ひだりの彼氏 別話編 高校生のツバサと奈々実 2



03




「どこに行くの?」

皆と別れて彼が駅に向かって歩くからもう帰るのかと思って聞いただけだったのに、
返ってきた返事は驚くものだった。

「オレの家」
「え!?」
「え、じゃなくてオレの “い・え”」
「そんなのわかってるわよ! ちがくて……どうして?」

学校帰りでも、ときどき出かけてた休日のデートも、お互いの家なんて行ったことがなかったから。

「どうしてだろう」
「それを私が聞いてるの」
「どうしてだろうね。いや?」
「え?」

立ち止まって、いつもの無表情でジッと見つめられる。
一体なにを思ってるのかわからないけど……。

「別に……いやじゃないよ」
「そう」

そのあとはいつものように電車に乗って、初めて彼の使ってる駅でふたりで降りた。
手を繋いで、皆で買った荷物は彼が持ってくれた。


「どうぞ」
「おじゃまします」

挨拶をして玄関に入ると、家の中はシンと静まり返っていて誰もいなかった。

「両親は父親の転勤で一緒に住んでない。姉ふたりも今は仕事」
「そっか……」

かなり緊張しながら彼の後をついて階段を上る。
階段を上がって、一番手前の部屋が彼の部屋らしい。
ドアを開けて彼が私に向かって “どうぞ” という視線を向けた。
私はちょっとドキドキと緊張して、ドアノブを掴んだまま入り口に立つ彼の前を通って一歩足を部屋の中に踏み入れた。

「う″っ!」

一歩踏み出した状態で固まった。

「?」

急に立ち止まった私を彼が不思議そうに覗き込んでくる。
そして私が一点を見つめてるのに気づいて、その視線の先を追った。

「!」

ちょっと息を止めて、すぐに深い溜息をついた。

いやね……部屋がとんでもなく散らかってるとか、部屋一面にアイドルのポスターやグッズとか、アニメのキャラのフィギアとかなら
そんなにも驚かなかったかもしれない。
でも床一面に散らばってたのが、あられもない女の人の姿のいかにも “ソレ” とわかるようなパッケージのDVDだったから。

そんなモノを見たのは初めてで、視線が外せない。
ほとんど裸の状態の、胸の大きな女の人が艶かしい顔でこっちを見てる。
すぐ隣には、痛くないのかと思えるような真っ赤なロープで縛られてる女の人……。
他にもいろんなポーズの女の人のパッケージが次から次へと視界に入ってくる。

「!!」

パニックになって突っ立てる私の横で彼がスッと動いたから、思わず身体がビクリとなった。

「まったく」

そう呟いて、床に散らばってるたくさんのDVDを拾い始めた。
私はその姿を無言で見つめてた。

全部拾い終わると、また私の横を通って今度は廊下の一番奥の部屋に向かう。
私はまた身体をビクリとさせて、彼の行動を目で追ってた。
奥の部屋のドアを開けると、手に持ってたDVDをその部屋に乱暴に投げ込んだ。
バタンとドアを閉めてこっちに戻ってくる。

「泉美……2番目の姉の仕業」
「え?」

言いながら私の背中を押して部屋の中に入ると、後ろ手でドアを閉めた。

「オレに嫌がらせするのが趣味なの」
「へ?」
「ときどきああやって色んなモノが部屋の中にばら撒かれる」
「そ、そうなの?」
「オレ、ああいうの興味ない」
「え?」

女の人の裸に興味ないってこと?
この歳の男の子としてはそれってどうなの?いや……別にいいの?
え!?まさか……おと……

「男に興味ないから。それにロリコンでもない」
「はあ……」

思ってたことを見透かされたように先に答えられてしまった。

「座って」
「うん」

荷物を置いて、そのまま絨毯の敷かれた床の上に直接座る。
彼は部屋に備え付けられてるクローゼットを開けると、おもむろに着ていた服を脱ぎだした。

「!」

ええーーーー!?なんで??なんで脱いでるの??

さっきのDVDの数々が思い浮かぶ。
え?でもそういうの興味ないって言ってなかった? もしかして、さっきのでその気になっちゃった?
そりゃ部屋にまで来ちゃって、そういうことがあるかも? なんて思わなかったわけじゃないけど、
なんの予告もなしにいきなりふ…服を脱げって??
いや……それチョット無理! そこまで気持ちついていってません!!

なにも言えずバサバサと上着を脱いで床の上に放り投げる彼を座ったまま見上げてると、
中に着てたシャツも脱ぎ捨てて素肌の背中が露わになったときには、心臓が飛び出るくらいに驚いた。
でも開けたクローゼットの中から、Tシャツを取り出して着たのを見てホッとする。

そんな彼がTシャツを着終わると、こっちに振り返った。
そのまま私のほうに歩いて来ると、脇の下に手を入れられた。

「わっ!」

いきなりのことで私はされるがまま “グイッ!” と身体が引き上げられて、後ろにあるベッドに彼ごと倒れこんだ。

「ちょっと!!」

そりゃ慌てるでしょ? 色んなことが頭の中で混ざり合って、これは貞操の危機なんじゃないですか? なんて焦りまくる。
彼を押しのけたかったけど、両腕を拘束するように彼に抱きしめられてたからちょっとしか動かせなくて、
彼の脇腹あたりのシャツを掴むので精一杯だった。

「こらっ!!」
「奈々実さんの匂い」
「え?」

首筋に顔を埋めて彼が呟いた。

「あんな臭い匂い最悪」
「…………」
「奈々実さんだって、あんな匂い嫌いでしょ」
「…………」

彼もわかってたんだ……だから、匂いのついた服を脱いでくれたんだ。
私もコクンと頷いた。

「奈々実さん」
「ひゃん……」

私を抱きしめてた彼の両腕が、腰と後頭部に回されてグッと引き寄せられた。
お互いの顔がグンと近くなって、黙って見つめう。
スッと彼の瞼が閉じて、私の後頭部に回されてた手の平に力が入って、お互いの唇が重なった。

「んっ……んん……」

触れるだけじゃない、何度か経験してる深いキス。
お互いの舌が絡み合って、私は何度してもこのキスは恥ずかしい。

「……ふぁ……」

やっと解放されると、ペロリと唇と舐められた。

「今日は奈々実さんは膝枕じゃなくて抱き枕だから」
「……え?」

上がった息を整えながら、彼の言ってる意味を理解しようと頭を働かせる。

「やっぱり奈々実さんが傍にいるとぐっすり眠れる」
「なに?」
「一緒に昼寝」
「は?」
「おやすみ」

ちゅっ、と唇に触れるだけのキスをすると、また私の首筋に顔を埋めて丁度いい場所を決めると動かなくなった?

「え?ちょっと?」

首にかかる彼の息がくすぐったい。
うそ? 本当にただ眠るだけ?本当にそれでいいの??
しばらく動かずにじっとしてると、彼の寝息が聞こえて来た。
確かに普段からいやらしいムードとかない人だけど……この状態でもそうだなんてなんか……女の子としてはどうなの?
やっぱり私って魅力ないってこと? それとも彼も考えてて、高校生のうちは清い仲で過ごすつもりとか?

そんなことを考えつつ、抱きしめられているのが心地よくて、その温もりで自分も眠気が……。
いつも膝枕で、膝だけが温かかったけど今は身体全体が温かい。

「ツバサ……」

照れくさくって、なかなか名前で呼べないんだけど、彼が寝てるときにときどき呼んでみたりする。

「ん……」

聞こえてるのか偶然なのか、名前を呼ぶと彼は必ず身体をちょっと動かす。
起きてるわけじゃないと思うんだけど、一瞬ドキッとするんだよね。

眠気に勝てず、瞼が下りてくる。
それってどれだけ警戒心がないのかって話だけど、なんかもういいかなって思う。

だって……私だって彼が傍にいるとこうやって安心しちゃうんだし。

「おやすみ」

小さく呟いて……私も目を閉じて、彼との同じ時間を彼の腕の中で過ごした。





オマケの話☆

「ここね」

あれから2日経ってもどうしても納得できず気分が悪かったから、めんどくさがる坂戸君に卒業アルバムで
彼の住所を調べてもらって家に押しかけた。

このあたしのことを見下して、バカにしたままなんて許さないんだから!

あたしのプライドはガタガタで、時間をおいてもこの腹の虫は治まらなかった。
だからもう一度、今日のこのあたしをじっくり拝ませてやって、あたしの魅力に膝まづかせてやるんだから!

ひれ伏しなさい!!三宅翔!!


三宅という表札のある家の前で、再度自分の姿をチェックする。

完璧なお化粧に、あたしを十分に引き立たせるコーディネイトの服。
髪型だって何時間もかけてセットした。
こんな気合の入った格好、なにか特別なイベントじゃなければしないんだから。

「フフン♪ 完璧よ」

自我自賛しながら、意気揚々とインターホンのチャイムを押そうと指を出した。

「あら?うちになにかご用かしら?」
「え?」

まさに今、指先がボタンに触れるところで後ろから声を掛けられた。

「!!」

振り向くとそこには絶世の美女がいた。

あたしも自分のコトは可愛いと納得してるし、当然だと思ってる。
だから綺麗なものとか可愛いものには興味があるし、素直に惹かれたりする。
そんな私が思わず見惚れてしまうような女の人が立っていた。

肩より少し下でクルンとカールしてるこげ茶色のロングの髪と、黒目が多くてちょっと厚めの唇が色っぽい。
左下の口元の黒子も色っぽさを引き立ててる。
体形だって余計な贅肉もなくて、かといって痩せ過ぎでもない均等とれた身体。
それなのに清楚な佇まいと服装と雰囲気で……大人の女の人って感じだ。

そんな人が、首を傾げてあたしに話しかけてる。
心臓がドキン! なんてなっちゃったじゃないよーー。

「えっと……あの」

今、この人 “うちに” って言ったよね?
ということは、ここの家の人? アイツの母親って感じじゃないからお姉さん?

「やっぱり、うちにご用かしら?」
「あの……」

ちょっとドキドキしながらアイツの名前を言おうと口を開きかけると、先に(多分)お姉さんが口を開いた。

「もしかして、ツバサに用なのかしら」
「え?あ……はい……」
「どんなご用?」
「え?」

なぜかいきなりお姉さんの雰囲気が変わった。
なんともいえない威圧感と、ビシビシと伝わる険悪な空気。
しかも美人だから、その迫力は半端ない。
清楚さを漂わせながら怒りのオーラってどうやるの??

「まさかツバサに相手にされないからって、家まで押しかけてきたんじゃないでしょうね」
「えっと……」

まさにそうなんだけど……。

「ツバサが相手にしないってことは、貴女のことは興味がないってことよ。それをツバサの迷惑も考えずに
家にまで押しかけてくるなんて図々しい」
「は?」
「貴女みたいな小娘をツバサが相手にするわけないでしょ。お帰りなさい、そしてもう二度と家にもツバサにも
近づかないでちょうだい。もしこれからもツバサにつきまとうようならストーカーとみなして警察に通報しますから。
では、ごきげんよう」
「え?」

呆然と立ってると、目の前で門と玄関が “ガシャン!” と閉められた。

「…………」

小娘?小娘って言った?
そりゃ高校生だけど、同い年の子に比べたら全然大人っぽいでしょう?
それになに? ストーカーですって? 警察に通報? なに言ってるの?

「なっ!………悔しい〜〜〜〜!!!」

姉弟に一方的に言われて、言い返すこともできなかったじゃないよーーー!!
しかも自分よりも綺麗だって認めちゃった相手に言われて、余計ショック!!
アイツが “それくらいの顔なら見飽きてる” って言った意味もわかって余計腹が立つ!!

さすがに今さらインターホンのチャイムを鳴らす気もなれず、仕方なくアイツの家を後にした。
完璧に決めた自分の姿がなんだか余計惨めに思えた。


次の日学校に行くと、坂戸君に声を掛けられた。

「そういや思い出したんだけどさ、確か三宅の姉ちゃんってスンゲー美人なんだぜ。
卒業式の日に会ったことがあんだけどさ、そりゃもうスゴイ騒ぎになったんだ」

きっとそのときのコトを思い出しているんだろう。
妙に興奮気味で、顔がニマニマしてる。

はあ? 今さらそんなこと思い出すなっていうのっ!! そういうことは先に言え!! 先に!!

「いでっ!!なにすんだよ!!」
「フンっ!!」

ムカついて、無言で坂戸君のスネをつま先で蹴ったのは当然のお返しでしょ。





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