ひだりの彼氏


10




「半分こね。」

そう言って彼は自分の舐めてた飴を私の口の中に押し込んだ。

「………」

こ…これは…口移しって言うものじゃ…?




「ん?」

ダ…ダメよ…こ…このくらいの事でうろたえちゃ…

「ま…まさかあなたの食べかけをもら…貰うとはおも…思わなっかったわ…」

やー!また吃った!!悔しいーー!!

「なに?どうかした?」
「なんでく…!!」
「く?」

くー絶対何とも思って無い顔よーコイツのこの顔はーーっ!!

「なに?」
「何で口移しなのよ!」

ダメだ…我慢出来ずに言っちゃった…

「虫歯無いから大丈夫。」
「ぐっ!!そんな事言ってないでしょ!」
「じゃあなに?」

「こ…こ…これってキスと同じでしょ!一体何考えてるのよ!」

「キスじゃないでしょ。」

「だって…」

あなたの唇が…ちょこっとの間だけど触れたのよ!

「じゃあ人口呼吸もキス?」
「えっ!?」
「あれなんか口移しなんて目じゃないくらいに思いきりだけど?」
「………だからそれが理屈っぽいんだってば!」
「それにさ…」
「?」
「奈々実さんキスした事ある?」
「そ…そりゃあるわよ…だから?」
「それとは全然違ったでしょ。」
「!!」
「同じ?」
「……それは…」

いつもと同じ無表情の顔…

「同じだったらそれってとんでもなく淋しいキスだよ。」

「同じじゃないです!本当失礼ね!」

「そう?」
「もう二度こんな事しないでよ。」
「欲しがったの奈々実さんなのに。」
「誰があなたが食べてるの欲しがったのよ!」
「だって1つしかないのに。」
「だからあなたがもう1つ持ってると思ったの!」

「勝手に思い込むのが悪い。じゃあ返してよ。」

「へ?」

「食べないなら返して。」

「わあっ!!」

いきなり彼の顔が近付くから慌てて後ろに逃げた。

「ゴリッ!ゴリッ!ガリッ!!」
「あ!」
「ゴクン!」

咄嗟に口の中に残ってる飴を噛み砕いて飲み込んだ。

「………」
「も…もう無いわよ!食べちゃった!ご馳走様。」
「大人げない。」
「うるさい!はい帰って!帰って!」
「ちょっと寝させて。」
「ダメよ!言ってるでしょ私は仕事が…」
「起きたら手伝ってあげる。」
「結構です!ほら!」

彼の肩をグイグイ押して立てと催促する。

「もう!立ってよ!」
「奈々実さん。」
「な…何よ…」

「眠い…」

片目を瞑りながらそんな目をコシコシ擦っていつもの眠そうな顔!

「 !!! 」

こ…これが…彼の言ってた母性本能をくすぐると言うヤツなの!?

なによっ!しっかりちゃっかり…自分でもわかってて使ってるんじゃない!
知能犯め〜〜〜っっ!!!




「………くぅ…」

「…………」

別に…あの仕草にホダされたわけじゃない…けど…

『30分でいいから。』

って言うから…
30分なんて睡眠時間になるのかしら?

私は言ってた通りテーブルの上に自分のパソコンを置いて
会社の仕事をやってる…

仕事と言っても簡単な社内用の回覧チラシ。
でもちゃんとイラストも入れて文字も洒落たのになんて注文が付いてる。

あんなおじちゃんおばちゃんばっかの倉庫でそんなの必要があるの?
まあ夜のアルバイトには若い子がいるらしいけど…

「…………」

そんなテーブルに向かって床に座ってる私の直ぐ横で彼がクッションを枕に寝てる…
そう言えばさっきもすぐ寝てたもんね…

本当に眠かったのかも…
ものの数秒で寝た気がする………

何か掛けてあげた方がいいのかしら?寒くないとは思うけど…

「よっと…」

冬から出しっぱなしの膝掛け用のストールを掛けてあげた。

「ホント熟睡してるんだ…良くよそ様の家で寝れるわね…」

私の左側で私の方を向いて寝てるから彼の左側の顔が見える。
左目の下の泣き黒子…寝てるくせに何だか妙に色っぽく見える……

だって何気に綺麗な肌で長い睫毛で…綺麗な形の整った眉…

これじゃ女の子にモテるのも頷けるかな…
そう言えば背も高かったな…

「…………」




ぐりぐりぐりぐり!!!!
さっきのお返しでツムジを指先で押しまくった。

「…ふあ?」

「おはよう。」
「………禿げる…」
「こんだけ毛があるんだから大丈夫でしょ!30分経ったから起きて!帰って!」
「…寝起きに…そんなガミガミ…」

そう言ってストールを巻き込みながら丸まった。

「もしかして…寝付き良いのに寝起き悪いの?」
「……え〜〜?……さあ…」

絶対そうでしょ!!未だに起き上がらないんだから!!

「ほら…起きて!」
「…奈々実さんが掛けてくれたの?」

自分の身体に掛かってるストールを掴んで私に見せる。

「え?ああ…風邪ひかれたら困るから!」
「……ありがと。優しいね奈々実さん…」
「別に。」
「仕事は?」
「え?ああ…大体終わったから…」
「そう?じゃあオレ手伝う事ないか…」
「最初から無いわよ!」
「じゃあ今日は帰ろうかな。」
「どうぞ帰って下さい。あ!ちゃんと玄関から帰ってね。」

「……ホント奈々実さんって貴重な存在。」

「え?」

その後は本当に素直に彼は玄関から帰って行った…




「え?ツバサ?」
「うん…」
「何で?急にそんな事聞くのよ?」

外出から帰って来た安奈に彼の事を聞いてみたんだけど案の定不思議がられた。
そうよね…いきなりそんな事聞くのおかしいものね…

「え?ああ……今日駅で見掛けたから…だってあの子あんた達の中じゃ
ちょっと違う感じがしたから…」

「そうね〜確かにちょっと変わってるかな…でもツバサ女の子に人気あるからね…」
「どう変わってるの?」
「なんて言うんだろ…ツバサ本当は女が嫌いなんじゃない?」
「え?」
「ツバサってさ上に姉貴が2人いるのよ。」
「お姉さん?」
「そ!確かお姉ちゃんくらいの歳だったと思うけど…何でも昔からその姉貴達に嫌な思いさせられてたみたいよ。」
「で…女嫌い?」
「女嫌いって言うか…構われるの嫌いみたい。でも何でだか本人からそんな素振りも雰囲気も出ないもんだから…」
「…………」
確かに…
「逆に何でだか構われちゃうのよね…ツバサって。きっと「弟」オーラが滲み出てるんじゃない?」
「弟オーラ?」
「確かに構いたくなるのよ。あのとぼけた顔見てるとね。」
「そう?」
「だって無表情なくせに眠たそうな顔してさ。なのに妙に女の子受けする顔なんだよね…
あの泣き黒子が曲者なんじゃない?」

「…そ…そう?」


私はそんな返事をしながら…

そう言えば彼の左側の顔を見ると何だか落ち着かなくなるのはそんな理由だったからなのかな?


な〜んて…そんな事あるわけ無いじゃない。




「……いる…しかも2人とも…」


何とか時間を潰し…もういい加減出掛けただろうと思って帰って来たのに…

玄関には高いヒールの靴と…他にブーツがある…

はあ〜〜凹む…


こんな事なら邪険にされても奈々実さんの所にもっといれば良かった……


遠慮なんかしないで…もう…今更だけど……



「ツバサ〜〜〜帰ったの?」


玄関で立ち尽くしてるとリビングからオレを呼ぶ声がした………





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