ひだりの彼氏


49.5




「え?ツバサ?」
「あ!安奈センパイ」

夏休みが始まって1週間経った頃お姉ちゃんのアパートに様子を見に来たら
お姉ちゃんの部屋の玄関の前でなんでたか後輩のツバサとバッタリ会った。

「え?ウソ?何で?何でツバサがお姉ちゃんの部屋から出て来るのよ?」

普段からあんまり物怖じしない私でも流石に驚いた。

「ホームステイ中」
「は?」

妹のあたしに見つかったと言うのに表情ひとつ変えない男…そう言えばツバサはそんな男だった。


初めてツバサと会ったのは1年生が入学してすぐの時…
なかなのイケメンの1年の男子がいると学校で噂になったからだ。

友達とおもしろ半分に見に行くとそこには眠そうな顔をしてるくせに
でも綺麗な顔した何とも可愛いらしい男の子が座ってた。

左目の下の泣き黒子が特に悩ましいなんて言ってあっという間に学校の女子の間で有名になった。


「何なの?あの子」

そんなセリフが女子の間で飛び交う様になったのはツバサが騒がれるようになってすぐの事だった。

「なんかさ〜マジ引く物言いなんだよね〜」
「無表情だしさ〜ニコリともしないし〜」
「女子に興味無いんじゃん?あっちがお好み?」

まあ色々とんでもない噂や中傷めいた言葉も飛び交ったけど当の本人はまったく気にする様子も無く
いつもマイペースで何事も無かった様に過ごしてた。

そんなツバサを面白くなく思ってた男共もいて…
でももともと校則が緩いと言っても進学校の一歩手前の様な学校だったからそれ程悪い奴もいなかったんだけど…
ツバサのあんな容姿を見てちょっとは強気に出れると踏んだのかちょくちょくチョッカイを出されたらしい。

それなのに……いつもツバサは無傷で戻って来た。

「あんた一体何者?」
「…………」

放課後の昇降口で帰るツバサを捕まえた。

「…………」

「ちょっと!!」

人が話しかけてんのに目の前でシカトして靴を履き替え始めたじゃん!!

「あんた人の話し聞いてんの?シカトすんじゃないわよ!」
「………なに」
「え?」
「オレに何の用」
「だからあんた一体何なのって聞いてんのよっ!!」
「…………見ての通り 「人」 」
「はあ?」
「もういい?」

そう言って行こうとする。

「ちょっと!!ストップ!!止まれ!」
「………」

無表情のくせにとんでもなく迷惑ってのが顔から滲み出てた。

「ちょっと……」

ツバサの腕を掴んでもう一度廊下に引き戻した。

「あのさ…」
「触んないで」
「え?」
「………」

私が掴んでる自分の腕に視線を向ける。

「ああ……」

掴んでた腕を離したのにまだツバサの不機嫌オーラがなくならない。

「そんなに迷惑?」
「帰ってもいい」
「話が終わったらね」
「…………なに」
「もしかしてあんた……女が苦手?」
「…………」
「嫌い?」
「女子は嫌い。鬱陶しくって面倒だから」
「じゃあ男が良いんだ?」
「男にも興味無い」
「ふ〜〜ん……じゃあ誰が好きなの?」
「オレを放っといてくれる人」
「へーー」
「もういい?」
「…………」

おもむろにツバサの腕をもう一度掴んだ。

「もしかしてこれもダメなの?」
「勝手にオレに触らないで」
「何でそこまで?」
「…………家庭環境」
「へ?」
「もう帰る」
「…………」

下駄箱の前で靴を履き替えてるツバサを眺めてた。

「ねえ…」
「?」

「あたしと付き合ってよ ♪ 」

「やだ」

まったく…間髪入れずに即答で断ったわね。

「なんでよ?こう見えても付き合ってくれって良く言われるのよ」
「ならその人と付き合えば」
「ツバサがいい」
「やだ」
「…………ぷっ!!くっくっ…あはははは!!!」
「………」
「あんた変わってるね〜言われない?」
「さあ」
「けっこう自分としてはイケてると思うんだけどな〜自信無くすんだけど?」
「見飽きてる」
「は?」
「そう言うの」
「見飽きてるって……」

その言葉の意味が判ったのはその年の文化祭だった。

学校中がざわめいたと言っても過言じゃない…

ツバサの姉達が文化祭にやって来たからだ。
2人の姉の1人がこれまた超美人で色っぽくてセクシーで…男共はハナの下伸び放題。
先生達も同じだ。

「ツバサ……」

そんな名前を呼ぶだけなのにどれだけこのお姉さんがツバサを気に入ってるか嫌って程周りはわかった。
しかも微笑みながらツバサに手を出すんじゃないわよオーラ出しまくって…
あたしら女子高生なんて眼中に無いって感じだった。

はいはい…こんな姉貴がいたんじゃあたしらなんてガキもいいところでしょうよ。

いつの間にかツバサを相手にする奴はいなくなって…
と言うか相手に出来ないって皆悟ったらしい。

男子に呼び出されても無傷で帰って来るツバサに尾ひれの付いた噂まで流れて…
余計チョッカイも出さなくなったらしい。

あたしはと言うとあれからツバサとは時々話したりはしてた。
好きと言うわけじゃないけど何だか構うと面白いしツバサ本人もなかなか面白いキャラクターだと思ったから。

ツバサに係わる時はちょっとコツがあってとにかく馴れ馴れしくしない事だ。
一線を置けば結構話してくれたりする。
時々変な事も言ったりして面白い奴って言うのがあたしの感想。

確かに1度家に連れて来た時にお姉ちゃんに会ったはずだけど…
あの時は本当に珍しい事でよっぽど暇だったのか気紛れか…

でも2人が話してるところなんて見てないし…



「どうぞ」
「ありがとう……」

お姉ちゃんの家でツバサに冷たい飲み物を出されるって……どう言う事??


「どうして?何でツバサがお姉ちゃんの所にいるわけ?」
「夏休みの間ホームステイさせてもらってる」
「ホームステイって…ただの居候じゃないの?」
「奈々実さんはそれじゃ泊めてくれない」

な…奈々実さん?

「ツバサ……」
「?」
「あんたお姉ちゃんの事…好きなの?」
「………さあ」
「…………」

今までのツバサからするときっと今の返事は本音なんだろうと思う。

「あの日から?家に遊びに来たじゃない?あの時初めて会ったでしょ?」
「あの前から」
「え?」
「でも奈々実さんが安奈センバイのお姉さんだったのは知らなかった」
「偶然?」
「うん」
「そう……で?」
「?」
「これからどうするの?」
「さあ…とにかくこのまま居る」
「その先は?」
「さあ」
「まったく……さあばっかじゃん!」
「だね」
「まああんたの事だからお姉ちゃんを弄んで…なんてのはなさそうだけどさ……
遊ぶつもりなら今すぐここから出てって」
「………」
「あんなお姉ちゃんだけどあたしには大事な姉貴だから。また傷付くの見たくないから」
「………」
「お姉ちゃんが話してくれたわけじゃないけどさ…多分痛い思いしたんだと思うんだ…
あんなに痩せちゃったしね」
「だね。奈々実さんはもう少しお肉ついた方がいい」
「は?」
「なに」
「いや…ツバサが女に興味あるなんて意外で……」
「そう」

意外も意外よ…

「上手くいってるの?」
「さあ」
「ふーん…お姉ちゃんは?ツバサの事……」
「奈々実さんはそんな事無いと思う。オレが押し掛けて来ただけだから」

ツバサから……うそ…

「出来れば見なかった事にして欲しいんだけど」

「え?」

「まだここから出る気無いから」
「ああ…そっか……」
「オレの方は問題無いから」
「あのお姉さんも?」
「今自分の事で手一杯らしい」
「へ?」
「オレの代わりが見つかったらしいから」
「ええーー!?あの姉貴が?マジ?」
「流石にオレも驚いたけどいいタイミングだった」
「は〜〜〜〜」

あたしはホントびっくりで…
今でもあの文化祭の時のツバサの姉貴を思いだせるほどの
インパクトのあった姉貴がねぇ…はあ〜〜〜

「内緒で」
「………」
「………」
「最後までお姉ちゃんを最優先で考えてくれるならいいわよ」
「………」
「このまま続けるにしろ別れるしろお姉ちゃん泣かせたら許さないからね!」
「わかった」
「はぁ〜〜〜」
「なに?」
「あんたがわかったなんて…お姉ちゃんあんたに何したの?」
「何も」
「何も?」
「奈々実さんはオレに何もしなかった」
「………ふーん……」

そう言えばツバサの好きな人って自分を放っておいてくれる人だっけ?
ベタベタされるのも嫌いだったもんね……

お姉ちゃんがツバサにベタベタなんて…無いもん…想像出来ない……

「わかった。しぱらく親には黙っててあげる」
「ありがと」
「!!」
「なに?」
「あ…あんたがありがとうなんて……ホントどうしたの?」
「別に…思ったから言っただけ…流石に奈々実さんの親に反対されたらここにはいられないから」
「ふ〜ん……まあバレない様に気をつけないさいよ」
「うん」


お姉ちゃんが帰って来る前にあたしはお姉ちゃんの家を後にした。
だけど…まさかツバサがお姉ちゃんと暮らしてるなんて……びっくりだったわよ…

あの分じゃまだ一線は越えてないみたいだけど……

でも…お姉ちゃんとツバサが……ねえ…なんだかピンとこないんだよね…

まあこの先どうなるか……しばらく観察させてもらいましょうか ♪

さて…お母さん達があんまりお姉ちゃんにの家に行かない様にしなきゃね〜
男が出来たらしいって言っておこうかしら?ふふ…

それは本当の事だもんね〜〜 ♪





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