ひだりの彼氏


28




「奈々実さん。」

「え?」

奇妙な共同生活は何事も無く毎日無事に過ぎ去っていく…

彼は昼間時々自分の家に戻ったりしてるらしい。
それに最近は夜大学受験の問題集や参考書を広げて勉強する様になった。

いつもの様に夕飯を食べてお風呂に入って音楽を聞きながら
私は雑誌を読んで彼はテーブルに勉強道具を広げてお勉強中。

「戸締りちゃんとして。」
「は?」

いきなりなに??

「オレ来月から2週間予備校の夏期講習受けなきゃいけないから。」
「え?夏期講習?」
「親の手前勉強してるトコ見せないといけないから。」
「何よ…その適当さは。」
「本当はそんなの受けなくても大学受かる自信あるんだけどこれも親孝行。」
「何だかムカつくセリフね。全国の受験生に対して失礼じゃない?」
「そう?オレ要領いいから。」
「あなたの場合 「狡賢い」 って言うのよ!」
「それ褒めてる?」
「褒めてるわけ無いでしょっ!!呆れてるのよ!!」
「まあいいや。だからオレ帰るの遅くなるから戸締りちゃんとしてね。」
「大丈夫よ…大人なんだし。」

どんな心配してるのよ…子供じゃあるまいし…

「奈々実さんは危ないの。自分の無防備さと学習能力の無さわかってないの?」
「私は無防備なんかじゃありません!!」
「ほら学習力無いじゃん。」
「大丈夫よ。」
「なんならオレが帰るまでお風呂入るの止めとけば?」
「だから大丈夫だってば…来月って1日から?」
「そうそこから2週間…でその後お盆休みだよね?奈々実さん。」
「そうね…お盆休みか…と言う事は夏休みも残り僅かね。」
「だね。」
「そっか〜〜〜 ♪」

私はちょっと気分が軽くなって弾んだ返事をした。
だって…やっと彼から解放される日が来るのよーーー!!ふふ ♪
それに学校が始まったらいくらなんでも家に帰るでしょ!うんうん!!

「………夕飯の支度はして行くから。ちゃんと食べて。」
「いいわよ。自分で作るから…最近あなたに作って貰ってばっかりだし。」
「奈々実さん作れるの?」
「失礼ね!何度か食べたでしょう?」
「だって確かカレーのから揚げのビーフシチューの…小学生でも出来そうなメニュー。」
「それが失礼って言うのよ!!ふ〜んだ!じゃあもうあなたなんかに何も作ってあげない。」
「うーん…それは困る。」
「え?」
「カレーもから揚げもビーフシチューも美味しかった。」
「!!」

ええ?何よ…可愛い事いってくれるじゃない ♪

「まあルー売ってるしね。から揚げも専用の衣着けて揚げるだけだし。」
「ウルサイ!!普通そうでしょ!!!」

ったく!余計な一言を…

「とにかく気を付けて。」
「私も月末と月初めは仕事で遅くなるから…」
「じゃあ尚更。他所の子に悪戯されないで。」
「されないって……もう…」

それに久々の1人の時間じゃない〜 ♪
せいせいするわよ〜〜〜♪


月末と月初めは締め絡みで遅くなる。
と言っても9時前には家に帰れるけど…
そんな会話を7月の終わりにして彼から聞いていたにもかかわらず
私は自分の忙しさも手伝ってすっかり忘れてた。


だから9時近くに帰宅して部屋が真っ暗だった事にとんでもなく驚いてしまった。

「え?なんで?」

鍵を開けて中に入ってもシンと静まり返ってる…
キッチンのテーブルの上にも料理は無いし…しばしパニック!!!

「…………」

しばらく明かりを点けたキッチンに立ち尽くした。

だって…そんな…急にいなくなるなんて……
昨夜だって…今朝だって…何も……

『 いい?戸締りちゃんとね。 』

「あ!」

彼の朝の言葉を思い出す。
そうだ…そうよ…彼今日から予備校の夏期講習だって……

「は…あ…そうか…そうよ…そう言ってじゃない…やだ…はぁ〜ビックリした…」

え?ビックリした??なんで??

そうよ…彼が居なかったからって…何でこんなにドキドキしてんのよ…
久しぶりの1人の時間が持てるって喜んでたんじゃない…

「そうよ…もう…」

冷蔵庫を開けたらラップに包まれた今日の夕飯のおかずが入ってた。
鳥のから揚げのあんかけ甘酢ソース掛け…
お鍋にはお味噌汁も作ってあるし…ご飯もちゃんと炊けてる…
彼が言う通りそんなに料理の腕も無い私にはもう頭の下がる思い…

「どんな高校生よ…ホント嫌味かしら……って美味しいんだけど…」

それがまた癪に障る……
お蔭で最近太った気がしなくもない…



先にシャワーを浴びた。
久しぶりに1人と言う気持ちがちょっと心細さを膨らませる。
風呂場の窓はちゃんと閉めた…ってそう言えば玄関の鍵ちゃんと閉めたっけ?
チェーン掛けたっけ??ちょっと…

いつもは気にしないそんな事まで気なる…
だから早々に上がって玄関に直行した。

「良かった…ちゃんと掛かってた…」

鍵もチェーンも掛かっててホッとする…
もう要らん心配が増えてる気がするのは気のせい??

前は2階に住んでたって言うのもあるけどちょっと戸締りが気になる。

しっかり夕飯を食べて今日のデザートは苺のムースケーキ…
また太っちゃいそう…でも頬張って食べた。


「…………」

何となく落ち着かなくてテレビを点けてボーっと眺めてる…

左側が何だか寒い気がするのは気のせいよね……
体育座りで膝を抱えてそんな抱えた膝の上に顎を乗せてテレビの画面を見てる…

どんな内容なのか全然頭に入って来ない……

時計を見たら10時半を少し廻った所…
そう言えば何時に帰るって言ってたっけ?

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

「はっ!!」

携帯が鳴って素早く飛びついた。
メールで相手は彼から!

『 着いたから鍵開けて 』

とっても短い文章…でも彼らしい。
私はワザとゆっくりと歩いてチェーンと鍵を開ける。

「ただいま奈々実さん。」
「……おかえり…」

ワザとどうでもいい言い方をした。

「ちゃんと戸締りしてたんだ。」
「当たり前でしょ。」
「夕飯食べた?」
「食べました。」
「お風呂入った?」
「入りました。」
「オレの事待ってた?」
「待ってまし………はっ!!まっ…待ってない!!!
誰があなたの事なんて待ってますかっていうの!!
1人で清々してたんだから!」
「そう。」
「何よ!変な誤解しないでよ!!」
「しないよ。」
「…………」

無表情だけど…頭の中は絶対私が1人で寂しがってて
自分の事待ってたとか思ってるはずよーー!!

「なに?」
「別に!」
「そう。」
「あなたこそちゃんと勉強してきたの?」
「5時間ね。半分寝てたけど。」
「ええ?本当?もう一体何やってるのよ!」
「睡眠勉強法。」
「バカじゃないの!!!」
「嘘だよ。寝てたら怒られるって。予備校だよ。」
「………」

まったく…帰って来た途端人の事からかうんだから……


彼がうちに来てから約10日…
それだけの間でこんなにも私の中で彼がいるかいないかで差があるんだ…

なんて事を考えさせられてしまった……

「ん?なに?」

シャワーを浴びる為に着替えを準備してる彼を見てたら気付かれた。

「べ…別に…」
「一緒に入りたいの?」
「は!?」
「オレは別にかまわないけど。」
「私がかまうわよ!入るわけ無いでしょ!勘違いしないでよ。」

まったく…またいつもの無表情で言うから本気なのか冗談なのかわからなくなる…
まあきっと彼はいつも冗談なんだろうとは思うけど…

この前口移しでアイスなんて食べちゃったもんだから何だか段々彼の事がわからなくなって来た…

「そう?じゃあ入りたくなったら勝手に入って来ていいよ。」
「だから入りませんって!!もう…ホント生意気なんだから!!」
「どこが生意気なのかわからないんだけど?」
「全部よ!全部!!!体中から滲み出てるわよ!!」
「そう。」

スタスタと彼が歩いて行くのをなんとなく視線だけ追いかけて見てた…

良く見ると…って言うか…良く見なくても…
きっと彼はモテる方の部類に入る容姿なんだと思う…

背も高いし顔だって高校生の男の子にしては小奇麗な顔をしてるし…

私…なんでそんな子と一緒に暮らしてるんだろう…自分でも何でなんだかわからない…


そんな事を思ってた私だけど…

この夏休みの間の奇妙な共同生活が今までの人生の中で

一番の思い出深い記憶になってる事は間違いなかった…





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