ひだりの彼氏


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「こんな所でなに?誰かシメる気?」

あれから2分ほどして彼が体育館裏にいた私の目の前に立ってた。
そして開口一番のセリフがそれ?

「そんなわけ無いでしょ…仕事いいの?」
「交代時間…オレだってちゃんとやってるよ。嫌々だけど……」
「お…お疲れ様」
「ん?なに?」
「ううん……」

きっとそれがウエイターの制服代わりだったんだ…

黒の制服のズボンに白のワイシャツにネクタイの代わりに黒のリボンが結ばれてて…
何だか…似合ってるじゃない……なんて思ったらさっきとは違うドキドキが……

だから視線を合わせられなくて……

「疲れてる?」
「え?あ…ちょっと…」
「じゃあこれで糖分摂取」
「え?」

彼が隣に座って私に可愛いラッピングのビニール袋を差し出す。

「オレの戦利品」
「ドーナツ……」
「あんな精神的苦痛を味わってその代償がドーナツ2つってナメてる」
「普通それだってもらえないでしょ?」
「なんてね…それは奈々実さんの分」
「え?」
「来なかったら持って帰ろうと思ってたから」
「…………」
「一般に売られてるお店のドーナツらしいけどね」

そう言うと彼は私の手からビニール袋を取ってガサガサと開けだした。

「ちゃんと接客出来たの?」

あの子達の話じゃ素っ気無い態度してたみたいだし……

「品物テーブルに置くだけ。オーダーは別の人だから」
「そう…じゃあ喋らなくても平気か?」
「それでも 「どうぞ」 とか 「お待たせしました」 とか言わなきゃいけなくて超メンドかった」
「…………」

無表情なのに相変わらず嫌々な気持ちが伝わって来るのはなんで??

「くすっ……」
「なに?何かツボにハマった?」
「ううん……いやさ……ここってあなたが通ってる高校で…いるのはあなたと同じ歳の人達で…
皆若くて元気でさ……」
「奈々実さん?」

「高校生……なんだよね……んっ!!」

急に目の前が暗くなったと思ったら……彼がいきなりキスをした。

「……んっ!!……んんっっ…」

後頭部を彼の手で押さえられて逃げられない。

「……ふぅ……んっ………」

いつもと同じ様に彼の舌が私の中に滑り込んで来てあっという間に私の舌を絡んで捕らえる……

「んあ……や…ダメだって……ひ…人が来ちゃう……」

彼の胸を押して少しだけ顔を逸らしてそう言った…
ここは学校で…いつ誰が来てもおかしくない……

こんな事してるのを誰かに見られたら……
そんな私の気持ちを察したのか彼がゆっくりと離れた…でも後頭部には彼の手がそのままある…

「あっという間に大学生になる……」

「…………」

それって……どう言う…??

「食べて」
「?」
「あーん」
「…………」

彼の手には彼が持ってきたドーナツがあった。

「あーん……」
「……あーん…」

言われるまま口を開けてしまったけど…
目の前のドーナツは彼の口に運ばれて彼がはふっとドーナツを一口かじって私を見つめて…

そのまま私の口にそのドーナツを運んで食べさせた。

「半分こ……」

「…………」

「結構美味しいんだコレ」
「………」
「奈々実さん顔赤い」
「ふるさい!」

ひたすら黙ってもぐもぐと食べた。

「もっと食べる?」
「食べるけど自分で食べ……ンッ!!」

唇にドーナツの感触があったからまた口を開けた。

「最後までいるの?」
「モグ……安奈次第かな……でも早目に帰るつもりでいるけど…」
「そう」
「うん…ってドーナツ頂戴。自分で食べるから!」
「ちゃんと全部食べてね」
「糖分摂取だって言うんでしょ?わかったわよ!これ以上口移しなんてご免だから」

彼の手からドーナツを取り上げてモグモグと黙って食べる。


「これからどうするの?」

私がドーナツを食べ終わるのを待って彼が聞いて来た。

「んーもう少しブラブラして安奈と合流する」
「そう…じゃあそれまで一緒にまわる」
「は?」
「一緒に」
「だっ……だだだだた…ダメっ!!」
「なんで」
「なんでって……か…考えたってわかるでしょ!」
「わからない」
「私なんかと歩いて変に勘ぐられたら困るでしょ!」
「誰が」
「あ…あなたがよ!」
「別に困らないけど」
「わ…私がこま…」
「チュッ…」
「…………」

今度は触れるだけのキスをされた…もうさっきから……

「それは困るんじゃなくて照れるんでしょ」
「なっ……ち…違うわよ!!なんで私が…」
「ならいいじゃない。特に今日なんて気にする必要ないと思うけど」
「でも…」
「行こう。オレも休憩時間決まってるから」
「ほ…本当に?」
「諦めて」
「あっ!」

先に立ち上がった彼が私の手を掴んで立ち上がらせる。

「ちょっ…ちょっと!!手離してよ!!」
「なんで?」
「目立つでしょ!余計誤解されちゃうわよ!」
「別に誤解されても構わないけど」
「私が構うって!」
「奈々実さん文句ばっかり」
「だって…」

そんな会話をしながら歩いてもう少しで体育館の陰から出ちゃう…その前にこの手を…

「じゃあ肩組む」
「もっと嫌!!」
「………」
「………」
「仕方ないな」

そう言うと彼は繋いでた手をそっと離した。

「………」

自分が嫌がってそうさせたのに…何だか胸の中がギュッとなったのはなんでだろう…

体育館の陰から出るとまばらだけど人が通り過ぎていく…
さっきの誰にも見られなくて良かった…

「奈々実さん」
「ん?」
「喉渇かない?」
「そうね…ちょっと渇いたかな」
「買ってくるから待ってて」
「え?あ…うん…」

私達がいる場所から50メートルくらい先に自動販売機があった。

「烏龍茶でいい?」
「うん」

私はぼーっとしながら彼の後ろ姿を眺めてた…
この場所で制服姿の彼を見ると本当に高校生なんだなって…学生なんだなって…思う。

自分との年齢差を思い知らされる……


「お姉さん!」
「え?」

いきなりそう声を掛けられて振り向くとさっきヨーヨー釣りにいた男の子が立ってた。
彼の後に他にも2人いて…友達かな?

「また会えたね ♪ 」
「そうね…」

私は曖昧な笑顔で返事をする
…なんでだか私…この子が苦手だ…何だろう?馴れ馴れし過ぎるからかな?なんて思った。

「何してんの?」
「ちょっと休んで今から少しまわろうかと思ってた所…」

2人でとは言わなかった。

「じゃあ一緒にまわろうよ。1人じゃつまんないでしょ?」
「え?あ…ううん…大丈夫…」

これは連れがいるって言った方が…

「お姉さんだってそのつもりで高校の文化祭来たんでしょ?」
「え?」

言われてる意味がわからない……

「だから俺等みたいな若い男目当てで来てるんだろって言ってんの」
「!!」

目の前にいる男の子がニヤリと笑って…やっと言われてる意味を理解した。
私…若い男の子漁りに来てるって思われてる!?

「大体高校の文化祭にあんたくらいの歳の女が1人で来るなんて遊び相手探しに来てんだろ?
だから俺達が相手してやるって言ってんの ♪ 」
「な…」
「そんなワザと驚いた顔しなくてもいいよ。さっき俺が密着したらときめいたんだろ?
あまりの嬉しさに震えてたじゃん?あれだけで感じちゃったんだと思ったけど」
「え?」
「嬉しいだろ?現役男子高校生が苦もなく3人もついてくるんだぜ?さてどこ行く?
屋上?それともどっか使ってない教室でも行く?」
「………」

ワナワナと手が震える……
まったく…あんた達昼間っから…しかも学校で…何考えてんのよーーーーっっ!!

それにそのとんでもない勘違いが余計腹立つっっ!!

「ほら突っ立ってないで行こうぜ。俺達も時間無いからさ」
「!!」

私に向かって手が伸びて…腕を掴まれ……

「触んないで」

「!!」

バシン!と私に伸ばされた手が私に触れる前に叩き払われた。

「なっ!?」

いきなり自分の手を叩かれて目の前の男の子がびっくりしてる。

「触るな」
「あ…」

目の前にいつの間にか戻って来た彼の背中が視界一杯に広がる。

「それに誤解しない様に」
「は?」

何ともこの場の雰囲気に似つかわしくない口調の彼の声が続く。

「オレがいるから彼女はここに来たの。オレに逢いにね。だから君達の出る幕無いからあっち行って」

「何だよ……」
「それはこっちのセリフ。後から出て来て鬱陶しいんだけど」
「………」
「青木!そいつ3年の三宅だぞ」

さっきから後に控えてた友達らしき男の子の1人がそう声を掛けた。

「え?……マジ?」
「?」

何?彼に何かあるの?

「バイバイ」

彼の感情の篭ってない言葉が響く…

「…………」

納得いかない顔で彼等は私達の前から離れて行った。

「あ…あの…」
「何かされたの?」
「え?」
「それらしいこと言ってた」
「あ…あの…えっと……さっきこれやった時に…」

そう言って持ってたヨーヨーを見せた。

「えっと…後から……その…」
「抱きしめられたの?」
「いや…抱きしめた訳じゃ無いと思うんだけど……まあ…ちょっと密着されたかな…って感じで…」

自分でも驚くほど視線が泳ぐ泳ぐ……
彼をまともに見れないんですけどーーーー!!

手まで握られたなんて言えない…言えません!!


「はあ〜〜〜〜まったく……」

彼が盛大に溜息をつく。
今までで一番大きいのではないかと思われるほど…

「どんだけ無防備なの?奈々実さん」
「あ…あれは不可抗力で……だってヨーヨー釣りでそんな事されるなんて思わないじゃない!!」
「そう言う時は目潰しくらいして」
「は?」
「出来るでしょ?チョキ突き出せばいいの」
「で…出来るわけないでしょ!!それ反則技じゃない!!」
「そんなの相手が悪いんだからいいんだよ」
「こ…怖い事言わないでよ…って言うかあなた一体何したの?」
「?」
「さっきあの子達あなたの事知っててなんだか意味ありげに行っちゃったじゃない」
「ああ…多分2年だから3年のオレに気が引けたんじゃない?」
「そんな言い方じゃ無かったわよ!なんとなくビビッてた!」
「奈々実さんの勘違い」
「そんな事……」
「奈々実さん」
「何よ……」

じっと見つめられてしまった……

「オレと別れたら安奈センパイとすぐに合流して」
「え?」
「少しの間も奈々実さん1人にしておけない」
「あのね…そんな心配……」
「オレのいうこと聞いて」
「…………」
「約束」
「………わかったわよ……」

「チュッ……」

「なっ!!!」

この男!!!こんな場所で唇にキスしたわよ!!!ちょっ……

慌てて口を手で押さえて周りを見たらそれほどの人も歩いてなくて…
数人いた人達も私たちの方を見てなかった……良かった〜〜〜

「何してんのよ!!時と場所考え……」
「奈々実さんが他所の子供にこれ以上悪戯されないようにだよ」
「はあ?」
「最近してあげれなかったから」
「い…いらないわよ!!もう!!バカじゃないの!!!」
「痛い」

バシンと彼の腕を思い切り叩いた。
今回は当然でしょう??

「行こう」
「…………」

そう言って歩き出した彼の後ろをついて行く……
でもどうにか逃げ出せないかしら?なんて考えながら歩いてた。

「逃げ出そうなんて思わない」
「へ?」
「顔にいつ逃げ出そうかって書いてある」
「!!」

思わず両手で自分の顔を触ってしまった。

「図星」
「!!」
「ホント奈々実さんは抜けてる」
「!!!!!!」

きーーーーー!!!ムカつく!!!

「あ…はい烏龍茶」
「!!」

目の前に烏龍茶のペットボトルが差し出された。
そう言えば忘れてた……

「口移しで飲ましてあげようか?」

彼がまたいつもの無表情な顔でそんなことを言うから……

「けっこうよっっ!!!」

そう返事をして彼の手からペットボトルを奪い取った。





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