ひだりの彼氏


46




「おはよう奈々実さん」
「……おは…よぅ……ふわぁ〜〜」

まだ目が覚めきってなくて最後の方は欠伸に飲み込まれた。

「奈々実さん」
「……ん ?」

まだ頭は起きてなくて…このまままだ眠れるかも…なんて思いながら自然と目が閉じる。

そう言えば今何時なんだろう?
って…目が覚めた時に彼が隣に…ベッドにいるなんて珍しいな…
なんて寝ぼけた頭でそんな事を思ってた。

「これからも泊まりに来ても良い?」
「……え?」

寝起きにいきなり彼は何言うんだ??頭がまだ働いてないんだけど……

「平日は我慢する……奈々実さんが許してくれなさそうだから…でも週末はココに来るから」
「………はい?」
「どうせ自分家にいても1人だし奈々実さんの食事の世話もしなきゃいけないし」
「あなたが家で1人はわかるけど……何で私の食事の世話??」
「だって奈々実さん1人になると食事が手抜きになるから。1人分作るのも2人分作るのも変わらないし」
「……結構です!子供じゃあるまいし……自分の管理くらい自分で……」

「こんなに細いのに?」
「きゃっ!!!」

彼がいきなり覆い被さって来て私を両腕で抱きしめた。

「ちょっ…ちょっ……ちょっと!!!何すんの……」

私はちょっとしたパニックで…流石に目が覚めた。
彼の両肩を掴んで押したけどびくともしない。
まあ寝起きで力が入らないのもあったけど……

いきなり何すんのよ!!このセクハラ高校生!!!

「どきなさいよ!!重いでしょ!!」
「奈々実さんが承諾してくれたらね」
「は?」
「週末の通い妻 ♪」
「はい?」
「甲斐甲斐しく通ってあげるよ」
「結構よ!」
「え〜〜〜〜」
「!!」

心の中で私は ” うっ!! ” っと声を上げた。
だって……彼が訴える眼差しで私を見下ろしたから!!

ダメ…彼のその眼差しは私の反発する気持ちを飲み込んじゃうのよーーー!!

「やだ」
「や……やじゃない……ここは…私の家なんだから…言う事聞きなさいって……」

あまりにも近い彼の視線に目が合わせられない……

「ひゃっ!!」

いきなり彼が頭をガクッと下げるから私の胸の上に彼の頭が乗っかった。
サラリと彼の髪の毛が私の顎のすぐ下にあって細くて軽そうな髪の毛が揺れる……

ホント男のクセにサラサラヘアーって……ムカつく!!
って今そんな事思ってる場合じゃ……

「もーーーー!!どいて!!これってセクハラだって!!出入り禁止にするわよ!!」
「奈々実さんがいいって言ってくれたら離れる」
「はぁ?何よそれ!脅すつもり?」
「脅してなんかないじゃん。お願いしてるんでしょ」
「……受験に…差し障るから……」
「だから迷惑掛けないって。今の所余裕で合格圏内だから安心して」
「ご両親に……内緒にしてるんでしょ?
それに高校生がこんな年上女の所に入り浸るなんて他所の人に知れたらまずいじゃない……」

後々の彼の生活に係わって来たら申し訳ないし……
あらぬ噂も立てられるし……良い事なんてない……

「…………」

「その時は責任取るから大丈夫」

「え?」

……一体……どう言う意味??

「大丈夫。もうこのアパートの人には奈々実さんの所でやっかいになってるって知れ渡ってるから」
「はい???」

思いっきり怪訝な顔で彼を見上げた。
今度はバッチリ視線を合わせて……

「夏休みの間にここに住んでる人全員に会えたんだよね。外に出た時とか買い物から帰った時とか」
「え?」
「それに全員がオレと奈々実さんの事気にしてるわけじゃないしね。ウルサそうな大家さんはここにはいないし」
「…………」
「オレの親のことは気にしなくて大丈夫。ウチの親オレには逆に気を使ってるから早々うるさく言わない」
「?」
「小さい頃から姉貴達に散々な目に遭わされてきたから親がオレを不憫に思って好きにさせてくれてる」
「は?」

不憫に思われるほどお姉さん達に弄られてたの?

その時は 「絢姉さん」 の事しか聞いてなかったらそんな風に思ったけど
後でもう1人の彼のお姉さんの 「泉美さん」 の話を聞いてホント彼って悲惨な子供時代を
過ごして来たんだと同情してしまった……

遊び相手で骨折の脱臼って……遊びの域を超えてるでしょ?
しかも擦り傷に打撲は日常茶飯事なんて…
またそんな事を普通に……当たり前の様に話す彼で……

その話を聞いた時は思わず彼の頭を撫でそうになったわよ……
私には弟はいなかったけどいたら彼の事を彼のお姉さん達みたいに扱うんだろうか?

うーーん……
でも…何となく彼のこの見た目の雰囲気と性格のせいじゃないかと思うけど…

ってこれは本当にちょっと後に聞いた話で今はそれどころじゃ……


「奈々実さん……」

うるうるの瞳で見下ろされた……いつもは絶対にしない瞳……

「………」

ああ……もう……そんな瞳で私を見ないでーーーー!!

「この話はもうお終い。今日で帰って…」

言えた!!言えたわよ!!私!!

「1人で食事するのは寂しい」

「!!」

はうっっ!!!さっき以上のうるうる攻撃されてる!!!
しかもちょっと首まで傾げて…前彼の言ってた母性本能くすぐり攻撃じゃないの??
だめ!!その瞳に騙されちゃダメだって!!!

「たかが週末だけだよ」
「ひゃっ!!」

彼が耳元でそっと囁いた。
いつもの無表情の顔と感情のこもってない話し方はどうしたのーーー!!

何だか総攻撃されてる??確実に私が頷くまでこの状態??

私の身体に廻された彼の腕の力は緩む事もなくて…も…私も一杯一杯で…

「ちょっ……ホント…どい…て…って…」
「OKしてくれるまで止めない」
「ひぇ……」

彼の頭が私の首筋に埋もれる……ただそれだけなのに…
彼の肌が私に当たってるわけじゃ無いのに…別に襲われてる訳じゃ無いんだけど……
彼の息遣いを首筋に感じて……変な声まで出ちゃったし…

いつもと違う彼に思いっきり戸惑う……これって…どう対処すれば!!!

落ち着け!私!!落ち着くのよ!!!年上でしょ!!社会人でしょ!!!

「じゃ…じゃあ…あっちでゆっくりコーヒーでも飲んで話しましょうよ?ね?」

そうよ!まずはこの態勢をどうにか…

「奈々実さんが 「うん」 って言ったらね。そしたら美味しいコーヒー入れて朝ご飯にする」
「はあ??」

彼の方が一枚上手なの??


「…………」

ちょっと…もう一体どのくらいこの状態?ぎゅっと抱きしめられたままで…密着してて…
密着してる所がいつの間にか暖かくなってて…

そのほど良い重さと暖かさで……落ち着いて来たら何だか眠く……

こんな気分久しぶりかもしれない……なんて頭の隅っこで思ってた。


「奈々実さん?」

抱きしめてる奈々実さんの身体から力が抜ける……?

「……成績…下がったら…お泊り禁止……だからね……」
「!!」

ポソリ…と奈々実さんが呟く様にそう言った。
言ったよな?それってOKってこと……

「それから……変な噂が流れたら……もう…会わないから……」
「!!」
「あなたはね……まだ高校生なんだから……もっと歳の近い子を選び……」
「だから……奈々実さん以外の女子は嫌だって……何度も言ってる」
「…………ホント…物好き……なんで?」

なんで?そんなの決まってる……

「奈々実さんが奈々実さんだから」

「なにそれ?」
「それが本当の事」
「良くわかんない……」
「いいよ…わからなくても……」
「いいの?」
「いい………ちゅっ……」
「んっ……」

最初は触れるだけのキスをしてそのまま深い深いキスに変わって行く……
奈々実さんは抵抗しないでオレからのそんなキスを受け入れてくれてる…

お互いやめる気配のないまま舌を絡ませ合って……どのくらいそんなキスをしただろう……

「……はぁ……これって…キス?」

唇を離すとちょっと呼吸を乱した奈々実さんがオレに聞く……

「奈々実さんがOKしてくれたお礼」
「そう……」

お礼か……私は納得した様な…しない様な……

「いつか…ね」
「?」

彼はそう言うと私の身体に廻してた腕を離してベッドから下りる。
そのままキッチンに歩いて行った……

キッチンから食器を弄る音がするからきっとさっき言ってくれた通り
コーヒーを淹れてくれるんだろうと思う…


何がいつかなんだろう?


彼が離れて密着してた所が急に温度が下がって寒いと感じる…

そんな事を感じながら結局週末のお泊りを許してしまったな…なんて思ってる私……

でもね…何となく…本当に何か動物を飼ったみたいな気分なのよね……

懐いてるけど…でもどこか気紛れで…自分勝手で……手の内を見せなくて…
甘えてくるわけでも無くて……だからって傍に寄ってこない訳じゃなくて……

きっと…猫ってこんな感じなのかな?なんて思ってしまった……

って事は私はそんな猫に振り回されてる飼い主???う〜〜ん……



新学期から始まった本人曰く 「週末の通い妻」 がこれからしばらくして

週末だけじゃなくなるなんて……

この時の私にはまったく予期してない事だった……





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