ひだりの彼氏


17




「奈々実さんつけて。」
「じ…自分でやりなさいよ。」
「奈々実さんがつけて。」
「まったく!ワガママなんだから!」
「そう?こんなに素直なのに。」
「どこが!?もう寄こしなさいよ!」
「まずは今ついてるの取って。」
「あ…そっか…もうメンドイ!」

仕方なく座る体勢を変えてお互い正面を向いた。
彼が顔を少し傾けて左耳を私の方に見せる。

「取るわよ。」
「どうぞ。」

彼の耳に手を伸ばして耳朶の後ろに指を掛けて今付いてる透ピンを外す。

「あ…ごめん…」

腕を伸ばしてやってるもんだからちょっと安定感が悪い。
取った後よろけて彼の肩に片手を着いちゃった。

「大丈夫……でも奈々実さんは謝るんだね。」
「え?」
「ううん……やりにくいならもっと近付けばいいのに。」
「だ…大丈夫よ。」
「何でどもるの?」
「う…うるさい!はい!コレ持って!」

外した透ピンを彼に渡す。
変わりに蝶のピアスを受け取ってもう1度彼の耳に向き直る。

「穴のあいてない所に突き刺さないでよ。」
「そんな事するわけないでしょ!」
「奈々実さんならやりそうで怖い。あいてない場所に無理やりあけそう。」
「どんな怪力よ!じゃあ自分でやりなさいよ!別に好意でやってあげてるだけなんだから!」
「やだよ。」
「じゃあ文句言わないの。」
「うん。」
「じっとしててよね…」
「うん。」

たかがピアスをつけてあげるだけでこんなにも緊張するなんて…
指先が震えてる…なんで?

「わっ!」

「!!」

緊張して指先からピアスが飛んだ。
でも間一髪両手でキャッチ!

「はぁ〜〜良かった…落とす所だった…」
「本当に大丈夫?やっぱり歳?」
「失礼ね!手元が狂っただ…け……」
「?」

咄嗟にピアスを掴むのに夢中でいつの間にか彼に抱きついてた!
彼の胸に飛び込んで首を両腕で抱きしめる様に伸ばして背中の真ん中辺りで
ピアスをキャッチしてたから思いっきり密着してる!!
横を向いたら彼の顔がすぐ横にあって焦る。

「あ!!!ご…ごめん…」

何焦ってるの?私!!こんな高校生相手に!!

「だからもっと近付けばって言ってるのに。」
「だから…大丈夫だって…もう少しだから…」
「うん。」

意識を集中して彼の耳朶を凝視してピアスを通す。

「…………」

ちょっと身体が触れただけでも謝る奈々実さん……
軽く奈々実さんの息が耳朶に掛かってくすぐったい。

今膝を立てて体育座りで座ってるオレの足の間に膝で立ってる奈々実さんがいる。
何で奈々実さんが緊張してるんだかわからないけど耳朶に当たる指先がちょっと震えてるからそうなんだよな。

だからかな…奈々実さんにわからない様に立ててる自分の膝の上に伸ばした腕を置いて
左手で右手の手首を掴んで奈々実さんをオレの腕の中に捕まえた。

奈々実さんはピアスを着けるのに夢中で気付かない。
奈々実さんの身体に触れたらわかっちゃうから触れない様に注意する…

この触れそうで触れられない距離が何とも言えず歯がゆい気がする…


「よし!できた!」
「ありがとう奈々実さん。」
「ほ〜〜なかなか似合うじゃない。」

奈々実さんがちょっと体勢を変えて後ろに下がるとオレの顔をまじまじと見てそんな事を言う。

「やっぱり選んだ人のセンスの良さかしら!うんうん!!」
「やっぱりつける人のビジュアルの良さじゃない。」
「は?それって自分がカッコイイと言いたい訳?」
「さあ。ただ似合ってると言いたい訳なんだけど。
奈々実さんだってそう思ったから良いって言ってくれたんでしょ。」
「そ…それは…ピアスが良いって事で…ん?」

言いながら身体をずらしたら背中が何かに当たった。
身体を捻って後ろを見たら彼の腕があって囲まれてた。

「ちょっ…ちょっと何よ!離して。これじゃ動けないじゃない!」
「バレた。」
「早く離れて!いつの間にこんな事…」
「奈々実さんがまたよろけたら危ないと思って。オレって優しい。」
「だからその棒読みじゃ説得力無いっていつも言ってるでしょ!」
「ふーん…じゃあ…」

「奈々実さんがよろけたら危ないから支えててあげたんだよ…」

「 !!! 」

彼の顔がスッと近付いて耳元にそんな言葉を囁かれた!
耳に彼の息がふんわりと掛かって…耳から身体全部がゾワンと痺れた。

嫌悪感なんかじゃなくて…甘く囁かれたから……
って!しっかりしなさいよ!!自分!!

「ねえ奈々実さん…」
「な…何よ……ちょっと…離れてよ…さっきより…ここ…狭い…」

あんまりにも腕が縮められてて彼の肩に手を着いた。
今は膝で立ってないからホントこれってもうちょっとで抱きしめられてるみたいで…

「本当にオレに会いたいと思わなかった…」
「え?」

また耳元に囁かれる…頑張れ!私!!!

「ちっとも?」
「と…当然でしょ…どうしてあなたの事思い出さなきゃ…いけないのよ……」

「そう……オレはね…会いたいと思ってたよ…」

「え?」

「なんてね ♪ どうだった棒読みセリフじゃなくて囁いてみたけど。」
「は?」
「ちょっとは信じてくれた?オレが優しいって。」
「…………」
「奈々実さん?」

「………この……バカッ!!」

ゴンっ!!!!

「アタッ!!」

軽く頭突きを食らわせてやった!

「う…痛い。奈々実さん…」

彼がオデコを押さえながら身体を捻ってうずくまる。
その隙に彼の傍から離れた。

「大人をからかうからよ!!反省しなさいよ!ふん!!」

「おかしいな…自分では上手くいったと思ったのに…」
「………」

う…上手くいってたわよ!不覚にもちょっとドキドキしちゃったじゃないのよ…
ああ〜〜〜余計腹が立つ!!

「あ…もうこんな時間…」

時計はもうすぐ7時になる所だった。

「あなたも帰りなさいよ。夕飯でしょ。」
「別に誰も待ってないんだけど今日オレ食事当番だった。」
「え?食事当番?」
「姉貴達は仕事だからね。週に2回くらいオレが作る。」
「え?あなたが?」
「中学の頃からやってるから上手だよ。」
「へえ…」
「感心した。」
「意外。」
「ありがとう。」
「駅まで送りましょうか?」
「近いから歩く。」
「そう。」

そんな会話をしながら彼が自分のカバンを持って玄関に向かう。

「ああ…」
「何?」
「今日は眠れなかった。」
「あ…そうね…でも仕方ないわよ。」
「残念。奈々実さんがオレに内緒で引っ越すから。」
「あなたに教える義理はありませんから。」
「そうだよね。でもこれありがとう。大事にする。」

そう言いながら彼が自分の耳についてる蝶のピアスを指さす。

「あのね…あげたわけじゃないんですからね。」
「わかってるよ。あ!そうだ。」
「?」
「はい。」
「え?」

目の前に彼の手が差し出されて…

「お菓子代。」
「え?」
「はい。」
「いいのに…片付けてくれたお駄賃だって…」
「他で貰う事にした。だからはい。」
「………」

手を出したらその中に500円玉が1枚落ちた。

「こんなに買って無…」

彼の親指と人差し指で顎をクイッと上に向かされた。
それから彼の顔が近づいて…

「ちゅっ…」

「!!」

最初は軽く触れてた彼の唇が強く押し付けられる。

「……んっ…」

今度は角度を変えて唇を押し付けられる…

「……ぅ…」

な…なんで…こんな声出るの…私…



どのくらいそんな事が続いたんだろう…

「お駄賃貰った。」

彼がそっと離れた。

「またね。」
「こ…これも…キスじゃ…ないの?」

どもるな!私!!

「お駄賃代わり。じゃあね。」

「!!」


軽く手を振って彼が玄関を出て行く…

え?うそ……もしかして…今…彼……

笑った?





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