でもないってば」

彼は私に自分のことは好きじゃなくてもいいと言った。
だからこんな簡単に自分の答えを出しちゃいけない。

「ああそうだ。これからはオレのこと名前で呼んで。
あとオレ以外の男と親しくするのはダメだから」

「え?」

急に彼が色々と言い出した。
しかもまだ続くらしい。

「登下校はオレと一緒。ああ昼休みもね」
「はぁ?それじゃ昼間ほとんどあなたと一緒にいるってことじゃない」
「そう」
「!!」

ちょっ……!!なに当たり前にように平然と返事してんのよ!

「付き合ってるんだから当然」
「そんなことないでしょ!付き合ってたってそんな1日中ベッタリしてる人達見たことないわよ!」

しかも学生なんだし……まるでバカップルじゃない!!
それに自分のことは好きじゃなくていいとか言いながらさっき言ったことって自分以外の男に靡くのは
許さないってことじゃないの?しかも1日中一緒ってどれだけ束縛したいのよ?

「と……登下校は我慢するけど昼休みは友達と一緒にいる」

そう!ちゃんと主張しなきゃ!!頑張れ!私!!

「じゃあオレが教室に行く」
「はあ?ちょっ……イヤよ!なんか恥ずかしいじゃない!!」
「そう」
「あ……あなた恥ずかしくないの?」
「別に」
「…………」

本当に今まで女子に興味がなかったの?
いや……女子に興味がなかったからこうなの?

「もしかしてあなたムッツリスケベ?」
「は?」

珍しく彼の眉間にシワがよった気がした。

「女の子に興味なかったフリして実は好きで好きでたまらないってヤツ?」

今度は私が眉間にシワをよせてスっと後ろに身を引いた。
それが真実ならちょっとどころじゃない怖さ。

「バカじゃないの。濡れ衣もいいとこ」
「バ……バカなことじゃないでしょ!大事なことだもの」
「女子は嫌い。鬱陶しい」
「じゃあなんで……」

なんで私?

「理由なんて何度も言った。それを聞いてないフリしてるのは奈々実さんだよ」
「…………」
「いい加減あきらめて」
「…………」

彼の手が私に伸びてそっと私の頬に添えられた。
あったかい手のひらでそのまま顎のほうに撫でられる。
手のひら全部で顎を掴まれて上を向かされると彼の顔が近づいてきた。

ああ……またキスされるんだな……
なんて思ったけどナゼかジッと彼を見つめ返して逃げるという決断は下されなかった。

ああ……これって……

“ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ”

「きゃっ!!」
「!!」

もう少しで唇が触れるというときに私の携帯が物凄い音で鳴りだした。

「もうなに?この音!!私の携帯弄ったの?」
「この音ならいつどこで鳴ってもわかる」
「絶対嫌がらせでしょ!!」

文句を言いながら彼が自分の制服のポケットから出した私の携帯を取り返して急いで音を止める。
来たのはメールで友達からだった。

すぐに着信音の音量を普通に戻す。

「まったく……油断も隙もないわ」
「でも今日はそのおかげで助かったよね」
「……まあそれは……」

そうだけど……イマイチ素直に感謝できないというか……

「帰ろう」
「うん……」

彼は自分なりに色々なことに満足したのか帰ると言い出した。
私は素直にその言葉に従う。

「家まで送る」

校門を出て駅に向かって歩きながら彼がそんなことを言い出した。

「え?いいわよ」
「付き合ってるとそういうことするんだよ」
「本当に私と付き合うの?」
「今さら」

当然とばかりにすでに繋がれてた手をさらにぎゅっと握り締められた。

「ナシってことに……」
「無理」
「…………はあ〜〜〜〜」

私は大きな溜息をついた。
ワザと大きくついたのもあるけどそのときは真面目にガックリとなったから。

ホントなんでこんなことに……

多分断っても彼は休み時間の度に私の教室に来そうだし……朝も帰りもまとわりつかれそう。
だったら一応付き合うということにして何とか彼を遠ざけるように仕向ければ。

そんなことを決意しつつ結局彼と付き合うことになってしまった私。
その後しばらくの間学校では噂の的になり……向けられる視線が痛かった。

彼は相変わらずで何事もないような態度。
ちょっとでもその図太さを分けてほしいくらい。


すぐにでも別れるかと思ってた彼との交際はなかなかどうしてまったく別れる気配はなかった。

お昼休みを利用して屋上で読書中の私の膝の上にはもう当たり前のように彼の頭が乗っている。

当然のことながら私が起こすまで彼のお昼寝タイムは続くのである。
そのことに多少納得できないこともないけど……まあ最近では諦めてる。

どうせ少しの間だけのことだろうと思ってたのに……

この先もずっとこの膝枕が続くなんて……そのときの私は思いもしなかった。





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