ひだりの彼氏 番外編 初めてのバレンタイン


01




「うーん……」

今私がいるのはこの辺りではかなり大きなショッピングモール。
珍しく私ひとりで来てる。
あの意外にもヤキモチ妬きで腹黒の束縛男はいない。
今日は仕事でちょっと遅くなるとウソをついてこのショッピングモールにやってきた。

目の前にはズラリと並ぶ数々のチョコレート。

キラキラキラキラ華やかな包装紙と洒落たチョコ達。
値段もピンキリで高いものはたかがチョコレートで?なんて思うほど高い。

「どうしよう」

すでに15分ほど私はあっちにウロウロこっちにウロウロと歩き回ってる。

「どれも同じ気がする」

彼と知り合って初めてのバレンタイン。
しかも自分よりかなり年下の男の子にあげるのなんて初めてで……

「どんなのがいいかな?」

ショーケースを覗き込むとどれも甲乙つけがたいチョコばかり。

「未成年だからお酒入りはやめとこう。となると……無難なこれかしら?」

彼は普段からデザート系は好きなほうだからチョコも食べてくれるだろうと思う。
私が何を選んでも。

選んだのは色々な形をした小さなチョコが20粒ほど入ったもの。

買ったチョコはそのまま車のダッシュボードにしまっておいた。
バレンタインは明日だから……

「……はあ〜〜」

私はハンドルに額をくっつけるように倒れ込んで溜息をつく。
やっぱり……あげないとダメよね?

未だに踏ん切りのつかない私……きっと彼は催促する。

『奈々実さんと知り合って初めてのバレンタインなのに』

とか言ってチョコをあげるまで執拗に私に迫ってくるに違いないと思う。

別にチョコをあげるのはかまわないのよ……イベントだし……一応彼氏……いや婚約者だし。
ただ……ねえ……このいくらぬぐってもぬぐいきれない重い気持ちはどうしようもなくて……

「はあ〜〜」

いつまで考えてても仕方ないから私はやっと車から降りる決心をした。



「はい」
「!!」

次の日の夕食を食べ終わって席を立とうとした彼に不意打ちのように目の前にチョコを出した。

「チョコ」
「当たり前でしょ。今日はバレンタインなんだから」
「ありがとう。でもできればもうちょっとタイミングを計ってほしかったかな」
「…………」

確かに彼はイスから立ち上がって中腰のまま両手には食べ終わった食器を持ってる。

「…………」
「初めて奈々実さんからチョコ貰うのにこのムードのなさは流石奈々実さん」
「し……仕方ないでしょ!これが私のタイミングだったんだから!」
「そう」

彼は両手に持ってた食器をまたテーブルの上に置いて私の差し出したチョコの箱を受け取った。

「まあ奈々実さんらしいってことで……ありがとう」
「…………」
「開けていい」
「ダメ!!」
「は?なんで」
「私がいないときに開けて!」
「…………」
「それからあなたひとりで食べていいから!ほら!最近受験勉強頑張ってるでしょ?
頭が疲れたときに糖分とるといいんじゃなかったっけ?ね?だからそんなときの非常食として食べていいから」
「……そう」

彼の言葉をさえぎるように話し続けると彼は仕方なく頷いた。
彼が受験勉強を頑張ってるのは本当で毎晩遅くまで参考書や問題集と向き合ってる。
私はただそんな彼を黙って見守ることしかできない。

「なんかバレンタインの意味が全然こもってないチョコ貰った気分」
「そ……そんなことないでしょ!バレンタインとあなたの役に立つことと二重に意味があるチョコでしょ!」
「そう」
「…………」

明らかに納得してない彼。
でも私はそんなこと気にしない素振りでテーブルから離れる。

「絶対私がいないときに開けてひとりで食べてね。あ・な・た・の・た・め・に・買ったんだから!」

「わかった。ありがとう」
「じゃ……じゃあ私先にお風呂入るね」
「…………」

私はそそくさとその場を離れて着替えを取りに隣の部屋に向かう。

「よし!あとはチョコの話題に触れないようにしよう。うん!」

着替えを持って浴室に向かうと夕飯で食べた食器を彼が洗ってるところだった。
テーブルの上にまだ開けられてないチョコの箱があったのを視界の隅に認めると
私は急いで浴室に繋がる洗面所のドアを閉めた。

あれだけ彼ひとりで食べてと念を押しておけば大丈夫!
きっと夜の勉強の合間に食べてくれるだろう。うんうん。

私は後から思うとなんでそんなことを思い込んで納得したのか自分の考えの浅はかさを知った。



「ふう……」

しっかりと温まって上機嫌で洗面所から出るとグイン!と身体を持って行かれた。

「きゃっ!なっ!?」

あっという間の出来事で気づけばキッチンのテーブルの上に仰向けで万歳状態で両腕が押し付けられてた。
目の前には無表情の彼の顔。

「え?なに?」

こんなことされるは初めてでワケがわからない。

「どう……したの?」
「チョコありがとう奈々実さん」
「え?あ……はあ……どういたしまして……」
「すごくうれしい」
「はあ……」

って棒読みで言われてもね……本当にそう思ってる?

「なにか……怒ってる?」
「なんでそう思うの」
「んーーなんとなく」
「あんまりにも素っ気なくチョコ渡されたってのが気に入らないってのはあるかも」
「……そ……そんなに素っ気なかった……かな?」
「まるで逃げるように渡して本当にお風呂に逃げた」
「ええ?そ……そんなことないと思うけど?」

マズイ……なんだか嫌な雰囲気になってる気がする。

「照れてるのかと思ったんだけどなんか違うよね」
「いや……照れてるんだと思う……うん。そう!年甲斐もなく照れてる……かな?」
「ふーん」
「……だから……離して?」
「チョコ美味しかった」
「え?」

私の言葉はスルーですか?

「奈々実さんの言うとおり奈々実さんがいないときに開けて食べた」
「そ……そう?口に合ってよかった。じゃあ残りは勉強しながら食べて」
「美味しかった」
「だから……ってちょっと!」

私の腕を片手ずつテーブルに押さえてた彼は今度は片手で私の両腕を押さえなおした。
その空いた片手が何をするのか怖いんですけど?

すぐ横に手を延ばすとカサカサと音がしてチラリと横目で見るとそこには私があげたチョコの箱があった。
リボンも包装紙も取られて箱の蓋が開いてる。
そこから一粒彼がチョコを摘んで取り出した。

「甘すぎなくて美味しい」
「そ……そう」

ポイ!っとその一粒を自分の口に放り込んだ。
閉じた口でチョコを味わってるがわかる。

「…………」
「美味しいから奈々実さんにもお裾分けしてあげる」
「!!」

やっぱりそうなる!!だからチョコあげるの嫌だったのにーーーーー!!

「や……え……遠慮す……ふうぅ!!」

私が言葉を言うよりも早く彼が私の顎を押さえるといつものように強引に食べかけのチョコを
口の中に押し込まれた。

「んっ……んん……ぷはぁ!!」

口の中にチョコの味が一瞬で広がった。
ご丁寧にも私の口の中にチョコが行き渡るように彼が舌を動かしたから。

「美味しい?奈々実さん」
「…………」

彼が自分の唇を舌先でペロリと舐めた。
見下ろしてるその目が怖いから!!

「ホント奈々実さんって抜けてる」
「なっ!!」
「オレから逃げられるわけないのに」
「…………」
「一緒に食べたらもっと美味しい」
「だから……それはあなたのために買ったチョコで……」
「じゃあオレのチョコをオレがどうやって食べるか好きにしていいよね」

「……は……恥ずかしいから……」

そう……なんでだか彼と口移しとかキスとかされるのがとんでもなく恥ずかしくなる。
キスだって今までしたことがなかったわけじゃないし2人だけど男の人と付き合ったこともあるのに……

彼にこういうスキンシップをされると恥ずかしくてしょうがない。
今日チョコを渡せばこうなることがわかってたから……ワザと素っ気なくひとりでって念を押したのに。

全くの無意味だったみたい。

「次はどのチョコがいい。これなんてホワイトチョコがちょっと入ってて美味しそう」

そしてまたポイ!と自分に口に放り込む。

「さっきのよりまろやかかな」
「んっ……ぅ……」

また勝手に私の口に押し込まれる。
さっきよりゆっくりと舌の上にチョコの味をあじあわされた。

「変にオレから逃げようとするからこんなことになるんだよ奈々実さん。ちゃんと学習しようね」

そう言って今度は私の唇を彼の舌先が舐めていった。

「も……もういいでしょ!離れて!無駄な抵抗だったってわかったから!」
「そう。でもあともう少しチョコ食べたい」
「私はもう結構!」
「じゃあチョコなしで」
「なっ!ちょっ!!」

テーブルの上に仰向けで押し倒されて上から彼に覆いかぶさられて逃げれるはずもなく。

最後は私から彼にお裾分けをする羽目になって……だってそうしないと離してくれないって言うから!!
でもそんな約束も守られるはずもなく……
生まれて初めてキッチンのテーブルで裸になるなんて恥ずかしい目にも遭わされた!!

チョコ以外のものもアッサリと奪われて……身体もいたるところが痛いし……

もう散々なバレンタインだった!!


しかもすべてが終わってやっと離れてくれた彼の口から

『ホワイトデイのお返し楽しみにしてて』

なんて言われて目の前が暗くなったのは仕方ないと思う。







◇◇◇ おまけ  < 同じく2月の某日☆ >




「ん〜〜」

コタツに入って大学受験のための勉強をしていた手を止めて硬くなった身体を伸ばした。
時計に目をやればもう深夜の2時になるところだった。

もうすぐ長かった受験も終わる。

両手を畳の上に着いて頭だけ動かしてすぐ後ろのベッドで寝てる奈々実さんを見た。

部屋の電気は消してコタツの上にスタンドを置いてるけどかなり眩しいと思う。
なのに奈々実さんはそんなことは気にならないらしくぐっすりと眠ってる。

最初隣の部屋で勉強してたけど奈々実さんが隙間から漏れる明かりが気になって
眠れないと言い出した。
そんなに明かりが気になるのかと思ったけどよくよく話を聞けばオレがひとりで起きて
受験勉強してるのが気になるらしい。
自分は何もしてあげられないってナゼか落ち込む奈々実さんだった。

オレはそれがふたりのこれからのことに大きく係わることだから別になんの苦でもないのに
奈々実さんは違うらしかった。

気にしないで寝てていいと言っても結局オレが寝るまでベッドの中で起きていた。
もともと食の細い奈々実さんが寝不足でさらに食欲をなくしてきたのには焦った。

それで仕方なくベッドのある部屋で勉強することにした。
流石に部屋の電気は奈々実さんには眩しいだろうからスタンドに切り替えた。

大丈夫なのにと言う奈々実さんの意見はあっさりと却下して今に至ってる。

オレの気配を感じられるからなのか奈々実さんはそんな明かりの中でも先に
眠ってくれるようになった。
最初はどうなんだろうと思ってたけどオレもすぐ傍に奈々実さんの気配を感じて
逆に集中できてる気がする。


「奈々実」

眠ってる奈々実の唇に軽く触れるだけのキスをした。
安心しきった顔で眠ってて起きる気配はまったくない。

触れるだけのキスはキスじゃないと思ってたけどこうやって奈々実とする触れるだけのキスは
オレにとって特別になってる。

きっとそれも出来なかったら焦れてどうにかなってる自分がいるのがわかる。

ベッドの上で組んだ腕に顎を乗せてしばらく眠ってる奈々実を見てたら視線に気づいたのか
目を覚ました。

「……ん……まだ起きてるの?」
「ううん……もう寝る」
「そう……」
「ねえ奈々実さん」
「ん?」

目を擦りながらまだ半分眠ってるような奈々実さんの名前を呼ぶ。

「もう少しだから待ってて」

「…………」

「あと少し」
「……うん」

そんな言葉を交わしながら布団の中に両腕を滑り込ませて奈々実さんを抱きしめた。

布団の中にいた奈々実さんの身体は思ってた以上にあったかくて柔らかくて……

同じように伸ばされた奈々実さんの腕がオレの身体を優しく包み込んでくれる。


必ずすべてうまくいく……

オレはそう願いながらしばらく奈々実さんの温もりを身体中で堪能した。










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