ひだりの彼氏


48




「ちょっ……ちょっとまっ……ちょっと!!!」

グイグイと安奈に腕を掴まれたまま人混みの廊下を歩き続ける。
彼のクラスが喫茶店をやってて彼のウエイター姿が評判らしいからって
一番先にその教室を目指して皆で歩いてる……

んだけど……
私は心の準備が出来てなくて……ちょっと待ってよーーーーーっっ!!!

「うわ〜〜〜ホント懐かしいな〜〜」

歩きながら安奈はキョロキョロと周りを見回してる。

「生活指導の小森もまだいるんですよ。センパイ ♪」
「え?マジ??アイツには世話になったもんな…」

もう先生呼び捨ての一体何を世話になったのよ!!
大体想像つくけど……

「後で先生巡りでもしようかな……」
「じゃ…じゃあ先にすれば?」

私はここぞとばかりにプッシュする。

「はあ?だから早目に行かないとドーナツがなくなるって言ってるの!さっきからごちゃごちゃうるさいなー」
「だって……朝食べたばっかりだし……」
「何言ってんのよ!もうすぐお昼だよ!お姉ちゃんはもう少しお肉つけた方がいいのよ。
前はもう少しふくよかだったじゃん。あの頃が丁度良かった気がするからさ……
これからは年とるばっかなんだから干からびて骨と皮になっちゃうよ」
「し…失礼ね!そんな事にはならないわよ!!最近は結構食べる様になったんだから!」
「料理下手なお姉ちゃんが?」
「す…少しは腕も上がったの!」
「ふ〜ん……」
「…………」

な…何よ?その返事と横目の眼差しは!!!

「センパイやっぱ混んでますよ」
「うわ!本当だ……恐るべしツバサパワーかしら?」
「…………」

目指す教室は他の場所とは確かに違う人だかり……
ひーーーー!!まずい!!これは……本当にマズイわよーーーー!!

「ああああ……安奈!!」
「ん?」
「わ…私ちょっと他見てくるから!!」
「後で一緒に見ようよ。今はドーナツ」
「ま…まだお腹空いてないし……さっき来る途中で気になる場所があったから…そっち行って来る」
「えーーはぐれるとメンドイじゃん」
「携帯あるでしょ?こっから別行動でいいからさ。安奈は色々付き合いもあるだろうし……
何かあったら連絡くれればすぐに戻るから……ね?」

そう言いながら私は両足を踏ん張ってる。
きっと顔も引き攣ってるんだろうな……

「わかったわよ。じゃあ後で携帯に連絡するから。迷子にならないでよ?」
「だ…大丈夫だから……じゃ…後でね!!」

私は一目散にその場から退散した。
もう冗談じゃないって!!!それに彼と親しげにしたら安奈にバレちゃうし……

絶対彼ってばワザとわかる様な態度とりそうだもの!!


「頑張ってる?ツバサ〜〜 ♪」
「あれ?安奈センパイだ」

何でだか結構な忙しさでうんざりしてる所に教室の入口で顔だけ出して
オレに手を振る安奈センパイを見つけた。

「すごい人気じゃない?」
「良くわかんないけど……もう疲れた」
「相変わらずやる気の無い男ね……」
「そう?普通だよ」
「お姉ちゃんも一緒だったんだけどさ〜そこで逃げられた」
「逃げられたの?」
「きっとここには来ないと思うわよ。残念だったね」
「…………」

安奈センバイが意味ありげに笑う。

「帰ったわけじゃないんでしょ?」
「他の場所見て来るって言ってたけどね」
「なら後で自分で捜す」
「そう」
「なに?」
「ううん…上手くいってるのかなぁって思ってね」
「さあ」
「センバイなんの事ですか?」
「ツバサ君後で一緒にまわろうよ〜」
「やだ」
「もーー何だよケチ!」
「いつも言ってるじゃん。ツバサは扱うの難しいって」

「三宅〜〜仕事しろ〜〜!!」

「ほら呼んでるよ」
「人使い荒い」
「少しはやる気出しなさいよ!」
「出ない」
「お姉ちゃん相手なら出るのに?」
「そう」
「ふ〜ん」
「じぁねセンバイ」

仕方なく嫌々仕事に戻る。
奈々実さんが来るかどうかは自信が無かったけど来たんだ…
まさか安奈センパイが引っ張り出してくれるとは……
って言うかここまで来て逃げるとはわかり易いな…流石奈々実さん。

確か休憩時間まであと30分……は〜



「お姉さん寄って行きません?」
「え?」

逃げる様に校舎から飛び出して歩いてたら呼び止められた。

「1回50円どう?」
「………」

ヨーヨー釣り?

目の前には水の入った大きな水槽とその水の上に浮かぶカラフルなヨーヨー…
何人かが挑戦してた。

「へー…懐かしい……」
「でしょ?やってく?」
「そうね…じゃあ1回」

本当に気紛れで…でも何気にやる気満々だった。

「毎度あり〜〜〜 ♪ はい!どうぞ」
「よし……」

渡された釣り道具を握り締めて水槽を覗き込んだ。


「ひゃ〜〜〜〜だめだめ!!ちぎれ……!!」

そんな声の後にブチリ!とコヨリの部分が切れた。

「ああ〜〜〜残念!!もう1回!」
「え?何?お姉さんやる気入っちゃった?」
「何だか悔しい〜〜!」

言いながら目の前の男の子に50円を渡す。

「はい。どうぞ!」
「ありがとう……さて……え?」
「こうやんだよ……」

そう言うと目の前にいたお店の男の子が私の背中に廻って私が握ってる手の上から自分の手を乗せてきた。

一瞬どうなったのか訳がわからなかったけど……
直ぐ横に男の子の顔が……それに反対の肩に彼の手が乗ってて…これって……どう言う…こと??

「あのオレンジのでいい?」
「え?あ…うん……」
「じゃあこの角度で……金具を横から滑り込ませて……」
「………」

ヨーヨーを釣る事と背中にいる彼と…わけがわからない!!
とにかく…は…早く離れて欲しいんだけど……

「っと……やったーーー!!お姉さん釣れたよ!!」
「え?あっ!わーーやった!!」

狙い通りのオレンジ色のヨーヨーを釣り上げた。


「はい。お疲れさんでしたお姉さん。」

そう言ってヨーヨーを渡された。

「あ…ありがとう…君のお蔭だよね…」
「はは…美人にはサービス ♪」
「え?」
「まだ帰らないんでしょ?」
「え?あ…うん…」
「ゆっくり見てってよ。また時間あったら寄って。」
「……え?…そ…そうね…」

ってこれって……営業的な社交辞令??

「何だよ青木仕事中にお姉さんくどいてんじゃねーよ」
「バッ…違うって!!」

すぐ傍の他の男の子にそんな事言われて焦ってる……

「じゃ…じゃあねお姉さん!!ホント時間あったらまた来て」
「………」

私は曖昧に笑ってぺこりと頭を下げてその場を立ち去った。

胸が……ドキドキしてる……
あの男の子に傍に寄られたからだ……同じ男の子でも彼とは違う違和感があった…

って彼じゃないんだから当たり前だけど……なんか……身体中がムズムズ…ザワザワ…
他人に触られたんだ…なんて思って嫌な感じだった……

結構な人が賑わってそんな人混みに疲れたのか私は人気を避ける様に体育館の裏に逃げ込んだ。

「は〜〜何だか疲れちゃった……」

体育館に繋がるコンクリートの階段に腰を下す。
そして手に持ってるヨーヨーをじっと見つめる……

「もう…帰ろうかな……って安奈がいるんだった……置いていくわけにもいかないし……は〜〜」

途中まで車に乗って来てたから…それに身重の安奈を歩いて帰すなんて出来ないし…

「しばらくここで時間潰そうかな……って言うか寝ちゃおうか?」

なんてそんな事を考えてたら携帯が鳴った。

「安奈かな?」

覗き込んだ画面に表示された名前は……

「………はい?」

『奈々実さん今どこ』

「…………」
『どこ』
「………体育館の……裏……」
『すぐ行く』

そう言うとあっさりと通話が切れた。

「なんで教えちゃうかな………はあ〜〜〜」


まあ安奈から私が来てることなんてバレちゃうわよね……

でも……でもね……何だかホッとしたのは隠し切れない事実なんだな……って思った。





Back  Next



  拍手お返事はblogにて…