ひだりの彼氏


37




いきなり急ブレーキが掛かって車が急停止した。

一般の道路だけど街頭と街路樹があるだけで住宅街も通り抜けたらしい…
周りはお店も家も無くて静かだった。

「何なんですか?早く出してください。」
「奈々実!」
「イヤッ!!!」

シートベルトを外した彼がいきなり覆い被さって来た。
私はいきなりの事で…しかもシートベルトをしたままだから腰が固定されてて
シートから身体が動けなかった。

「…っ!」

揉み合ってたら首筋にチリッと痛みが走って余計に心臓がドキリと跳ねる。
キスされそうになって顔を背けたら今度は反対側の首筋に暖かいモノが触れた。
唇を押し付けられてる?

「!!」

心臓がこれ以上無いくらいバクバクと波打つ。

「イヤって言ってるでしょ!」

そう叫んでとにかく身体を動かしまくって喚いた。

「どうして連絡して来なかったんだ?」
「!!」

そんな彼の言葉が耳元で聞こえた。

「今日奈々実も来るって言うから無理矢理参加したんだ。」
「何言ってるの?どうして私から連絡なんて出来るのよ!信じられないわ!!」

本当に頭に来て彼を睨みつけた。
もともと気の弱い所がある彼だからそんな私の言葉と睨みで私から目を逸らす。

「さっきお店で私たちの事は誰も知らないって言ってたけど知ってるわけないでしょう!
あなたが最初に周りにはわからない様に付き合おうって言ったんだから!
そうよね?周りに知られるわけにはいかなかったわよね?
海外事業部の部長の娘さんと付き合ってたんだから!」

そう…この人は内々に進んでたその部長の娘さんとの結婚を私には一言も言わずに
私に近付いて来た。

最初はただの同じ会社の同僚だった…でも段々と個人的に付き合う様になって…
なんとなく私はこの人と付き合ってるのかな…なんて思い始めてた…

「好き」だとか「付き合おう」とか言われた訳じゃなかったけど…

周りに知られて騒がれるも嫌だからって…
職場で浮かれてるなんて思われると困るって彼に言われたから
やっぱり私達付き合ってるんだな…なんて思ったし…
私も色々詮索されるのが嫌だったから彼の申し出に頷いた。

その時は部長の娘さんとの話を社内で知ってる人はいなくて…
もちろん私も知らなかった…知ってたら彼との付き合いもきっと違ってたと思う。

「奈々実が俺を癒してくれてたって気付いたんだ…彼女といると疲れてね…
もともと甘やかされて育てられたせいか気ばっかり強くてプライドも高くて…
俺の気持ちは休まる事が無い…でも奈々実は違う…一緒にいるだけで安らげた…だから…」

「だから…何?」
「だから……やり直さないか?やっと落ち着いて俺も動けるし…」
「……じゃあ奥さんとは……離婚するの?」
「…………」
「どうなの?」
「……離婚は…出来ないよ…結婚したばかりだし…
それにそんな事したら俺の会社での立場は悪くなる…」
「は?」

もう…呆れるやら…情けないやら…

「じゃあまた彼女には内緒でって事なの?」
「それでも俺達は上手くやってただろ?怜子とはこれからの為に別れる訳にはいかない…わかるだろ?
でもそれを続ける為にも俺には奈々実が必要なんだよ。」
「どう必要なのよ。」
「今俺いろんな事に一杯一杯でさ…奈々実にはそんな仕事や怜子との生活に疲れた時に俺を癒して欲しい…
今度はもっとちゃんと上手くやるから…な?悪い様にはしないから…」
「…………」

何がどう悪い様にしないんだか…
結婚してて…それって不倫になるって時点でその考えおかしいでしょう?

「あの人公認なら考えてあげても良いわよ。」
「え?」

彼が何とも言えない複雑な顔をした。

「だからちゃんと私とも付き合うってあの人に宣言して付き合うなら
お茶くらい付き合ってあげても良いわよって言ってるの!」

私はコレっぽっちも思ってない事を口にする。

「な…何言ってるんだよ…奈々実?」
「もうあんな事は2度とご免なのよ!だから奥さん公認なら考えてあげるって言ってるの。」
「…………」
「それにもし万が一でもあなたとの間に子供なんて出来たら絶対認知してもらいますからね。
裁判沙汰になっても必ず認めてもらいますから!絶対にあの人に黙ってなんかいない!
その覚悟があるって言うならもう1度さっきの言葉言ってみなさいよ!」
「…………」

それこそあり得ない話しを口にした…
でもそう言えばこれ以上彼が私に迫って来るとは思えなかったから…

そんな事を強気で言いながら……本当は涙が出そうなほど悔しい気持ちだった…





Back  Next



  拍手お返事はblogにて…