ひだりの彼氏 番外編 認めた日


02




次の日の夕方、病室で李舞を抱っこしていると彼がやって来た。

「!!」
「あ!ほら李舞、お父さんが来たわよ」

ワザと “お父さん” と強調すると、ピクリと彼の身体が反応したような気がした。
でも、すぐにいつもの無表情になるとスッと手を差し出した。

「?」

その手には小さめな箱がひとつ。
見れば箱には覚えのあるケーキ屋さんの名前。

「メリークリスマス」
「え?」
「昨日食べれなかったから」
「あ……ありがとう」
「季舞おいで」

彼はベッドの横の台の上に箱を置くと、私から李舞を抱き上げた。
そしてベッドに腰を下す。

「…………」

彼が起きていた李舞をじっと見つめる。
起きてた李舞もわかってるのかどうかわからないけれど、彼をジッと見つめ返してる。
なんだか……なにかふたりで会話してるようでちょっと怖い。

小さく息を吐いて “ちゅっ” と李舞のオデコにキスをする。

「あなたってけっこうスキンシップ好きよね」
「奈々実さんと李舞だけ」

李舞を見たまま彼が素っ気なく答えた。
そうよね……彼が気軽に誰構わずスキンシップをするワケがないのよ。

「食べれば」
「え?」
「ケーキ」
「ああ……うん」

置かれていたケーキの箱を取って蓋をあければ、クリスマス仕様の洒落たイチゴのショートケーキ。
でも……。

「なんで1個?」
「半分こ」
「…………」

絶対最後のひとつじゃないでしょうよ!
と、心の中でツッコミつつ、でもすぐにあきらめた。
いつものことだもの。

「じゃあ遠慮なく」
「どうぞ」
「いただきます」

ご親切にもプラスチックのフォークが入ってて、まずははしっこを少し切り取って食べた。

「おいしい〜♪」

甘さが一気に口の中に広がる。
ちょっと悩んでメインのイチゴにフォークを刺した。
クリームのついている底の部分にパクリとかぶりつく。

「半分」
「!」

彼が李舞をあやしつつ、顔を私にむけてジッと見つめてきた。
私はイチゴを口で咥えたまま、心臓がドクンと跳ねた。
彼のいう半分はかじった残りをフォークでさしてあげるんじゃなくて……その……。
考えてみたら、今まで自分からなんてしたことなかったんじゃないかな?
そんなことを考えてる間にスッと彼の顔が近づいてきて、咥えてたイチゴの先をカプリと噛んだ。
自然と落ちないようにと咥えてたイチゴを強く噛む。

「ん……」

カプリと半分噛み取るときに、自分の唇に彼の唇が触れた。
キスなんてもう何度もしてるのに、ナゼかドキドキとしてしまう。
半分噛み取ったあとイチゴが自分の口の中にもあるはずなのに、彼は器用にも舌で私の咥えてた
半分のイチゴを私の口の中に押し込んだ。
コロンと舌の上にイチゴが落ちたと思ったら、スルンと彼の舌が入ってきて私の口の中をひと舐めして出ていった。
離れるときにペロリと唇を舐めていくのも忘れない。

「甘い」

私の口の中が甘かったのか今食べてるイチゴが甘いのか……。

そのあとも私がケーキを食べるたびに彼が当たり前のようにキス……じゃなくて口移しで私からケーキをとっていく。

「クリーム甘すぎなくてちょうどいいね。ごちそうさま」
「……はふ」

なんか……ため息が漏れた。
こっちは食べた気なんてしないわよ……。

「李舞はもう少し大きくなったら」

人差し指の指先で李舞の唇をツンツンと触れながらそんなことを呟いてた。

「まさか、李舞とも口移しなんてしないわよね?」
「しないよ。口移しは奈々実さんとだけ」
「ならいいけど……」
「いいんだ」
「え?」
「別に」

聞き返そうとしたら、今度は李舞の頬っぺをツンツンと人差し指で突いていて、私のほうを見てなかった。

「…………」

どうしよう……聞いてみようか?でも……なんて切り出せば?
そんなことを悩んでたら、ちょっと挙動不審っぽくなってた。

「奈々実さんも」
「え?」
「奈々実さんもオレと同じ気持ち?」
「?」

突然、彼が話しかけてきた。
でも聞かれてることの意味がよくわからなくて、私は首を傾げる。

「さすがに自覚したんだ」
「え?…………なに?」

ますます彼の言ってる意味がわからなくて、頭の中にはクエスチョン・マーク。

「“好き” って気持ち」
「!!」

知り合ったころ彼は人を……異性を好きになったことがないから “好き” という感情が
わからないと言っていた。
でも結婚を意識し始めたころから彼は “好き” という感情や “嫉妬” という感情を、
なんとなくではあるけれど理解し始めてたのよね。

「でも李舞には、奈々実さんとは違う気持ちも感じるようになってる」
「違う気持ち?」
「これって……なんなんだろう。好きなんだろうけど、でもちょっと違う。親だから?」

そんな疑問を言いつつも、私を見つめる顔は無表情。
そんな彼に手を伸ばして、頬にそっと触れた。

「そうね……親だからだよね。私だって李舞のことを可愛いと思うし……愛おしいと思うわよ」
「愛おしい……」
「好きっていう気持ちもあるけど、やっぱり李舞には……子供には “愛おしい” かな。
きっと旦那さんへの “好き” と子供への “好き” はニュアンスがちょっと違う気がする」
「そう」

彼が目を閉じて、頬に触れてる私の手の平にスリスリと自分の頬を擦りつける。
そんなこと珍しいと思いながらも、ふたりともそのままでいた。

「奈々実さんも言って」
「え?」

目を瞑って、私の手の平に頬を摺り寄せたまま彼が言う。

「オレは言ったよ」
「…………」

ああ……きっと彼はあのときのことを言ってるんだろうな、と思った。

「ドサクサにまぎれてだったじゃない」

そうよ!人が陣痛でワケがわかんないときだったよね!!

「でも言ったし、奈々実さんもちゃんと聞こえてたんでしょ」
「…………そうだけど」
「李舞とは違う、そのオレへの気持ちを言って」
「…………」

私達はお互いに、その言葉はあまり言ったことはない。
相手が言わないからなのか、言わなくてもわかってるからなのかわからないけれど……。

「あぷ……」

李舞の小さな声がして、私も彼もその声につられて視線を依舞に向ける。
そして彼の頬に触れていた手を下して、李舞の頭を優しく撫でた。

「李舞……」

可愛い可愛い私達の子供……知り合ったころ、まさか彼と結婚して子供までできるなんて思ってもみなかった。

「きっと初めて会ったときから気になる存在だったんだと思う」
「?」
「最初はなんて気難しい、人の揚げ足ばっかとる生意気で変わった子だろうと思ったわよ」
「…………」
「高校生のクセに、美人でもないこんな普通の年上女のどこがいいんだと思ってた」
「美人とか興味ない」
「ほんと変わってる」
「そう」
「でもね……いつの間にかそんなあなたのことが気になる存在になっちゃったのよね」
「一度オレから離れようとしたけどね」
「だって、お互いの歳を考えたらそう思うのも仕方ないでしょ」
「オレは気にしてないって言ってたのに」
「女心は複雑なのよ」
「奈々実さんは単純だと思うけど」
「うっ……」
「単純だから人に言われたことを真に受けて、オレから離れようとしたんだよね」
「だから、あれはあなたのことを思って……」

彼がネチネチ言ってるのは、彼のクラスメイトの女の子に色々言われて “私の前に二度と現われないで” と言ったことがあるからだ。
そのあとアッサリと、彼に再度捕まってしまったけれど。

「オレのことを思うなら、もう二度とオレの傍から離れようなんて思わないで」
「…………もう思わないわよ。結婚だってしたし、李舞だって生まれたし……」
「で?」
「…………ぐっ」

早く言えって無表情なのに目だけで訴えてくる。

「…………私だって……」

最後はごにょごにょと小さな声になる。

「聞こえないんだけど」
「…………」

まったく!自分はドサクサにまぎれてサラッと言ったくせに!!私にはこんな改まって言わせようとするなんて!

「あー」

なんで李舞まで!もう父親の味方なのかしら?

「私だって……あなたのことが……好き……よ。それに……」
「それに?」
「……あ……愛してるもん」

ああーーーー!!言った後で猛烈に恥ずかしいんですけどーーーー!!
きっと顔が真っ赤よ!!今まで付き合った人にだって愛してるなんて言ったことないのにーーー!!
ううっ……子供まで生まれた夫婦でなにしてるんだか。

私は彼の顔が見れなくて、顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
チョコチョコと動いてる李舞の産着の長い袖を見つめたままでいた。

「奈々実」
「!」

“さん” 付けなしで呼ばれて顔を上げたら……そこにはいつもの無表情の顔の彼ではなくて、
優しくニッコリと微笑む彼がいた。

私はそれだけで十分で……なんだか急に涙腺が緩んじゃって、勝手に涙がポロポロと零れてしまった。
彼は黙ったままそっと私に顔を近づけてくるから……。

「ツバ……サ……」

私も久しぶりに彼の名前を呼ぶと目を閉じた。

チュッと自分の唇にあたたかな彼の唇が触れる。
最初はそのまま何度か唇が触れて、そのあと角度を変えて何度も何度も口付けられる。


いつも気づけば、私のひだり側にいるツバサ。

それは知り合ったころからのツバサの定位置のようで、いつの間にか私もそこにツバサがいることに安心できてるのは事実。
そこにツバサがいなかったり、右側にいたりするとちょっと身体がムズムズする気がするのは気のせいじゃないと思う。

やっと止まった涙を彼がゴシゴシと手の平で拭ってくれたけど、もうその顔はいつもの無表情の顔だった。

でも彼のそんな笑顔を知っているのは私だけなのかと思うと、なんだかちょっと優越感なんてのが湧き上がってくる。
でも彼のそんな笑顔を知っているのが、もうすぐ私と李舞とのふたりだけになるんじゃないのかな……なんて思っている。





★オマケの話。


「ん?」

講義の始まるちょっとした時間で隣に座る三宅を見ると、ナゼかジッと携帯を見つめてる。
そういえば最近、携帯を見てる三宅を見かけるのが多い気がするのは気のせいか?

「!!」

ジッと観察していれば、いつも無表情の三宅の目がちょっとだけ細められた気がして驚いた。
睨んだとかじゃなくてこれは……微笑んだ?マジか??あの三宅が!?

「なあ」
「なに」

さすがに気になって三宅に声をかければ、携帯から目を離さずに返事を返された。
おかしい。

「最近携帯眺めてるの多いな?なに?なに見てんだよ」
「別に。馬場には関係ない」
「気になんだよ!なに見てんだか見せろ」
「イヤだ」
「なに?エロ画像でもチェックしてんのか」
「バカじゃないの」

呆れた眼差しを向けられて携帯をしまおうとするから、横から手を出して取り上げた。

「ちょっと」
「いいから黙って見せろ」
「まったく」

そんなに大した抵抗も見せずに、すんなりと携帯を手放した。
一体なにがあるのかと取り上げた携帯を見れば、待ち受け画面になっていた。
なんだガッカリ、と思いつつ気になることが。

「なに?なんでこの待ち受け?」

画面にはカメラ目線で、三宅とその顔の隣には赤ん坊が一緒に写っていた。
首は据わってるから生まれて半年前後ってとこか?雰囲気は赤ちゃん赤ちゃんしてるからそんなもん?
赤ん坊のことはあまり詳しくないから多分そんなもんだろうと推測。

でも、どうしてこんなツーショット写真?誰?この赤ん坊?

「なんで三宅が赤ん坊と写ってるわけ?親戚に子供でも生まれた」

それでも三宅が携帯の待ち受けにするほどの感心を赤ん坊に示すなんて、なんとも不思議でしかたない。

「違う、オレの子」
「へえーー三宅の子……三宅の…………はあぁぁぁぁぁぁ!!??」

あんまりにも驚いて叫んでしまった。
しかも、あまりの驚きに持ってた三宅の携帯を危うく落としそうになったほど。

「なっ……まさか……なんの冗談だよ?」

後ろのほうの席で、周りに人がいなくて助かった。

「冗談なんて言ってないけど」
「でもお前……子供って……」

もう一度携帯の画面を食い入るように見れば、たしかに赤ん坊の顔は三宅にそっくりで
しかも右目の下にはちゃっかりとホクロまである。
左にないのが残念だ。

「結婚してるんだから、子供が生まれたっておかしくないと思うけど」
「そりゃそうだけど……いつ生まれたんだよ」
「去年のクリスマス・イブ」
「男?女?」
「この顔見てわかんないの?なにその目、節穴?飾り?ガラス球?」
「こんな小さいのわかるかっての!」
「まったく……」

また呆れた眼差しをオレに向けて溜息をつきながら、オレの手から携帯を取り返す。
俺はビックリしすぎて、簡単に携帯を手離した。

「女の子」
「へえ……名前は?」
「教えない」
「はあ?ったく、相変わらずだなお前は」

未だに嫁さんの写真も見せてもらったこともないし、名前も教えてもらっていない。

「ふ〜ん……三宅がパパねぇ……」
「パパじゃない。“お父さん” って呼ばせる予定だから」
「はあ〜〜」

もうホント、コイツにはいつも驚かせられる。
コイツが父親?子持ち?
しかも子供ができたってことは、最低でも1回はそういう行為があったってことで、
この三宅が?と思うと想像がつかないっての。
でも……。

「なんかウケル」
「は?」
「いや」
「ちょっと気持ち悪いんだけど」

口元を手で押さえながら、ニヤニヤと笑ってしまう。
そんな俺に三宅は冷めた視線を送ってくる。

「じゃあ出産祝いやるから、家に連れて行けよ」
「出産祝いなんていらないし、家なんて断る」
「人の好意を無碍にすんなよ、“ツバサパパ” 」
「…………」

俺のそんなからかい文句をサラリと無視して、三宅は講義を受ける準備をし始めた。
俺はそんな三宅の隣で、いつまでもクスクスと笑いが止まらない。

いつか絶対三宅の家にいきなり押しかけてやろうと心に決めた。

まずは今日の夜、里菜にこのことを話したらどんな顔して驚くか想像して、
またさらに笑いが止まらなくなったのは仕方ないことだと思う。





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