ひだりの彼氏 番外編 ひだりの××



ひだりの王子 ☆白雪姫






「さあ、お嬢さん。このリンゴをあげようね」
「え?」
「とっても美味しいリンゴなんだよ。お嬢さんに特別にあげよう」
「え? でも……」
「遠慮なんてしなくていいんだよ。まだたくさんあるからね。さあ受け取りなされ」
「…………ありがとうございます」

最初は遠慮していた白雪姫でしたが、老婆があまりにも勧めてくるので申し訳なく思い、おずおずと手を差し出しました。
そうして王妃が化けた老婆の手から、白雪姫に毒りんごが手渡されました。

「ほら、ひと口食べてごらん」
「…………」

白雪姫は手渡された真っ赤なリンゴをジッと見ています。

「とても甘くて美味しいから」
「ええ、じゃあいただくわ」

そう言うと白雪姫はリンゴを口に運んでカプリとひと口、噛み……

「ちょっと、なにやってんの」
「!!」
「え!?」

白雪姫の口がリンゴにつく瞬間、横から伸びてきた手に白雪姫の手の中のリンゴが奪われました。
驚いたのは白雪姫と王妃が化けた老婆です。
ここは滅多に人が入ってこない深い森の奥。
すぐ傍に立ってリンゴを掴んでいるのは、上質な素材で作られた立派な服を着た美少年でした。
高貴な身分だろうとその容姿からわかります。
左目の下の泣き黒子も印象的です。

「知らない人から食べ物をもっらてはいけませんって、教えてもらわなかった?」
「え?」

初対面の相手にいきなりお説教を言われ、しどろもどろの白雪姫。

「少しは疑ったら? どう見てもこの年寄り怪しい」
「え? でもこの人は親切な人で……」
「そ、そうじゃ。ワシはただ美味しいリンゴをこのお嬢さんにお裾分けしようと……」
「タダほど怖いものはないよね」
「…………」

無表情の冷たい眼差しで見下ろされ、老婆は固まってしまいました。

「それにここ、オレの国」
「オレの国? 貴方、王族の方なんですか?」
「誰の許可をもらってここに住んでるの」
「え?」
「たしかここには、男が7人住んでるだけだったはずだけど?」
「あ……あの……住むところがなくて……私が無理に頼んで住まわしてもらってるんです」
「住むところがないって?」
「あ……あの……命を狙われてて……」
「誰に」
「えっと……私をこの森に逃がしてくれた人が言うには……」
「だから、誰」

言いにくそうにしている白雪姫を、早く話せと王子が急かします。
その横で、その命を狙っている老婆に化けた王妃は心臓がバクバクです。
バレるはずはないと思いつつも、成り行きを見守っています。

「お……王妃様です……私の義理の母親にあたる方です」
「ふーん」
「!!」

王子は頷きながら、すぐ横で自分を窺ってる老婆を無表情な冷めた目で見下ろします。
老婆に化けた王妃は悲鳴を上げそうになりましたが、なんとか堪えました。
そして王子に気づかれないように深呼吸をして呼吸をと整え、なんとか落ち着きを取り戻しました。
そう、自分は魔女なのだ。
こんなちょっと顔がいい、お子様王子を怖がることなんてなにもないのだと自分に言い聞かせました。

「それなら、今日からオレのところに来ればいい」
「はい?」
「命を狙われてるなら、オレが助けてあげる」
「え? でも……」
「なにも気にすることはないよ。逆にオレの城にいれば|義理の母親《ままはは》だってそう簡単に手は出せないだろし、
うちの国にはかなりハイレベルな魔法使いもいるし。
もしなにか仕掛けてきても返り討ちにできるから、なにも心配することなんてなくなる」
「えっと……」
「それに義理とはいえ自分の娘の命を狙うなんて、どんな手を使ってでもその証拠を掴んで必ず捕まえる。
自分がどんな恐れ多いことをしたのかわかるまで、一生をかけてその身に味わってもらう」
「え?」
「!!」

無表情な顔で、口の端だけをくっと上げて王子は笑います。
目はまったく笑っていないことは、白雪姫と老婆に化けた王妃にもわかりました。
老婆に化けた王妃は背筋の凍る思いで王子を見上げます。

「ほら、いくよ」
「え!?」

王子は白雪姫の腰に腕を回すと自分のほうに抱き寄せました。

「え……でも……そんな急に……」
「悩む意味がわからないんだけど。自分が命狙われてるのわかってる?」
「それは……はい……」
「まったく……はい」
「へ?」

王子は白雪姫を抱き寄せたまま、手に持っていた毒リンゴを老婆の目の前に突き出しました。

「これ、いらない」
「…………」

老婆に化けた王妃は、目の前に差し出された自分が作った毒リンゴを見つめます。

「いらないんだけど」
「!!」

受け取る気配がない老婆に、王子はさらに目の前に毒リンゴを突き出します。

「なに? なにか受け取れない理由でもあるの」
「え!? あ……いえ……それはお嬢さんにあげたものですから……お城で王子と召し上がって……」
「いらない」
「えっと……」
「城に帰ればもっと珍しくて美味しい果物があるから。これはいらない」
「は……はあ……」

仕方なく老婆に化けた王妃は差し出された毒リンゴに手を伸ばします。

「あーん」
「へ?」

王子の声に反応して顔を上げれば、今まで無表情で冷たい眼差しを向け続けた王子が満面の笑みで毒リンゴを差し出しています。

「美味しんでしょ、このリンゴ。食べて」
「…………」
「ほら、あーん」

見た目は美少年の王子。
さすがの王妃もその満面の笑みに騙されて、思わず口を開けてしまいました。

「うぐっ!」

それを待っていたかのように、王子は老婆の開いた口に毒リンゴを押しつけます。

「しっかり齧って」

満面の笑みを崩さず、グイグイと毒リンゴを老婆の口に押し込めます。
そんなやり取りを王子の腕の中で動けない白雪姫は震えながら見守っていました。
黒い! 黒いです! 王子!! と心の中で叫んでいました。

しばらくすると、シャリっとリンゴを齧る音がしました。

「あ!」

そしてリンゴを齧った老婆は、その場に倒れこんでしまいました。

「お婆さん!」
「…………」

倒れたお婆さんに手を伸ばそうとした白雪姫を、王子は腰に回した腕に力を込めて抱き寄せ引き止めます。

「眠ってるだけだよ」
「え?」

もうさっきの笑顔なんてどこにも見当たらず、もとの無表情な王子が足元に横たわる老婆を今まで以上に冷めた目で見下ろします。

「永遠に眠ってるけどね」
「永遠に……?」
「まったく。あんまりにも無防備でイライラする」
「?」

そこにドヤドヤと足音が聞こえてきました。
どうやら胸騒ぎがした7人の小人達が戻ってきたようです。

「白雪姫! 大丈夫か!」
「一体どうしたんだ!」

いつも白雪姫しかいないはずが、今日は白雪姫の他に美少年がひとりとその足元に老婆が倒れているではありませんか。
小人たちはビックリです。

「小人さん!」
「これは……」
「ああ! 貴方は!」
「ツバサ王子!」

どうやら小人達は美少年が誰だかわかったようです。

「この人は連れて行くから」
「え!? 王子のお城にですか?」
「そう」
「白雪姫!?」
「あ……あの……これにはその……きゃあ!」

白雪姫が7人の小人達に説明をしようしたとき、王子に抱きかかえられてしまいました。
所謂“お姫様抱っこ”です。

「行くよ」
「でも……」
「なに? そんなにこの男達と別れが惜しいの」
「そ…そういうわけじゃ! ただ、今までお世話になったから……」
「今まで一緒に暮らせてたんだからそれで十分でしょ」
「え?」

嫉妬深い王子に白雪姫は気づきません。
王子はまるで人攫いのように白雪姫を傍にいた馬に乗せると、自分も素早く馬に跨ります。
そして手綱を握るのと一緒に白雪姫にしっかりと両手を回して囲い込みます。
身体もぴったりと白雪姫にくっつけたので白雪姫はちょっとビックリです。

「ああ」
「!?」

呆然と成り行きを見守る7人の小人達に、王子がなにか気づいたように声をかけました。

「そこに倒れてるの、あとで引き取りに人を寄越すからそれまで見てて」
「え?」
「この老婆は一体誰なんですか」
「さあ」

もう興味もないというように、王子は馬を走らせました。
白雪姫は名残惜しそうに、いつまでも7人の小人達に手を振っていました。
そんな白雪姫を見て、王子は内心おもしろくありませんでした。
けれど、これから白雪姫は自分だけのものだと思うとどうにかその気持ちを抑えることができました。

「お婆さん、大丈夫かしら」

なにも知らない白雪姫は、未だにあの老婆のことを気にしています。

「人がよすぎ」
「え?」
「あとで城に連れて来て、丁重におもてなしするから大丈夫。一生お城から出たくないって思うほどのおもてなしだから」

ツバサ王子にとって大切な大切な白雪姫に二度と手を出させないために、城の地下の奥深くに眠ってもらおうと決めていました。
絶対に誰も近寄ってはいけないと、後世にも伝え残しておかないと。
と、王子は密かに思っていました。
そんな王子の腹黒さを全く気づかず、白雪姫は大きな鳥籠でもある王子のお城へと連れて行かれ、
あれよあれよという間に結婚し、子宝にも恵まれ末永く王子と幸せに暮らしましたとさ。


★オマケの話。

「なんか、もとのお話と全然違うと思うんだけど!」
「そう? 最後は王子と幸せなんだからいいんじゃない」
「なんか、王子が黒すぎる気がするんだけど」
「え? 当然の報復だと思うけど。それよりも奈々実さん」
「な、なによ」
「男7人と一緒に過ごしたって、どういうこと」
「え゛!?」
「一緒に眠ったんでしょ。一緒のベッドで」
「ええ!? そこ、拘るところ?」
「拘るよね、普通」
「えっと……お伽噺だし?」
「はあ〜ホント、無防備で危機管理なってないよね。奈々実さんは」
「…………」










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